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砂漠の月(第一部 碧沿)  作者: kohama
第二章 春
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第14話 遠乗り

王「ばかもん!! ダメに決まっておろうが!!」

執務室で、アイラは父にまた怒鳴られていた。

エイジャ (やべ。ラクダの乗り方を教えた俺にまで 火の粉が飛んできたりして…)

エイジャはアイラの後ろで、ヒヤヒヤしながら聞いていた。


王「お前は、この国の状況が分かっておらんのか?! 保安は草馬(そうま)が握っている。城(ここ)を出れば お前の身柄を守り切れるとは言えぬのだぞ?! 大人しくしていろ!」

アイラ「身柄身柄って、父さまは私を利用するまで ここに飼っておきたいだけじゃない! 男の子の格好すれば、分からないわよ! せっかく乗れるようになったんだから、私、行ってみたい!」

王「ダメだ!」

アイラ「分からず屋!」

王「分からず屋はお前だ! ぐぬぬ…、エイジャ! お前が余計な事を教えるからであろうが!」

エイジャ (それ来た!)「すんません。行きたい所に自分の足で言ってみたい、っつってたんで…」

王「ぬぬ…!」

父は娘を見た。

この所 大人になりゆくアイラは、面影が 草馬(そうま)へ送った妻に似てきていた。

王は、よくバルコニーから沈む夕日を眺めていた妻を思い出した。


<回想>

王「どうした?」

妻の後ろから、王は声をかけた。

王妃「あなた…。いえ、この砂漠の果てには、どんな国があるのかなと思って…。私がこのような身分でなかったら、いつか自分の足で行ってみたいと思ったんです。ラクダに乗って!」

王妃は、いたずらっぽく夫に笑ってみせた。

王「そうか…」

王妃「ふふ、なんて、わがままを申しました。自由の身でないのは、あなたも同じですのに。どうか お気になさらないで下さい。私は十分に幸せですわ」

王は暫く黙ると、妻と目を合わせずに言った。

王「…いつか行こう」

王妃は目を見開いて 自分より背の低い夫の横顔を見ると、にっこりと笑った。

王妃「はい…!」

<回想終わり>


王 (あの約束は…、果たせなかったな…)

王は窓から、既に日の沈んだ 薄紫色の空を見た。

黄色い三日月が出ていた。


・・・・


アイラ「お弁当よし! お水よし! お天気もよーっし! っと!」

翌朝、アイラは荷を積んだラクダを前に、ルンタッタと舞った。

ルカ「姫は本当に、舞がお上手ですね。腕が翼のようです。そんな格好でなければ、もっと映(は)えるのでしょうに…」

ルカは、どう見ても少年にしか見えないアイラの格好を見て、残念そうに言った。

エイジャ「コロッと機嫌良くなっちまって…。どんな天気屋だよ」

エイジャが呆れて言った。


エイジャは風邪をひいたようで、声がガラガラしてあまり出ていなかった。

アイラはキョトンとしてエイジャを見た。

アイラ「…何 そのカエルみたいな声。風邪引いたの? バカは風邪引かないって、あれウソだったのね」

エイジャ「うるせー! 別に、喉の他は元気だし!」

ルカ「…そろそろ声変わりなんじゃないのか?」

アイラ「声変わり…? あんたうるさいから、一生その声で良いんじゃない?」

エイジャ「あぁ? お前さぁ、んなこと言ってっと、今日 俺 付いてってやんねーからな?!」

ルカ「まぁまぁ。せっかくお許しが出たんだから…」

アイラ「そうよ! 私、ついに都の外に出るのよ! 信じられない!!」

アイラは目を輝かせて言った。


エイジャ「それを守るこっちは、結構なプレッシャーなんですけどー!」

アイラ「何よ。あんた、応援してくれてたんじゃなかったの?」

エイジャ「その内っつったろ! まさかこんなに早く実現するとは思ってなかったし。つかさ、何で護衛が二人なん? もう少し付けねーとダメくない?」

ルカ「まぁ あんまり沢山いると、返って怪しいからだろ。"遣(つか)い"という事なら、三人位が自然だしな」

アイラは、自分達の着ている 何の変哲もないベージュのベストを見た。

エイジャ「俺、やな予感がする…」

エイジャは、ガラガラ声で げんなりして言った。

アイラ「私は良い予感しかしないわ! 二人とも、今日は宜しくね!」

アイラは満面の笑みで二人に笑いかけると、意気揚々とラクダに乗った。

アイラ「ひゃっほーう!」

アイラは、ラクダが前足を立ち上げる時に 子供のようにキャッキャと はしゃいだ。

共(とも)の二人は 眉間に皺を寄せた。


ルカ「…姫、今日は私の後ろについて貰いますからね。あと、敬語は不自然なので今日は使いませんよ? あなたの事は、何とお呼びしましょうか?」

アイラ「男の子っぽい名前でしょ…? んー、アランはどうかな?」

ルカ「分かりました。それから、何度も言いますが私の指示に従うこと。いいですね?」

ルカも ラクダに乗りながら言った。

アイラ「勿論よ! えいっ!」

アイラは、早速ラクダを進め始めた。

ルカ「あ、ちょっと! 私の後ろと今 言ったじゃありませんか!」

エイジャは げんなりして、二人の後ろにすごすごと付いていった。


・・・・・・・・・・


リファ「行ってくるわね」

リファは帽子を被り、水袋を肩から下げ、鍬(くわ)と籠(かご)を持って自宅の玄関に立った。

薄いピンクのジャンパースカートは脱ぎ、シャツとズボン姿になっていた。

リワン (この光景、最近見たぞ…?!)

リワンは眉をひそめた。

久々の休みに 外のテーブルで遅めの朝食をとっていたリファ以外の家族三人は、口を開けてリファを見た。



ミーナ「あんた…、鍬(くわ)なんて振れるの? それに、今日はもう日が高いんじゃない? 昨日も遅かったし…」

リファ「うん…。でも今日 採っておかないと、次の納品分に間に合わないから…。畑も少しずつ広げて種を撒かないと…。あと、碧沿(ここ)で手に入らない物を 市場に仕入れに行かないとだわ。今日辺り、いつもの江(ごう)の隊商がつく頃なの」

リワン「…ちょっと詰め込みすぎなんじゃないか? お前、無理はきかないだろ」

リファ「うん…」


ミーナ「ホントよ。仕事を頼まれて嬉しいのは分かるけど、続けられないと意味無いんだからね?」

リファ「うん…。量産って、一人で作るのとは全然違うのね。私、本当は新しい薬の研究がしたいんだけど…。作業の時間が増えて、研究に使える時間はずっと少なくなってしまったわ。夜に時間を作っても、それも限界があるし…」

リヤン「…誰か、作業の部分を頼める人を見つけたらどうだ? って言ってもなぁ、リワンも毎日手伝う訳にはいかないしなぁ…」

リヤンはチラリと息子を見た。

リワンは、父から妹に視線を移して言った。

リワン「どうしても間に合わない時は手伝うけど、生産工程に日常的に組み込まれるのは困るな」

リファ「わ、分かってるわ…」


リファは、母のエメラルドのような目をじっと見つめた。

ミーナ「? 何?」

リファ「か…、母さまは? やって…くれない…?」

ミーナは、一瞬ポカンとして娘を見ると、ふんぞり返って言った。

ミーナ「ダメダメ! あたし料理でさえ興味無いんだよ? 配合? とか? 調合? とか? まるで興味無いから。全部混ぜて、できるだけ沢山胃に流し込めば良いと思ってるから!」

ミーナ以外の家族はドン引きした。

リファ「か…、母さま…、分量は大事なのよ? それに、薬はどれでも良い訳じゃないから、気を付けて…?」

ミーナ「あー うん、努力する」

ミーナは全然そう思ってなさそうに言うと、それまで匙(さじ)を使っていたのに、がしりと片手でスープの器を掴むと、一気に胃に流し込んだ。

リファ (あぁ ダメだわ…。母さまにお願いしたら、患者さん死んじゃう…)

リファは小さくため息をついた。



リワンはパンを口に放り込み、手をパタパタと叩(はた)いた。

リワン「リファ、ついて行くから少し待ってろ。その鍬(くわ)、お前には重いだろ」

リファ「い、いい!」

テーブルの家族三人は、目をパチパチさせてリファを見た。

リファ「ち、近いし、お城の敷地内だし…、それに私…」

リファは、もじもじと言い淀んだ。

リワン「…何だ?」

リファ「じ…、自分の力でやってみたいの!」

リワンは再び眉をひそめた。

リワン (その台詞(せりふ)…、最近 聞いたぞ…?)

<回想>

リワン「あなたは、一人じゃ何もできないじゃありませんか!」

<回想終わり>

リワンはアイラとの喧嘩を思い出し、テーブルに肘をついて 頭を抱えた。



リヤンは 息子の様子を横目で見ると、慎重に口を開いた。

リヤン「これは ごく内輪だけに知らされた話だが…」

リワン「?」

リヤン「今日は、姫は遠乗りに出られるそうだ」

リワン「えっ?!」

リワンは驚いて父を見た。

リワン「ど、どこへ?」

リヤン「西の隣国との途中にある、三日月型のオアシスまでの予定だそうだ」

リワン「……。」(そう遠くないな。…俺にはもう、話さえ回って来ないのか…)

リワンは愕然として、暫く何も言えなかった。

リヤン「いいのか? ついて行かなくて。共(とも)はルカとエイジャだけだそうだぞ?」

リワン (?! 何かあったらどうするんだ! 王様もナザルさんも、一体 何を考えて…)

リワンはそこまで考えると、ハッとして俯(うつむ)いた。


リワン「私はもう…、部外者です」

リファ (兄さま…)

リファは、兄の言葉とは裏腹な横顔を見つめた。

リワン「私の助けなど、必要とされていませんよ。それに、呼ばれてもいないのに行くなんて…、あり得ません」

リワンは軽く首を振ると、食べ終わった食器を持って 家に入って行った。


・・・・・・・・


アイラは、ラクダの上から西大路の様子を見ながら進んでいた。

アイラ (属国になるって、こういうことなんだわ…)

アイラは 碧沿(へきえん)人達が道の端をこそこそと歩く姿と、至る所に立つ草馬(そうま)帝国のエンジ色に黄色の馬が刺繍された旗を見て、心が沈んだ。

<回想>

リワン「あなたが心を掴む相手は、国を動かすような人達なのですよ? それがこの国のどれだけの命を救うのか…」

<回想終わり>

アイラ (民の為に私は犠牲になるべきなの? なら、私の人生は? 民の一生と私の一生は、対等ではないの…?)

アイラは、街に女や子供の姿が殆ど見当たらないのを見て、暗澹(あんたん)たる気持ちになった。

アイラ (あぁ、ここは何て危なっかしい世界なんだろう。いつ何が起こってもおかしくない気がする…。城の敷地内とは大違いだわ。…父さまが私を外に出さなかったのは、私を守ってくれようとしてたのかな…)

アイラはふと湧いた思いに、ブンブンと頭を振った。

アイラ (違う違う。将来 使う人質が死んじゃったら困るから、閉じ込めておきたかっただけよ! 戦いもしないで、子供も奥さんも渡しちゃうような人なのに! 父さまは腰抜けだわ!)

アイラはラクダの上で一人、鼻息を荒くした。


アイラ (ならどうして、今日は都の外に出るのを許してくれたのかしら…? ルカが一人前だからかな?)

アイラはルカの背中を見つめた。

前を行くルカに、アイラは 金髪のポニーテールが揺れるリワンの後ろ姿を重ねた。

アイラはハッとして、ブンブンと頭を振った。

アイラ (リワンはもう辞めたんだから! 今頃 せーせーして本業に集中してるんだわ。良かったじゃない! こっちだって…!)

アイラは なぜか悲しくなり、ラクダの足元を見つめた。

アイラ (リワン…。仕事じゃなくなったら、会いにも来てくれないの? 薄情者! 大嫌いって言っちゃったから…?)

アイラはラクダのコブに突っ伏した。

アイラ (会いたいなぁ…。今 何してるの? リワン…)


定期的に後ろを振り返るルカが、アイラの様子を見て言った。

ルカ「どうした? 疲れたの?」

アイラは慌てて顔を上げると、無言で首を振った。

喋らない限り、アイラが女の子である事は誰にも分からなかった。


・・・


西大路を抜けて西門まで来ると、ルカは門番に通行証を差し出し、三人は無事に都の門を通過した。

アイラ「わぁ…!!」

アイラは、一面に広がる砂丘のパノラマを見渡した。

エイジャ「満足した? もう帰ろうぜ」

いかにも面倒臭そうなカエルの声が、後ろから聞こえてきた。

アイラ「冗談でしょ! これからよ! 行くわよ!」

アイラはラクダを走らせ始めた。

ルカ「あ! ちょっと! 後ろに付けと…」

ルカが慌ててアイラを追いかけて行った。


アイラは乾いた暑い風を 胸いっぱいに吸い込んだ。

見渡す限り 青い空と黄土色の砂のグラデーションが続き、地平線まで遮るものは何もなかった。

アイラ (どこにでも行ける! どこまでも行ける! あぁそうよ、母さまに会いにだって!)

アイラは取り立てのラクダ免許と つかの間の自由に、近くに誰もいないのを確認すると、いきなり叫び出した。

アイラ「YHEAAAAAAOOU!!」

後ろの二人は、ギョッとして 前を走るアイラを見た。

ルカ「姫…じゃない、アラン?!」

ラクダを走らせながら、アイラは二人を振り返った。

アイラ「エイジャ! ルカ!」

エイジャ・ルカ「……。」

気が違ったかと目を白黒させる二人に、アイラは腹の底から漲(みなぎ)る喜びを声にした。

アイラ「最っっ高!!」

エイジャ・ルカ「……。」

アイラの弾けるような笑顔に、二人は何とも言葉が出てこなかった。


・・・・・・・


リファは自宅近くの薬草農園へ、鍬(くわ)を抱えて、えっちらおっちらと歩いて行った。

棗(なつめ)椰子の木々の間から、強い日差しが揺れている。

リファ達の家は 城の北側に位置するため、日陰になる事が多かったが、湖畔を更に奥へ行くと 日を遮るものは無く、父が作ったその薬草園に リファも様々な薬草を育てていた。


リファ (暑いわ…。確かにちょっと、家を出るのが遅かったかも…)

リファは木陰に鍬(くわ)と水袋を置くと、炎天下の中、薬草をのろのろと摘んでいった。

籠(かご)がいっぱいになると、リファは手の甲で汗を拭(ぬぐ)い、屈(かが)めていた腰を真っ直ぐに立てた。

リファ「ふぅ…」

立ち上がった瞬間 スーッと血の気が引き、リファは その場にしゃがみこんだ。

頭部が落ちそうになる感覚に耐えながら、リファは籠を持って、暗い視界を這(は)うように木陰まで行き、ドサッと横になった。


リファ (どうしよう。今日は畑を広げようと思ってたのに…。まだ鍬(くわ)を握ってもいないわ…)

リファは恨めしそうに、持ってきた鍬(くわ)を見つめた。

リファ (せっかく…、せっかく貰ったお仕事なんだから…!)

リファの視界で、鍬は見えたりぼやけたりした。

船酔いに似た不快感に、リファは苦しそうに目を瞑った。

リファ (こんな身体じゃ、何もできないじゃない…! 神様は不公平だわ。アイちゃんなんて、ラクダに乗ってるっていうのに…! どうして私ばっかり…!)

リファは致命的に劣った自分が情けなく、グッと口を閉じようとしたが、唇が痺れてそれもできなかった。


<回想>

リワン「リファ、できないことを数えたらキリがないよ。できる事を一つずつ数えなきゃ」

<回想終わり>

リファは、地面に溶け落ちてしまいそうな不快感の中、目を薄く開けた。

目の前を、小さな蟻(あり)が這(は)って行った。

リファ「蟻よ、飛ぶなかれ。お前にはお前の、道がある…」

リファは思いついた言葉を 掠(かす)れた声で口にすると、問題を小分けにしてみた。

リファ (お部屋の中での研究ならできる。それは何時間でもできる。でも、外での作業は難しい。そう、今までは外に出ても、幾つか摘んでくるだけでよかったけど、沢山やるのは、私はできないんだわ。他の人にはできても、私にはできない)

リファは地面に肘を付いて、どうにか上体を起こした。

リファ(父さまの言うように、誰か手伝ってくれる人を探してみようかな…。でもどうやって…? 分からないけど…、とにかく探してみたい…! そうしたら、このお仕事を続けられるかもしれないもの…!)

リファは置いておいた水袋に手を伸ばしたが、そのまま意識が遠のいた。


・・・


ミーナ「帰って来ない…」

ミーナは研究室の前で洗濯物を干しながら、湖畔の奥の方を見て言った。

リワン「見に行ってきます」

研究室の中から 息子の声がした。

ミーナ「ん」

リワンが研究室から出て行くと、外のテーブルで本を読んでいたリヤンも、息子の背中を見送った。

ミーナ「さて、どうするかね」

リヤン「諦めるかな?」

ミーナ「どうかな。リファもあれで、好きな事には執念深いから」

リヤンは、可笑しそうに笑った。


・・・


リワンが薬草園まで見に行くと、案の定、妹が木陰に倒れていた。

リワン「こりゃ続かないな…」

リワンは ため息まじりにそう呟くと、木陰まで行き、籠(かご)を腕にかけて 妹をおぶった。

鍬(くわ)はとりあえず置いて行くことにした。


リファ「兄さま…、いつもごめん…ね…」

リワン「無理するなって言ったろう」

リファ「うん…。……。私…、外で作業してくれる人を探してみよう…かな…。大きな帽子を作るわ。それをかぶって…、作業してくれる…人…」

リワンは少し驚いて、背中の妹に顔を向けた。

リファ「兄さまの言う通り…、できる事を探してみたのよ。ほめて…くれる…?」

リワンは前を向くと、そっと微笑んだ。

リワン「俺はいつだって、お前の事はすごいと思ってるよ」

リファは大好きな兄の肩に、ほんの少しだけ グラグラする頭を擦り付けた。


リワン (あぁそうだ。姫の事だって、俺はすごいと思ってる。踊りと…、いや、それだけじゃない。何がと言われると分からないけど…、姫が何もできないとは思ってない。表面的にはできない事が多いけど…、俺には無いものを、あの人は持ってる)

リワンはため息をついた。

リワン (謝らないと…。もし機会を貰えるのなら…)

リファ「…兄さま?」

リワン「ん?」

リファ「心配ね、アイちゃんのこと」

リワンはハッとして言った。

リワン「そんな事ない!」

リファ「…私が心配だと思う、って言ったのよ?」

リワンは黙り込んだ。


・・・・・・


アイラ達三人は、西へ向かってラクダを進めた。

父との約束は、隣国へ行く途中の小さなオアシスまで行って、引き返してくるという話だった。

空はどこまでも青く、乾いた大地はどこまでも続き、太陽がギラギラと三人を照らした。

道行く隊商(キャラバン)や旅人を見ながら、アイラは何度も胸いっぱいに息を吸い込んだ。


アイラ「ねぇ! 今 私、何者でもないわ!」

近くに人が居なくなると、アイラは嬉しそうに言った。

ルカ「何者でもない事は、普通の人にとっては不安な事なんだけどね。何かの組織や肩書きにすがりたいものだよ」

ルカは水袋を傾けながら、苦笑した。


エイジャ「このまま連れ去ってやろうか?」

エイジャが 金色の瞳をイタズラっぽく光らせて、カエル声で言った。

アイラ「えっ…?!」

アイラはエイジャの顔を見つめ過ぎて、危うく 取り出した水袋を落とす所だった。

ルカ「……。」

ルカは無言で目を瞑った。

ルカ「それは、俺を倒さないと無理だな」

ルカは冗談っぽく言った。


アイラ「ルカは…」

ルカ「?」

アイラ「見逃してはくれないの?」

ルカは陽光を背に、気さくに笑った。

ルカ「これでも、妻と、お腹の中に子供も居るんでね。滅多な事はできないな」

アイラ「そう…なんだ…。なら、護衛業なんてやらない方が良いよ。お父さんになるのに、危ないよ」

エイジャ「俺は いーのかよ」

アイラ「あんたは殺しても死なないでしょうが」

エイジャ「はぁ?!」

ルカは笑った。

ルカ「この国に生まれて、安全でいられる仕事なんてあるのかな? あなたの交代役に抜擢されたのは、栄誉な事だと思ったよ。大丈夫、孫の顔を見るまでは死なないつもりだよ」

ルカは楽しそうに言った。

アイラ (あぁ、ルカ、幸せなんだなぁ…)

アイラは ルカを眩しく見た。

アイラ (この笑顔のためになら、私の一生を差し出してもいいのかな…)

アイラは、ルカから視線を落とした。



エイジャは、ニヤニヤとアイラの真剣な顔を見ていると、いきなり笑い出した。

エイジャ「ククク、ぬぁ〜んつってなぁ!! ヒャハハ! 何だ、そのマジな顔! ウケる!」

アイラは みるみる間に顔が赤くなった。

アイラ「な…! なによ! 人を馬鹿にして…!」

エイジャ「本気で聞く方がおかしーんだよ! やる訳ねーだろ、バーカ! フハハハハ!」

アイラは口をへの字に曲げると、前を向き ラクダを走らせ始めた。

ルカが、すぐ後(あと)について行った。

エイジャ「ウハハハ! んな怒んなよー!」

ルカは 軽蔑したようにエイジャを見ると、彼の前に出た。

エイジャ「んだよ、冗談言っただけだろが…」

エイジャは口を尖らせて、ルカの後ろについて行った。


・・・


太陽が真上に上がる頃、三人は小さな三日月型のオアシスに着いた。

ルカ「疲れただろ?」

ルカはラクダを下り、アイラの様子を見ながら聞いた。

アイラは周りに人が居るので、無言で首を振った。


三人は椰子の木陰に座り、持ってきた肉とパンを頬張り始めた。

近くには、ラクダに水を飲ませながら、旅人が チラホラと同じように休息を取っていた。

エイジャ「ほんで? 気ぃ済んだ?」

エイジャが ガラガラ声で聞いた。

アイラは、碧沿(へきえん)の湖とは比べものにならない程 小さなオアシスを見つめ、小さな声で答えた。

アイラ「…そうね、とりあえずね。こんなに自由な気持ち、初めてだわ」

エイジャ「へー? 良かったじゃん」

ルカも肉を頬張りながら、アイラの隣で満足そうに笑った。

アイラ「あの…」

アイラは恥ずかしそうに口を開いた。

アイラ「二人とも、今日はありがとう。ついてきてくれて」


エイジャ・ルカ「……。」

二人は アイラの柄にもない言葉に、ポケーっとアイラを見た。

エイジャ「仕事ですからぁ?」

アイラは、ハッとしてエイジャを見た。

エイジャ「とか言うんだろ? リワンなら」

エイジャはカエル声でケラケラと笑った。

アイラ「……。」

アイラはリワンの名前を聞いて、俯(うつむ)いた。


エイジャ「つかお前さぁ、いつもツンケンしてんのに そのいきなり素直になるの、やめろよな。すっ転びそうになるわ!」

アイラ「はぁ? ツンケンって何よ! あんたがいつも喧嘩売って…」

ルカは 声が大きくなったアイラの口を、サッと手で抑えた。

アイラはハッとして黙った。

エイジャ「ククク、お前がカエル声の方がいーんじゃねーの?」

アイラは、ニヤニヤ笑っているエイジャを睨みつけた。

ルカ「〈ため息〉何か、どっか似てるよな、君ら…」

エイジャ「似てねーし!」/アイラ「似てな…むぐ」

ルカはまた、すかさずアイラの口を塞いだ。


アイラが食べ終わるのを待って、ルカは荷物をまとめ始めた。

ルカ「さ、じゃあそろそろ行こうか。皆 心配しているよ」

ルカは立ち上がった。

その時、西の方から 旅人を乗せたラクダが全速力で走って来た。

旅人「砂嵐だーっ!! 砂嵐が来るぞーっ!!」

アイラ「えっ…」

エイジャ「ウソだろ…?!」

それまでニコニコとしていたルカは、サッと表情を変えた。

ルカ「近くの村へ避難しよう。ここら辺はまだ碧沿(へきえん)の村だ。早く!」

ルカは急いでラクダに乗った。

アイラとエイジャは、呆気に取られながらもルカに続いた。

エイジャ「ほーらー、なー?! だから言ったろーがよー、嫌な予感するってー」

アイラ「あんた、だったら天気の占い師にでもなんなさいよ!」

ルカ「無駄口は要らない! 行くよ!」

アイラ達三人と オアシスで休んでいた旅人達は、一目散に東へ向かって駆け出した。

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