第73話 アーサー一家
「……ま、テメェらじゃあこんなもんか。」
ボコボコにされては例のおクスリをキメられ、そして復活してはボコされる。
その繰り返しを俺とロータスは何度も味わった。
余談だけど、あのおクスリ、くっそマズい。
口の中に入るや、野草でもそのまま口に入れたのかと思うくらいに苦く、そして臭い。
胃が……というか、体が『こんなものを口に入れてはいけないよ!』ってくらい飲み込むのを拒絶する。
そんな抵抗も、アーサーの力技で無に帰す訳だが。
「まずはロータス。テメェは俺の動きにビビりすぎだ。いちいちフェイントに引っかかんじゃねえ。」
「……そ……そうは言ったって……俺は格闘戦より槍でさ……」
「んなもん武器が無きゃあ何の役にも立たねぇだろ。それに、狭い間合いで戦えるからこそ、広い間合いでも戦えるっつうもんだ。」
「……そうかな………いや……そうかも、だな……」
アーサーの言うことは一理というか二理くらいある。
槍での戦闘で広い間合いを取って戦えればそれに超したことは無い。
でも、実践ではそうも言ってられない。
狭い間合いで戦えてこそ、広い間合いでも活かせる、というわけだ。
「次にハル。テメェはやっぱ体がなまってんな。まずはそれを叩き起すぞ。」
「……あぁ、助かる。」
その後はアーサーからの鬼のようなシゴきが待ち受けていた。
まずは腹筋。
いつものようにただ腹筋をして鍛えるのではなく、仰向けになってやや背中を丸め、腹筋に力が常に入っている状態をキープさせ、アーサーはその上からボールを腹筋へと落としてきた。
ボクシングのトレーニングで見たことある。
これ、実際にやってみるとかなり効く。
その後も体の各部位の筋トレを重点的に行い、その後にストレッチだ。
俺は普段からストレッチも行っているために体はそれなりに柔らかいが、ロータスはまだまだ硬そうだ。
そんなロータスをアーサーが後ろからもっと曲げろと言わんばかりに足で抑え、その度に「ぎぃぇぇぇぇ!!!!」と叫んでいた。
時間にしてどれくらい経っただろうか。
突如倉庫の扉が勢いよく開いたかと思うと、目元がアーサーそっくりな小さな女の子が腕を組んでこちらを睨んでいた。
その少女は俺とロータスを見ても尚も口をへの字にしたまま睨み続けている。
「……メアリー……ここには来るなっつってんだろ。」
アーサーはそう言って少女を睨む。
……メアリーって、もしかしてアーサーの妹、か?
その少女はアーサーに言われても尚も腕を組んで仁王立ちしている。
「……おいメアリー!聞こえ……」
「ズルい!!!!」
少女が口を開いたかと思うと、その後ズカズカとアーサーの前へと歩いて行き、下からアーサーを睨んでいた。
「……あぁ?」
「なんでアタシがだめでコイツらは良いわけ!!?」
………コ、コイツらってねぇ……
アーサーの口の悪さが似ちゃった?
「……テメェにゃ関係……」
「関係無くない!!コイツらが良いってんならアタシも!!」
「……テメェは戦闘職じゃ……」
「だからってトレーニングしちゃダメって法律でもあんの!!?」
「……いや、だから……」
「それに!!あの薬はアタシが作ってやったんだよ!!それをどこの馬の骨かも分かんねぇコイツらに飲ませるなんて!!」
「………チッ………」
………あら?
アーサー?
言い負けちゃったの?
その後メアリーは腕を組んだまま俺の元へと歩み寄り、疲れてへたりこんでいた俺を上から見下ろした。
「……テメェら……誰の了解を得てこの家の敷居を跨いでやがんだ?」
「……へっ!?……い、いや……その……アナタのお兄様にですね……」
「ここはアタシですら入っちゃなんねぇって兄貴から言われてたってのに……それをズカズカと土足で……!!」
「……あ、えっと……その……お、お邪魔……してます………こ、ここって土足厳禁だったので……?」
「……チッ……!!」
………あの兄貴にしてこの妹か………
ってか、だから言ったよね、アーサー!!
挨拶した方がいいんじゃないの?ってさ!!
「……もういいだろメアリー。テメェは引っ込んでな。」
アーサーは猫を掴むが如くメアリーの首根っこを掴んで持ち上げた。
「お、おい!何しやがんだ兄貴!!離せ!!」
「コイツらは………ダチだ。だから……」
「まぁまぁアーサーちゃん!お友達ですって!?」
驚いて入口を見やると、そこには中年の女性が嬉しそうな表情をしてこちらを見ていた。
………というか、今アーサー、俺たちを『ダチ』って呼んだ………?
「それにしても、メアリーちゃん。さっきはしたない言葉が聞こえたけど……?」
「……マ、ママ………!……そ、そんな訳は……あ、ありませんわ……!」
「そうよねぇ!ほら、アーサーちゃんもお友達も、汗でビッショリじゃない!シャワーでも浴びて来なさいな。」
「……あ……え………えっと………」
俺とロータスはどうしていいのか分からず、口をパクパクさせながらアーサーとその母親を交互に見た。
「………チッ………めんどくせぇ………」
「あらアーサーちゃん、何か言った?」
「……なんでもねぇ。おら、行くぞテメェら。」
「……あ……お、おう……」
「………お、お言葉に……甘えて………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺とロータスはアーサーの母親に誘われるままシャワーを借り、そのまま朝食までご馳走になった。
席にはすでに父親も腰掛けており、アーサーやメアリーとは似ても似つかないほど朗らかな笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいた。
「ほらほらアーサーちゃん!ママにお友達を紹介してくださいな。」
「……あぁ?……うるせぇ。コイツらはダチでもなんでも……」
「えぇー!お兄様!先程はコイツ……この方達をお友達だって仰ってたじゃありませんか?」
「………チッ………」
「全くもう、この子ったら恥ずかしがり屋さんなんだから。紹介が遅れまして、私はアーサーとメアリーの母でシャーロットと申しますわ。ウチのアーサーちゃんがお友達を連れてくるなんて初めてのことでつい浮かれてしまいまして。」
「……あ……えっと……ハルって言います。ハル・アルフィードです。」
「……俺……あ、いや、僕はロータスです。ロータス・ボレアスです。」
「まぁ!ハル君にロータス君ね!」
その後もシャーロットさんは嬉しそうに色んな会話をした。
……と言っても一方的で、アーサーは昔からヤンチャで手が掛かったものの、それでも妹がイジメられてると知った時は守ったりと、芯の強い子だと聞かされた。
相槌を求められる度に父親は「うんうん、そうだったねママ。」と朗らかな笑みを崩さない。
アーサーはそんな昔話をあまり聞かれて欲しくは無い様子だったけど。
それと、だ。
どうやらこの妹のメアリー。
母親の前ではお淑やかな少女を演じている。
おそらくは母親にアーサーの口調を真似ているのを咎められた過去があるのだろう。
時々アーサーの口調が出た時は母親の鋭い目線がメアリーを捉えていたりした。
………ってか、あのアーサーをも黙らせるなんてさすが母は強しってことか。
いや、もしくは。
こういう場合よくあるのが、母親が昔とんでもないほどのヤンチャだった可能性だ。
結婚して世帯を持つようになってから、言葉遣いに気をつけたってパターンなのかも。
そうでなければ時折メアリーちゃんを睨むその眼光の鋭さを持ち合わせはしないだろう。
「……メシ食ったら行くぞ。」
「まあまあアーサーちゃん!もっとゆっくりしていきなさいな。」
「うるせぇ!」
「おい兄貴、アタシも………あ、いや、お兄様、わ、私もご一緒に……」
「テメェは着いてくんじゃねぇ!」
「アーサーちゃん。たまにはメアリーちゃんとも遊んであげなさいな。」
「邪魔だ。おら、行くぞ!」
「気をつけて行っておいで。」
半ば強引にアーサーにより家を出た。
……にしても、中々に強烈な親子だな……
アーサーは無言でそのままランニングを始め、俺たちもそれに着いてゆく。
やがてたどり着いたのは砂浜だった。
「……テメェら、さっきの事、誰かに喋ったらぶっ殺すからな。」
「……わ、分かってるよ!誰にも言わないって!」
「……まぁいい。」
その後は砂浜での走り込みと打ち込みだった。
やはり砂浜での走り込みは足腰を鍛えるのにはもってこいだ。
柔らかい砂地により反発力が消されるため、より深く大地を蹴る必要がある。
それにバランス感覚も研ぎ澄まされる。
長いこと療養していた体を起こすにはちょうどいいな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……にしても、なんでロータスまで一緒に訓練を?」
「コイツがヘボだからだ。」
「んな!!……そ、そんなハッキリ言わなくてもさぁ……」
「事実だろ。」
「………まぁ………そうだけどさ………」
ロータスはガクッと項垂れた。
「………なら、同じ戦闘職のリュゼは?」
「……奴は気に入らねぇ。」
「……なんだよそれ。」
そういやアリシアも前に言ってたっけ。
リュゼには気をつけて、みたいな。
理由はアイツは常に2番を狙う。
言い方を変えれば、目立ちたくないってことだ。
……でも、それの何がいけないのか。
目立ちたくないってのは、誰にでもありそうな事だと思うけどな……
もしかして、アーサーも同じ理由で?
「……奴は……多分俺たちを騙してやがる。」
「………はい?……騙してる?」
「何を騙してるって言うんだよ?」
これは新しい見解だな。
少なくとも俺にはリュゼが何かしらで俺たちを騙している風には見えないから。
「……奴のジョブ……【剣士】だが……妙だとは思わねえか?」
「……妙……?」
「テメェらは、アイツが熟練度の鑑定をしてるとこを見た事があるか?」
………そう言えば……見たことは無い、な。
ロータスの顔も見たが同じようで首を左右に振った。
「アイツは手の内を見せ無ぇ。それ自体は別に構やしねぇが……アイツの戦闘は、あくまでも剣道の戦い方でしか無ぇ。」
「……そりゃあ……アイツは日本で剣道をやってたんだから……それに準ずるのは当たり前っていうか……」
「……ハァ……テメェは戦えるクセに何も分かっちゃいねぇな。」
アーサーはため息を付きながらも説明した。
剣道とは、あくまでも打突だという。
竹刀で相手の手首や頭に竹刀で『叩く』行為だ。
アーサーもボクシングをしているが、ボクシングそのままをこの世界に持ち込んで戦闘している訳では無い。
スポーツと本物の戦闘には明確な違いがある。
それは、本物の戦闘にはルールが無いということだ。
ボクシングでは金的や肘打ち、頭突きなどが禁止されているように、剣道でも特定の部位以外を攻撃するのは禁止されている。
しかし、いざ戦闘になればそんなルールなど関係ない。
どんな攻撃手段を用いても、勝てばいい。
アーサーの目からは、リュゼの剣はあくまでも剣道というスポーツの範疇に過ぎないという。
「……で、でもさ……それも目立ちたくないってだけのことじゃ……?」
「………違うぞロータス。」
俺はロータスに続けた。
「もしもリュゼのジョブが【剣士】じゃないとすれば?」
「……はぁ?……………い、いや……だとしてもさ……単なる勘違いってことかもしれないしよ……」
「……単にそれが勘違いならそれまでだ。奴はこの世界で【剣士】っつうジョブを持ちながら、あくまで剣道ってスポーツの枠組みで戦ってやがる。だが、相手の命を奪うんならその枠組みから超えなきゃならねぇ。」
「………た……確かに………で、でもよ?もしかしたらそういう……命を奪うって行為に抵抗があるんじゃ………お、俺だって最初は……ビビったし……」
「ハッ!奴がそんなお優しいタマかよ。」
「……いやぁ……それはアーサーの見込み違いかもしれないし………」
「あーだこーだうるせぇ。そんなに奴の肩を持ちたいんなら好きにしやがれ。ただ、俺は奴が気に入らねぇ。それだけだ。」
ロータスはそれきり黙り込んだ。
俺の話が途中で逸れてしまったけど、俺が言いたかったのはこうだ。
リュゼがもし【剣士】じゃなく別のジョブを持っているとしたら、それをなぜ隠したがるのか。
10歳に行われるジョブ鑑定の結果は、おそらくリュゼの両親も見ているし知っているハズだ。
なのに、リュゼはこの高校入学時には【剣士】として登録されている。
これが杞憂ならそれでいい。
でも、もし違ったら?
【剣士】というジョブを隠れ蓑にして、何か別の、知られたくないようなジョブを持っているとしたら?
………うーーん………分からん。
そうまでして隠す理由も、騙す理由も。
それに、本当にただの杞憂かもしれない。
ともかく、これ以上俺の頭で考えたところで意味は無さそうだ。
「お喋りはこの辺でいいだろ。ハル、さっさと黒衣の騎士になれ。」
「………はい?……ハルが………黒衣の騎士に……なる……?」
ロータスは何のことかサッパリ分かっておらずにキョトンとした表情を見せた。
「……やっぱ、それが目的か。」
「ったりめーだろ。」
「分かったよ。」
「……ハ、ハル………?……何を言って………?」
狼狽えるロータスを尻目に俺は早速Axelへとリンクし、猛スピードで街中を駆け出し、アーサーの前へと躍り出た。
「……は……!?……こ、黒衣の騎士……!!?……なんで……って………ま、まさか………!!」
黙ってて悪かったよロータス。
でも、闇ギルドでの襲撃時に、アーサーにバレちゃったんだよ。
いや、ともかくだ。
俺は魔力を集中させ、フル状態にさせ、リンクを切断する。
これにより『転写』が起こり、Axelに俺の意識が『転写』されたハズだ。
「……こんなもんかな……」
「……ハ……ハ………ハル………ま、まさかお前が………?」
「……黙ってて悪かったよ。そう、俺が黒衣の騎士ってわけ。黒衣の騎士は俺のジョブで動かしてる人形なんだよ。」
「………マジ………かよ……………」
「……それより、なんでテメェが起きてんのにコイツは動いてやがんだ?」
「それは俺のスキル『転写』だよ。黒衣の騎士……ってかAxelには今、俺の意識が『転写』されてる。」
「………て……『転写』………?」
「詳しい説明は後でするから。」
「………まあいい。」
アーサーはそれっきりAxelと対峙し、スパーリング……というか、かなり本格的な戦闘を開始した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ハァッ………ハァッ………マ………マジで………強すぎる………て、手も足も………出ねえ……」
『転写』させたAxelにより全員とスパーリングを行った。
アーサーはそれなりに戦えてはいるけど、それでもAxelにはまだまだ及ばなそうだ。
んで、『全員』というのは俺も入ってる。
俺が俺と戦うっていうややこしい状況だけど。
にしても、自分で操作している時はあんまり分からなかったけど、このAxelはクソほど強い。
ロータスもそうだったけど、俺でもほとんど手も足も出なかった。
にしても、さすがは俺。
ちゃんと手加減をしてくれてる。
傷だらけの俺たちだったが、アーサーの妹メアリーちゃんお手製の薬のおかげでみるみると回復してゆく。
「……この薬ホント凄えな……くっそマズイのが惜しいけど。」
「良薬は口に苦し、だろ。それだったらメアリーちゃんに味を美味しくしてくれるようロータスから頼んだらどうだ?」
「………いや…え、遠慮するよ………」
アーサーは傷が癒えるとすぐさまAxelと模擬戦を開始させている。
こうして見るとAxelはしっかりと俺なんだと認識した。
Axelは、アーサーの攻撃を躱しながらも手薄な所へと攻撃を与え、アーサーにそれを意識させるように立ち回っている。
多分俺自身がAxelにリンクしてアーサーと模擬戦をやっても、同じように立ち回っていただろう。
それにしても、この『転写』は大いに役に立つ。
この『転写』により、俺は俺自身を俺で鍛えることが出来るわけだ。
………ちょっとややこしい言い方だけど。
それに、相手がAxelなら思いっきりやれる。
これがもし生身の人間相手ならどうしてもケガの心配をしてしまう。
多少の切り傷ならまだしも、手足を欠損させてしまったりとか、あるいは誤って致命傷を与えてしまったりだとか。
……まあ、圧倒的に実力差がある以上そんな心配をする必要なんて無いんだけど。
「……兄貴!!な、なんだよコレは!!?」
驚いて振り返るとメアリーちゃんがいた。
「な……なんでここに……黒衣の騎士が……!!」
うーーむ。
こりゃまた説明が必要そうだな………




