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砂漠の月(第一部 碧沿)  作者: kohama
第二章 春
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第8話 母との別れ

宴が終わり、従者や演者達がガチャガチャと片付けを始めると、王はこっそりリワンとエイジャを呼んだ。

二人は、踊り手達と一緒に片付けているアイラを視界に入れながら、王と王妃の前にひざまずいた。

アイラ 「……。」(何かしら?)

アイラは片付けながら、二人を横目で見た。


王「明日だがな」

リワン「はい」

王「朝の出発の見送りは、アイラは来ない方が良かろうと思うてな」

二人は、えっ と顔を上げた。

王「恐らく、酷く取り乱すであろう。其方そなたらも容易に想像できよう」

リワン・エイジャ「……。」

二人はひざまずきながら、げんなりとした。

王「それでだ。リワン、お前、今晩 あやつに眠り薬を飲ませてくれんか。昼頃まで起きぬように」


リワンは驚いて王座の二人を見た。

リワン「……。王妃様も、同じお考えで…?」

王妃は うつむいて暫く黙った。

王妃「……。えぇ。あの子、酷く怒るでしょうけど…。あの子には手紙を残して行くわ」


リワンとエイジャは顔を見合わせた。

黙っていたエイジャが口を開いた。

エイジャ「それは…、どう…でしょう…。あいつ…じゃない、姫、ヤバい事になりますよ。母ちゃんっ子なのに…」

リワン「あの…、姫様 傷付かれるのではありませんか…? 信頼しているお二人に、自分の意思をないがしろにされた、と。今後の王様との関係にも、宜しくないのでは…」


王と王妃は目を見合わせた。

王妃「あなた達が そこまであの子の事を考えてくれているなんて、本当にありがたいわ。…でも、私も自信が無いの。取り乱すあの子を前に、別れられる自信が…。私まで、心が乱れてしまいそうで…」

リワン「そうですか…。〈暫く考えて〉……。では、事前に姫にお伝えしておいて、いよいよ手に余るようでしたらお薬を飲んで頂くのはいかがですか? 我々も、主人あるじを騙すような事は、避けたいです」


王妃は微笑んだ。

王妃「あなた達二人があの子に付いてくれた事が、あの子の最大の幸運ね。では、そう あの子に伝えておきましょう」

リワン「はい。明朝の姫様のことはお支えしますので、どうかご安心を」

王妃「ありがとう」


王妃は立ち上がった。

王妃「これからも、娘をどうか宜しくお願いします」

王妃は胸に両手を当ててひざまずき、二人に深々と頭を下げた。

リワンとエイジャはギョッとした。

リワン「王妃様、どうぞお顔を上げて下さい。私共も、姫様付きになりましたこと、ありがたく思っております」

エイジャ (ん? んー? そうだっけ? まぁそう言われれば そうな気もするけど…)

王妃「ありがとう」

王妃は顔を上げると、宝石がキラキラとこぼれるように笑った。


エイジャは王妃の眩しい笑顔を見ながら、ふと カルファの事を思い出した。

エイジャ (こりゃ惚れちまうわなぁ、そばに居たら…。わかるぜ、カルファ)


・・・・・・・・・・・


<明朝>

夜明け前、まだ真っ暗な中、王妃はむくりと起き上がった。

二日酔いで少し頭が痛く、王妃は細い指を眉間に当てた。

王「…どうした?」

王妃「あなた、アイラと最後の稽古をしてきていいですか? 出発には遅れませんから…」

王「分かった」


王妃はチェンと一緒に、娘の部屋にやって来た。

うつらうつらして部屋の前に座っていたエイジャが、ハッとして起きた。

エイジャ「ど、どうし…」

王妃は、口の前に人差し指を立ててエイジャにウインクすると、そっと扉を開け、娘の寝台に近付いて行った。

チェンはエイジャを舐めるように流し見ると、横の壁にもたれ掛かり、腕を組んで待った。



アイラはよく眠っていた。

大きくなった娘の寝顔を見納めしながら、母は、アイラが赤ちゃんの頃を思い出した。

夜中中よなかじゅうおんぶして 舞の歌を子守唄代わりに歌い、丁度 今頃、明け方になってやっと、泣き疲れて寝てくれたものだった。

比べて弟のゼダは、驚く程すんなり寝てくれ、何につけても手がかからなかった。

子供の性格は、持って生まれたものだと知った。


王妃は、娘の頬に自分の頬をぴったりと付け、穏やかに微笑んだ。

王妃「全く、手のかかる子だったわ。私を困らせてばかり…」

アイラはゆっくりと目を開けた。

アイラ「母さま…? あっ!」

今朝 母がつことを思い出し、アイラは跳ね起きた。

母は、ふふふ と可笑しそうに笑った。

王妃「おはよう、アイラ。ね、ちょっと早いけど、今朝も中庭でお稽古しましょ?」

アイラ「え…?! ま、まだ暗いよ?」

王妃「その内 明るくなるわよ」

戸惑う娘の手を取って、王妃は娘を中庭へ引っ張って行った。

エイジャとチェンも続いた。



真っ暗な中庭は肌寒く、鳥も泣かず、しんとしていた。

西に沈もうとする月と、まだ星も輝いていた。

王妃「さ、始めましょ」

母はそう言うと、今日この後 出発するとは思えない程、いつも通りに稽古を始めた。

アイラも隣に並んで舞い始めた。

王妃・アイラ「一歩くるり 二歩くるり

またくるり

背骨は吊られてくるくるり

手は背から生える翼

脚は溝落ちから下 水鳥さん」


王「……。」

王は二階のバルコニーから二人の様子を見ていた。

ナザル「おはようござい…」

後ろから声をかけたナザルに、王は軽く振り向くと 人差し指を口の前に当てた。

ナザルは王の視線の先を見て納得した。

ナザル (姫、ちょっと早いが乳離れだ。昨日見た感じだと、どうにか大人になりかけてるようだし…。頑張れ!)


リワンも、出立の準備で医務室に薬を取りに来て、暗い中庭に誰かが居ることに気が付いた。

少しずつ空が紫色になり、親子の姿がうっすらと見えた。

上着を着て両手を広げる二人の姿は、水鳥のようだった。

リワン (綺麗だな…)

リワンは医務室の扉を開けたまま、暫く見惚みとれた。



いつもの一節を終えると、母は娘の方を向いて言った。

王妃「アイラ、教えられる事は全て教えたわ。あなたの舞の中に、私は生きてる。遠く離れても、私はいつだって、あなたの中に居るわ。忘れないで」

アイラ「うん…」

アイラは眉間に深く皺を寄せて、うつむいた。


王妃「それから…」

アイラ「?」

王妃「実はね、お父様と話し合って、あなたに 今日のお昼頃まで起きない眠り薬を飲んでもらおうかという話をしていたの」

アイラ「えっ?!」

アイラは驚いて母を見た。

母は笑った。

王妃「だってあなた、きっと取り乱すでしょ? 私もきっと、そんなあなたを見て、苦しくて仕方が無いと思ったの」

アイラ「……。」

アイラは、信じられないという目で 母を見た。


王妃「でもリワンとエイジャが、きっとあなたが傷付く、主人あるじを裏切ることはしたくないと言って、もし手に負えなくなったら飲んでもらおう、という事になったの」

アイラ「…!」

王妃「アイラ、あなたは人に恵まれているわ。二人の事、大事にするのよ?」

アイラ「うん…」


紫色の中庭で、親娘おやこは目を凝らして互いの顔を見た。

王妃は娘に寄ると、自分と同じ位の背丈に成長した娘をどうにか持ち上げた。

アイラ「わっ」

そして小さな頃やったように、母はゆっくりと何度かくるくる回ると、娘を降ろした。

王妃「アイラ、あなたを産んで、あなたを育てて、私 本当に幸せだった。沢山幸せをくれて、ありがとう。私の可愛い可愛い娘」

アイラ「母さま…!」

中庭の木々が風にそよぎ、一番鳥が鳴いた。

紫色の視界の中、アイラは母の笑顔を目に焼き付けた。

母の首には、露店で買ったお揃いの金色の首飾りが光っていた。



チェンが静かに寄って来た。

チェン「王妃様、そろそろ…」

王妃「えぇ」

母は名残惜しそうに娘の額に口付けて離すと、チェンと行ってしまった。


エイジャが頭の後ろに手を組みながら寄って来た。

エイジャ「行くんだろ? 見送り。俺らも準備しよーぜ」

アイラ「うん…」

アイラの目は、既にうるうるしていた。

エイジャ (大丈夫かな、コレ…)

エイジャは眉間に皺を寄せた。


・・・・


王妃「それでは皆様、どうかお元気で。本当に、お世話になりました」

見送りには、夜明け前にも関わらず、城中の碧沿へきえん人が集まった。

王「身体に気をつけよ」

王妃「はい。あなたも…」

王「あぁ」

消沈した夫と握手をすると、王妃は馬車に乗り込んだ。

空が白み始めた頃、王妃は御簾みすを上げ、晴れやかに手を振った。

一行いっこうは城を出発した。


・・・


アイラはリワンの馬に乗り、都の北門まで送って行くことにした。

エイジャも すぐそばに付いていた。

チェンは 東への道に詳しい為、草馬そうまからのむかえと落ち合う中間地点まで送っていく事になっていた。


一行は、湖に沿う北大路を進んだ。

のどかな畑が続く北大路は民家もまばらだが、道にはパラパラと 朝の早い農民が見送りに出て来ていた。

人々は王妃の馬車に手を振ったり、従者に花や食べ物を渡したりした。

その内に湖の沿岸は終わり、見渡す限りの畑になった。

アイラは始終 不安な顔をして、馬に揺られていた。



地平線に赤い閃光が走る頃、一行はとうとう都の北門に着いた。

見送りの者達は皆、門の前で馬を止めた。

馬車が門を通り過ぎる時、母は御簾みすを上げ、窓から顔を出して、門の内側に居る遠ざかっていく娘を見た。

王妃「アイラ! 元気でね! アイラ!」

アイラ「母さま!」

母の乗った一行は、北門を通り過ぎて出て行った。


アイラは馬を降りようとしたが、リワンがアイラの身体を押さえた。

アイラ「お願い、もう少しだけ! 門の外まで…!」

リワン「……。」

エイジャが耳をほじりながら、面倒臭そうに言った。

エイジャ「リワン、門のちょっと先まで、もう少しだけ追わせてやれや。そしたら諦めるだろ」

リワンは小さく息をつき、自分が先に降りてアイラを馬から降ろすと、草馬そうま人の門番に話をつけに行った。

エイジャも馬から降りた。



門を通してもらうと、アイラは母の一行の一番後ろまで、砂を蹴って走って行った。

エイジャ「ありゃ? どうする気ー?」

エイジャは、走って行く主人あるじの背中をポカンとして見送った。

リワンがすぐ後を追った。


一向は歩きの侍従も居るので、最後尾に来たアイラが着いて行ける速さだった。

チェン「……。」

馬車の横に付いているチェンが、アイラを 馬の上からチラリと振り返った。

一行の侍従達も、目を丸くしてチラチラとアイラを振り返った。


母は馬車の窓から、一番後ろについて来る娘を 驚いて見た。

王妃「アイラ! な、何してるの…!」

アイラ「母さま…!」


門から少し行った所で、アイラはリワンに腕を掴まれた。

アイラ「お願い、もう少しだけ…」

リワン「もう…、いけません」

エイジャも二人の後からのそのそと追いついて来て、少しずつ離れていく王妃の一行を見送った。

エイジャ「ま、こんなとこだろ。気ィ済んだか?」

アイラ「済まないわ! 母さま! 母さま!!」

アイラは叫んだ。


・・・


王妃は、離れていく娘が自分を呼ぶ姿を見て、ついに窓から顔を引っ込めた。

胸が潰れそうだった。

王妃は馬車の壁に寄りかかり、手に顔をうずめて嗚咽おえつした。

遠ざかっていく娘の声に耳を澄ませると、幼い頃からの思い出が、次々に込み上げた。

王妃 (あぁ、あの子はいつだって、私をあんな風に呼んでいたわ。母さま、母さまって…。……嫌…、行きたくない…! 私 本当は行きたくない! 国が滅ぼうと、そんな事どうだっていい! あの子と一緒に居られるなら、どこに居たって良い…!)

王妃は急に、馬車の中が狭苦しく感じられ、気が狂ってしまいそうだった。

王妃は胸に手を当てて激しく息を乱し、外へ出ようと身を乗り出した。


・・・


アイラは、リワンの腕を振り切ろうとした。

アイラ「ここで別れたら、もう二度と会えないわ! お願い離して!」

リワンは苦しそうに言った。

リワン「ではどこまで追うつもりですか! 草馬そうままでですか!」

アイラはハッとして答えた。

アイラ「そうよ! 私やっぱり、母さまに付いていく!」


二人の腹心は 毎度のことながら、主人あるじの行き当たりばったりな言動に、一瞬 口を開けたままになった。

エイジャ「えー? うそーん」

リワン「幼子おさなごでもあるまいし、一体何を…」

アイラ「私をそのまま愛してくれるのは、母さまだけだもの!」

地平線から昇る朝日が、三人を真っ赤に照らした。

我慢していた涙が、アイラの頬にポロポロとこぼれた。

リワン・エイジャ「……。」

リワンとエイジャは何故か、ちょっとショックだった。


アイラは、リワンの手が一瞬弱まった所で振り切ると、一行を追って走り出した。

エイジャ「あー」

エイジャは また、一目散に駆けて行く主人あるじの背中を見送った。

エイジャ「ったく…。あいつってどうしてこう、先の見通しがつかねんだろうなぁ…。どう考えたって、草馬まで付いて行ける訳ねーじゃん」

リワン「仕方ないな…」

リワンは懐から小瓶を取り出し、手に握った。


・・・


アイラは、馬車から半身を乗り出している母の横まで駆けつけると、叫んだ。

アイラ「母さま、私、やっぱり一緒に行く! 草馬まで、私も一緒に行く!」

王妃「?!」

王妃は、アイラの胸めがけて倒れこむように、進む馬車から降りた。

アイラ「母さま!」

チェン「王妃様?! 止まれ!」

一行は止まり、チェンは馬を降りた。


アイラの胸の中の母は、はぁはぁと苦しそうに息をしていた。

アイラ (発作…?)

王妃は苦しそうに 娘の腰に手を回した。

王妃 (あぁ、私が行かなければ、この子が行くのだわ)

王妃は唇を噛んだ。

王妃 (どうして…!)

頰に、悔し涙が伝った。



チェン「王妃様、大丈夫ですか…?」

チェンが寄って来て、王妃の様子を見た。

リワンとエイジャも追いついて来た。

リワン「王妃様? …すみません、お心を乱してしまって…」

王妃は苦しそうに首を振った。


リワン「姫、これ以上 取り乱されるなら、お薬を飲んで頂きますよ?」

アイラ「やだ!」

王妃は抱きしめていた娘をゆっくり離して、両肩を掴んだ。

王妃「アイラ…、私の…母ちゃんが帰って来たら…、教えてくれるん…で…しょ…?」

アイラ「そんなの…」

王妃「嘘…なの?」

アイラは、泣きながら首を振った。


王妃「アイラ、また…会いま…しょう? きっとまた…会える…わ。人生、何が起こるか分からない…びっくり箱だって…言ったで…しょ?」

アイラ「母さまだって言ったじゃない。地団駄踏んでも、おばあさまを止めれば良かったって。今がその時よ! 今を逃したら、もう二度と会えないわ! 私、ついて行く!」

王妃は目を見開いて、一面を赤く染める朝日の中、幼子のように泣きじゃくる娘を見た。

そして自分も泣きながら、もう一度娘を抱きしめた。


王妃「アイラ、ごめんね…。許して頂戴。愛してる…わ。私の…大事な…大事な子」

王妃は、濡れた瞳でリワンとエイジャを見ると、娘を離した。

リワンがすかさず、アイラの身体を後ろから捕まえた。

アイラ「!」


チェンは王妃の身体を支えた。

チェン「落ち着くまで、暫く私の馬で行きますか? 馬車は狭いですからね」

王妃はうなずくと、キューキューと息をしながら チェンの馬に乗せられた。


アイラ「母さま! 母さま!!」

アイラは、リワンが取り押さえる中、力の限りに暴れた。

アイラ「嫌! 離して! 離して!! 母さま!!」

一行はまた動き出した。

アイラ「母さま!!」


母は振り返ったが、後ろにいるチェンの身体で、もう娘の姿は見えなかった。

泣きながら必死に叫ぶ娘の声が、次第に小さくなった。


アイラ「母さまー!! うわぁあああ!!! 行かないでー!! 行かないでよぉー!!!」

リワンは、泣きじゃくるアイラを 自分の胸の中に押さえつけていた。

エイジャは、リワンが握っている小瓶を見て言った。

エイジャ「それ、飲ませたがいーんじゃね? その方が楽になるんじゃねーの?」

リワン「……。」


アイラは、まだ見えている一行を一心に見つめていた。

リワンも、泣き崩れそうなアイラを きつく抱きしめながら、離れて行く一行を見つめていた。

リワン (肉親を失う辛さは、知っているつもりですよ、姫)

エイジャはため息をつきながら、しゃがみ込んで一行を見送った。

すっかり朝日が昇り、黄土色の大地を行く一行が蜃気楼に揺れた。

アイラは、門番が痺れを切らして呼びに来るまで、いつまでも小さくなる一行を見つめていた。

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