第66話 大鬼の王
撤収ポイントへと駆けながら、俺は先の戦闘を思い返す。
あのシェルドンという奴。
まるで背骨を抜き取ったみたいにぐにゃりと動く柔らかさ。
あんな動き、完全に想定外だ。
師匠の元で対人戦闘も行った。
が、俺が習ってきたのは型にはまった動きでしかない。
あんなもの、初見殺しだろ………
……それに、ジンネマンが言ってた言葉。
俺のような【人形師】はヴェリク以来だとかなんとかって。
こんな世界だ。俺以外に【人形師】のジョブを持っている奴もいる。
ただ、それが俺と同じかそれ以上に鍛え澄ましている奴がいる。
あ、当然だけど、リンクが切れる前にジンネマンからの勧誘については当然却下だ。
「……あ、あれは……!」
先頭のロータスが撤収ポイントを目視で捉えた。
それにより、チーム内に安心感が漂う。
その時、左右から多数の気配が現れたかと思うと、多数のデカい蜘蛛が一斉に俺たちを取り囲んでいた。
「……な!!なんだコイツは!!?」
「クク、クモォ!!?」
その蜘蛛は体長およそ2メートルはあろうかという巨大な蜘蛛だ。
黒い体色に巨大な腹部には鮮やかに赤い色が見て取れる。
地球で言うなら、セアカゴケグモを巨大にしたような見た目だ。
そして、それがおよそ10体、俺たちを取り囲んでいた。
「アーサー!!」
「指図すんじゃねぇ!!」
皆が浮き足立っているところ、俺とアーサーはすでに蜘蛛の一角に向けて走り出していた。
敵に取り囲まれた際は、どこでもいいからとにかく一点突破を狙って打開するしかない、とアーサーは本能的に察していたんだろう。
しかも敵は蜘蛛だ。
どんな蜘蛛かは知らないが、糸や毒を吐き出すみたいな遠距離攻撃をされれば一溜りも無い。
俺はアーサーの動きに合わせ、蜘蛛の左側を狙う。
蜘蛛は複数の足で叩きつけてきたが、アーサーから繰り出される拳により弾かれいた。
蜘蛛がアーサーに気を取られたスキを見逃さず、俺は左側から蜘蛛の足を剣で叩き切った。
バランスの崩れた巨体がズシンと大地へと崩れ落ちるや、それを見たリュゼが「走れ!!」と号令を掛けて囲まれている状況から抜け出すことに成功した。
「また囲まれてはダメよ!!皆散らばって!!」
息つく暇もなくアリシアから指示が飛ぶ。
アーサーは1体を戦闘不能に追いやった直後もすぐさま次の獲物へと向かって飛び出していた。
そちらはアーサーに任せ、俺は反対側にいる蜘蛛へと駆け出して斬撃を与える。
「……ハル!!俺も手伝う!!」
ロータスが加勢に駆けつける。
蜘蛛は俺たちの動きを封じるべく、何体かの蜘蛛は俺たちにお尻を向けて糸を射出した。
その糸に絡め取られないように躱しつつ、1体、また1体と蜘蛛を処理する。
見た目がアレなだけでそこまで大したことは無いようだな。
そう思った刹那、今度は蜘蛛は口から液体を射出した。
「うわっと!!」
咄嗟に避けたが、その液体が剣に付着しており、シュワシュワと音を立てて溶かしてゆく。
「気をつけろ!!酸の毒を吐くぞ!!」
蜘蛛は次々に毒液を吐きかける。
溶かされてまともに使えなくなってしまった剣を蜘蛛に向かって投擲したが、足により弾かれた。
「…ハルっち!これ!!」
ヴィオラさんが毒液を躱しながら新たな剣を届けてくれた。
「ありがとう!」
すぐさま剣を取る。
すると、後方から矢が次々に射出された。
どうやら非戦闘職の皆が弓矢で後方支援してくれていた。
射られた矢にそこまで威力は無かったものの、何本も降り注ぐ矢の1本が蜘蛛の目玉に刺さって悶え苦しむ。
さらにはフェンさんの使い魔が蜘蛛の足元をチョロチョロと走り回り、中には蜘蛛の足に噛み付いて動きを止める。
足元には使い魔。上空からは矢。
いくら多数の目があるとはいえ、蜘蛛はそれらを処理し切れていない。
今しかない!!
俺は剣を逆手に持ち、蜘蛛1体へと狙いを定める。
そして渾身の力で剣を投擲した。
投げた剣は一直線に蜘蛛へと向かい、そのまま蜘蛛1体を貫き、そのまま絶命した。
「よしっ!!ヴィオラさん、次!」
「そっか!よし、俺も!!」
ロータスも俺と同じく槍を投げ、それにより蜘蛛1体を討ち取った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ふぅ………終わったか………」
10体いた巨大蜘蛛は、俺、ロータス、そしてアーサーにより全滅せしめた。
リュゼはどうやら後方より指示を出していようだ。
蜘蛛の吐き出していた毒液で負傷者も少なからず居たものの、リオさんによりすぐさま治療が施されて事なきを得ていた。
「……こんな蜘蛛がエリアにいたのか……」
ロータスがぼそりと呟く。
………
「………おかしい。」
「………え?……おかしいって、何がだよ?」
「明らかに劣勢だった筈なのに、コイツらは逃げる素振りすら見せなかっただろ?」
「……ん……まあ、言われてみればそうだけどよ………蜘蛛にそんな頭が無かったんじゃね?」
「……有り得ない。いくら蜘蛛だと言えども、魔物が引き際を知らないなんて。」
……考えたくはない。
可能性として。
「皆!休むのは後だ!!早く撤収を……」
リュゼがそう言いかけた時だった。
「ブラボー!!実にブラボーですぞ、紳士淑女の諸君!!」
という男の割にやけに甲高い声と共に、派手なタキシードを来た謎の男が目の前に現れた。
「…………おやぁ!?ややや!!そちらにおりますのは私共の商品ではありませんか!!是非とも、それを私共にお返し頂けますかな?」
その男はエリオの姿を確認するなり俺たちに提案した。
「もしもお返し頂くのであれば、苦しまずに殺すのをお約束いたしますぞ!ささっ!如何ですかな!?」
「……な……何言ってやがる……!!」
「…そ、そうよ!!結局殺すってことに変わりないんじゃない!!」
「まぁまぁ落ち着きたまえ、紳士淑女の諸君。そういえば自己紹介がまだでしたな。私の名はディガー。短いお付き合いですが、どうぞ宜しくお願い致します。」
そう言うとディガーはパチンと指を鳴らす。
すると、森の中から突如として筋骨隆々で頭に角を生やした、日本でいう鬼のような魔物が現れ不気味な咆哮をあげる。
「ほっほっほっ。この子は先の蜘蛛とは別格でしてな。この辺りでは滅多とお目にかかる事は無い魔物で『オーガロード』という魔物にございます。」
「……オ……オーガロードだと……!?」
「何も心配することはありませんぞ。その商品を大人しく渡してくれるならば、一思いに殺して差し上げますのでご心配無きよう。」
オーガロード……
ギルドでの討伐クラスで言えばSクラスの魔物だ。
それをこのディガーは使役している……
「……お前たち!!ここは私に任せて逃げろ!!」
引率の先生が声を張り上げて前に出た。
………こんなもの……敵うハズも無い……!!
「ほほう。命を賭して生徒を庇うその心意気……さすが聖職者と言えますな。しかしながら……」
オーガロードがグォォと唸りをあげたかと思いきや、強烈なパンチが先生を捉え、あっという間に吹き飛ばしてしまった。
「……は………せ、せん……せい………?」
あまりの速さに皆言葉を失っている。
「……じ……上等じゃねぇか……!!」
「ア、アーサー!!何を!!」
「テメェらビビりはそこで見てやがれ!!」
アーサーはオーガロードに駆け出して戦闘を開始する。
一撃でも喰らえば殺人級のパンチを繰り出すオーガロードの拳の合間を紙一重で躱しつつも時折カウンターを見舞っている。
……だけど、ハッキリ言ってダメージを与えられているとは思えない。
「……アーサー……!!」
「ハル!!待って!!」
アリシアは俺を止めた。
「このまま見てられるか!!殺されるぞ!!」
「……分かってる……だから、私も戦うわ……!!」
「……アリシア……!?」
「………私のスキルは覚えてるわよね?」
「………!!」
……なるほど。
アリシアのジョブなら……もしかすると……
俺はコクリと頷き、武器を取ってすぐさま援護に向かう。
アーサーへの対応に夢中だったオーガロードは横からの俺の攻撃をまともに受けた。
しかしながら、オーガロードの硬い表皮には傷一つ付けられない。
「テメェ!!何邪魔を!!」
「アーサー!!協力しろ!!じゃないと死ぬぞ!!」
オーガロードがギロリと俺を睨んだかと思うと、とてつもない速度のパンチが視界を覆う。
「……ぐっ……!!」
俺は身体を捻ってなんとか躱したものの、その風圧だけでハッキリと分かる。
直撃は『死』を意味する、と。
「死んだら殺すぞ、ハル!!」
「……あぁ……!!」
アーサーも矛盾した事を言うもんだ。
でも、今の俺にはそんなアーサーが何よりも心強く感じる。
思い返せ。
このグランツでのアーサーの立ち回りを。
コイツは何も考えない無鉄砲な戦い方はしない。
前世で培った現代日本の戦闘技術。
それに加え、この世界で授かったジョブと、培った経験。
アーサーはその天才的な能力でそれらを統合し、自身の力として昇華させている。
アーサーがオーガロードへと駆け出して攻撃を繰り出す。
振り返ったオーガロードがアーサーへと攻撃を見舞うも、アーサーはどれも紙一重で躱している。
そこへ今度は俺が裏から突進して剣で突き刺す。
しかしながらなんて硬い皮膚だ……!!
剣先が少しばかり刺さったものの、殆ど刺せずに皮膚と筋肉で止められた。
さすがのオーガロードも少しチクリとしたのか、振り返っては俺に拳を見舞う。
殺人級の速度ではあるものの、その軌道は読みやすい。
俺も同じように紙一重で躱し、その間にアーサーが裏から拳を叩き込む。
徐々にではあるものの、少しずつダメージは与えられているハズだ。
まさか、この世界に来てアーサーと連携するなんてな……
その時、アリシアのスキルで俺とアーサーにバフが掛かり、さらにオーガロードにはデバフが掛かる。
「……こりゃあ……!?」
「……アリシアのスキルだ。スピード、上げてくぞ。付いてこれるよな、アーサー?」
「……ククッ……!誰に言ってやがる……!!」
俺たちにバフ・敵にデバフ。
それにより、徐々にオーガロードに対してダメージを与えられた。
アーサーのパンチでオーガロードは分かりやすく怯み、俺の斬撃でもようやく硬い皮膚を斬ることに成功する。
さらにあの殺人級だった速度の拳も緩慢になり、より避けやすい。
師匠の教えによると、どんな動物でも急所が存在する。
急所は魔物によっては異なり、例えばワニなんかは目が急所だが、意外にも鼻の穴が急所なのだそう。
今回のオーガの急所。
それは脇腹だ。
ただ、単に脇腹を攻撃したとて意味はない。
硬い皮膚、筋肉、そして肋骨という三段構えだ。
しかし、これらの防御壁を破る方法が存在する。
それは、オーガの腕が伸びきった時だ。
その時、硬い皮膚と筋肉が引き伸ばされて薄くなる。
あとは肋骨の隙間を通して剣を突き刺すのだ。
何度かチャンスがあったものの、いずれもその肋骨の隙間を通せずに剣は阻まれた。
……冷静になれ……
「……ハァ……ハァ……アーサー……奴の弱点は脇腹だ。そこに剣を刺す……」
「……アァ!?」
「狙い目は奴の腕が伸びきった時だ……肋骨が邪魔だけど……」
「……チッ……面倒な……!!」
アーサーと横並びになり、呼吸を整えつつ気持ちを落ち着ける。
戦闘に夢中で気付かなかったが、クラスメイトらは祈るような気持ちで俺たちの戦闘を見守っている。
……サイラスの奴はこんな時でも音楽を奏でてるし。
それと共に、どこからか鐘の音とは違うカンカンと金属音も聞こえた。
……なんだ……この音……?
「来るぞ!!」
「うわっ!!」
アーサーの警告で我に返り、オーガロードの攻撃をすんでのところで躱す。
すぐさま俺とアーサーは挟み込むように立ち回る。
「クソッタレ!!……俺だって……俺だって……!!」
ロータスがそう叫ぶとディガーに向かって攻撃を始めた。
「ほほう。術者の私を狙いに来ましたのですな。」
横目で見たが、ディガーはロータスの槍を持っていたステッキでいなす。
ロータスはアーサーほど強くは無いが、それでも【騎士】というジョブ持ちだ。
それを簡単にいなしているって事は、あのディガーも結構なやり手だな……
いや、今はそれどころじゃない。
目の前のオーガロードを一刻も早く倒さないと!!
オーガロードはバフの掛かったアーサーの手数の多さに対処が追いついていない。
繰り出される拳を躱してはフックであばらへ。執拗に拳を叩き込む。
背後からはチクチクと俺が斬りつける。
オーガロードは完全に俺たちに翻弄された。
そして、幾度目かのアーサーの拳により、あばらを殴った際にボギャッという鈍い音が鳴る。
痛みによりオーガロードが呻く。
アーサーは更に反対側のあばらへも拳を叩き込み、同じように骨を砕いた。
「テメェは終わりだ……!!」
俺はアーサーの背後へと回り込む。
アーサーはそれを確認してか、ニヤリと笑みを浮かべた。
オーガロードは怒りの形相でアーサーを睨み、渾身の力で殴り掛かる。
アーサーはそれをヒョイと躱し、アーサーの背後から俺がオーガロードの脇腹へ向けて剣を突き立てて突進した。
そのまま剣はオーガロードの皮膚を突き抜け、筋肉を断ち切り、破壊された肋骨をすり抜け、剣はそのままオーガロードの心臓を刺し貫いた。




