第51話 黒のナイト
「はーい!じゃあ次はあたしから!ハッピーバースデー、アリシア!あたしからはコレ!」
アリシアが包みを開けると、そこには色とりどりの石鹸が入っていた。
さらにもう1つ、手作りと思われる編み込まれた紐も入っていた。
「この石鹸、あたしも最近使い始めたんだけど、いい香りもするし肌もツヤツヤになるの!とってもオススメだからアリシアにも使ってもらいたくって!」
「ありがとうリリー。それで……こっちのは?」
「それは日本で言うミサンガ。あたしのジョブでアリシアにとっても相性のいい素材で作ってて、もしもアリシアに災いがあるなら知らせてくれるんだよ!」
「……ミサンガ……聞いた事あるわ。」
「もしもそれが切れちゃうことがあれば、アリシアにとって良くないことが起こる前兆だからね。」
「……ありがとう。大事にするわね。良かったら、結んでくれる?」
「うん!」
リリーはミサンガをアリシアの手首へと巻いて結んだ。
「…よし、ハル!トリは任せた!」
そう言って間髪入れずにロータスがリリーと入れ替わるようにアリシアへとプレゼントを手渡した。
………しまった!!やられた!!
順番的にはプレゼントを渡すのは残りは俺とロータス。
ロータスは最後のトリを任せられるのを嫌い、俺よりも先にアリシアへとプレゼントを渡した。
……あの野郎……!
「や、やあアリシア!俺からのプレゼント………って言っても、そんな大したもんじゃあ無いんだけどさ………」
「気持ちだけでも嬉しいわよ、ロータス。」
「そ、そう?……じゃ、俺からはこれ!」
ロータスから手渡されたプレゼントの包みから現れたのはチーズだった。
「……あ、いや……俺んとこってさ……実家が酪農家だもんで………俺も手伝ったってのもあるけど……今回のはめちゃくちゃ美味いんだよ!パンに乗せて焼くだけでもホントに美味くて……!!」
「ありがとう、ロータス。なら、早速試してもいいかしら?」
「……え……あ、あぁ!もちろん!!」
そういうと執事と思しき人がアリシアからチーズを受け取り、ロータスに言われたようにパンに乗せて焼いてゆく。
すぐさまチーズの芳醇な香りが立ち込め、それなりに腹が膨れていたにも関わらずに食欲をそそった。
そうしてチーズがいい感じにトロリと溶けたところでアリシアが1口。
「………ど……どう……かな………?」
「……美味しい……!」
「良かった!」
「ありがとう、ロータス。みんなにも分けてあげても?」
「もも、もちろん!」
ということで、一人一人にそれぞれ配られ、1口。
………うん。
美味え!!
正直、チーズなんてどこもそんな変わらないだろ?って思ってた。
でもロータスが持ってきたチーズは日本で食べるそれと同じか、それ以上とも言っても過言では無い程に香りが豊かだ。
それは貴族の方々も同じ感想らしい。
「じゃあ最後だな!ハル!」
ロータス、いちいち『最後』とか言わんで宜しい。
………でも、俺のプレゼントは………正直、今日みんなが渡したプレゼントの中でも1番ショボい。
みんなが渡すプレゼントを見る度、『こんなものをプレゼントだなんて何考えてんだ』って後悔の念が強まっていた。
「………えぇっと………その………俺からは………コレを………」
そう言って俺は皆よりも一層小さい箱をアリシアへと手渡す。
アリシアが包みを開け、中から現れたのは2つの駒だった。
馬の頭を模して作った駒。
チェスのナイトの駒だ。
「………お……俺………アリシアに何をプレゼントすればいいか分かんなくって………ごめん!普通なら全部の駒を作んなきゃ意味無いって分かってたけど……時間が無くって………」
このナイトの駒は俺自身が木を削って作り上げた。
当初は全ての駒と盤を作ってプレゼントしようと考えてた。
でも、今まで彫刻なんてしたことも無い俺は、散々失敗を積み重ねた。
そこで、最終的にはAxelにリンクして作り上げた。
なぜなら、Axelであれば本体の俺の力量よりも上回る性能を持っているから。
硬い木でもAxelならスルスルとナイフが通る。
ただ、ナイフが通り過ぎて失敗もしたけど。
そこで俺は多少硬い木くらいのほうが作りやすいとの事でニックスウッドとかって名前の木で削り出した。
その木は硬すぎるせいで加工なんて出来ないので、基本的に丸太のまま打ち込み用として使われてるくらいだとか。
そうしてなんとか満足のいく仕上がりになったのがこのナイトの駒2つだけ。
色の違いは使ったニスによるものだ。
………でも………ガッカリするよな。
プレゼントだってのに、ナイト2つじゃチェスなんて出来ないってのに。
「……ごめん………他の駒は………」
「………ハル。ありがとう。大事にする。」
「他の駒はさ!また作り上げるから……」
「いいえ、大丈夫。」
俺は申し訳なさからアリシアの顔を見れなかった。
『大丈夫』か。
『アナタからのプレゼントなんて期待してないから』って事だろうな。
もしくは、『こんなゴミみたいなもの、もう送り付けてこなくていい』って事かも。
「………ごめん………」
「謝らないで、ハル。」
そういうアリシアの声はとても柔らかかった。
俺はふと顔を上げてアリシアを見つめると、アリシアはナイトをギュッと握りしめて笑顔でこう言った。
「……ありがとう………大事にするわ。」
「……え………あ………う……うん…………」
人生で2度目だ。
一目惚れをしたのは。
1度目は前世の高校の入学式の時に桜庭さんを見た時。
そして2度目が今日だ。
一目惚れ、という言葉があるなら、今日で二目惚れだ。
今まででも何度かこうしてアリシアと面と向かって会話したことはある。
でも、今日の彼女の表情は………美しいとか………そういうんじゃなくって………
尊い、とでも言うのかな。
「ありがとう、ハル。」
「……き……気に入ってくれたんなら………良かった………」
その後もパーティが続き、テーブルに並べられた食事を引き上げて今度はデザートが並べられた。
さらには壇上にてさまざまな演劇が催された。
でも、正直俺は心ここに在らず状態だ。
あのアリシアの、笑顔でプレゼントを受け取ってくれたあのアリシアの表情で、俺は完全に魂を抜かれたかのように惚けていた。
「しかしながらミスターアルフィード。なかなかにニクいプレゼントだったではないか!」
「うんうん!手作りの駒だなんて!」
「……手作りってんなら、アキとトーヤもだけど。」
「ハル氏よ。我々が作ったのはあくまでもアリシア氏が持っていないかもしれない、というもの。それに比べ、ハル氏のはアリシア氏が好きなチェスというところから、ナイトの駒を贈ったのでしょう?」
「………まあ………うん………」
「それにさ!ナイトを贈るだなんて……なんかすっごく良い!!」
「そそ、そうだよハル!!元気だして!アリシアさんも喜んでたじゃん!」
落ち込んでる訳じゃあ無いんだ。
むしろ、あの笑顔が頭から離れなくって。
「ちゃんとトリとして立派だったぜハル。」
「…………うん…………」
みんなは俺が落ち込んでると勘違いしてる。
でも、そうじゃないんだ。
壇上で行われてる演劇を見て楽しむアリシア。
貴族の人達との相手に少し疲れたような表情をするアリシア。
シェフが作ったデザートを口にするアリシア。
俺の心は完全にアリシアに支配されてしまった。
思えば、俺は前世も含めて本気で誰かに恋をしたことなんて無かったのかもしれない。
確かに桜庭さんを初めて見たときは心を奪われた。
でも、それは単なる憧れだったのかもしれない。
今回のこれは、そういうのじゃあ無い。
「さて!私もミスアリシアの為に、それと、今日来てくれた皆様のために、一肌脱ぐとしましょう!」
そう言うとサイラスは飛び込みで壇上へと上がり、タクトを振ってジョブを発動させた。
それにより、即興コンサートが開幕された。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
パーティはまだまだ続いており、今では会場内ではダンスパーティーが行われている。
と言っても、俺はダンスなんてやったこともないもんで、ベランダに出て景色を眺めていた。
アキやハル、ロータスにリリー。
彼らはプレゼントの受けが貴族の方々のお気に召したのか、ダンスの誘いを受けており、踊れないながらも楽しそうにしている。
……俺?
俺んとこなんて誰も来ませんよ。
だって、渡したのは貴族の誰からも受けが良くないチェスの駒だったからさ。
てなわけで、居心地が悪くなった俺はこうして外の景色を楽しんでるってわけ。
………………
………いや……少し違うな。
正直言うと、アリシアが貴族の息子らとダンスをしているのを見てられなくなったからだ。
分かってる。
俺とアリシアとでは住む世界が違う。
そもそも釣り合いなんて取れるハズも無い。
彼女はこの国の王女だ。
貴族の方々とも仲良くしなきゃならない。
………でも………それを見るのが辛いな………
「こんな所にいたのね。」
「ふぇっ!!?」
驚いて振り返るとそこにはアリシアがいた。
「……アア、アリシア!?ダダダ、ダンスは!?」
「落ち着いて。ダンスなんて退屈なだけよ。みんな下心丸出しで気持ち悪いわ。」
「……アリシア……そんなズバッと言っちゃって……」
「それよりも、このナイト。ハルだけで制作を?」
それよりも、って。
貴族の息子らを気持ち悪いって切り捨てておきながらそれはどうでもいいのか………
「……う、うん………最初は俺自身で作ってみたけど……Axelのほうが器用さも上がるみたいでさ……ただ、Axelで削ると木が削れすぎるっていうのかな………」
「………それで?」
「それで、硬い木を……確か、ニックスウッドって名前の木だっけかな。それを削って……」
「………相変わらず、規格外ね。」
「……え?」
「何でもないわ。それより、このナイトの片方、ハルが持っててくれる?」
「………片方?……ど、どうして……?」
「…………私がそうして欲しいから。」
そう言ってアリシアは白のナイトを俺へと手渡した。
「…………やっぱり………いらなかった……?」
俺がアリシアに問うてみたが、なぜかアリシアは顔を背けていた。
「……勝手に解釈しないで。私は嬉しかったわ。」
顔を背けながらもアリシアはそう言った。
「それじゃ、私はそろそろ行かないと。ハルもパーティ楽しんでね。」
「……あ………うん…………」
アリシアは足早に会場内へと戻って行った。
………白のナイト………か。
俺はアリシアから渡された白のナイトを見やる。
どうしてアリシアは白じゃなく黒のナイトを持っていったのかな。
勝手ながら、アリシアのイメージカラーは白なのに。
………………
……まあ、喜んでないって訳じゃ無さそうだから、別にいいのかな……?
……にしても……貴族の方々は下心丸出しで気持ち悪い……か。
凄いことカミングアウトしたなこれ……
確かにそうなのかもしれないけどさ。
あのデブっちょ……いやいや、恰幅の良い貴族の方なんかはジロジロと舐めまわすようにアリシアを見つめるそのいやらしい目つき。
確かに男の俺からしてもあんなのに舐めまわすように見つめられたらと思うと鳥肌が立つな……
改めて俺はバルコニーから外を眺める。
バルコニーから見える城下町の様子。
建物の窓から灯された明かりが夜の街並みを照らしている。
視線を落として城下町から城の中庭のほうを何気なしに見やる。
普段から手入れがなされ、美しい中庭には豪華な噴水もあるが、今は夜の闇のせいでほとんどが見えない。
…………ん…………?
………いま………何か動いた…………?
目を凝らして見てみる。
…………………
………確かに、何かがいる。
なんだ?
………王宮の庭師………な訳ないか。
こんな時間から庭の手入れなんてするはずも無い。
「おーーい!!ハル氏!そろそろ我々もお暇する時間ですぞ!」
後ろからアキが俺を呼び、ハッとする。
その時、庭にいた何かも俺の存在に気付いたのか、身をかがめてジッとしていた。
「ハルーー!ここ、こんなとこにいたのか。そ、そろそろ帰ろうよ。」
「……あ、あぁ……うん。」
振り返って返事をした後、再度庭を見やったが、そこにはすでに何者かの影は見当たらなかった。




