第3話 アイラの望み
リファ「!! ア…、アイちゃん…!起きてたの?!」
アイラ「俺にとっては それだけ、か…」
午後の風が、カーテンをまた明るく揺らした。
リファ「あ…」
リファは言葉に詰まった。
アイラ「ごめん…。盗み聞きするつもりは無かったんだけど…」
リファ「ううん。い…、いつから?」
アイラ「リファが着替えさせてくれた辺りから、耳だけ聞こえてた。起きたかったんだけど、金縛りみたいで起きれなかったの…」
リファ「そう…。あの…、ごめんね、アイちゃん。兄さまが言ったこと…、アイちゃんを傷付けてしまったわね…」
アイラ「ううん、いいの。何かもう、はっきりしたわ…。リワンが私に優しかったのは、大事な駒だからだった、って。勘違いしちゃうよね、あんたのお兄ちゃん、優しいからさ…」
リファ「アイちゃん…。あの…、兄もそんなつもりで言ったんじゃないと思うの。兄ってほら、理性が強すぎて 自分の心を 自分でも分かってない所があるっていうか…」
アイラ「そうかな…? きっと言った通りだよ」
アイラは寂しそうに笑って 天井を見つめた。
アイラ (あぁ…、横になっているのにフワフワする…)
アイラが目眩で揺れる視界でリファを見ると、リファは申し訳なさそうに 縮こまって座っていた。
アイラは努めて明るく笑って言った。
アイラ「あぁリファ、私、あんたが羨ましい」
リファは顔を上げた。
リファ「? どうして?」
アイラ「だって、こうして毎日リワンと一緒に居られて」
リファは目をパチクリさせた。
リファ「アイちゃんだって、毎日一緒に居るじゃない」
アイラ「そうじゃなくて…。同じ家に住めて、っていうの…?」
リファは再び目をパチクリさせた。
リファ「兄さまは、ここには寝に帰って来るだけよ?」
アイラ「んー、何て言うの? あぁそう、リファはリワンにとって、かけがえのない家族でしょ? 私はただの仕事の対象で、リワンが私付きの護衛でなくなったら、もう会わなくなるわ」
リファは首を傾げた。
リファ「…そうかしら?」
アイラ「きっとそうよ。仕事じゃなくなったら、わざわざ会いに来てなんかくれないわ」
リファは また首を傾げた。
リファ「兄さまはアイちゃんだから護衛業をやってるのよね? アイちゃんの護衛を辞めたら、兄さま、医官一本にするって言ってるじゃない。兄さまにとって、アイちゃんは特別な人だと思うけどな…」
アイラは いじけて言った。
アイラ「政治の駒でしかない、って言ってた」
リファ「それは…、だから兄さまは理性で考える人だから、そう割り切ろうとしているだけで、心は別の所にあると思うけどな…。多分、兄さま自身も分かっていないのよ」
アイラ「そう…かな…」
リファ「そうよ。兄さま、ああ見えて、自分の心については不器用なんだわ」
リファはふんわりと微笑んだ。
アイラ「……。」
アイラは、美しいリファの笑顔を見て、聞いた。
アイラ「リファは?」
リファ「え?」
アイラ「あんたは…、エイジャの事、好きなんでしょ?」
途端に赤くなったリファを見てアイラは苦笑し、弱々しく尋ねた。
アイラ「あんなののどこが良いの?」
リファは恋する乙女の顔になって言った。
リファ「アイちゃん! わ、私こそ、あなたのことが羨ましくて仕方ないのよ! エイジャとあんなに毎日一緒に居られて、その上、ま、ま、守ってくれるなんて…!」
アイラは耳を疑った。
アイラ「…ねぇリファ、あんたちょっと何か誤解してると思うわよ? あいつは本当に、食う、寝る、やる、しか考えてないような男よ?」
リファ「や…、やる…!」
リファは頬を染めて俯いた。
リファ「そうね…」
アイラ「大人しくて理知的なあんたが、どうしてあんな野生丸出しみたいのを好きになるのか、ちょっと理解できないんだけど…」
リファ「どうしてって…、つ…、強いし…、顔も好き。身体も逞しくてかっこいい。声も好き。性格もカラッとしてて好き。全部好き! あぁ! あの腕で抱きしめられたら…、ひゃあ…!」
リファは両手で顔を覆った。
アイラ「……。」
アイラは困惑に満ちてリファを見た。
アイラ「小さい頃から、よく虐められてたのに…。いつからそんな なっちゃった訳?!」
リファ「いつから? わからないわ。気が付いたら、エイジャが傍にいるとドキドキするようになってたの…」
アイラは、下手物でも見るような目でリファを見た。
リファは、友人のその眼差しに耐えかねて、やり返した。
リファ「ア、アイちゃんだって、兄のこと、好きじゃない!」
アイラは面食らった。
アイラ「リワンは…、エイジャと違ってちゃんとした人だもの」
リファ「ア、アイちゃんは知らないのよ」
アイラ「何をよ?」
リファ「兄は…、兄は、暇さえあれば、か…、解剖ばっかりしているわ。その光景ったらもう、びっくりしちゃうんだから…」
アイラは、初めて聞くリワンの一面に驚き、押し黙った。
アイラ (そ…、そうなんだ…)
リファ「あ…、言っちゃいけなかったかな…?」
リファは口の中でモゴモゴと言うと、縮こまって黙った。
リファは、おずおずとアイラの手に自分の手を重ね、そっと握り締めた。
リファ「アイちゃん…」
アイラ「?」
リファ「死なないで…」
アイラは一瞬 目を見開くと、涙ぐみそうになったので目を伏せた。
リファ「ねぇ、アイちゃん…。時の鍵穴が合う時が来るかもしれないわ」
アイラ「時の…鍵穴?」
リファ「そう。遠い西国から遥々(はるばる)嫁いだ母が言ってたんだけどね、時の鍵穴が合えば、一年前には思いもつかなかった所に自分が居る事に、ふと気付く事がある、って」
アイラ「……。」
リファ「時って、幾重にも交錯している中で、一瞬しか鍵穴が現れない事がある。ある時は、どう足掻いても扉は開かないのに、ある時が来たらカチッと鍵が合って、簡単にそこへ行けたりするんですって」
アイラ「へぇ…」
リファ「だから、今はアイちゃんと兄さまは、時の鍵穴が現れていないのかもしれないわ。でも、生きていたら、ふと気付いたらそれが現れていて、二人が結ばれる日も来るかもしれないじゃない」
アイラは暗い瞳で言った。
アイラ「そんなこと…、草馬に行ってしまったら、あり得ないわ」
リファ「そうだけど…。そうだけど、わ、分からないじゃない! 先がどうなるかなんて。死んでしまったらそこでお終いよ」
アイラ「……。」
リファ「ね? だからお願い、死なないって、約束して?」
アイラ「でも嫌なの」
アイラは手の甲を目の上に乗せ、潤んできた目を隠そうとした。
アイラ「あんな国へ行きたくない…! このままずっと、リワンや皆の傍に居たい…!」
リファ「うん…。そうよね…。分かるわ…」
リファは心底同情しながら、思案した。
リファ「ねぇ、じゃあ、私、協力するから」
アイラ「?」
リファ「草馬にお嫁に行くことは、もうどうにもならないとして、その前に、兄との恋を応援してあげる」
アイラ「どうやって?」
リファ「アイちゃんは、その…、ど、どこまでで満足なの?」
アイラ「?」
リファ「だ、だからその…、兄さまに…、だ、抱きしめられる、とか?〈赤くなりながら〉く…口付けまで、とか…。ほっぺなのか、くく唇なのか、とか…」
アイラは暫く天井を見ていたが、はっきりと言った。
アイラ「リワンの子を身籠る所まで」
リファ「……。はっ?」
リファは暫く固まった後、ようやく口を開いた。
リファ「…ごめん、何か聞き間違えちゃったみたい」
アイラ「どうせ産むなら、リワンの子がいい」
アイラは天井を見たまま、真顔で言った。
リファ「……。」
リファはポカンと口を開けた。
アイラ「一生に一度だけでいい、私、大好きな人に愛されてみたい」
リファ「そうよねぇ、わかるわぁ。??? アイちゃん、草馬にお嫁に行くの…よ…ね?」
アイラ「私 草馬王の子なんて、絶対産みたくない。でも、あっちで側室になったら、きっとそうなる。だから、リワンの子を身籠って向こうに行きたいの」
リファ「えっと…? ちょっと言ってる意味がよく分からないんだけど…。兄さまの子を身籠って草馬に行く? …と、アイちゃん殺されちゃうんじゃない?」
アイラ「だから、その子を草馬王の子っていうことにするのよ」
アイラは真顔でリファを見た。
リファは、宇宙人でも見るような目でアイラを見た。
リファ「…だって…、え? だって、それだと出産の時期がおかしいことにならない?」
アイラ「向こうに着いたら、すぐ事に及ぶのよ」
リファは口を開けたまま、再び目を白黒させた。
リファ「え…? だって…、いや だって仮にそうできたとしてもよ? 兄さまの子なら、金髪になっちゃうかもしれないじゃない」
アイラ「私に似るかもしれないわ」
リファは椅子からずり落ちそうになった。
リファ「似なかったらどうするのよ! 草馬人って全員 黒髪でしょ?! 絶対バレるわよ! アイちゃん、バカも休み休み言ってよ!」
アイラ「バレたら…、やっぱり殺されるかしら?」
リファ「殺される所の話じゃないわよ! 和平の為に行くのに、かえって戦争になっちゃうわよ! 兄さまだって…、きっと殺されてしまうわ」
アイラは目を閉じた。
アイラ「ダメか…」
リファ「……。」
リファは困ったように少し考え込むと、迷いながらもボソリと呟いた。
リファ「…ヘビ酒、かしらね…」
アイラ「え?」
リファ「アイちゃん、今 アイちゃんの望みは4つあるわ。
一つ、草馬にお嫁に行きたくない。
二つ、一度でいいから兄に愛されたい。
三つ、草馬王の子供を産みたくない。
四つ、産むなら兄の子がいい。
そうよね?」
アイラ「うん…」
リファ「この内、輿入れと、草馬の子を生みたくないこと、兄さまの子供を生むことは、難しいと思うの。私の力では どうにもできそうにないわ」
アイラは相槌も打たず、不機嫌に聞いていた。
リファ「でも二つ目の、兄さまに、その…、その…、い、一度だけ愛されるのは、避妊すればできる…かもしれない…、かも…じゃない…?」
アイラ「避妊…」
リファ「ん。失敗したら…、一貫の終わりだけど…。でもアイちゃん、望みの全てを叶える事は無理でも、そこを落とし所にしたらどうかしら?」
アイラは ぼんやりとリファを見つめ、まだ不貞腐れたような顔をしていたが、渋々(しぶしぶ)頷いた。
リファも、自分の提案が果たして妥当なものか、甚だ不安ではあったが、頷いた。
リファ「じゃあ、初めは説得して兄に受け入れてもらう方向でいきましょう。個人の意思は、尊重されるべきだわ」
リファは真面目に言った。
アイラ「説得…」
アイラは眉を寄せた。
リファ「それでもダメだったら、大変不本意ながら、薬を使う」
アイラ「…薬? 薬って、どんな薬?」
リファ「一っっっ気に、問答無用で恋に落ちる薬よ」
アイラ「そんなのあるの?」
リファ「身体がね。マンネリ夫婦からよく頼まれるの」
アイラ「…それって、愛されるというのかしら…?」
リファ「アイちゃん、この際、細かいことは気にしてられないわ。兄さまとヤれたら、諦めがつくんでしょう!」
リファは鼻息荒く言い放った。
アイラ「え…? あ…、うん…。そう…なのかな…」
アイラは眉根を寄せた。
リファ「それでダメだったら」
アイラ「ダメだったら?」
リファ「諦めて、草馬に行く」
アイラはため息をついて、再び目を瞑った。
リファ「アイちゃん…」
アイラは眉間にシワを寄せた。
リファ「アイちゃん、いい?」
アイラは 仕方なく、小さく頷いた。
それを見ると、リファは パッと顔が明るなった。
リファ「じゃあ私、この半月、アイちゃんと兄さまがうまくいくように頑張るわ! 薬の事なら任せて!」
アイラ (説得の勝算は無いのね…)
アイラは半目になった。
リファ「だから…、もう やけになって今日みたいなことはしないって、約束して?」
リファは、アイラに小指を差し出した。
アイラ「……。」
アイラは唇を噛みながらも、リファの細く白い小指に 自分の小指を結んだ。




