第68話 無尽蔵
ディガーはオーガロードを散開させて俺を取り囲む。
俺はそれらを軽く一瞥して構え直した。
左右に2体ずつと正面に3体。残り1体はディガーを守るよう配置している。
俺は足に力を込め、まずは左側にいたオーガロードへと間合いを詰める。
俺の動きに合わせて右側にいたオーガロードらが後方から追いかけてくる。
それを確認した俺はすぐさま体を反転させて後ろから迫ってきたオーガロードへと向き直る。
焦ったのかオーガロードは拳を叩きつけてきたが、跳躍して躱しつつすれ違う。
すれ違いざまに、オーガロードの首筋を刀で撫で切りした。
そうして着地し、残ったもう1体のオーガロードの背中に刀を刺し込む。
刀はオーガロードを刺し貫き、あとは刃の方向へと力を込めて叩き斬った。
首筋を斬られたオーガロードは首元を手で抑えていたが、頸動脈を断ち切られた首からは鮮血が溢れ出し、そのまま膝から崩れるように倒れて絶命した。
「……なんと……!!」
ディガーは俺の動きに面食らっている様子だ。
俺は血振りをして血糊を払い、改めて左側の2体へと駆け出す。
オーガロードらは拳を連続で叩きつけきたものの、俺には掠りもしなかった。
この人形、骨組みのみで構成されているせいか、Axelなどの他の人形に比べて異様な程に軽い。
その分防御面には不安が残るが。
その圧倒的な軽さ故に、俊敏な動きが出来る。
Frostに似た運用だな。
結局左側にいた2体のオーガロードも呆気なく両断され、残るオーガロードは4体のみとなった。
「ヒャハハッ!!ディガー!!テメェの従魔じゃあ相手にすらならねぇようだなぁぁ!!」
「認めたくはありませぬが、そのようですな。」
「もういいだろう、ディガー、シェルドン。さっさと仕事を済ませるぞ。」
「それもそうだなぁぁ。あんまり遅くなるとゲイザーがうるせぇからなぁぁ。」
どうやら全員でかかって来るようだな。
あのジンネマンってのがどれ程の実力者かは分からないが。
ともかく一番気をつけないといけないのは、術者である本体を攻撃されないことだ。
そう考えていた時、シェルドンが大地を蹴って接近してきた。
それに合わせるように反対側から3体のオーガロードが距離を詰める。
まずはオーガロードを始末しようと動き出そうにも、シェルドンが嫌なタイミングで攻撃する。
そちらに気を取られるとオーガロードから殺人級の拳が飛んでくる。
厄介だな。
というか、このシェルドン。【人形師】との戦いに慣れているかのようだ。
【人形師】のスキルにある三人称視点や俯瞰視点。
これにより俺は圧倒的に広い視野角を持ち、背後からの攻撃ですら無効化できる。
ただ、見えていても避けられない攻撃というのも存在する。
それが、挟み撃ちでの同時攻撃だ。
もしかすると、ジンネマンが言ってたヴェリクって奴から【人形師】のスキルについて詳しく聞かされているのかもしれないな。
「ヒャハハッ!あん時のガラクタよりも強ぇじゃねぇかぁぁ!!なかなか楽しませてくれるぜぇぇ!!」
シェルドンからの攻撃により人形に切り傷が出来上がる。
強度に関してはそれなりにはあるようだが、このまま攻撃をもらい続ければそのうち破壊されてしまう。
……さて、そろそろ頃合いか。
俺はシェルドンへと標的を絞り、間合いを詰める。
そして刀で一閃したが、シェルドンは体をぐにゃりと反らせて躱した。
当然それは織り込み済み。
刀の軌道を切り返し、無理やり反らせた体のシェルドンへ向けて攻撃した。
斬った、と思いきや、それはシェルドンの残像だった。
「ヒャハハッ!!お終いだぜぇぇ!!」
俺の背後からシェルドンのククリナイフが襲いかかる。
待ってました……!!
俺は刀を自分に向けて突き刺す。
当然、自害するためじゃない。
この骨組みだけの人形はスカスカだ。
その合間を刀で突き通し、背後から迫ってきていたシェルドンの左肩を刺し貫いた。
「…んげぇ!!?…なんだそりゃあよぉ!!?」
そのまま下半身を180°回転させ、シェルドンを蹴り飛ばした。
「…ガハッ…!!」
これぞ【人形師】にしか出来ない芸当。
すぐに刀を引き抜き、残るオーガロード3体を冷静に処理した。
……が、その時。
一瞬にして何者かが懐へと入り込む。
そしてそのまま掌底を食らって吹き飛ばされた。
「……ふむ………避けられないと判断するや、一瞬だけ体を空へ逃がしたか。」
その正体はジンネマンだった。
奴の言うように、掌底を食らう直前に跳躍して少しでも衝撃を和らげていたが、それを見抜かれたようだ。
「……貴様、相当に戦い慣れているな。」
……そりゃどうも。
「シェルドン、まだやれるな?」
「……ったりめぇだよぉぉ……あの野郎……あんな攻撃をしてくるとはよぉぉ……」
ジンネマンから攻撃を受けた部位が少しばかり凹んでいた。
動作には特に影響は無いようで助かった……
ともかく、さっきの攻撃には気を付けないといけない。
今度はシェルドンとジンネマンは2人を相手取る。
シェルドンがまず駆け出し、ジンネマンが様子を窺う。
先のジンネマンの攻撃はオーガロードと同程度と見ていい。
直撃すれば、まず間違いなくこの人形は破壊される。
オーガロードとの違いは、ジンネマンの移動速度がオーガロードよりも早いということだ。
「ヒャハッ!!今度はこれならどうだぁぁ!!?」
そう言うとシェルドンは動きの合間に何度も『残像』を使用した。
いくつもの残像により撹乱するつもりか。
……確かに、奴自身の残像のせいで動きが見辛い。
だけどこんなものは……!
俺は1度後方へと下がる………が、どうやらそれを待ってましたと言わんばかりにジンネマンが高速で接近した。
またあの掌底か!?
俺はジンネマンの掌底が来るのを見越して刀を薙ぎ払う。
しかし、それは虚しく空を切った。
「……甘い……!!」
ジンネマンは俺の攻撃をわざと空振りさせる為に急停止し、空振りしたと同時に急加速して接近した。
踏ん張って攻撃していたために空中に逃げて衝撃を和らげることも出来ず、もはや直撃は避けられない。
完全に終わった──
とでも言うと思ったか?
俺は一時的にリンクを解除する。
途端に人形は力無く崩れ落ち、それによりジンネマンの掌底は空を叩いた。
「………何………!?」
すぐさまリンクを戻し、起き上がり様にジンネマンへと逆袈裟斬りを見舞った。
ジンネマンは回避したが、俺の刀の切っ先が触れ、服が裂けて血を流していた。
……マジかよ……
アレを避けるとは……
「ヒャハハッ!ジンネマンよぉぉ!テメェともあろう奴でも傷を付けられるとはなぁぁ!!」
「………………」
ジンネマンは腹部から流れる血を黙って見つめる。
「……先の俺の攻撃をあのような方法で躱すとは……面白い男だ。」
俺のほうこそ、捉えたはずの攻撃だったものを少しだけ傷が付く程度に躱されるとはね。
ジンネマンはすぐさま攻撃を再開し、俺もまた応戦した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………うっ……………」
「…大丈夫、アリシア!?」
目を覚ますとリオが私を回復していた。
スキルの使い過ぎにて魔力切れを起こしていたが、リオのスキルのおかげで少しばかり魔力が戻ったみたい……
「……そ、それより………アイツらは……!!?」
「……今はハル君が戦ってくれてるわ。あんなに強いだなんて………」
……あれは………Axelじゃない………?
「お目覚めのようですな、アリシア氏。」
「よ、よよ、良かった……!」
アキとトーヤは意識の無いハルの体を大事そうに抱えていた。
「……一体……どういう………?」
「リュゼ氏の指示でしてな。」
アキは簡単に説明してくれた。
いざと言う時の最終手段について。
護衛班としてリュゼが率いていた際、もしもどうしようもない強敵が現れた時、回収班らが回収した武具を錬成し直し、最適な武具を作成し直すという方法だった。
そこでアキとトーヤはハルのために簡素な金属製の人形を作成するという提案を行った。
そうして今回、闇ギルドらの襲撃の際にすぐさま簡素な炉を作り、武具を溶かして人形を作り出した。
その際にはルイスさんの【錬金術師】も大いに役立てたよう。
サイラスの【音楽奏者】のスキルには音楽を聴かせることで鼓舞するスキルがあり、それも大いに役立った。
おかげでギリギリのタイミングではあったものの、こうしてハルに人形を届けられた、との事だった。
「………あれが………」
エルミリア選手権でハルの操るAxelの戦いは見たことがある。
とは言え、今回はAxelほどの洗練された人形ではない。
「……ハル……あんなに強かったなんて………」
「アリシア氏はあまりご存知無いかもしれませんが……本気のハル氏は凄まじく強いのですぞ。」
「うんうん。ああ、相手が可哀想になっちゃうよね……」
「……一体どういう意味……?」
「ハル氏がゲーマーなのはご存知かと。特にハル氏が得意としていたのは対戦型の格闘ゲームやシューティングゲームです。」
アキは説明を続けた。
その手の対戦型のゲームでは、相手がどのような動きをするのか。どうすれば優位に持ち込めるのか。
どうすれば罠に嵌められるか。
数百、数千時間という試行錯誤の末に獲得した経験値。
ただし、ハルがそういったゲームで無双出来るのは、一重に試行錯誤の末に獲得した経験だけでは無いという。
「人にはそれぞれ反応速度が存在するのです。」
「……それが……何なの?」
「人は目から見た情報に対する反応速度と、耳から得た情報に対する反応速度。一般的には、視覚の反応速度の平均値が0.2~0.25秒、プロゲーマーでは0.15~0.2秒と言われております。視覚反応速度は0.1秒が限界値と言われてますな。」
……確かに聞いた事があるわね。
陸上競技でも、フライング判定されるのはスタートの合図が鳴ってから走り出す速度が0.1秒未満の場合はフライングになるって。
「昔、興味本位で測ってみた事があるのです。ハル氏の反応速度は如何程かと。」
「……まさか……?」
「お察しの通り。ゲームにおいて、ハル氏の視覚反応速度は実に0.13秒。さすがに聴覚は0.1秒を切ることはありませんでしたが。」
「……ど……どうしてそんなに早く反応が……!?」
「そもそもの反応速度が早いというのもありますが、膨大な量の経験。さらには、集中力がずば抜けているのでしょうな。」
「そそ、そういえばむ、昔さ……ハルがその……プロゲーマーを目指してた頃だけど……あの時はめちゃくちゃ早かったよね。」
「あの頃のハル氏は本当に凄かったですな……そのせいで、ハル氏までもがチートを疑われてしまいましたが。」
ハルが凄いってことは分かってた。
でも、私はハルの凄さをぼんやりとしか認識していなかった。
ハル自身にゲームでどうすれば上手くなれるのかを聞いたことがある。
その時は『反復練習です』と言われたけど、この2人の話からしてそれだけじゃない。
膨大な反復練習に加えての、異常なほどの反応速度と集中力。
もはや、天才と言っていい。
天がハルに授けた、圧倒的なまでの才能。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……この俺にここまで食らいつくとは……その才能、ここで散らすには惜しくもあるが……捨ておくわけにはいかんな。」
ジンネマンがそう言うと改めて構えた。
「すでに分かっているとは思うが、俺のジョブは【闘士】。スキルレベルは10だ。冥土の土産に、貴様には良いものを見せてやる。」
ジンネマンの身体から赤い蒸気のようなものが立ち込める。
「カァッ!!」という掛け声と共に蒸気は収束したが、薄ぼんやりと皮膜のように覆われている。
「ヒャハハッ!!おいおいぃぃ!!ジンネマンがそこまでやるとぁよぉぉ!!」
「ほっほっほっ。それほどのお相手だということですか。」
ジンネマンが大地を蹴って間合いを詰める。
……なんだ……?何が変わったんだ?
速度は変わらない……
なら威力か……?
警戒して後方へと躱し、ジンネマンの拳が大地へと突き刺さる。
すぐさま引き抜いて次々と攻撃を繰り出す。
………何をした………?
………いや、考えても仕方ない。
俺はジンネマンの攻撃をスルリと躱しつつ、カウンターで刀で胴を薙ぎ払う。
………おかしい………
さっきまでは、俺のカウンターに対処していたハズだ………
なのに、突然回避行動を取らないだと……?
俺の疑問に対し、その答えはすぐに判明した。
俺の攻撃は確実に胴を捉え、手応えもあった。
にも関わらず、ジンネマンの胴は何事も無い。
もう一度確認のために、再度俺はジンネマンに向かって突進し袈裟斬りを見舞う。
しかし、やはりジンネマンの身体には傷1つ付けられていなかった。
……いや、正確に言えば、傷は付いたが即座に修復しているのだ。
………まさか、さっきの赤い蒸気は、奴のスキルで攻撃を無効化する能力なのか………!?
「……もう分かっただろう。お前はまだ知らないようだが……【闘士】のスキルレベル10により、俺は究極秘奥義を得ている。その名も『無尽蔵』だ。」
ジンネマンから攻撃がついに俺を捉え、咄嗟にガードした人形の左腕が変形し、左腕は使い物にならなくなってしまった。
………無尽蔵だと………?
……奴の言ってることが正しいとするなら、その『無尽蔵』を展開している間はどれだけダメージを与えても無駄ってことか……?
………いや………
考えるのはよそう。
集中しろ。
ジンネマンが防御を捨てた攻撃が繰り出される。
これ以上ダメージを負うわけにはいかない。
片腕でカウンターを見舞うが、ダメージは即座に回復してゆく。
集中しろ。
魔力を極限まで高め、集中する。
その時だ。
ジンネマンの動きが………いや、ジンネマンだけじゃない。
全ての動きが……音が……何もかもがスローモーションのように時間がゆっくりと進み始めた。
………なんだこれ………!?
……魔力を高めすぎた反動か……!?
…………いや、それならそれで構わない。
緩慢に過ぎる時の中、俺はジンネマンの攻撃を躱す。
またとないチャンスだ。
いくら奴が無尽蔵に回復し続けるとしても、首を落としてしまえば回復のしようも無い。
しかし、片腕ではジンネマンの首を落とすには威力が足りない。
それならば───
俺は力強く刀を握りしめ、ジンネマンの隙を窺う。
奴は今、防御を捨てて攻撃のみに徹している。
ジンネマンが高速で間合いを詰めてくるが、今の俺の目にはその全てがスローに映る。
筋肉の微妙な変化。目線。呼吸。
今まで幾度となく味わったジンネマンの攻撃。
ジンネマンの左拳から攻撃が来る……が、それはフェイントだ。
俺は一瞬だけそのフェイントに釣られた動きを挟む。
ジンネマンはまんまと釣られた俺を見てすぐさま次の攻撃を繰り出す。
構えていた右腕からの正拳突き。
その攻撃を俺は動かなくなった左腕で受けた。
左腕はくれてやる。
奴の攻撃により左腕は吹き飛び、反動で上半身が激しく回転する。
その回転力を加えた俺の刀の軌道が、奴の首を的確に捉えていた。




