表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の月(第一部 碧沿)  作者: kohama
第二章 春
49/50

第10話 責任

リワン(おかしいな…。もう日が暮れるのに…)

夕方、医務室の帰りに、リワンはエイジャを探していた。

リファ「アイちゃん達、まだ工事現場から戻ってないの?」

リワン「リファ、お前、父さまと一緒に先に帰っていろ」

リファ「…わ、私も行くわ」

リワン「いや、いい。今はお前のペースに合わせられない」

リファ「!」

リファは少しショックを受けた。

リワンは妹の顔を見て、別に言わなくてもいい 本当の事を言ってしまった事に気が付いた。

リワン「…じゃあお前、ナザルさんに報告して来てくれないか? 俺は先に穀物庫に向かうから」

リファ「分かったわ」

リファは のたのたと、今の彼女なりの全速力で走って行った。


・・・・・


アイラ「ど、どどどうしよう…?!」

アイラは倉庫の扉の前に立ち尽くしていた。

キョロキョロと辺りを見回したが、薄暗い倉庫一帯には人気ひとけも、何かこの扉を破れるような農具も落ちていなかった。

アイラ (もう! 整理整頓も大概にしてよね?! 父さまのせいだわ! どうでも良い事にこだわるから…!)

アイラは、かない扉の前をウロウロと行ったり来たりした。


・・・・


チェン「いったぁあい」

チェンは、エイジャに噛みつかれて血の出ている舌を、べろりと出して見せた。

エイジャ「離せよ。あんた、仕事無くして良い訳?」

チェン「あらやだ、そんなんじゃないわ。あんたが好きなのよ、エイジャ。ねぇ、そんな顔しないで? すぐ気持ち良くさせてあげるから…」

チェンは言いながらエイジャの服をたくし上げると、その乳房を赤く腫れた舌でザラリと舐めた。

ついでにエイジャの下も、勘所良く服の上から怪しくさすった。


エイジャ「!」

エイジャは気色が悪いのに気持ちが良くて、ビリビリと鳥肌が立った。

チェン「フフ…、可愛い」

チェンは征服感に酔いながら、エイジャのズボンを下ろすと、早速かぶりついた。

エイジャ「…っ!」

全く不本意ではあったが、エイジャは発達中の身体が反応するのをめられなかった。

チェン「んー、若いオスの匂いって、最高」

チェンは、エイジャの上がっているのも下がっているのも唾液たっぷりに咥えながら、とろけるように言った。

エイジャ (あー、やべ、出る…。最悪だ…)



ガタガタッ! ガタガタガタッ!

扉がまた大きな音を立てた。

チェンは再び止まって、物凄くわずらわしそうに目だけをチラリと扉の方へ向けた。

ドンドンドンドン!

アイラ「エイジャ?! ねぇ エイジャ?! どうしたの? 返事して!」

扉の外から、アイラの声が聞こえた。


エイジャは大きくため息をついた。

この状況を見られるのも、ここまでやられたのも、この状態で元に戻れというのも、寸前でめられるのも、どっちにしろ全部最悪だった。


エイジャは、下がパンッパンに膨らんだまま叫んだ。

エイジャ「アイラ! チェ…」

チェンはするりとエイジャの前に顔を付き合わせると、大きな手で、もの凄い力でエイジャの鼻と口を塞いだ。

そのまま頭が床に押し潰されてしまいそうで、エイジャは恐ろしさに その金色の目を震わせた。

チェン「余計な事を喋ったら…」

見開かれたチェンの漆黒の目が、濃い紫色に見えた。

チェン「あなたの大事なものがどうなるか…」

エイジャ (?!)


アイラ「エイジャ! ねぇ、どうしたの?! 返事してよ?!」

チェンは鼻と鼻がくっつきそうな位置で、エイジャと目を合わせたまま アイラの声にかすかに笑うと、そっと手を緩めた。

エイジャが、はぁはぁと震える息をしながら、最も恐ろしい状況を脱したと思ったその矢先、チェンは研いであった小指の爪で、いきなりピッとエイジャの唇を切った。

エイジャ「!」

チェンは、エイジャの唇に盛り上がったその鮮血を、べろりと舐め取った。


エイジャは 歯をガチガチと震わせながら、信じられないという目でチェンを見た。

エイジャ「……お前…、ほ、本当に碧沿へきえん人か? あいつは…王女だぞ?」

チェンは、さも意外だという顔で言った。

チェン「なぜ、王女の話が出てくるの?」

エイジャ「…!」

エイジャは目を見開いて、チェンを見つめた。


・・・


アイラ (駄目だ、誰か呼んで来よう。そうだ、北の見張り台には人が居るわ…!)

アイラは駆け出そうとして、ふと足を止めた。

アイラ (でもその間に、エイジャがどうなるか分からないわ。今 彼がここに居るのに、離れちゃ駄目よ! …そうだ!)

アイラは、さっき補修工事をしていた場所を思い出した。


・・・


扉が静かになると、チェンはエイジャに乗っかったまま、見下ろして言った。

チェン「誰か呼びに行ったかしら? なら、今の内に終わらせないとね」

エイジャ (あーあ、俺の人生って、ほんとクソだわなぁ…)

エイジャは、一切の抵抗をやめた。

チェン「フフ。飲み込みの早い所も、好きよ?」

チェンはそのまま、エイジャに深く口付けた。

エイジャ (最悪…)

エイジャは、薄暗い倉庫の天井をぼんやりと見ながら、されるがままになった。


・・・・


アイラが補修していた壁を見に行くと、案の定、まだ煉瓦と煉瓦の間の土が乾いていなかった。

アイラ (よし!)

アイラは煉瓦の間の生乾きの土を、拾った木の枝でほじくり始めた。


・・・


奥の方の壁からかすかに、シャリシャリという何の音だか分からない音がしてきた。

エイジャ (ネズミ…?)

チェン「……。」

二人は はたと、音のする方に神経を向けた。

チェン「ふーん?」

チェンは、珍しく不機嫌そうな顔をした。

暫くすると、煉瓦の壁から泥だらけの指が出てきた。

エイジャ「?!」

エイジャはギョッとした。



アイラ「うーっ!」

アイラは壁に片足を付けて、体重をかけて煉瓦を少しずつ斜めに引っ張った。

隙間が広くなると両手を差し入れ、全体重をかけてずらしていった。

アイラ (あぁもう! どうしてこんなに重い訳?! 煉瓦は一つ一つ もっと小さくしてよね?!)

アイラは、煉瓦を運搬しようなどと思い立った事はすっかり忘れ、自分に筋力が無いのを煉瓦のせいにした。


それでも、その煉瓦は 隣の煉瓦よりも高さが低かった為、割合に簡単に引っこ抜けた。

ボスッ。

鈍い音を立てて、土煉瓦が砂に落ちた。


アイラは煉瓦の隙間から、中の様子を見た。

が、庫内が薄暗いのと 煉瓦の穴が狭いのとで、よく見えなかった。

アイラは壁の穴から叫んだ。

アイラ「エイジャ?! エイジャ、大丈夫?」


エイジャは震える目で、自分に乗っかっているチェンを見た。

チェンはチラと煉瓦の穴の方を見ると、どうしてくれようかと まな板の上のエイジャを見下ろした。


アイラ「ねぇってば!」

返事は無かった。


アイラは仕方なく、また足を壁に踏ん張って、隣の煉瓦も引き抜きにかかった。

エイジャは顔をしかめた。

エイジャ (そこ抜いたら、上 落ちてくるだろが! バカ…!)

幸いな事に、その煉瓦は 上の煉瓦の重みがかかっていて、なかなか動かなかった。


アイラは、もうヘトヘトだった。

アイラ「誰か…」

彼女は途方に暮れて、疲れ切った声で叫んだ。

アイラ「誰か…! 助けて…! 誰か…! 誰かーっ!!」

アイラの声は、人気のない倉庫一帯に虚しく消えたが、アイラは なおも叫んだ。

アイラ「ねぇ誰か…!!」


チェンはエイジャに乗っかったまま、無表情で黙っていた。

やはり、彼女は不機嫌そうだった。

チェン (あの声に、見回りの兵が気付くかもしれない…)

チェンは とても残念そうに ため息を一つつくと、エイジャの手首を縛っていた皮の紐をほどいた。

チェン「人の恋路を邪魔する奴は…」

チェンは低くそう呟きながら、エイジャを鋭く見下ろした。

薄暗闇に、チェンの紫色の目がキラリと光った。

エイジャは、意図せずに胸の辺りがブルブルと震えた。

チェンは するりと立ち上がった。


・・・


アイラ「誰か…」

アイラが疲れ切ってうつむくと、さっき壁から引っこ抜いて落とした土煉瓦が目に入った。

アイラ (…これで扉を壊せるかも…!)

アイラは両手で煉瓦を持ち上げた。

が、ぐらりと視界が揺れ、アイラは砂の上に膝をついた。

アイラ (あぁもう! 体力…、体力が必要よ…! チェンの言う通りだわ)

アイラは自分が情けなくなって、奥歯を噛み締めた。


アイラ (…チェン…? )

アイラは目を見開いた。

アイラはもう一度、壁の穴から中を覗いて叫んだ。

アイラ「チェン?!」

その声と、倉庫の扉が開く音は、同時だった。

アイラ「!」

アイラは もつれる足で壁に手を付きながら駆けて行ったが、既にそこに人影は無かった。



アイラが、ひらいた扉から恐る恐る中を覗くと、薄暗い穀物庫に誰かが横たわっていた。

アイラ「!!」

アイラは初め、誰かが殺されていると思った。

アイラが駆け寄ると同時に、寝転んだ影はコロンと寝返りを打って、アイラに背を向けた。エイジャだった。

アイラ (生きてる…!)

アイラは一旦は胸を撫で下ろしたが、エイジャの服ははだけて、後ろ向きのお尻が半分位見えていた。

アイラ「! …エイジャ? どう…した…の?」

エイジャ「……。」

エイジャは背を向けたまま、何も言わなかった。

アイラ「…今居たの、誰? も、もしかして…、チェン?」

エイジャ「……。」

アイラ「ご…、ごめん! ごめんね…! 私が寝てたから…! 気を付けるって言ったのに…」

エイジャ「違う。」

アイラ「…だって、じゃあ、何でこんな…」

エイジャ「ちげーって! チェンじゃねぇ。だし、ちょっと手合わせしただけだし」

アイラ「穀物庫ここで? そ…その格好で?」

エイジャ「……。負けたから」

アイラ「…は? どういうこと…?」

アイラは目を見開いて、エイジャの はだけた小麦色の背中を見つめたが、返事は無かった。



アイラは、自分の青緑色のジャンパースカートのリボンをほどくと、エイジャにふわりとかけてやった。

その時、彼の活性化している下半身が視界の隅に入って、アイラは思わず二度見した。

エイジャ「見んなよ! こういう時 普通、キャーとか言うんじゃねーの、女って」

アイラ「あっ! ごめん!」

アイラは慌てて後ろを向き、小さな声で取ってつけたように言った。

アイラ「…きゃー」

エイジャ「おせーわ、ボケ!」



アイラは、後ろでエイジャが だるそうに起き上がり服を直している中、目を白黒させながら質問を始めた。

アイラ「…ねぇ、へ、変なこと聞いていい?」

エイジャ「……。」

アイラ「そ…、それって…、いつもそうなってるの?」

エイジャ「?! なってなくね?!」

アイラ「あ、そう、そうだよね。ごめん、良く知らないから…。あの…、いつもはどうなってるの?」

エイジャはどっと疲れて遠い目になったが、一応答えてやった。

エイジャ「……。縮んでる」

アイラ「へぇ?! そうなんだ! べ、便利なんだね。収納できるなんて」(うわぁ、何言ってんの私! バカバカ!)

アイラはエイジャに背を向けながら、一人でポカポカと自分の頭を叩いた。

エイジャ「……。」

エイジャはもう何だか、全部どうでも良くなってきた。



エイジャ「あーぁ。俺の人生って、どうしてこう踏み付けなんだろなー。こういうの、何もかも恵まれてるリワンに味わわせてやりてーよなぁ。あいつが自尊心 削られるとこ、見てみてーわ」

アイラ「ほ…、報告…しなきゃだよ!」

エイジャ「……。ダメ」

アイラ「何で?! あ…、あんたが…、踏み付けにされて、良いはずないじゃない! あんたは、私の大事な…人なんだから」

エイジャ「……。」

エイジャは柄にも無く、うるっときた。

張り詰めていた恐怖が、緩んだ為かもしれなかった。

アイラが背を向けていて良かったと思った。


エイジャ「お前さー」

アイラ「ん?」

エイジャ「…いや、何でもねぇ」

アイラ「何よ」

エイジャ「何で俺のこと、大事にすんの? 初めからずっと。俺なんて別に、元々ゴミっカスなのによ。どうなったっていいじゃん」

アイラ「自分でゴミっカスって思ってたら、そんな扱い受けても泣き寝入りしちゃうじゃないの! リファと一緒よ。あんたは、そんな扱いを受けるべきじゃないわ!」


エイジャ「どうして? 親も居ないのに。王女の腹心だから?」

アイラは驚いてエイジャを振り返った。

エイジャは服を直して、無気力に座っていた。

アイラ「どうしてって…、理由なんてないわよ。人は…、ほ、他の生き物だって、大事にされるのは当然じゃない。道端の花だって、踏みつけられるのは可哀想だわ」

エイジャ「それはお前が恵まれた境遇で育ったからだろ? 裏で殺してんのに、料理された肉ばっか食って、何が花も踏めませんだよ。俺はお前らに出会うまで、ずっと踏みつけだよ。大事にされた覚えはないね」

アイラ「嘘よ。パン屋のおばさんが、あんたにパンくれてたわ」

エイジャ「あー。…あれゴミなんじゃねーの?」

アイラ「それでも、捨てないで あんたにわざわざ取ってあった」

エイジャ「……。」

エイジャはボリボリと頭を搔いた。


アイラ「そ、それに…、人から大事にされるから、価値があるの? じゃあ私が王女じゃなくなって、あんたみたいに みなしごになったら、私には価値が無いっていうの?」

エイジャ「そうなんじゃねーの?」

アイラ「そ…、そんな訳ないじゃない! 私の価値は、周りの評価で変わらないわ。母さまは、どんな私も可愛い、って言ってくれた」

エイジャ「俺にはそう言ってくれる人が居なかったんでね。おめーの その自信が崩れたとこ、見てみてーわ。どいつもこいつも、俺の事バカにしやがって…!」

エイジャは、ここ暫く忘れていた劣等感を、胸くそ悪く思い出した。

アイラ「だから! 今 言ってるじゃない! 私が! あんたは私の大事な人だって言ってる! 初めから、ずっと!」

アイラは、落ち窪んだ茶色の瞳を まっすぐにエイジャに向けた。


エイジャはハッとして、アイラを見つめた。

どうかすると涙がこみ上げそうになるのを、エイジャは奥歯を噛んでこらえた。

エイジャ「お前さー」

アイラ「何よ?」

エイジャは ため息をついた。

エイジャ「…何でもねぇ」

アイラ「さっきから何なの?! ねぇ、正直に話して。チェンに襲われたんでしょ? そうなんでしょ? だったらチェンにはここを出て行ってもら…」

エイジャ「違う」

エイジャは目を伏せた。

アイラ「…どうして…」

アイラは理解できずに、エイジャを見つめた。



誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。

リワン「おい!」

リワンが息を荒げながら、出入口から身を乗り出して声をかけた。

庫内の二人はリワンを見た。

リワン「エイジャ、お前…」

エイジャ「何?」

エイジャはあおいジャンパースカートをアイラにバサっと投げながら、何でもないようにリワンを見た。

リワン「……。」

リワンとアイラは心配そうに、薄暗闇の中の よく見えないエイジャの顔を見つめた。

エイジャ「お前らさ、少し外 出といてくんね? すぐ行くからよ」

アイラ「うん…」

アイラは立ち上がると、リワンと一緒に外に出た。



エイジャは、薄暗い倉庫に一人ポツンと座ると、チェンに舐められた耳から首筋や唇を、嫌悪感いっぱいに手で拭いた。

自分で思っていたより、ショックだったようだった。

エイジャ「…無理矢理は、ダメだな」

エイジャは 新たに加えたポリシーを呟くと、崩れるようにまた床に伸びた。


薄暗い天井を見上げると、ついさっきチェンにやりたい放題やられたのを思い出し、エイジャは腕を両目の上にのせた。

自分の身に起きたおぞましい侵害を思うと、悔しくて、恐ろしくて、頬に涙が伝った。

エイジャ「クソ! あんな奴に負けるなんて…! あんな奴に…! 好き勝手やられるなんて…!! 俺が…! 俺がもっと強ければ…! クソ!!」

エイジャは奥歯をギリギリと噛み締めて泣いた。

日が暮れたお陰で、エイジャは 外で待つ二人に顔を見られずに済みそうで 良かったと思った。


・・・・・


王「そうか…」

翌朝、王はナザルから報告を受けて、窓まで歩いて行き 外を眺めた。

窓から、二階のバルコニーが強い日差しで 白く光って見える。

草馬そうま兵が、暑い中 立っている。


王「では、証拠は無いんだな」

ナザル「はい。エイジャの方も、チェンだとは言わないので…」

王「…脅されているな」

ナザル「はい」


王「チェンか…」

王は顎髭あごひげに手をやった。

王「読みずらい男だ。いや、女なのか? 一体 何を基軸に動くのか…」

ナザル「私には、ただ気まぐれなように見えますが…」

王「まぁそうなのだが…。何か…、ふとした瞬間に 漏れ出ているものがある気がするのだがな…」

ナザル「はぁ…」


王は、窓の前を暫く行ったり来たりした。

王「いずれにしても、だ」

王は足を止め、ナザルを見た。

王「暇なのは、いかんな」

ナザル「は? はい、確かに」


王はまた、明るい窓の方を見た。

王「あれだけの力を持っているのに、粉挽きのロバをやらせていたのは、確かに配置ミスだった。駿馬しゅんめには活躍して貰わんとな。王妃が居なくなって、暫くはゆっくりして貰おうと思っていたが、対応が遅れて申し訳ない」

ナザル「いえ、そのような…」


王「今 チェンを移動させれば、脅しのネタになっている者は危うい。大方、アイラかリファに致命傷ではない見せしめでもする気だろう。けしからん。が、この場は しのがねばなるまい」

ナザル「はい」

王「それに、現時点では色欲以外の逸脱行為は無い。王妃の護衛としての評価も高かった。こちらの意に沿う以上、今は実力者は碧沿ここに留めておきたい」

ナザル「…はい」

ナザルは、やや納得のいかない返事をした。

王「信頼に関しては、不本意ではあるがな」

ナザル「はぁ…」


王「それで、だ」

王はナザルの方を振り返った。

王「調べて欲しい男がいる」


・・・・


数日の内に、チェンは執務室に呼び出された。

王は、ひざまずくチェンの前をウロウロと歩いた。

ナザルが隅の方に立っている。


チェンは、土の床を無表情に見ていた。

王「今日は其方そなたに辞令がある」

チェン「…はい」

チェンは目を伏せ、部屋の隅を見た。


王「草馬そうまが統治するようになって、国が荒れている。民は日々暴力に怯えている」

チェン「はい」

王「其方そなたには、治安維持部隊に入って貰いたい。街を周りながら、できうる限りの正義を通して欲しい。つまり、其方そなたらが通れば、草馬兵の日常的な搾取の手が止まる位で良い。コテンパンにやっつけて欲しい訳ではない、上手くやって欲しいのだ。難しい仕事だが、柔軟な其方そなたならできると思った。何よりこの仕事は、絶対的な腕力が必要だ。どうだ、引き受けてくれるか?」

チェンは床を見つめたまま、ひそかに片眉を上げた。

チェン (正義ねぇ…)


チェンが下を向いたまま何も言わないので、王はナザルに目配せした。

ナザルが一旦出ていくと、一人の男と共に入ってきた。

無精髭を生やした、いかにも男気の溢れるその男は、チェンを見るとかすかに笑った。

チェン「!」

チェンは一瞬 彼を見ると驚いたが、すぐにまた 床に目を落とした。

王「其方そなたが東部の要塞で将の時、彼は副将だったな。馬が合うと聞いた。仕事も し易いのではないかと思ってな。望むのなら、共に任に就いて良い。そうでなければ、彼には戻って貰う」


チェンは タヌキに一杯食わされたという顔で、床の一点を苦々しく見ていたが、いつものポーカーフェイスで顔を上げた。

チェン「ではその任、謹んでお受けします」


・・・・・


アイラ「ええっ?! チェンが治安維持部隊に?!」

アイラの部屋に、幼馴染おさななじみの四人が集まっていた。

リファとリワンが、アイラに薬湯を届けに来たのだった。


エイジャ「あのオカマ、ありえねぇ。権力使って、自分より弱い男、全員 犯す気だろ。どんなヘボ人事だよ」

エイジャが思わず口の中で言った言葉を、三人は聞き逃さなかった。

アイラ「…あんた、やっぱりチェ…」

エイジャ「何でもねぇ!」

アイラの言葉を遮って、エイジャはぶっきらぼうに言い放った。


横目でエイジャの様子を見ていたリワンが、目を伏せたまま言った。

リワン「……。ストッパーを呼び寄せたみたいだぞ。公私共の、ストッパーだそうだ」

リファ「ストッパー? どういう意味?」

エイジャ「やる相手だよ!」/リワン「止めてくれる人って事だ」

吐き捨てるように言ったエイジャの露骨な言葉を、リワンが すかさず上からかき消した。

リファ「ふーん…」

リファは目をパチパチとした。


エイジャが嫌悪感と恐怖で吐きそうな顔をしているのを、アイラは見た。

アイラ (エイジャごめん…! 私、あんたを守り切れなかったんだわ。主人あるじ失格だ…)

アイラは一人、唇を噛んだ。

リファ「アイちゃん? どうしたの? 具合、悪いの?」

男子二人もアイラを見た。

アイラは首を振った。

アイラ「ねぇリファ、私もう、お薬湯 要らないわ」

リファ「え? …どうして? 口に合わなかった? …ごめんね」

アイラ「違うの。…私、体力つけたいの。母さまだって…、きっとそう望んでいるわ」

リファ「アイちゃん…!」

リファとリワンは嬉しくて、自然に口元がほころんだ。


エイジャ「母ちゃん母ちゃんって、いつまで言ってんだよ! いい加減 巣立てよ」

リファ「エイジャ…!」

アイラは、ムッとして言い返した。

アイラ「巣立ったじゃないの! 居なくなっちゃったじゃないのよ!」

エイジャ「は? 何言ってんの? オメーが、母ちゃんから巣立て、っつってんの!」

アイラ「だから! 巣立ったじゃないの! 無理矢理! エイジャのバカ!」

エイジャ「バカにバカって言われたくねーな!」

アイラ「はぁ?! それはこっちの台詞せりふよ! あんたにバカって言われたくな…」


ぐうぅぅぅぅー。/ブッ!


腹の音と おならの音が、同時に部屋に響いた。

四人は、はたと止まった。

友人達は無言で、気まずそうなアイラの顔を見た後、爆笑し始めた。

アイラ「わ、笑わないでよ!」

リワン「姫、お腹が動き始めて、良かったです」

大好きなリワンに涙目になりながら言われて、アイラは真っ赤になった。

リファ「本当ね」

リファも涙が出る程 笑っていた。


エイジャ「くっせ!」

エイジャが鼻をつまんだ。

リファ「ホント、アイちゃん、臭いわ!」

リファは笑い転げながら、顔の前でパタパタと手をあおいだ。

リワン「詰まってたんですかね」

リワンも鼻を手の甲で押さえながら、腹を抱えて笑っていた。

アイラは泣きそうな顔になり、持っていたクッションをリワンに投げつけた。



エイジャはゲラゲラと笑いながら、アイラを見た。

エイジャ (大事な人とか、勘違いすんだろが、バーカ)


アイラの部屋には、午後にしては爽やかな風が吹き抜けていた。

エイジャ (口は悪ぃし、態度も悪ぃ、頭も悪ぃのによ。ついでに心根も悪けりゃ、いつだって俺は、もっと適当に仕事できんのによ…)

エイジャはふと、今 こうして 皆と一緒に居られるこの時を、幸せだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ