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砂漠の月(第一部 碧沿)  作者: kohama
第二章 春
57/60

第18話 剣の稽古

カン!カン! カン!

夕暮れ時、アイラとリワンは 湖畔のリワンの家の前で、兵舎の見習いが使う木の剣を手に 打ち込みをしていた。

リワンは片手で剣を持ち、ごく軽い力で リズミカルにアイラに打ち込んでいった。

アイラは必死に防ぎながら、疑問を口にした。

アイラ「…こんな弱い力で、練習になるの?」

リワンはそれを聞くと、無表情で いきなりパシッとアイラの肩に当てた。

アイラ「イタッ!」

リワン「ほら、斬られちゃいましたよ? 先日のような、致命的な一撃を防いで逃げるのが目的です。まずは一本も入らないようにして下さい。剣の扱い方に慣れて」

アイラ「…はい」



湖畔の奥の方から、夜逃げの親子三人が、大きな帽子を被り、籠(かご)と農具を持って引き上げてきた。

リファは親子の話し声を聞くと研究室から出てきて、籠の中をのぞき込んだ。

リファ「わぁ! 助かります。ありがとうございます!」

リファは指を組み、感激して言った。

農夫「言われた通りにやっておきました。あの端のほうに新しく植えてあるのは、半日陰の方がもっとよく育ちそうですけどね」

リファ「…そうですか?」

農夫「葉っぱが似てるのを育てたことがあったから…。まぁ、やってみないとわからねぇけど…」

リファ「…では、試しに一部 そうしてみて貰えますか?」

農夫「あい。じゃあこれ、玄関前に置いておきますね。葉と茎と根を分けて、洗ってありますから」

リファ「ありがとうございます!」

リファは感激したまま、ペコリと頭を下げた。


ノラ「アイラ!」

農夫の娘は、夕日を受けながらアイラに駆け寄った。

リファも 娘の後に続いてスキップをしてみたが、途中でスーッと血の気が引いたので、フラフラと歩いて行った。

アイラ「ノラ! 畑、どうだった? 疲れたでしょう?」

ノラ「平気よ。慣れてるもの」

アイラ「そっか」

ノラ「ねぇ、アイラはどこに住んでるの? 仕事はしてないの? もしかして、お金持ちの子? どうして男の子の格好して、お城の人と剣の練習をしてるの?」

ノラは アイラをまっすぐに見て、質問攻めにした。

農夫一家は、アイラの素性をまだ知らなかった。

アイラ「えっ…?! …っと…」

アイラは、横に居るリワンとリファをチラリと見た。

リワンは小さく肩をすくめ、リファは目をパチパチとした。

アイラ「ち、近くに住んでるの。仕事は…、何かしないと とは思ってるんだけど…。お金持ち…? かどうかは、わからない…。剣を習ってるのは、草馬(そうま)が来てから物騒だから、護身術を身に着けようと思って、頼んだの」

ノラ「ふーん…? そうなんだ…」

ノラは目をパチパチさせて、アイラを見つめた。


奥さん「ノラ! 行くよ!」

ノラ「はーい! じゃあね、アイラ、リファさん、お城のお兄さん」

ノラは手を振って、両親の元へ走っていった。



家族が行ってしまうと、リファは横目でアイラを見た。

リファ「アイちゃん、どうせその内バレるわよ?」

アイラ「うん…。まぁできるだけ、ね…。あの奥さん、ちょっと信用ならないし…」

リファ「…そうなの?」

リファは無垢な瞳で アイラの顔を見つめた。

アイラ「ルカに強いお酒飲ませて眠らせて、私に 言う事聞かなきゃルカの足を切る、って言った」

アイラは ブスッとして言った。

リファ・リワン「えぇっ?!」

リワン「そ、それは、ルカさんには言ったんですか?」

アイラ「…言ってない…。言ったら、今からでも追い返しちゃいそうだもん…。リワン、言わないでよ?」

リワンは半目になった。

リワン「……。」(そんな訳にはいかないな。一応、耳には入れとかないと…)

リファ「アイちゃん、そんなことされて、よく連れてきたわね…」

アイラ「だって…。私も追い詰められたら、どうなるかわからないし…」

アイラは口を尖らせた。

リファ「そっか…。人って弱いものよね…」


アイラは顔を上げると、リファの汚れたエプロンを見た。

アイラ「今日は研究できたみたいだね。作業を請け負ってくれる人が見つかって良かったね、リファ」

リファ「うん! 今日は久々に、やりたかった事ができたの!」

アイラ「へ…ぇ?」

キラキラしたリファに、アイラは笑顔を貼り付けたまま たじろいだ。

リファ「不思議なのよ! 二つの薬草を混ぜて、その割合を変えて五つ作ると、ある所からぐっと効き目が違うの。混ぜる片方をお湯にすると…」

アイラは、全く興味の無い リファの本日の実験結果をボーッと聞き流していた。

アイラ (リファは着々と前に進んでるんだな…。お金も貰って…。そりゃそうよ、薬って"必要"だもの…。踊りなんて、これっぽっちも"必要"じゃないわ…)

リワン「……。」

リワンは、どこか沈んだ目でリファを見ているアイラを 横目で見た。

リファ「でね、あの人達が もしできそうなら、今後、製造工程も 少しずつお願いしてみようかと思ってるの。お金は、まだほんの少ししかお支払いできないけど…」

アイラ「そっか。リファ、すごいね」

アイラは友人に微笑んだ。

リファ「ありがとう! あの三人を連れて来てくれた アイちゃんや兄さまのお陰よ! あと、エイジャにも感謝だわ」

リファは最後にそう言うと、ポッと頬を赤らめて微笑んだ。

アイラ・リワン「……?」

二人は 目をパチパチしてリファを見た。



エイジャ「あー、居た居た。交代ー」

エイジャが城の裏口の方から湖畔を歩いて来た。

アイラ (…? 今の、誰の声?)

アイラもリワンも、こちらへ来るエイジャの方を向いたので、ハッとして目を泳がせているリファには気付かなかった。

リワン「身体は もう良いのか?」

エイジャ「まーな」

アイラは、目を丸くしてエイジャを見た。

エイジャ「…何だよ?」

アイラ「何、その声?」

エイジャ「何って何だよ? 何か文句あんの?」

アイラ「無いけど…。カエルが変身した…」

エイジャ「は?」

エイジャは眉間に皺を寄せた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



王 (春か…。もう一年になるな…)

王は 独寝(ひとりね)の寝台で寝返りを打つと、ふと、月の光が 妙に床を照らしている事に気が付いた。

王は寝台から這い出て、窓の戸を大きく開けた。

花の香が冷たい夜風に乗って、どこからともなく匂ってきた。

夜空を見上げると、黄色い月が煌々と輝いていた。


<回想>

王妃「黄色い月が登れば

大好きなあなた

子供が生まれた頃を思い出して下さいな」

<回想終わり>


王は、妻がこの窓の前で自分の為だけに舞った、一年前の夜を思い出した。

妻が居なくなったという事以外に、この寝室で変化した事は何も無く、王は もう一度 振り向けば、窓の前に王妃が立っているのではないかと思った。

王「時は過ぎゆくものであろうよ、ユエ。でなければ、其方(そなた)はなぜ、今ここに居ないのだ?」

王は錆びついたような声で呟くと、窓の戸を閉めた。



・・・・・・・・・・・・・・・・



夕暮れの港町に、カモメがミャアミャアと飛んでいる。

男は、坂の上にある 白い壁に青い屋根の小さな家へ帰り着くと、二脚ある木の椅子に黒い上着をドサリと放(ほお)った。

その職業にしては体格の良すぎる彼の部屋は殺風景で、テーブルには勉強中の本がどっさりと積まれていた。

男はテーブルに置いてある水入れから コップに水を注いでゴクゴクと飲み、窓を開けた。

暮れゆくグラデーションの空に、黄色い月が出ていた。


突然、彼の首から下げたロザリオの紐が切れた。

男は、不思議そうに それを拾い上げた。

男がもう一度 窓の外を見やると、薄紫色の空に、星が尾を引いた。



・・・・・・・・・・・・・・・・



半月後、王は 執務室の窓から 昼下がりの眩(まばゆ)いバルコニーを見ていた。

先日 寝室で見た 窓からの月の光が、不思議と頭にこびりついていた。

王「一年か…」

ナザル「え…? あぁ、草馬(そうま)の統治になってからですか?」

王「それもそうだが…、うん、まぁ、そうだな」

ナザル (あぁ、王妃様が居なくなられてからか…)

ナザルは、窓の下の中庭に揺れる、春の花を見下ろした。

そこを 早馬が駆けて来るのが見えた。

ナザル (…?)

暫くすると、階段を駆け上がって来たのか、伝達役が息せき切って部屋に入ってきた。

伝達役「し、失礼します!」

ナザル「どうした?」

伝達役「そ…、それが…! これを…!」

伝達役は、小刻みに震える手を王に差し出した。

王「!」


・・・・・・・・


カン! カン! カン! カン!

午後の湖畔に、木を打ち合う心地よい音が響いていた。

アイラとリワンの打ち込みは、以前よりハイペースになっていた。

しかも、この所リワンは、少しずつ打ち込む強さを重くしていた。

リファ「アイちゃんすごいわ。上手になってる…」

湖畔の砂に座って見ていたリファは、感心して呟いた。

エイジャもその隣であぐらをかき、頬杖をついて退屈そうに見ていたが、少し離れたリワンに声を大きくして言った。

エイジャ「お前さ、攻めは教えねーの?」

リワン「教えない。姫の場合、返り討ちに遭うか 捕まるだけだ」

エイジャ「はーん? ま、じゃ、相手の数は減らねーから、ひたすら逃げるしかねーわな」

リワン「そうだ、な!」

カァン!

リワンは一際(ひときわ) 強く打ち込んだ。

アイラ「イッ…タ」

両手で剣を持って受けたアイラの手は、ビリビリと痺れた。

リワンは すかさずアイラの上腕を取り、首に剣を突きつけた。

アイラ「…っ!」

一瞬、リワンの緑がかった目が 冷たく光ったように見え、アイラは背筋がゾクっとした。


エイジャ「ハイ死んだー」

エイジャが どうでも良いように言った。

リワン「…?」

リワンはアイラの腕を離しながら、ふと 彼女の首元に王妃とお揃いの首飾りが無い事に気が付いた。

エイジャ「お前さぁ、手は取られんなっつってんじゃん。お前の場合、人質にされんのが一番マズイんだって」

アイラ「うん…」

エイジャ「今の、受けたらすぐ身ぃ引くんだよ」

アイラ「そんな事言ったって…。受けるだけで精一杯だったわ…」

リワン「〈エイジャに〉いや、俺が少し強かったかもしれない。…大丈夫ですか?」

アイラ「うん」

アイラは、自分をのぞき込むリワンから目を逸らし、恥ずかしそうに俯(うつむ)いた。

エイジャ「え? 弱く切り込んでくれる奴なんているん?」

リファ「う、受けられただけで、凄いと思うわ」

リワン「そうですね。練習の甲斐があります」

アイラ (…今、もしかして褒めてくれた?)

ニコリと笑ったリワンを見て、アイラはポッと頰を染めた。


リワン「ところで姫、首飾りは しなくなったのですか?」

アイラ「へっ? あぁ…」

アイラは自分の首元を触った。

リワン「いつの間にか外れてたみたいで、無くしちゃったの…。こんな事やってるからかな…。大分探したんだけど…」

アイラは悲しそうに俯(うつむ)いた。

リワン「……。私も気を付けて見るようにします」

アイラ「ありがとう」


アイラは木の剣に指を滑らせて はにかんだ。

アイラ「やればやるだけ…」

リワン「?」

アイラ「体力差を思い知らされるわ…。どうしてこんなに筋力に差があるのかしら?」

アイラは 座っているリファの隣まで来ると、ボスンとあぐらをかいて座り、湖を見つめた。

リワン「それは…、特化してるからでしょうね」

リワンも アイラの隣へ来て座った。

アイラ「特化?」

リワン「女は次世代の育成に振り切り、男はその守備に振り切っています。その能力に集中する為に、他の能力を捨てたようにも見えます。でも今の所 我々の種は滅びていないから、その戦略は成功していると言えるのでしょうね」

アイラ「生きるも死ぬも男次第って事? 何かそれ、腹立つわ…」

アイラは頰を膨らませた。

リワン「こちらだって、生きるも死ぬも 女次第ですよ」

アイラ「?」

リワン「我々 男には、あなた方の持つ子宮という臓器がありません。我々はどう逆立ちしたって、次世代を生み出せないんです。もっと時代が進んだら、女性が持つ臓器を男が持てるようになるのかな?」

エイジャ「ハハ。そしたら、女は用済みだな。世界中 全員男になるんじゃね? 強い上に、子供も産める」

リファ「つ…、強い事は、子供を産み育てるのには不利な気がするわ。子供って、甘えられる温かさや柔らかさが必要なんじゃないかしら…」

リワン「なら、男の中でも そういう柔和な特性を持つ者が、次世代を育てる役割に回るだろうな。結局、得意分野に集中するという戦略を取る限り、分離していく訳だ」


アイラ「世界が男だけになったら、人は滅びるわね」

エイジャ「何でよ」

アイラ「男は戦う事自体が、好きだからよ。殺し合って、最後は一つの大国だけになって、きっとその中でも争うもの」

エイジャ「一つってこた ねーだろ。極端すぎる」

リワン「戦うのが、好き、って訳では無いと思いますが…。守るために戦うのであって…」

アイラ「いーや。そもそも好きだと思う。ね、リファ」

リファ「えっ?! うーん…、まぁ確かに、道端で木の枝 持って戦ってる子に、女の子は居ないわよね…。攻撃性の高い個体の割合は、多いのかも…」


アイラ「攻撃性…。そうよ、攻撃性の低い人が王になったら、戦争にならないんだわ!」

エイジャ「それがこの国だろ? 戦争はしてねーけど、乗っ取られてんじゃん」

アイラ「ぜ、全部の国がそうなったらいいのよ!」

エイジャ「理想論だな。王になってる時点で、他を蹴落として競争を勝ち抜いてきた人じゃん」

アイラ「父さまは、勝ち抜いたんじゃなくて、棚ボタでなったみたいよ」

エイジャ「だからか…。でも仮に、強い王だったら乗っ取られなかったのかもしんねーけど、戦ってたら こんな小せー国なんて 全滅してたかもしんねーしなぁ…」


リワン「攻撃性というか…、うーん、男同士は基本的に 競争の世界にあるんですよね。上下関係にあると言うか…」

アイラ「残念な生き物ね」

リファ「そうとばかりは言えないわ。競争や切磋琢磨が より優れた成果を産み出すのは確かだもの。世界中が女で あまり争わなかったら、まだ剣さえも作れていなかったかもしれないわ」

リワン「確かにな。競争の為に、攻撃性や集中力が必要で、発達したのかも」

エイジャ「で、女はいつも、その一番てっぺんの奴と結婚したがる。一番優秀な奴の子供が欲しいわけじゃん。いいとこ取りだよな。俺らは女と結婚する為に 競争プログラムが埋め込まれてるなら、確かに残念な生き物かも」

リワン「そうか? 全体として見れば、より優秀な次世代が残るように、よくできてると思うがな。他の生き物だって、皆 同じだろ。オスが自分の有能さをアピールして、メスが一番気に入った個体の子供を産む、ってのは」


リファ「私達は 競争をするには、頭が良すぎるのかもしれないわ」

エイジャ「どゆこと?」

リファ「えっと…、より優れた次世代の為に、オスに競争、メスにそれを勝ち抜いた個体を優先的に選択するプログラムが組み込まれているなら、その為に私達が滅びるのは皮肉だってことよ」

エイジャ「どっから滅びるが出てきた?」

リファ「だって、今は剣と弓で縄張り争いをしてるけど、未来にはもっと、一撃で私達が滅びるような兵器を作り出しているかもしれないじゃない。そうなったら、男が持っている競争本能は、私達自体を滅ぼしてしまうわ。加減を知らないといけなくなるし、違う形で闘争心や集中力を満たす必要があるわよね」

エイジャ「違う形ってのは?」

リファ「そりゃあ何でもいいけど…、商売とか、学問とか、芸術とか…、実際に殺し合わない競争よ」

リワン「こんな国じゃなければ、今でもそうしたいんだがな」


リファ「もしかしたら、いっそ滅びるように、初めからプログラムされてるのかも」

エイジャ「はえ?」

リファ「全ての種のオスに競争本能が備わっているなら、それによって繁栄し過ぎた種が、滅びるようにプログラムされてるんじゃないかしら。だって、これまで、色んな国が滅びてきたわ。死なない人は居ないし、昼が来たら夜が来る。変化し続けるのがこの世の普遍なら、私達が繁栄し続ける事って、あり得るのかしら? いつかその座を下りる時が来るんじゃない?」

エイジャ「そらまた、随分とスケールの大きなお話で」

エイジャは鼻をほじった。

エイジャ「お前さ、さっきから静かだけど、話ついて来てる?」

エイジャは、リファの向こうにいるアイラに言った。


アイラ「…ちょっとよく分かんないけど、別に、一番 優秀だから好きになるって訳じゃないと思うけどな。優しいから好きになるのよ」

リワン「……。」

リファは、アイラの向こうに居る、ノーコメントの兄を見た。

エイジャ「えー? じゃあ、貧乏で、ブサイクで、頭悪くて、病弱で、飲んだくれで、働かない優しい男と、優秀で冷たい男の、どっちかと結婚しなきゃなんねーなら、どっちよ?」

アイラ「それは…、両方ダメだけど、強いて言うなら、まぁ、優しい方じゃない?」

エイジャ「ウソこけ!」

アイラ「本当よ。どんなに優秀でも、思いやりの無い人は好きにならないわ。それに、本当に優しい人だったら、飲んだくれたりしない気がする」

リワン「有能さより、協調性を優先するという事ですか?」

アイラ「そうと思うわ。だって結婚って、一人じゃなくて一緒にやっていく、ってことなのに、協力していけなそうなら、そもそも破綻してるわ。ね? リファ。優しいのが一番よね?」

リファ「えっ?!」

リファは またいきなり話を振られて、オロオロと目を泳がせた。

リファ「えっと…、そうね。そうじゃないと、怖いし…」

エイジャ「はーん? そら いーこと聞いたわ」

リファは、エイジャの隣で また目を泳がせた。


アイラ「そっちだって そうじゃないの? 美人で性格悪いのと、普通だけど性格良いのだったら、性格良い方が良いんじゃない?」

エイジャ「性格どうでもいいけど、美人で 胸デカい女」

胸のデカいリファは、真っ赤になった。

リワンは、胸のデカい妹の隣に居るエイジャ見て、眉間に皺を寄せた。

アイラ「え…、男はそうなのかな…?」

リワン「結婚するなら、性格の良い方ですよ」

アイラ「そ、そうだよね…!」

アイラは、ドキッとしてリワンを見た。

エイジャ「お前のことじゃねーぞ?」

アイラは思わず舌打ちして、エイジャを睨みつけた。


リワン「有能さより、思いやり、つまり愛情が優先されるなら…」

アイラ「なら?」

リワン「リファの言う、我々を自滅させるような次世代は生まれないんじゃないですかね?」

リファ「どうして?」

リワン「次世代がどういう性質を持つかは、女がどういう男を選択するかで決まる訳だろ? 競争心の高い有能な個体よりも、多少劣っても 愛情深さを優先するなら、次世代はそういう個体ができるはずだ」

リファ「なるほど…?」

リワン「争いを好まない女が 次世代に残すオスを選んでる時点で、我々は滅びないんじゃないか?」


エイジャ「つまり、女みたいな男選んだら、世界平和って事だろ? 世の中 あんま進化しねーけど」

アイラ・リファ「……。」

エイジャ「したらよ、今 戦争ばっかやってんのは、お前ら女が、自分は争うのは嫌いでも、選ぶのは結局、強そうだったり優秀な男を選んでる、って事なんじゃね? お前らさ、弱そうで戦わない男と結婚しろよ」

アイラ「…あんまり、かっこよくないわ…」

リファ「役に立たなそう…」

エイジャは苦笑した。

エイジャ「ならやっぱり、争いは避けられねーってことじゃん」

リワン「時代や状況によっても、どんなオスが選ばれるかは違うのかもしれないな。こんな世の中だと 腕っぷしの弱い男に引きは無いけど、平和な世の中なら、ヒョロヒョロして女性的でも、繁殖できるのかも」

エイジャ「世界は女が作ってる、ってこったな。無理矢理じゃなけりゃ」

アイラ「無理矢理…」

アイラは、これまで自分の家族が 無理矢理 連れて行かれたのを思い出した。

アイラ (私…、自分の人生を選べるのかしら…)


城の裏口の方から、ルカが走って来た。

ルカ「ここでしたか。姫、至急、王様がお呼びです」

アイラ「? …何だろ?」


・・・・・・・・・・・・


アイラが執務室へ入ると、父王が最奥の席に 魂が抜けたように座っていた。

その後ろに居るナザルと側近も、暗い顔で俯(うつむ)いていた。

部屋には重臣達も集まって来ていた。

エイジャ (ゲ)

エイジャは、入口付近の壁に持たれるチェンを、警戒して通り過ぎた。

チェンの反対側の入口付近に、ルカも居た。


アイラ (…? どうしたのかしら?)

アイラは父の前に立つと、珍しく目を逸らさず 父の様子を見た。

アイラの両後ろに、リワンとエイジャが跪(ひざまず)いた。


王は、なかなか口を開かなかった。

アイラ「…何? どうしたの?」

アイラは痺れを切らして聞いた。

王「うん…。……。王妃がな…」

アイラ「え? 母さま?」

アイラの顔はパァッと明るくなった。

王「あぁ。王妃が…」

アイラ「…?」

王「…亡くなったそうだ」

アイラ「……え…?」

アイラは一歩、後ろに足を引いた。

アイラの後ろに控えていたリワンとエイジャも、驚いて顔を上げた。

重臣達は、残された最後の子であるアイラの顔色をのぞき見つつ、今後の展開も考えているようだった。


部屋には沈黙が流れ、暫く誰も口を開かなかった。

王は、カサカサしたその手に握っていた首飾りを、娘に差し出した。

金色のビーズは、酷く血で汚れていた。

アイラ「……。」

アイラは呆然と それを見た。

アイラ「これ…、私 最近落としたの。どこに落ちてたの?」

王「これは、草馬(そうま)からの伝令が 先刻 持ってきたものだ」

アイラ「へぇ…?」

アイラの後ろの二人は、何故か落ち着いているアイラを 戦々恐々として見た。

アイラ「それ、貰っていい?」

王「あぁ。お前にとの事だ」

アイラは父の目の前まで行くと、首飾りを受け取った。

アイラ「血が…付いてるわ…。母さまの血かしら? …どうして?」

アイラは首飾りを手に取ると、じっとそれを見つめて言った。

王「……。」

王は大きく息を吸うと

王「分からん」

とだけ言った。

アイラ「……。母さまは、どうして亡くなったの?」

王「…病死だそうだ」

アイラ「病死なのに、血がついてるの?」

王「……。吐血したのかもしれん」

アイラ「そう…、そうね」

アイラがふと見ると、父は胃に手を当てて 乾いたように白い顔をしていた。

アイラ「……。少し…、休むわ」

王「あぁ、そうするが良い」



アイラが踵を返したその時、

タッタッタッタッタ!

駆け足が近付き、執務室の前で止まった。

伝令役「王様、至急お伝えしたい事が…!」

王「入れ」

先程とは違う、旅人に扮した伝令役は、やはり息が切れていた。

王「どうした?」

伝令役「申し上げます! 江(ごう)から声明文が届きました!」

王は、ハッとして顔を上げた。

王「見せてみよ」

伝令役はアイラの横で、汗を垂らしながら書簡を渡した。

王はそれを読むと、椅子に座ったまま ぐらりと揺れた。

ナザル「王様、何と…」

王は側近に書簡を渡した。

側近は書簡を読み上げた。

側近「我々江(ごう)国は、草馬(そうま)帝国による碧沿(へきえん)王国 統治開始時より、安全な通過の為と称し、荷の三割を通行料として徴収されてきた。これは、西国への我が国の交易に於いて、大幅に利を失(しっ)するものであり、これ以上の容認はできない。我々は、通行料の撤廃と、碧沿(へきえん)の解放を求める。もしも草馬がこの意に沿わぬ場合、我々 江は碧沿の解放へ向かう。貴国も、草馬の暴虐に耐えかねていた事であろう。必ず我が国へ味方せよ。さもなくば、貴殿の息子、或いは娘の命は保証しない。また、碧沿の民は、根こそぎ滅する事になるであろう」


執務室の一同は、息を呑んだ。

チェンだけは、ポーカーフェイスを崩さなかった。

重臣達が口を開き出した。

重臣1「江(ごう)は、各地の内乱で 僻地(へきち)へ出兵する余力は無かったんじゃないのか?!」

重臣2「だからこそ、金が必要なんだろう。草馬(そうま)も、通行量を一割とか、その半分にでもしておけば、生かさず殺さず、もう少し長く統治できたものを…」


ナザル「王様、どうされるのですか?」

王は干からびたような顔で、

王「うん…、どうしようか…」

と白い顔で言った。

重臣3「私は、この声明を受け入れた方が良いと思います」

部屋に居た一同は、発言した重臣を見た。

重臣3「誠に遺憾ながら、草馬へ送った我が国の人質は居なくなりました。対して、江はお二人持っています。草馬に新たに人質を取られる前の今こそが、縁の切れ目です」

重臣1「翻(ひるがえ)るということか?!」

重臣3「そうだ。それに、草馬の統治になってから、民は怯え切っている。まだ江の方がマシだ!」

側近「王様…」

王「うん…。皆も、意見を聞かせてくれ」

重臣たちは各々意見を言い出した。

その殆どが、先の意見に賛成するものだった。

王「では、そうしよう」

王は覇気なく言った。


アイラは父の目の前に立ったまま、ぼんやりと成り行きを聞いていた。

王「アイラよ」

アイラは、父に呼ばれた事に気が付かなかった。

王「アイラ」

アイラは、ゆっくりと父を見た。

王「お前はこの決着が付くまで、草馬にその身を狙われることになるだろう。どこかに隠さねばならん」

アイラ「また? …どこに?」

アイラは、まるで自分事ではないように聞いた。

王「そうだな…」

王は目を伏せると、部屋の中の気配に神経を研ぎ澄ませた。

王「少し考えてから伝える。ルカ、お前も暫くは常時アイラに付いてくれ。ルカかリワンのどちらかは必ず付くように。リワン、この件が決するまで、暫く医官志望である事は忘れてくれ。エイジャは二人の交代を頼む」

ルカ「はっ」/リワン・エイジャ「はい」

王「チェンは治安維持部隊から、本隊へ移動せよ。ナザルの管轄下に配置する。良いか、指示に従うようにな? ナザル、その他の人事はお前に任せる。後で報告してくれ」

ナザル「はっ」


アイラは、手に持った母の首飾り以外、この部屋の中で見聞きした事が現実味が無かった。

アイラ「…もういい?」

王「どこへ行く? この情報は遠からず草馬にも伝わる。お前の身柄は今から管理下に置く」

アイラ「水浴び…したいわ…。汗かいたし、頭の中がモヤモヤして…」

王「…分かった。三人とも、頼んだぞ」

ルカ「はっ」/リワン・エイジャ「はい」


・・・・・・


アイラはトボトボと廊下を歩いた。

リワン「姫…。お母上の事…、お悔やみ申し上げます」

リワンは自身も、別れの挨拶に来た王妃の柔らかな笑顔を思い出しながら、沈んだ声で言った。

アイラ「……。」

アイラはボーッとして、返事をしなかった。

リワン「……姫? …大丈夫ですか?」

アイラ「…よく分からないの…。怒ってるのか、悲しいのか、多分悲しいんだろうけど…」

アイラは前を向いたまま言った。

エイジャ「あーあ、どうせまた、飯食えなくなんだろー? どうにかしろよ、それ」

エイジャが 頭の後ろに腕を組みながら、わざとらしく言った。

リワン「エイジャ」

ルカ「今は俺とリワンが付くから、お前、先に休んでろ。後で交代頼むな」

エイジャ「ヘイヘイ、どうせ俺は無神経ですよーだ。んじゃな」

エイジャは踵を返したが、ふと立ち止まった。

エイジャ「……。残念だったな…。お前の母ちゃん、良い人だったのに…」

アイラ「……。」

エイジャはそれだけ言うと、行ってしまった。



浴室へ入ろうとして、アイラは後ろの二人を振り返った。

アイラ「…先、浴びる?」

ルカ「いいです! 我々は兵舎で交代の時に浴びますから」

アイラ「そう…」

アイラはそう言うと、ぼんやりと浴室へ入って行った。

リワン・ルカ「……。」

二人は顔を見合わせた。

後ろから、侍女がパタパタと走って来た。

侍女「姫さま、水浴びとお聞きました。お着替え置いておきますね。…? 姫さま…?」

侍女は浴室をのぞきこんだが、アイラがぼんやりと服を脱いでいるのを見ると、首を傾げて去って行った。


ルカ「大丈夫かな…」

リワン「取り乱すと思いましたけどね…。かえって恐ろしいです」

ルカ「うん…」

二人はため息をついた。

リワン「そうだ、ルカさん、お子さん 産まれたんですか?」

ルカ「ん? あぁ、おかげさまでな」

ルカの表情は、別人のように緩んだ。

リワン「男の子ですか? それとも女の子?」

ルカ「男の子だ。可愛いんだよ、プヨプヨしてて!」

リワン「へぇ…」

リワンも思わずつられて笑顔になった。

リワン「そんな時に、こんな事になって…」

ルカ「まぁなぁ…。生き抜くしかないよな…」

リワン「はい…」

リワンは、ルカの目の奥に 芯のようなものを見た気がした。



アイラは 桶(おけ)に水をくんで、何度かザバーっと頭からかぶってみたが、頭の中はボヤけたままだった。

濡れた身体のまま脱衣所へ来ると、アイラは籠(かご)の中から、血まみれの首飾りを取り出して眺めた。

手に付いた水滴が首飾りに伝(つた)い、付着していた血が溶けて アイラの肘(ひじ)へ伝った。

ポタリ、ポタリ、ポタリ。

ごく薄いごげ茶色の水滴が、石造りの床に落ちた。

アイラ (あぁ、きっと母さまの血だ…)

アイラは、首飾りを素っ裸の身体に纏(まと)った。

彼女の短い髪や身体から落ちる水滴は、やはり首飾りを伝って アイラの身体に幾筋かの赤黒い線を引いた。

アイラ (母さまの…血…)

アイラは、胸に渦巻く 恐ろしくどす黒い渦に、自分が乗っ取られていくのを止められなかった。


アイラ (大嫌いだ…)

アイラは、母の笑顔を思い出した。

アイラ (草馬なんて、大嫌い…!)

小さい頃から毎朝、母が中庭で つけてくれた稽古を思い出した。


<回想>

王妃「アイラ、恨んではダメよ。勿体無いわ、あなたの人生が」

<回想終わり>

アイラ (あぁ、違う、母さまは病気で亡くなったんだ)

母の送別会で、花びらを散らしながら、光るように舞う その背中を思い出した。

アイラ (そう、この血は、病気で…)

遠ざかっていく、蜃気楼に揺れる 母の馬車を思い出した。

アイラ (病気で亡くなったのよ。仕方ないじゃない…!)


ホントウニ?


よく分からない声が聞こえた。

アイラの胸に、ドス黒い渦と 母の言葉がせめぎ合い、雷雲のような摩擦が起きた。


コロサレタンジャナイ?


また声がした。

雷雲は、アイラの胸の中で ゴロゴロと恐ろしく轟(とどろ)き、激しい動悸を呼んだ。


アイラ「どうして? 一体誰がそんな事…! 母さまは、人に恨まれるような人じゃないわ!」

アイラは、ハァハァと息荒く訊(き)いた。


リワン・ルカ「…?」

壁を一枚隔てて、いきなりアイラの声がしたので、二人は振り返った。


ダッテ、オカシイヨ


アイラ「そうよ、病気なら、その後 綺麗にしてくれるはず…。なら、一体誰が…?」

アイラは、呼吸ができなくなっていることに 殆ど気付いていなかった。


リワン「姫? どうされました?!」

浴室の入口で、リワンとルカは中の様子をうかがった。


王妃「恨んではダメよ」

アイラ「ぁあああああ!!」

アイラは両手で頭を抱えた。


リワン「姫?!」

リワンとルカは目を合わせた。


ツギハ、オマエノバンダ!


アイラ「!!」

一際 激しい動悸がアイラを襲い、アイラは胸に手を当て、壁に手を付いてズリズリとその場にしゃがみ込んだ。


リワン「失礼します!」

二人は躊躇なく脱衣所へ踏んだ。

首飾りだけを纏(まと)ってしゃがみ込んでいる主人(あるじ)にリワンが近づくと、アイラは血走った目でリワンを睨みつけ、いきなりリワンの腰の剣を引き抜こうとした。

リワンは、その腕を咄嗟に掴んだ。

リワン「何を…」

アイラ「私にも、攻めを教えて…!」

アイラは、悲しみと憎悪に眩(くら)んだ目で、ハァハァと途切れそうに息をしながら辛うじて言った。

リワン (発作…?! 王妃様の病まで継いでおられるのか…!)

リワンは目を見開いて、アイラを見た。

ルカは、リワンの後ろで呆気に取られて二人を見ていた。


リワンは アイラに憐憫の目を向けると、掴んでいた腕を離し、彼女の右手に 剣を逆手で持たせ、その上に自分の手を重ねた。

そして、彼女の左手にも手を重ねて 自分の胸元を掴ませると、切先(きっさき)を自らの胸に当てた。

リワン「こうするんですよ」

彼は、緑がかった瞳でアイラを見据えた。

切先はリワンの服と皮膚を浅く破り、アイラに掴ませた服に 血を滲ませた。


アイラは赤く染まっていくリワンのシャツを凝視していた。

王妃「恨んではダメよ」

アイラは苦しそうに息をしながら、震えるように首を振った。

憎しみに囚われたアイラの目に、涙が込み上げた。

アイラ「っ…、ぁぁぁぁ…、うぅっ…、ぁぁぁぁ…っ」

アイラは押し殺したような声で ほんの短い間泣くと、ぐらりと後ろへ脱力した。

カシャン…

石畳みの床に剣は落ち、リワンは素っ裸の主人(あるじ)を抱き止めた。

リワン「これは、綺麗に洗ってから、お返ししますからね」

リワンはそう言うと、アイラの首から 血に汚れた首飾りを外した。

Reolさん「切っ先」

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