第五話 受容
アイラは ほぅと息をつくと、ぼんやりと土でできた天井を見つめた。
アイラ「バレたら…、やっぱり殺されるかしら?」
リファ「殺される所の話じゃないわよ! 和平の為にお嫁に行くのに、かえって戦争になっちゃうわよ! 〈不安そうに〉兄さまだって…、殺されてしまうわ」
アイラは瞳を閉じて静かに言った。
アイラ「でも草馬人の子なんて産みたくない。あの人の子がいい…」
リファ「〈困って〉アイちゃん…」
リファは少し考え込むと、迷いながらもボソリと呟いた。
リファ「…ヘビ酒、かしらね…」
アイラ「〈目を開けてリファを見て〉え?」
リファ「アイちゃん、今あなたの望みは4つあるわ。
一つ、草馬にお嫁に行きたくない。二つ、一度でいいから兄に愛されたい。三つ、草馬王の子供を産みたくない。四つ、産むなら兄の子がいい。そうよね?」
アイラ「うん…」
リファ「この内、輿入れと、草馬人の子を生みたくないこと、兄の子供を生むことは、難しいと思うの。というか、私の力では どうにもできそうにないわ」
アイラは 俯いて無言で頷いた。
リファ「でも2つ目の、兄と、その…、その…、い、一度関係を持つことは、避妊すればできる…かもしれない…〈自信なさそうに〉かもじゃない…」
アイラ「避妊…」
リファ「ん。失敗したら…、一貫の終わりだけど…。
でもアイちゃん、望みの全てを叶える事は無理でも、そこを落とし所にしたらどうかしら?」
アイラは濡れた瞳で ぼんやりとリファを見つめ、まだしばらく不貞腐れたような顔をしていたが、渋々(しぶしぶ)頷いた。リファも、自分の提案が果たして大丈夫なものか、甚だ不安になりながら頷いた。
リファ「〈大真面目に〉じゃあ、初めは説得して兄に受け入れてもらう方向でいきましょう。個人の意思は できるかぎり尊重されるべきだわ」
アイラ「〈眉をひそめて〉説得…」
リファ「それでもダメだったら、大変不本意ながら薬を使う」
アイラ「……。」
リファ「それでもダメだったら」
アイラ「だめだったら?」
リファ「諦めてお嫁に行く」
アイラはため息をついて、再び目を瞑った。
リファ「アイちゃん…」
アイラは不貞腐れた顔で、眉を寄せて子供のような表情をした。
リファ「アイちゃん、いい?」
アイラは やや頬を膨らませながら、仕方なく、またおずおずと頷いた。
それを見ると、リファは パッと顔を明るくして一つ息をつき、しっかりと頷いた。
リファ「じゃあ、私もこの半月、アイちゃんと兄さまがうまくいくように応援する。だから…、もう やけになって今日みたいなことはしないって、約束して?」
リファはアイラに小指を差し出した。アイラはまだ納得がいっていないような顔で、唇を噛みながらも、リファの細く白い小指に 自分の小指を結び、弱々しく頷いた。
・・・・・・・・
リワンは、アイラやリファの言葉を思い出しながら 城の裏門までの湖畔を歩いていた。午後の暑い乾いた風が彼の濡れた髪をすぐに乾かしていった。
<回想>
アイラ「私、リワンが好き! 小さい頃から、ずっとずっと好きだった! リワンと結婚したい!」
リファ「兄さまは…、アイちゃんの気持ちに気付いてなかったの? もし輿入れの話が無かったら、アイちゃんと結婚する選択肢もあるの?」
リファ「だから、そういうことが何も無かったら、アイちゃんの事、好き?」
<回想終わり>
リワン(姫の気持ちに気付いていなかった?)
リワンは、アイラの赤く染まる頬や、嬉しそうな瞳、子犬のように見えない尻尾を振りながら駆け寄ってくる姿、一緒に居て幸せそうな彼女の姿を思い出した。
リワン(いや気付いていた。気付いていたが、気付かないふりをしていた。
だって、気付いたとして、どうなるって言うんだ? 不毛でしかない。何一つ、叶えてあげられるものなんて無いのに…。
俺は? 俺は姫の事をどう思っているんだ? 大事な人ではある。特別な人でもある。でもそれは護るべき人としてだ。女性としてじゃない、仕事としてだ。
姫の護衛になると決めたあの日からずっと、守るべき対象だった。こうして無事に、大事な役目を果たして貰う為に。…それだけだ)
考え事をしている内に裏口へ着くと、リワンは古びた門を入り、城の兵舎へ向かった。
午後の練兵にエイジャが参加しているのを見つけると、リワンは無言のまま彼に近付いていった。
エイジャは リワンを見つけるとタラタラと抜けて来て、いつものように気だるそうに言った。
エイジャ「あれ? もうあいつの新しい部屋、用意されてたろ。迎えに行っていいぞ」
リワンの頭を、先程の広間での一幕がかすめた。
<回想>
リワン「私は臣下として、あなたをお慕いしております」
<回想終わり>
リワン〈小さく息をついて〉(何だか気まずい…)「すまんが、お前行ってくれないか?」
エイジャ「〈ニヤニヤして〉あと半月で今生の別れなのに、良いのか?〈いたずらっぽく〉あいつ、お前の事 好きなんだろ?」
リワン「〈畳み掛けて〉今日の所は、お前が行ってきてくれ」
エイジャ「〈ニヤニヤ〉ふーん? ま、いいけど?」
リワン「悪いがおぶって来てくれ。どこか打っているかもしれない、意識が途切れがちだ。安静にしたい」
エイジャ「ケッ、どんなご身分だっつの」
リワン「敵地に送られる王女だ」
エイジャ「けぇ〜っ! かしこまり〜! っとなぁ〜」
エイジャは隊長に短く話しに行くと、またダルそうにタラタラと歩いて行ってしまった。リワンはその後ろ姿を見送ると、練兵に目を向け 小さくため息をついた。