第53話 追跡
Axelへとリンクした俺は猛スピードで街中を駆け出し、ステラが待つ図書館へと急ぐ。
屋根伝いに街中を駆け抜けながらも、眼下では衛兵がアリシアの捜索のためにと駆け回っている姿が目に映った。
図書館の門にはステラが待っており、俺はそのままステラの前で着地した。
「……あら!ハルさ……」
俺は慌ててステラの口を塞ぎ、人差し指を立てて『内緒だ』というように自身の口の前へと当てた。
「……し、失礼致しました………」
ステラの衛兵が俺の姿を見るなり驚いていたが、危うく俺の名を呼ばれるところだった……
いや、今はそんなことよりもだ。
「分かっておりますわ。アリシア様ですわね。着いてきてくださいまし!」
ステラが先導し、俺はその後ろからついて行く。
衛兵らはいきなり走り出したステラに慌てて名前を叫びながら追いかけてきていた。
ステラは走りながらもスンスンと鼻を鳴らし、アリシアの匂いを辿ってゆく。
「……この壁の向こう側から濃い匂いが致しますわ……」
そう言ってステラが立ち止まった先には高い壁がそり立っている。
「どういたしますか?壁を破壊致しましょうか?」
それはダメです。
さすがにアリシアのためとはいえ、ね。
後ろから追いかけてきていた衛兵らは息を切らし、足が覚束無い様子だ。
悪いね、衛兵さん。
でもこれも全てアリシアのためなんでね。
俺はステラをお姫様抱っこのように担ぎ上げる。
その際にステラは顔を赤らめて「まぁ!」と嬉しそうな表情をしていたが。
構わずに俺はステラを担いだまま少し後ろへと後ずさり、助走を付けて壁を蹴って跳躍し、そり立つ壁を乗り越えた。
壁の向こうは城下町にこんな場所があったのかと思うほどに昼間なのに薄暗い場所だった。
チラホラ見える人影もあるが、どこかしら陰鬱そうな気配が漂う。
壁を乗り越えた所でステラを下ろし、アリシアの匂いを辿ってもらう。
「……もう少し向こうですわね……」
再度ステラが先導し、俺が追随する。
道幅は狭く、時折見える人影のほとんどが全身をボロ布で身を包んでおり、そこから覗く眼光は見慣れない余所者である俺たちに厳しい視線を送っている。
地球で、俺はスラム街なんて行ったことは無い。
そんなのはテレビとか、あるいはネットの動画でだけチラッと見た程度だ。
その映像を見た時は「そんな場所があるんだ」程度のものだったが、実際に自分の目で見てみると全身にチクチクとしたような視線を感じる。
ステラはそんなことなどお構い無しだ。
「……ここですわね。」
ステラは立ち止まり、身をかがめている。
俺が覗き込むと、道の真ん中には鉄製のフタが見て取れる。
所謂マンホールだ。
「匂いはこの丸い鉄盤で途切れていますわ。」
……なるほど。
奴らはこのマンホールから地下へと逃げた訳か。
んじゃあ、早速フタを開けて………
「………テメェら……そこで何してやがるんだぁ?」
振り返るとそこには数人の人影が立っており、その男の言葉を皮切りに俺たちを取り囲むように路地から続々と人影が現れる。
「……おいおい見ろよ……ありゃあ中々の上玉じゃねえか……!」
「よそもんがこぉんな場所に来ちゃあ危ないぜぇ?」
俺たちを取り囲んでいる連中は全身ボロ布で覆っているが、その隙間からはナイフの刀身がチラチラと見える。
「ご大層な鎧なんざ着てよぉ……ちょうど良い……テメェから剥ぎ取って売れば相当の金になるなぁ……」
「……へっへっへっ………」
連中は卑しく笑う。
「……ハル……いえ、黒衣の騎士様。ここは私めが……」
そう言うステラを俺は手で制した。
悪いが今はお前らの相手をしてる場合じゃあ無い。
俺の女神様が……大切な友達が……この国の王女が連れ去られている。
それに、おそらくコイツらはアリシア誘拐について共犯者である可能性がある。
俺は1人の男に狙いを定め、大地を蹴って一瞬で懐へと飛び込み、卑しく笑って覗かせていた汚い歯目掛けて拳を叩き込んだ。
歯が砕けるような音と共に男は吹き飛び、壁に叩きつけられて失神した。
「……テ、テメェ……!!」
「上等だ!!やっちま……!!」
悪いね。
最後まで言わせてあげなくて。
でも、これが集団戦での鉄則だという師匠の教えだ。
俺は奴らが戦闘態勢に移行する前に攻撃を続ける。
ある者はは顎を砕く。またある者は足の骨を砕く。またまたある者は腕をへし折る。
折れた骨が筋肉を突き破り露出する。
その光景に尻込みしている連中も居たが、俺は容赦しない。
1人、また1人と男どもを無力化させてゆく。
中には後ろから不意打ちしようと忍び寄って来る者もいたが、俺の目に死角は無い。
【人形師】の熟練度により、三人称視点や俯瞰視点があるからだ。
増してや、こいつらは戦っているAxelが人形だとは思ってもみないだろう。
何名かは余りの力量の差に恐れて逃げたものの、俺たちを取り囲んでいた連中は全員無力化させることに成功した。
「……さすがは黒衣の騎士様ですわ……!」
ステラは俺の戦いぶりにウットリとした表情を浮かべていた。
構わずに俺は1人の男の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「……わ、悪かった………た、頼む……い、命だけは………!!」
そいつは折れた骨が腕から飛び出し、左腕は滴る血で真っ赤になっていた。
俺はその男にも分かりやすくマンホールを指差す。
「………たた……頼む………!!……俺たちゃあ頼まれただけだ……!!」
俺は更に胸ぐらを強く握りしめ、さらに捻りを加えて襟で首を絞めつける。
「……ほ……ほん……とう………だ…………!!……誰かは………知ら…ねぇが…………金で………俺たちに………ここに………………………」
嘘は言っていないようだ。
力を緩めると男はドサッと地に落ちては咳き込んでいる。
「………た…………たのむ…………見逃して……………」
うるせぇ。
もしもお前らが勝っていたら、逆に俺たちを見逃したのか?
自分たちだけ都合が悪くなれば助けてもらえるとでも思ってるのか?
「……ヒィ……!!」
俺は男に蹴りを浴びせ、それにより男は吹き飛んで失神した。
「……あぁ!!ハル様!!流石ですわ!!私、惚れ直してしまいました!!」
ステラは突然抱き着いてきた。
俺はそんなステラをズイと押しのけ、紙にある事を書き記した。
『ステラは一度戻り、衛兵へこの場所を教えて欲しい。この先は俺が先行して調べる。』
「……そんな……!!私めも一緒に……!!」
『コイツらをこのまま放置しておく訳にもいかない。それに、俺が仮にこの先で負けたとしても人形である俺なら無事だが、ステラはそういう訳にもいかない。』
「………ハル様………」
『ここまで来れたのはステラのお陰だ。ありがとう。』
「………分かりましたわ。衛兵を連れて来ましたら、私めもハル様を追い掛けますわ。それまで、どうかご無事で…!!」
俺は力強く頷き、そうしてマンホールの蓋を持ち上げた。
穴を覗き込むとハシゴがあり、その先は少しばかり明かりが漏れているのが見て取れる。
早速俺は穴の中へと飛び降りた。
上から見えていた通り、穴の中は明かりが灯されている。
壁に備え付けられている蝋燭の火が、直近で誰かが付けたものだという証拠だ。
俺は明かりを頼りにどんどんと奥へと進んでゆく。
時折道が二手に分かれている場所があったものの、灯されている蝋燭を辿って進んでゆく。
ここは一体何のための地下道だ?
下水道、という訳では無さそうだ。
じゃあ坑道か?
…………
いや、エルミリア王国の歴史なら学校でも学んでるけど、首都ヴァレンティアが昔は鉱山で栄えた、なんて歴史は無いはずだ。
そもそも、この穴がスラム街に続いている、というのも気にかかる。
………一体…………何のための…………
歩を進めながらそんな考えが頭を過ぎらせていた時だった。
蝋燭の明かりが途絶え、そこには掘っ建て小屋が見えていた。
その小屋の前には見張りと思しき人物が2名立っており、こんな場所には似つかわしくない装備をしている。
………当たりだな。
俺はShadowを取り出してさらにリンクし、小屋の近くへと走らせた。
2人の見張りはShadowに気付く様子も無い。
小屋は簡素な作りなのか経年劣化なのか、所々に隙間が生じ、小屋の中の明かりが外へと漏れ出している。
俺はその隙間からShadowを滑り込ませ、中の様子を窺った。




