第11話 女と、剣と、喧嘩
髪を切ろうと思っている。
父さまに何と言われるかは分からない。
何と言われても構わない。
戦の多いこの国で、
女であることに 一体どんなメリットがあるのだろう。
母は、文化こそが、人が人である理由だと言った。
その、美しく、地道で、愛にあふれた創作こそが
人の心を 争いや災いから遠ざけ、光で満たすと言った。
舞は好きだ。
でも、美しく着飾って 技と心を尽くして踊った所で、
剣の前に 何の力があるというのだろう。
力が欲しい。
ほんの少しで良い。
自分と、自分の周りにいる人を守りたいだけだ。
あの人は、私がお嫁に言ったら剣を捨てると言った。
でも 今の私には
賢いあの人の胸の内が分からない。
だって矛盾している。
あの人は、いつもあんなに論理的なのに。
お嫁にだって、本当は行きたくない。
大好きなあの人と もう二度と会えなくなるのなら 尚更だ。
敵国の 好きでもない男の妻になるよりか
女を辞めて あの人と一緒に居られる方が
どんなにマシか分からない。
・・・・・・
キィン! キン! キン!
まだ涼しい朝の内から、リワンとエイジャが中庭で打ち合っている。
アイラは自分の長いお下げに触れながら、東屋から ぼんやりと二人を見ていた。
この所、エイジャは 三つ年上の体格差のあるリワンを打ち負かそうと、躍起になっていた。
リワン「気が乗らない」
リワンは素気無く断っていたが、エイジャが問答無用で仕掛けるので、かわしていても 最終的には いつも抜かされていた。
キィン!
リワン「気が乗らないって言ってるだろ!」
リワンは、エイジャの剣を跳ね返しながら言った。
エイジャ「だったら、俺の勝ちだ!」
エイジャはまた飛びかかっていった。
キン! キィン! キンキン!
リワン「勝手にしろ! お前に負けようと、そんな事どうでもいい!」
エイジャ「嘘こけ! お前の中には 冷酷な武将の血が眠ってるのを、俺は知ってんだよ!」
リワン「俺は冷酷じゃない」
エイジャ「ハッ! よく言うぜ! 平気な顔して殺せるくせに!」
リワン「!」
リワンは 妹を殺した瞬間を思い出し、一瞬 剣を持つ手が緩んだ。
エイジャは その隙を逃さず、攻め込んだ。
キィン!
リワンは ハッとして集中を取り戻し、ギリギリと押し込むエイジャの剣を受けた。
リワン「何でそんなに俺に勝ちたいんだ? …チェンの事か」
エイジャは、聞きたくない名前を聞いて、顔を歪めた。
エイジャ「うるせー! 俺は一番強くなりてーんだ! だから、まずは身近な目標がお前だって事だ、よ!」
エイジャは ぐいと押し込むと、リワンの足をすくって押し倒した。
リワン「!」
エイジャがトドメを刺そうと振り上げると、リワンは手を地面に付き、体重の軽いエイジャの足を 横から踵でなぎ倒した。
エイジャ「!」
リワンは素早く上を取ると、エイジャの胸ぐらを掴み、ダァン!と地面に押し付け、その耳の横にドスッと剣を突き立てた。
エイジャ「!」
リワン「……。」
リワンは暫く、緑がかった瞳で冷たくエイジャを見下ろしていたが、ハッとして困惑すると、何も言わずに手を緩めて退いた。
エイジャ「ク…ソ…!」
エイジャは また飛びかかって行った。
リワンは面倒腐そうに振り返った。
キィン! キンキン!
エイジャ「大体、医務室に居んのに、どうしてそんな腕が落ちねんだ、よ!」
リワン「訓練には参加している! お前だって、姫に付いている以外の時間で訓練に出て、条件は一緒だろが!」
エイジャ「どっちかにしろや! このヤブ医者!」
リワンはムッとして、思い切りエイジャを打ち飛ばした。
キィン!!
リワン「うるさい! 剣を捨てるのは、姫が嫁がれてからだ! それまでは、お前に負ける気は無い!」
エイジャは尻餅をつきながら、唖然としてリワンを見た。
エイジャ (俺に負けてもいーんじゃなかったのかよ!)
アイラ (私がお嫁に行かなければ…)
二人を見ていたアイラは、ぼんやりと思った。
アイラ (リワンとずっと一緒に居られるのかな…)
この所、大人になりゆくリワンは 凛々(りり)しさを増し、アイラの、肉親に対するようなリワンへの愛着は、確実に異性への恋へと進行していた。
特に、母が居なくなって食べられなくなってからというもの、リワンは度々(たびたび)
リワン「すみません、ちょっと持ち上げてもみても良いですか? 体重を把握したいんです」
と言って、アイラを持ち上げた。
リワンに抱きしめられ、その逞しい腕の中に居るほんの短い間、アイラは これまでに感じた事の無いような高揚感に包まれた。
アイラ (好き…! この人が好き…!!)
アイラが苦しげに瞳を閉じた頃には、リワンは大きな壺を床に置くように丁重にアイラを下ろし、事務的に
リワン「分かりました。ありがとうございます」
と言った。
アイラは内心いつもガッカリして、小さくため息をついた。
アイラ (こんな風に抱きしめてくれるなら、いっそこのまま食べられなくても良いかも…)
アイラはいつも、リワンの腕の中で そう思いさえしたが、チェンの一件以来 食欲は戻って来て、そんな訳にはいかなかった。
体重はこの三ヶ月でほぼ元に戻り、体力も回復して 舞の稽古にも出られる筈だったが、彼女はなぜか稽古に行こうとしなかった。
・・・
ひとしきり打ち合うと、リワンとエイジャは息を上げながら、中庭の水瓶の傍の木陰に座り込んだ。
リワンは水をガブガブと飲んで一息つくと、東屋に居るアイラを遠目に見た。
リワン「三ヶ月か…」
エイジャ「あ?」
リワン「戻って来ないな…」
リワンは、ため息混じりに言った。
エイジャ「何が?」
リワン「……。何でもない。独り言だ」
リワンは素っ気なく言った。
エイジャ「何だよ? 気になるだろが」
リワンは暫く、言っても良いものかと考えているようだった。
リワン「ま、お前もそろそろ大人になりかけてるしな。姫の体調の事は知っておいた方がいいし…」
エイジャ「…あいつ具合悪ぃの?」
リワン「卵だ」
エイジャ「は?」
リワン「多分、戻ってない」
エイジャ「お前さ、さっきから分かるように喋れや」
リワン「姫くらいの歳になると、女性は月に一度 卵を捨てるんだが、その周期が多分まだ戻って来ていない。もう三ヶ月だ。体重が減りすぎたせいだと思う。大事な成長期なのに…」
エイジャは、顔全体が はてなマークになっていた。
エイジャ「俺、あいつが卵 産んでるとこ見たことねーけど?」
リワン「産むと言うか、月に一度、捨てるんだ」
エイジャ「? 何で捨てんの? 持っときゃいーじゃん」
リワン「んー、それは分からんが…、例えば鳥の卵でも、一月置きっぱなしにしていた卵は、もうかえらないだろ? 新鮮な事が、生命の条件なんじゃないか? 俺らの種では」
エイジャ「はーん?」
リワン「俺たち男の方も、月に一度よりもっと頻繁に、古いの捨ててるだろ。って、あれ? お前まだ声も変わってないし…、あれ? 捨ててる…よ…な?」
エイジャは、リワンの言っている意味を暫くして理解した。
エイジャ「あー! 捨ててる捨ててる! 全然捨ててる! 捨てまくってる! 俺、超新鮮だと思う」
リワン「……。」
リワンは半目になった。
エイジャ「え、何でお前、あいつが いつ古い卵 捨ててるとか、そんな事知ってんの?」
リワン「観察してると、月に一度、調子悪そうにゴロゴロしてる時があるだろ」
エイジャ「…あいつ、常にゴロゴロしてね?」
リワン「まぁ、王妃様が居なくなられてからはそうだったが、いつもは、少し調子が悪そうな時期がある」
エイジャ「…俺、あいつのこと、そんな見てねーかも。…つかお前さ、そこまで見てんの、ちょっと引くんだけど…」
リワンは、ムスッとして言った。
リワン「別に…、それを姫に言うつもりはない。卵を捨てるのは、姫の立場上 重要だと思うから観察しているだけだ」
エイジャ「立場上 重要? あー、卵…っちゅーか…、要するに子供だろ?」
リワン「卵を捨てている間だけ、子供を産めるんだ」
エイジャは目をパチパチさせた。
リワン「幼かったり、逆に歳を取ったら、卵を捨てない」
エイジャ「へー! そうなん! いや、そらそうか。ガキとか ばーさんは子供産まねーしな」
リワン「体重は戻りつつあるんだけどなぁ。大丈夫かなぁ…」
エイジャ「他に捨てなくなる原因ってねーの?」
リワン「妊娠中も、お腹の中で卵を育てているから捨てない。授乳中も、捨てない」
エイジャ「へー」
リワン「……。」
リワンは、頭の上に手を組んで かったるそうに聞いているエイジャの横顔を、真顔で見た。
エイジャ「……何?」
リワン「いや、何でもない」
リワンは、アイラといつも一緒に居る、捨てまくってて超新鮮なエイジャ少年を 一瞬でも疑った自分が、ちょっと疲れていると思った。
エイジャ「つかさ、卵ってどんな? やっぱ白くて楕円形な訳?」
リワン「卵というのは、父と俺が状況から見てそう呼んでいるだけだ。でも多分、卵なんだと思う」
エイジャ「はぁ…。それでどんな卵なんだよ」
リワン「血だ」
エイジャ「えぇっ?! えぇえ?!? じゃあ、痛い…んだよな? やっぱ」
リワン「んー、リファの話では、下っ腹が痛いらしい。でも、調子が悪いのは下腹部痛だけじゃなくて、身体のダルさだったり、腰痛だったり、頭痛だったり、ひどい嫌悪感だったり、落ち込みだったり、集中力の低下だったり、まぁとにかく全体的に調子が悪いそうだ。それも、月によって重かったり軽かったり、立ってられない程 痛かったり、殆ど痛くなかったり、差があるらしい。
でも見てると、リファなんかは ほとんど普段と変わらないな。分からない。逆に姫は、その時期になるとゴロゴロしているから、重い方なんだと思う。かなり個体差があるみたいだよな」
エイジャ「へぇ…? 俺、男で良かった…」
リワン「ま、女が繁殖の負荷を引き受けてくれてる分、俺らには腕力が与えられてる。重い物は持てよな」
エイジャ「ほーん?」
リワンは胡座をかいて、顎に手を当てた。
リワン「不思議だよなぁ…。大体28日の人の卵の周期は、月の満ち欠けと一緒だ。偶然とは思えない。女には周期があって、男には周期が無い。なら、女にしかない臓器が月の満ち欠けとリンクしているのかな? どの臓器でどうやって月と連動しているのか。もし特定できたとして、その臓器を男女で入れ替えたら、男も周期を獲得するのかな?
それに、なぜ月と連動しているんだ? いや、月との周期が同じなのは偶然としてもだ、なぜ女の身体は周期を採用しているのかな? 周期があって時期的な弱点がある事に、どんなメリットがある? 男が社会的にそれをカバーできるし、致命的じゃないからか? なら、弱点を持ってでも優先すべき利点って何だ? だって本当は、男や他の動物のように、いつも一定で卵を用意できた方が有利な筈だ。なぜ、人間の女は 満ちたり欠けたりするんだろう?」
熱心に喋るリワンの横で、エイジャは目も口も半開きのだらしない顔で、リワンの話を聞いていた。
エイジャ「お前…、今日 よく喋るな」
リワン「あぁ…。お前は興味無いよな」
リワンは自嘲気味に笑った。
エイジャ「……。一定じゃないから…」
リワン「?」
エイジャ「変化があるから、おもしれーんじゃねーの? 女って。意味わかんねーから」
リワン「…そうか?」
エイジャ「あいつとかさ。」
エイジャは、東屋のアイラを可笑しそうに見た。
リワン「姫が意味が分からないのは、女だからじゃないと思うが…」
エイジャ「…そうか?」
エイジャは空を見上げた。
そろそろ強くなってきた日差しが、木の葉の間からチラチラと見えた。
エイジャ「違うから、惹かれるんだと思うけどなー。だから、オメーは何で何でってゴチャゴチャ言ってたけど逆で、そもそも、わざわざ違うようになってる、って気ぃすっけどなー」
リワン「なってる?」
エイジャ「そ。別によ、男や他の動物が周期が無くて成り立ってんなら、本当はそうもできるのかもしんねーじゃん。でも、違うようにしてある、っつーの?」
リワン「してある? 誰がだ」
エイジャ「いや、知らねーけどよ。俺は神とか仏とか一切信じてねーし。ま、敢えて言うなら、自然界が、か」
リワン「……。」
エイジャ「仮によ? 女も全員、強くて、身体がっしりしてて、いつも一定で弱点が無くて とか、惹かれるか? もっと言うとさ、人間が全員、頭良くて、全員美人だけどおんなじ顔してて、頭ん中も一緒で、とかだったら、つまんなくね? 何も起こんねーじゃん。つか、世界中の虫も木も全部が同じになった瞬間、何かそれって、俺らが消滅する時な気ぃすんだよなー。逆か。死ぬと、一緒くた になんのかな。ま、オメーが言うような理由は 幾らでも後付けできるんだろうけどよ、生きる為に惹かれ合うようになってるし、繁栄するために多種多様な掛け合わせができるようになってる、そうしてある、って気ぃする」
リワンは目を丸くして、エイジャの話を聞いていた。
リワン「お前って…」
エイジャ「あ?」
リワン「たまに、バカなのか賢いのか分からない時あるよな。それこそ、どっちかにしろよ」
エイジャ「…褒めてる? ねぇそれ、褒めてんの?」
リワン「事実を言ったまでだ」
エイジャ「事実ねぇ。お前はいつも、そっち側から見るよな」
エイジャは眉尻を下げて、呆れたように言った。
リワン「そりゃそうだろ。お前は、勘か? さすが野生だな」
エイジャ「…褒めてる? なぁ それ、もしかして喧嘩売ってる?」
リワン「だから、事実を言ったまでだ」
リワンは さらりと言うと黙った。
エイジャ「〈舌打ち〉何の話だった? あー、つまりアレな、女は月一で弱るっつー話な?」
リワン「そう。あぁ あと、卵の時期に冷えると、腹痛が酷くなるとリファが言ってたな。冷えは女はダメみたいだ」
エイジャ「はーん? ま、一応覚えとくわ。つーことは? 俺らはきっと、あっためんのがダメなんだろな」
リワン「…お前の考えならな。俺は 証拠が無いと信じないぞ。さてと。じゃ、交代だな」
リワンは立ち上がり、パタパタと尻を叩くと、アイラの居る東屋の方へ歩いて行ってしまった。
・・・
リワンが近付いてくると、アイラは恥ずかしそうに目を逸らした。
微かに、頬が赤く染まっていた。
リワン「交代します。…姫、差し出がましいかもしれませんが、舞の稽古には行かないのですか? もう前のように動けるのでは?」
アイラは暫く黙ると、小さな声で言った。
アイラ「……。剣を…習いたいから…」
リワンは小さく息を飲んだ。
リワン「…! 姫、あなたに武器は似合いません。あなたの最大の武器は、舞なのではないですか?」
アイラはハッとして顔を上げ、リワンを見つめた。
アイラ「…そ…、それって…、褒めてくれてるの? 私の舞、リワンは、…す…好き?」
リワン「好きですよ。皆、あなたが踊ると、目が離せなくなります」
アイラ (皆なんてどうでもいい。あなただけが見てくれたら…)
アイラは胸がギュッと締め付けられるようで、また目を伏せた。
アイラ「なら…、舞の稽古には行くわ。でも、午後からはエイジャに剣を習う」
リワン「姫、剣はあなたには必要ありません! 怪我をするのがオチです」
アイラは唇を噛んだ。
アイラ「なら、私が踊って、一体どうやって自分や大事な人を守れるって言うの? 剣の方がずっと役に立つわ!」
リワン「あなたがちょっとやそっと剣技をやった所で、どの道 誰も守れません! 守るのは、こちらに任せてくれませんか?」
アイラ「任せてるわ! でも少しは…、自分の力で生きたいじゃない。生きてこそ、舞えるんだから…」
リワン「違います。あなたは、舞うから、生きているんです!」
アイラは目をパチパチさせてリワンを見た。
アイラ「…どういうこと?」
リワン「エイジャはあなたを守るから、食事と寝床にありついています。私も人を介抱することで、生きています。リファだって、ああして身体は弱くとも 薬を作るからこそ、いずれ彼女の道が開けるのです。あなたには、あなたの仕事があります。しかも大役です。異国の人の心をも掴むべき立場にあるあなたが、言語に頼らない素晴らしい舞の技を持っているのは、何よりもの武器じゃないですか!」
アイラは、目を丸くしてリワンの言葉を聞いていた。
アイラ (そうなのかしら…。なら私はずっと…、誰かに守られて…生きていくべきなの…?)
アイラは俯いた。
アイラの頭に、これまでの屈辱的な場面がよぎった。
幼い頃、弟が連れて行かれた事、父が江に頭を下げた事、草馬の襲撃で殺されそうになったこと、牢に入れられた父を見たこと、妹が連れて行かれたこと、仏塔で殴られた事、買い物中に刺客に襲われて首を絞められた事、父が母を敵国に渡した事…。そして、先日のエイジャの、嫌悪感に満ちた悲しい顔を思い出した。
アイラ「…異国の人なんて、嫌な思い出ばかりよ。私…、異国の人の心なんて掴まなくていい…」
下を向いたまま、アイラは消え入りそうな声で呟いた。
リワン「あなたが心を掴む相手は、国を動かすような人達なのですよ? それがこの国のどれだけの命を救うのか…」
アイラ「私が掴みたいのは、リワンの心だけだよ!」
アイラは顔を上げ、泣きそうな顔でリワンを見つめた。
アイラの身体はカッと熱くなり、全身から汗が吹き出した。
リワン「…!」
リワンは口を開けたまま、後ろにそっくり返りそうになった。
リワン (ま…た…、そこか…!)
リワンは眉間に指を当て、頭を抱えた。
リワン「姫…、以前にもお伝えした通り…」
アイラ「わ、分かってるよ! …仕事…なんでしょ?」
リワン「…はい。申し訳ございません」
リワンは目を伏せ、わざと事務的に冷たく言った。
アイラは目に涙が滲んだ。
またフラれた。
アイラ (バカみたいだ…)
アイラは慌てて顔を背けたが、リワンは アイラの目がうるうるしているのを 気付かない訳ではなかった。
リワン (もう異性に興味を持ち始める年頃だよな…。ナザルさんに一応 報告入れておかないと…)
リワンは 小さくため息をついた。
アイラ (この人に好きになって貰えないのに、私が女の子でいる意味なんて無いじゃない)
アイラはリワンのため息を 頭の後ろの方で感じながら、唇を噛んだ。
アイラ「…やっぱり、身に付けたいわ」
リワン「姫…!」
アイラは再び目を上げてリワンを見た。
アイラ「何も、戦おうなんて思ってない。護身術と、致命的な一撃を防ぐだけの力が欲しいだけよ。リワンは もうその力を持ってるから、持ってない人の気持ちが分からないんだわ!」
リワン「…!」
リワンは幼い頃、自分がアイラと同じように力を付けたいと思って、母の反対を押して入隊したのを思い出した。
リワンは顔を逸らすと、ため息混じりに言った。
リワン「なら…、見習いが使っている木の棒を使って下さい。あと、王様にきちんと許可を貰って下さい」
アイラ「父さまには言わないで…! やるなって言うに決まってる!」
リワン「ダメです。お顔に傷でもついたら、どうするつもりなんですか!」
アイラは悲しそうに、リワンをじっと見つめた。
アイラ「私の顔に傷が付いたら、どうなるっていうの?」
リワン「お嫁に行けなくなってしまうじゃありませんか! あなたは、綺麗にして、教養を高めて、美しく舞うのが一番です」
アイラ (…? 何それ…?)
アイラは胸につっかえた違和感が何か分からずに、とつとつと聞いた。
アイラ「そ…、そんな事、リファには言わないじゃない」
リワン「彼女は、仕事を持つことになるでしょうから…」
アイラ「わ、私だって、仕事…するわ!」
リワン「勿論です。でも、あなたとリファの仕事は違うと言っているのです!」
アイラ「リワンの言ってる私の仕事って、…私が女の子である事でしょ?」
リワン「……。」
リワンは、アイラを見たまま黙った。
アイラ「私だって、リファみたいにちゃんと人として扱ってほしい!」
リワン「?! 何を…? 私がいつ…」
アイラ「リワンは、私がお人形みたいに大人しくて、良い子で、美しく舞って、異国の人に気に入られて、しおらしく嫁いで、子供を産めば良いって思ってるんだよ!」
リワンは黙った。
さっきからの押し問答で、ちょっと感情的になっていた。
リワン (そりゃそうだろ! そういう立場じゃないか!)
リワンは、いつになく思慮浅く口を開いた。
リワン「はい」
アイラ「…!」
エイジャ (ありゃ? 何だ、喧嘩してんのか? めずらしーな)
二人の側まで来たエイジャは、雲行きの怪しさに目をパチパチさせた。
アイラは涙が出そうになったが、堪えて訴えた。
アイラは「私は! お人形じゃない!」
リワン「分かっています。ですが、あなたにはあなたの、やるべき仕事があると言っているのです! 他国の王の寵愛を受けて、子供を授かることです!」
アイラは、足元がぐらりと揺れたように感じた。
アイラ「ち…、寵愛…?! そんな仕事、望んでない!」
リワン「そう生まれついたのだから、仕方ないじゃないですか!」
アイラ「守らて愛されないと生きていけないなんて、どんだけ危ういのよ! 私、自分の力で生きていきたい!」
エイジャ (おぉ…)
エイジャは眉間に皺を寄せた。
リワン「自分の力でって…」
リワンは口を開けたままになった。
彼は、この口論で自分が感情的になっている事に気付いていなかった。
リワン「あなたは、一人じゃ何もできないじゃありませんか!」
今度は、アイラが口を開けままになった。
アイラ (!)
アイラは無理くり言い返した。
アイラ「できるわ! 私、できる!」
リワン「いいでしょう。では、あなたは舞の他に何ができるのですか? 精神的ダメージを受けると消化器系に支障が出て、そんな やわな神経で農民や商人が務まるのですか? どこかに雇って貰おうったって、勉強だって からっきしじゃないですか! 力仕事ができるわけでもなし、家事仕事は奥さん方にかなうわけでもなし、酒場の使用人にでもなろうというのですか!」
アイラ「そ…んな…!」
アイラは、大好きなリワンの本音を初めて聞いて、ショックを受けた。
エイジャ (オイオイ…)
エイジャは渋い顔になった。
アイラ「な、なるわよ! 酒場の使用人!」
アイラはムキになって言い返した。
アイラ「その方がまだマシよ!」
リワン「?! 箱入り娘のあなたが、使用人などできるのですか? お客を怒らせてしまいますよ!」
アイラ「!」
アイラは、もう殆ど泣きそうだった。
アイラ「なら…、それなら、王女だってダメじゃない! 敵の王を怒らせちゃうじゃない!」
リワン「王様も王妃様も、心配されています」
リワンは、プイと横を向いて言った。
アイラ「!!」
アイラは捨て鉢になって、子供のように言い返した。
アイラ「じゃあ…、じゃあリファが代わりにやったらいいよ! リファなら綺麗だしお淑やかだし優等生なんだから! ちょっと身体が弱くても、誰かが守ってくれるんでしょ?! リファだって王家の血を引いてるんだから! リファが王女になって、敵国に気に入られて、嫁いで、死ぬほど子供を産んだら良いよ!」
ドサッ…。
後ろで、何かが落ちた音がした。
三人が振り向くと、リファが 持って来た籠を地面に落としていた。
籠にはクッキーが入っていたが、半分近くが地面に散乱していた。
リファ「あ…」
アイラ「…リファ…!」
リファは慌てて落とした籠を拾い上げた。
リファ「あ…の…」
リファは動揺して、聞かなかった事にしようと、地べたに落ちたクッキーをポケットに拾いながら、慌てて話し出した。
リファ「アイちゃん、えっとその…、月が回ってきてないって聞いて…。柘榴のクッキー焼いてきたんだけど…。女の人の身体の調子を整えるのよ」
アイラ「え…?」
アイラは ピシッと固まってリファを見た。
リワンは、密かな ため息と共に、目を瞑った。
エイジャ (月? 何の話だ? もしかして さっきの血の卵の事か?)
アイラ「聞いたって…、だ…、誰に…?」
リファ「え? …あ…!」
リファは、斬首台の前に立ったかのような兄の顔と、愕然としたアイラの顔を交互に見て、急いで取り繕った。
リファ「ち、違うの! そうかな、と思ったの! アイちゃん暫く食べられなかったから…。わ、私が!」
アイラは、信じられないという目でリワンを見た。
アイラ「どうして私の月周りまで知ってるの? そんなの、知られたくない! 気持ち悪いよ!」
リワン「!」
リワンは観念して言った。
リワン「…すみません。あなたの体調を管理しておきたくて…。ご不快でしたでしょう、謝ります」
アイラ「そ…、それも仕事? 月周りが無ければ、私、出来が悪い上に、女の子としての利用価値まで無くなっちゃうもんね? そりゃあ、管理したいよね」
アイラの皮肉に、リワンは完全に開き直って言った。
リワン「そうですね」
アイラ「!」
エイジャ (…こいつ、さっき喋りすぎて調子悪いんじゃね?)
リファ「に、兄さま…?」
リファはハラハラしながら、兄と友人を 代わる代わる見た。
リワンは、主人への日々の並々ならぬ献身が"気持ち悪い"とまで言われ、悲しすぎて もうどうでも良くなってきていた。
別にリワンは、妹の月周りまで知っている訳ではなかった。
周期を把握しているのは、世界中で、仕えるアイラ唯一人だった。
それも、少ない手がかりの中 かなり努力して観察して、わざわざ覚えておいた結果だった。
リワンは やけっぱちになり、緑がかった目を据えて、アイラに言い放った。
リワン「姫、もう少し大人になってくれませんか?」
アイラ「!!」
アイラは、我慢していた涙が堰を切って溢れた。
アイラ (…何それ…?! 私が、間違ってるっていうの…?! 私が…、おかしいの…?!)
リファ「に、兄さま…!」
リファはオロオロして、兄と友人を交互に見た。
アイラは涙でドロドロになった顔で、リワンを悲しげに見て言った。
アイラ「さっきの取り消す! リワンなんか、大嫌い!! バカ!!」
アイラは だーっと駆け出した。
エイジャが ふざけて目をギョロギョロさせ、
エイジャ「交代しまぁ〜っす」
と言いながら、アイラについて行った。
通りがかりに、リファの持つ籠から、抜け目無くクッキーを鷲掴みしにして口に詰め込むのを、エイジャは忘れなかった。
エイジャ「うんまっ!」
エイジャは、両方のほっぺをリスのように膨らませて駆けて行った。
リファ「……。」
・・・
兄妹は中庭に取り残された。
リファ (アイちゃん…、私が敵国に嫁いだら良いと思ってたの…?)
リファは、まだ地面に落ちていた割れたクッキーを拾って、見つめた。
リファ「兄さま、ごめんなさい…! ごめんなさい、私…」
リワン「気にするな。お前のせいじゃない」
リファ「だって…! 兄さま いつもこんなにアイちゃんの為に頑張ってるのに…!」
時間をかけて作ったクッキーに、ポタポタと雫が落ちた。
リワン「俺の…、独りよがりだったらしいな…」
リワンは自嘲した。
今日ばかりは、リワンも泣きたかった。
リワン (辞めてやる! こんな仕事! あんな分からず屋、付き合ってられるか!)
リワンは 腰の剣を鞘ごと引き抜くと、思い切り地面に叩きつけた。
リファ「に…、兄さま…!」
リファは、珍しく感情的になった兄を、オロオロして見た。
リワンは、その場にしゃがみこんだ。
アイラの悲しい泣き顔が 目に浮かんだ。
リワン (警護対象と喧嘩するなんて…。俺は一体、何をやってるんだ…! 最悪だ…!)
リワンは頭を抱えた。
<回想>
アイラ「私だって、ちゃんと人として扱ってほしい!」
<回想終わり>
リワン (扱ってるじゃないか! 人として。人間の、女だろうが!)




