第72話 天才とは
アーサーに連れられたのは寮の公園だった。
てっきりもっと人目に付かない所に連れてかれるのかと思いきや肩透かしだな……
「………聞いたぜ。テメェのお陰で俺らが助かったんだってな。」
「………え?……あ、あぁ……いや、あれはアキとトーヤが人形を作ってくれててさ………」
「んな事はどうでもいい。結果だけ聞いてんだよ。」
「………まぁ………そうなる……かな………」
「………テメェが黒衣の騎士っつぅわけか。」
アーサーの言葉にドキリとした。
「……え……い、いや………」
「隠すんじゃねぇ!」
「………あぁ、そうだよ……」
まだ隠し通せるんじゃね?とは一瞬思った。
でも……なぜだろうな。
俺はアーサーに嘘は言いたくなかった。
「……チッ……やっぱりか………」
「……俺からも質問いいか?」
「……あぁ?なんだ?」
「……あの時……なんでお前は自分を天才じゃねぇなんて言ったんだよ。」
闇ギルドとの戦闘中、アーサーがポロリと零した言葉だ。
「………そのまんまの意味だからだ………」
「………は………?」
「そのまんまの意味だっつってんだろうが!!」
「………何言ってんだよ……お前は……」
「俺は天才なんかじゃねぇ。特に、テメェから天才だなんて言われるとムカついて仕方無ぇな。」
何言ってんだアーサー。
そりゃあ、俺がAxelで戦闘すればアーサーに勝てるだろう。
でも、生身でやれば敵うハズも無い。
例えお前がスキルを使用しなくとも、だ。
「………構えろ。」
そう言ってアーサーは突然構えた。
「は?いやいや、何言って……」
「いいから構えやがれ!!」
………仕方ない………
ってか、生身の俺とじゃ勝負にすらならんだろうに。
……………
………いや、いい機会だ。
どうせなら、俺が生身でどれくらい戦えるのか、アーサーと戦ってみよう。
そう思い、俺も構えた。
アーサーの鋭い眼光が俺を睨む。
俺もアーサーの出方を窺う。
刹那、アーサーが地を蹴って接近する。
ジンネマンほどでは無いにしてもそれでもかなり速い…!
アーサーから右ストレートが飛んでくるのを俺は上体を反らして躱す。
そのままアーサーは左フックで俺を薙ぎ払う。
なんとか寸前で腕でガードしたもののよろけた。
そのスキを見逃さず、追撃がくる。
その後も次々とアーサーから攻撃が飛んでくるものの、カウンターなんて合わせるスキも無かった。
見えてはいても、やはり人形と俺本体とじゃあ比較にもならない。
アーサーはお構いなしに攻撃を繰り出し、ついにアーサーの拳が俺の腹へ直撃した。
「……っ……!!」
……いってぇぇぇ!!!!
……こ……声も出ねぇ……!!
俺の膝がガクガクと震えだし、今にも崩れ落ちてしまいそうだ……
……くそっ……ここで落ちたら………多分立てない…………!!
俺は歯を食いしばって震える膝を落ち着かせ、なんとか踏ん張る。
……が、さすがアーサー君。
そんな俺でもお構いなしだ。
アーサーは立っているのがやっとな俺に対しても容赦なく攻撃を繰り出す。
いくつか攻撃を貰い受け、俺は吹っ飛ばされて倒れてしまった。
仰向けに倒れた俺の元へ、アーサーが歩きながら近付く。
そして倒れ込んでいる俺を見下していた。
…………やっぱ天才だよお前は………
俺、相当に鍛えたってのに全然だもん。
………でも…………
………でもな…………
………お前は自分が天才じゃないだと………?
……ふざけんな……!!
俺は全身の痛みに堪えながらも体を起こし立ち上がる。
そして、アーサーを睨み返した。
「……天才じゃないなんて……ふざけんじゃねぇ……!」
「………………」
「……お前が天才じゃないと………俺が嫌なんだよ……!!」
「………………」
「……お前は……天才なんだ……!!誰がなんと言おうと!!」
俺は足をよろめつかせながらアーサーへと近づき、力を振り絞ってアーサーを殴る。
……が、アーサーは余裕で避けられたハズの俺の拳を避けるでもなく頬で受け止めた。
俺の拳でアーサーは口の中を切ったのか、口から一筋の血が流れ出た。
でも、俺の反撃はどうやらここまでだ………
アーサーからのダメージで、もう指先ひとつ動かせない。
俺はそのまま倒れ込んだが、俺の体はアーサーにより受け止められた。
さっきまでの刺々しいまでの闘気が消え、アーサーはそのまま俺の体を横たわらせた。
「………ハ………ハハハ…………やっぱ……天才……じゃねぇか………アーサー………」
「…………テメェ………さっき、俺が天才じゃないと嫌だとかなんとか吐かしてたな……ありゃあどう言う意味だ?」
「……どうって………そのままの意味だよ………」
「なんでテメェが嫌がる?」
「……なんでって………」
「………なんでテメェが嫌がるんだ!?」
…………
「……俺はさ……お前が現れたお陰で色んな事を諦めた。その度に俺は自分に言い聞かせてきたんだよ。アイツは天才だから仕方ないってさ。」
「……………」
「だから、お前は天才でいてくれないと嫌なんだ。すっげぇ自分勝手な理屈だとは思うけどさ。でも、俺はお前を本当の意味で天才だと思ってる。」
「………………」
「……だからだろうな。お前が自分を天才じゃないなんて言った時……正直ムカついた。」
「………………」
「お前は本当に天才だ。俺が心からそう思ってるのに、当のお前が自分を認めないなんて……ふざけんじゃねぇって思ったよ。」
「………………」
「はい、言ったぜ?嫌がる理由を。」
アーサーはただ黙って聞いていたが、徐に俺の隣に腰を下ろした。
「………確かに、前世じゃあ俺は天才だと思ってた。少なくとも学生時分じゃあな。」
「……だよな。」
「……でもよ……プロの世界にゃあ俺みたいな天才はごまんと居る。その中で成功できんのは、天才は天才でも真の天才っつうやつだ。」
「……………」
「……俺は真の天才にはなれなかった。どんだけ努力しようとも、真の天才様には到底及ばねぇ。」
「……………」
「真の天才様からすりゃあ、俺は凡人だっつう話だ。無駄に足掻いて、努力して、血反吐を吐こうとも、真の天才には及ばねぇ。」
「………それで、自分は天才じゃないってか?」
「…………あぁ…………俺もテメェらと同じ、ただ少しだけ器用なだけの凡人だ。」
「………………」
「この世界でも、俺より天才が現れやがった。そいつは今まで見てきたどんな天才でも敵わねぇ、真の天才っつうやつに。」
「…………まさか…………」
「……あぁ……テメェもよく知ってる黒衣の騎士様だ。」
「………でも……あれはその……ジョブのお陰でさ……」
「んなもん関係無ぇ。全てにおいて洗練された動き、技、手数。あれほど完璧な奴は見た事が無ぇ。……悔しいが見蕩れちまうほどにな。」
「………て、照れるぜ……」
「うるせぇ!!」
「…まあでも、あれは人形だから出来るんだよ。実際の俺じゃあこんなもんだぜ。むしろ、あの大会で一番戦い甲斐があったのはアーサーだ。これはお世辞とかじゃなくて、マジでさ。」
「………………」
これも本当だ。
決勝の相手だったライアン・デクスターも強かったのは確かだけど、それでもアーサーのが強いと思う。
俺自身が意識してるってのももしかしたらあるのかもしれないけど。
アーサーはしばらく黙り込んでいたが、突然スッと立ち上がった。
「……テメェは何をもって天才だって判断してんだ?」
「………ん?」
何をもってって……言われると難しいな……
……天才には、色んな形があると思うんだ。
例えば絵を描く天才とか、歌の天才とか。
あるいは、普通に勉強ができる天才だとか。
そういう意味では、他人と比較してより秀でていると感じる人が天才ということだ。
要は、その尺度をどこで設定しているのか。
誰と誰を比較して天才と判断しているのか。
「俺より出来るから、かな……」
「………何がだ?」
「戦闘において、生身じゃ今みたく全く俺じゃ敵わない。判断力、瞬発力、それらに応える肉体。それに度胸も。お前は俺には持ち得ない色んなものを持ってるし、出来る。使いこなせる。」
「………………」
「……確かに、誰かと比べりゃあアーサーはまだまだなのかもしれない。そりゃあ俺だってそうだ。」
「………………」
「でも、それでも俺は、アーサーは天才だと信じてる。今はまだでも、いずれ届く。アーサーの言う真の天才ってやつに、そういうのに届くのは、アーサーだけだって……俺はそう信じてる。」
「………ハッ………凡人が……勝手に持ち上げやがるぜ………」
「…………………」
「………まぁいい。なら、真の天才様になってやろうじゃねぇか。勝手に持ち上げて勝手に失望なんてしやがったら承知しねぇぞ。」
「……失望するわけ無いだろ。」
アーサーは俺へと向き直り手を差し出した。
俺もそれに応え、手を掴むとアーサーは俺を立ち上がらせた。
「ただし、俺1人じゃあ真の天才にゃあなれねぇ。テメェが持ち上げたんだ。俺が真の天才になるまで、テメェにゃあとことん付き合ってもらうから覚悟しやがれ。」
「……あぁ……!望むところだ……!!」
と意気込んだは良いものの、思いのほかダメージが大きく俺はすぐさま倒れこんでしまった。
……格好つかねぇ……!
「ハル君!大丈夫!!?」
その時リオさんが駆け寄り、傷だらけの俺を治療した。
リオさんから放たれた淡い光に包まれると、みるみると傷が癒えてゆく。
……すげぇ……
「アーサー、もう気は済んだのかしら?」
透き通るような美しい声でアリシアがアーサーへと質問する。
どうやら、俺たちの成り行きを見守っててくれたみたいだ。
「……あぁ……悪いがリオ、ハルを治してやってくれ。」
「……言われずとも………って、あのアーサーが他人を気遣う……!?」
「うるせぇ!黙って治療してりゃあいいんだよ。」
「……見直したわ、アーサー。」
「……あぁん?」
「この間まで周りは役立たずだって態度だったのに。」
「……テメェだってそうだろ、アリシア。」
「………ま、そうかもしれないわね。」
「………ついでだから言っとく。お前のありもしねぇ噂を流したのは俺じゃねぇ。ありゃあ……」
「分かってるわよ、そんな事。」
「…………ならいい。」
ありもしない噂ってのは前世でのアリシアに対するデマだ。
なんとなくだけど、アーサーは嘘は言ってない気がする。
アイツはどんな事があっても卑怯なマネだけは絶対しない奴だ。
だからフラれた腹いせにありもしない噂をでっち上げるなんて、アーサーがやるハズは無い。
……ま、でも、そんな事はアリシアはお見通しってわけか。
………いや、もしかするとずっと前から……アリシアはアーサーが変な噂を流したなんて思って無かったのかもしれないな。
「ハル、立てる?」
「……うん……もう平気だ。ありがとう、リオさん。」
「いえいえ。もうケンカはよしてね。」
「……あ……うん……善処します……」
実にいい言葉だ。『善処する』ってのは。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日の朝。
いつもの様に小鳥の囀りで……という目覚めでは無かった。
けたたましくドアが鳴り響き、それにより無理やり目を覚まされてしまった。
時計を見ると時刻は朝の6時。
……ったく、誰だよこんな朝早くから………
寝ぼけ眼をこすりながらドアを開けると、そこに居たのはアーサーとロータスがいた。
「まだ寝てやがったのか。さっさと準備しやがれ。」
「……んえ……?……なんでロータスも……?というか……なにすんの………?」
「………ふぁぁ………ハル………おはよう………」
ロータスも無理やり連れてこられたのか、大きな欠伸をした。
「早朝トレーニングだ。テメェも毎朝してるだろうが。」
「……なんで知ってんだよ……?」
「テメェだけが毎朝トレーニングしてると思うな。ほら、さっさと準備しろ!」
俺は着替えて外へと出る。
「……うぅぅっ!!さっっぶ!!!!」
まだ日も昇っていない早朝の冷え込みが体に染みる。
アーサーはそのまま何も言わずに走り出してしまい、俺達も後を追うように走り出す。
・
・・
・・・
時間にして約1時間。
アーサーについて走っていると、どうやら目的地へと到着したようだ。
「……ふぅ……それにしてもハル……お前病み上がりなのに体力あんだな。」
「……いや、でもやっぱりちょっと落ちてるかも。それにしてもロータスこそ、バテてないじゃん。」
「……ま、俺もなんだかんだ走り込みだけはやってたかんな。アーサーのペースに合わせたからちょっと疲れたけどさ。」
「テメェら、くっちゃべってないでさっさと来い!」
アーサーはそう言うと1軒の家の門を開けて何食わぬ顔で入って行った。
「……いやいや、アーサー!そこ人ん家だって!」
ロータスから当然のツッコミが入る。
「いいんだよ。俺ん家だ。」
「……は?……お前ん家……?」
「さっさと来い!」
ここがアーサーの家、か……
こんな形でいきなり自宅へと招待されるとは……
アーサーの家は見た感じはごく普通の家だ。
裕福そうでも無くごく普通のありきたりな。
庭には倉庫のような家もあった。
アーサーは玄関をスルーしてそのまま倉庫のほうへと歩いてゆく。
俺たちもそれに着いてゆく。
……いやいや、こういう時ってさ、一応親御さんにもご挨拶とかしといた方がいいんじゃ……
「……あ、あのさアーサー。一応ご両親に挨拶くらいしといたほうが……」
「んなもん必要ねぇ。」
「……いや……でもさ………」
「………必要ねぇったら必要ねぇ!!」
「……わ、分かったよ………」
……やけに頑なに会わせようとはしないって感じがしたけど……気の所為か?
……いや、人の家庭事情に首を突っ込むのはよそう。
アーサーが倉庫を開けると、そこにはたくさんのトレーニング器具がおいてあった。
………といっても、現代日本で見たような器具ではなく、打ち込み用の丸太が多数置いてあるのと、天井からロープが垂れ下がり、吊り革のように小さな輪っかが留められている。
サンドバッグも複数あった。
そして、倉庫の中央にはボクシングを思わせるリングまで拵えてある。
「……すげぇな……まるでボクシングジムみたいだ……」
「体が冷える前にさっさと始めんぞ。まずはテメェからだ、ロータス。」
「へっ!?お、俺!!?」
「いいからとっとと来い!」
「……ま、マジかよ………」
半ば無理やりアーサーとロータスのスパーリングが始まった。
とは言えロータスはボクシングなんてやったことも無い。
それに戦闘職とはいえ【騎士】だ。
【闘士】とは違って素手での格闘が得意という訳では無い。
……が、アーサーはそんな事はお構いなしだ。
アーサーは華麗なステップで左右へと揺さぶり、翻弄されたロータスのスキを窺っては的確に拳を叩き込む。
結果、30秒ももたなかったな。
ロータスは全身青アザだらけでぶっ倒れていた。
「ハルぅぅ………助けでぇぇぇ………」
と這いつくばってロータスが情けない声で助けを求めていた。
「……ロータス、テメェはまだまだだ。これでも飲んでろ。」
アーサーはそう言って何やら瓶から錠剤を取り出すと、それを無理やりロータスの口の中へとねじ込んだ。
「……ん!!……ぐっ……!!……るぉぉっ!!」
ロータスは無理やり口の中に手をねじ込まれて変な声を出しながら悶えていた。
アーサーが手を引き抜くと、コヒューという漫画でしか聞いた事のない呼吸音と共に、目と鼻から汁が滝のように流れていた。
「……お、おい、ロータス……!……こ、こりゃあ………死んでる………!?」
「んな訳無ぇだろ。そりゃ治療薬だ。しばらくすりゃあ傷も治る。」
アーサーの言った通り、ややもすればロータスの身体中にあった青アザがみるみると消えてゆく。
「……すげぇな。」
「それより次はテメェだ。」
「……えぇ……お、俺もスパーリングすんの?」
「ったりめーだ。」
そうして俺もまたリングへと上がり、結果的にロータスと同じような目に遭うのだった。




