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砂漠の月(第一部 碧沿)  作者: kohama
第一章 幼少
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第4話 友人エイジャ

リワンは、アイラやリファの言葉を思い出しながら 城の裏門までの湖畔を歩いていた。

午後の風が、彼の濡れた髪をすぐに乾かしていった。


<回想>

アイラ「私、リワンが好き! 小さい頃から、ずっとずっと好きだった! リワンと結婚したい!」

リファ「兄さまは…、アイちゃんの気持ちに気付いていたんでしょ?

もし…、輿入(こしい)れの話が無かったら、アイちゃんと結婚する選択肢もあるの?」

リファ「だから、そういうことが何も無かったら、アイちゃんの事、好き?」

<回想終わり>


リワン (姫の気持ちに気付いた?)

リワンは、アイラの赤く染まる頬や、嬉しそうな瞳、見えない尻尾を振りながら駆け寄ってくる姿、一緒に居て幸せそうな彼女の姿を思い出した。


リワン (そうだ、勿論気付いていたさ。あれで気付かない訳がない。

姫はいつだって、俺を真っ直ぐに見て、好きだと言った。

子供の頃から、ずっとそうだった。

初めは、失った弟の代わりだと思っていた。

大きくなったら変わるだろうと思っていた。

でも、ずっと変わらなかった。

一体 俺の何が、あの人にそんなに刺さるんだか…)

リワンは可笑しそうに、一人笑った。


リワン(だが その気持ちを知っていたとして、どうなると言うんだ?

不毛でしかない。

何一つ、俺が叶えて差し上げられる事なんて無いのに…。


俺は…?

俺は、彼女の事をどう思っているんだ…?

……。

大事な人ではある。

あの人以外に、俺は命を張る事などしないだろう。

あの人が無事に輿入れしたら、俺の務めは終わりだ。

護衛業は辞めて、完全に医官になる。

そう、俺にとって、姫は特別な人だ…。

だがそれは、彼女が王女だからだ。

女性としてじゃない、護るべき人として、仕事としてだ。


彼女の護衛になると決めたのだって、エイジャがいい加減で、見ていられなかったからだ。

国のため、平和のため。

あの日からずっと、守るべき対象だった。

こうして、大事な役目を果たして貰う為に。

ただ…、それだけだ)

リワンは冷めた目を伏せながら、乾いた髪を再び高く結い上げた。



考え事をしている内に城の裏口へ着くと、リワンは古びた門を入り、兵舎へ向かった。

午後の練兵にエイジャが参加しているのを見つけると、リワンは彼に近付いて行った。


エイジャは、リワンを見つけるとタラタラと抜けて来て、いつものように気だるそうに言った。

エイジャ「あれ? もうあいつの新しい部屋、用意されてたろ。連れて来ていいぞ」


リワンの頭を、先程の広間での一幕(ひとまく)がかすめた。

<回想>

リワン「私は臣下として、あなたをお慕いしております」

<回想終わり>


リワンは小さく息をついた。

リワン (何だか気まずい…)「すまんが、お前行ってくれないか?」

エイジャはニヤニヤして言った。

エイジャ「あと半月で今生の別れなのに、良いのか? あいつ、お前の事 好きなんだろ?」

リワンは踵(きびす)を返して、畳み掛けた。

リワン「今日の所は、お前が行ってきてくれ」

エイジャ「ふーん? ま、いいけど?」

エイジャはニヤニヤしながら、リワンの顔を横から覗き見た。


リワンはその視線を避けるように、矢継ぎ早に言い添えた。

リワン「それと、悪いがおぶって来てくれ。意識が途切れがちだ。安静にしたい」

エイジャ「ケッ、どんなご身分だっつの」

リワン「敵地に送られる王女だ」

エイジャ「けぇ〜っ! かしこまり〜! っとなぁ〜」

エイジャは隊長に短く話しに行くと、またダルそうにタラタラと歩いて行ってしまった。

リワンはその後ろ姿を見送ると、練兵に目を向け 小さくため息をついた。


・・・・・・


エイジャは裏門を出ると、碧(あお)い湖の畔(ほとり)をぼんやりと眺めながら、リワン達の家にやってきた。

ノックも無くいきなりドアを開けながら

エイジャ「うーっす、迎えに来た」

と言うと、リファが驚いて振り返り、顔を赤くした。

アイラは、リファの顔を横目で見た。


リファは真っ赤になりながら、勇気を振り絞って苦情を言った。

リファ「エ…、エイジャ…! ノ、ノ、ノックしてほしいわ。びっくりするじゃない!」

エイジャは家に入りながら、そんな事どうでもいいというように二人に近付いていった。

エイジャ「んあー、悪ぃ。〈アイラに〉お前の部屋、場所変わったから。飛び降りらんねー部屋になった」

アイラは、長椅子で天井を見上げたまま、表情を固くして何も言わなかった。

エイジャ (あー、そっか。さっきこいつと喧嘩したんだったっけ…)



エイジャは長椅子に近付き、リファのすぐ後ろで言った。

エイジャ「ほれ、行くぞ」

リファは すぐ後ろにエイジャを感じ、赤面して よく分からない汗をかいている。

アイラは のろのろとベッドから起き上がったが、再び視界が暗くなった。

リファが椅子から立ち上がり、慌てて支えた。

リファ「アイちゃん…、やっぱりどっか打ってるのかな?」

エイジャが呆れたようにボソッと言った。

エイジャ「アホなことすっからだろーが」

リファは赤くなったまま何も言い返せずに、小さく唇を噛んだ。


アイラは頭を少し振って、目を瞑ったまま言った。

アイラ「大丈夫…」

普段なら言い返される所で返って来ないので、エイジャは怪訝そうにアイラを見た。


彼女は恐る恐る長椅子から立ち上がると、再び視界が暗くなった。

今度はエイジャが、彼女のぐにゃぐにゃした胴体を支えた。

エイジャ「っと。ったく世話の焼ける…」

リファは、アイラの身体を支える小麦色の逞しい腕を見て、赤くなって咄嗟に目を逸らした。

エイジャは リファのその様子を見ると、見透かしたように彼女を見て、フッと笑った。

アイラ「ごめん…、さっきからフワフワしてて…」

エイジャの身体に掴まって 視界が明るくなるのを待ち、アイラは辛うじて一人で立った。

とは言え、手先や足先が痺れたようで、とても歩けそうになかった。



エイジャはアイラを背負えるよう、しゃがみこんだ。

エイジャ「ほれ」

リファ (おんぶ! おんぶ!! アイちゃんごめん、私が乗りたい!!)

リファは一人、顔を両手に埋(うず)め、羨ましさに身悶えした。

アイラは不機嫌に顔を背けて言った。

アイラ「あんたにおぶわれるなんて、一生の恥よ」

リファは、よく分からないショックを受けていた。

エイジャ「んだとぉ?! こっちだって別に好きでやってんじゃねーんだよ!

リワンから言われてんの! 安静にさせろって。

お前に何かあったら、俺が怒られんだろが!」

アイラは仕方なく、エイジャの逞(たくま)しい背中に乗った。

リファは何気なく後ろを向き、羨ましさに悶える胸に手を当てた。


エイジャ「じゃ、またな リファ」

リファ「うん…」

エイジャに話しかけられると、リファは前に向き直り、声を上擦らせながら返事をした。

リファが扉を開けてやると、エイジャは別に何も背負っていないかのような軽い足取りで出て行った。

リファ「アイちゃん…。私、あなたが羨ましいわ…」

リファは二人の後ろ姿を、ため息と共に見送った。


・・・・・・・


棗椰子(なつめやし)の木々の茂る湖の畔(ほとり)を、エイジャはアイラをおぶって城の裏口へ向かって歩いた。

エイジャは密かに、アイラの様子を少し気にしながら言った。

エイジャ「親父(おやじ)に言っといたぞ」

アイラ「…何て?」

エイジャ「…部屋のバルコニーから落ちた、って」

アイラ「……。」

エイジャ「超切れてたー。青鬼みたいだったー。

んで今んとこ、他の連中には多分バレてない。

落ちた後、びしょ濡れで 気ぃ失ったまま城に戻らなかったのが正解だったな。

つー訳でよ、お前、裏門からは歩けよな。普通にしろや」

アイラ「うん…」

二人はしばらく無言になった。風で椰子の葉が揺れる音が心地良い。



エイジャは また密かにアイラの様子をチラと見ると、暫(しばら)く首を捻(ひね)りながら言った。

エイジャ「さっきは…、言いすぎた」

アイラはエイジャの背中で、僅かに目を見開いた。


アイラが何も言わないので、エイジャは続けた。

エイジャ「別に…、お前の事、牛とか馬みたいに思ってる訳じゃねー。

お前は お前なりの考えのある一人の人間だって、知ってる。

だし、お前が王女じゃなくて、普通の女に生まれてたら良かったのにって、思う」

アイラ「うん…」

アイラはぐるぐる回る視界の中、やっと返事をした。


エイジャは暫く黙ると、あっさりと言った。

エイジャ「お前さ、リワンのこと好きなんだろ?」

アイラは、悪友からそんな事を言われるとは夢にも思っていなかったので、ギョッとして黙り込んだ。

アイラ「……。」

エイジャ「手伝ってやろうか?」

アイラ「何を…?」

エイジャ「あ? この半月の間に、どうにかなれるようにさ」

アイラ「どうにかって?」

エイジャ「どうにかってったら…、どうにかだよ」

アイラ「……。リファにも同じ事言われた」

エイジャ「あっそ」


アイラ「…あんたこそ」

エイジャ「あ?」

アイラ「リファの事…、あんたどう思ってんの?」

エイジャ「身体も気も弱い、人形みたいなの女の子、リワンの妹、タメ、薬草オタク」

アイラ「そ、そうじゃなくて…、す…、好きだったりしないの?」

エイジャはケタケタと笑った。

エイジャ「直球だよな、お前って。さすが単細胞」

アイラ「はぐらかさないでよ。あの娘(こ)のこと、どう思ってんのよ?」

エイジャ「俺? 俺 女だったら全員好きよ。突っ込めれば何だっていい」

アイラは心底軽蔑して、ボソッと言った。

アイラ「蠍(さそり)の巣にでも突っ込んでろ、ゲス野郎」

エイジャはまた可笑しそうに、ケタケタと笑った。

エイジャ「アレだろ? あいつ、俺の事、好きなんだろ? お前もリファも、わかりやすいよな」

アイラ「何か腹立つわ。リファったら、どうしてあんたみたいのを…」

エイジャ「ククク、リファとやったら、リワンに殺されそうだよなぁ。

ガキの頃 リファの髪切った時、俺、マジであいつに殺されるかと思った」

エイジャは また笑った。

アイラ「リワンったら、あの時どうして手加減したのかしら。息の根を止めるべきだったわね」

エイジャ「お前が止めに入ったんだろうが」

アイラ「そうだったかしら。あんたね、私が居なくなっても、リファを泣かせたら許さないんだからね」


エイジャは目を見開いて、一瞬黙った。

エイジャ「……。え、何? 草馬(そうま)に行くの、受け入れた訳?

リファが何か言った? フッ、さすがリファだな」

アイラは何も答えず、ぐっと唇を噛んだ。


エイジャ、は彼女の様子をほんの少しだけ振り返って また目の端で捉えると、諦めたように言った。

「つかさー、まだ半月あんだからよ、輿(こし)入れ自体はどーにもなりそーにねーけどさぁ、リワンの事? やるだけやってみよーぜ。

なぁ、あいつとどうにかなれたらさぁ、どんだけ嬉しいか想像してみろっての!」

アイラ「ん…」


エイジャ「だからさ」

エイジャはそこで口をつぐんだ。

アイラは じりじりして先を促した。

アイラ「…何よ」

エイジャは、夕焼けに赤くなりつつある湖を見て言った。

エイジャ「…死ぬなって、言いたい訳」

アイラは 思いがけずかけられた悪友の言葉に、不覚にも涙が込み上げた。

こめかみをエイジャの背中に付けて、同い年の幼馴染に 泣いているのがバレないように努めたが、涙は彼の背にとめどもなく落ちた。

エイジャは気付かぬフリをして、黙ったまま夕焼けになりつつある湖畔を歩いた。


・・・・・・・


アイラの部屋は、中庭に面した部屋に移されていた。

彼女は寝台に上半身を起こし、ぼんやりと薄紫色に変わる中庭を見ていた。

アイラは、中庭で毎朝 母に舞の稽古をつけてもらっていた頃を思い出していた。

エイジャは窓に足を乗っけて 長椅子に座り、目を閉じていた。夕暮れの心地よい風に、白いカーテンがヒラヒラと舞っている。



そこへ、ノックもなく 父王がいきなり扉をバンと開けて部屋へ入って来た。

エイジャ (ゲッ!? 来た! 青鬼!)

エイジャは 驚いて、寝そべっていた長椅子から素早く身を起こした。

王は青い顔をしてわなわなと震えたかと思うと、ツカツカとアイラの側まで来て、手を振り上げた。

エイジャは急いで主人(あるじ)を王から引き離そうと、彼女の腹に横から手を駆け、自分の方へ引き寄せた。

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