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砂漠の月  作者: kohama
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第三話 妹リファ

リワンと その妹リファの家は、城の裏手のシュロの木々が繁る湖畔こはんにあった。

この 城の裏にある湖畔は城の敷地内にあたり、そこにひっそりと佇む彼らの小さな家は、二人の両親から譲り受けたものだった。

土壁に水色の洒落た扉のあるこぢんまりとした平家ひらや二棟ふたむねあり、左側は研究室、右側は居住の為の家になっていた。


右側の家の 窓の前には、テーブルと椅子が置いてあった。リワン達一家は、彼らが小さな頃から よくそこで湖を見ながらお茶を飲んでいたため、その机は お茶の机などと呼ばれていた。



リワンは足早に家に帰って来ると、左手の研究室に向かって言った。

リワン「リファ! 少し手伝ってくれ」

椅子から立ち上がるような音がして、少しすると 妹のリファが水色の扉を開け、そろそろと顔を出した。そして 兄がびしょ濡れのアイラをおぶっているのを見ると、驚いて出て来た。

リファ「アイちゃん?! どうしたの?!」


十七になるリファは、アイラやエイジャと同い年で、その二人とは正反対に とても内気な性格をしていた。

兄と同じ美しい金髪をお嬢様結びにしていて、目も緑がかっていた。ただ、肌の色は兄とは違い母親似で、西国さいごくの人のように真っ白だった。ピンクの薄いジャンパースカートが良く似合い、まさに動くお人形のようである。


リワン「後で話す。お前のベッド、借りていいか?」

リファ「〈右手の家の扉を開けながら〉えぇ」

リワンは家へ入ると、びしょ濡れのアイラをとりあえず床に下ろした。アイラの青緑色のジャンパースカートのリボンをほどいて脱がせると、彼女は白いブラウスと膝下のズボン姿になった。

リワン「すまんが、姫の着替えを頼む」

リファ「〈動揺しながら〉えぇ」


リワンは自分の着替えを持って外に出ると、アイラの薄手のジャンパースカートを絞り、外の"お茶の机"の椅子に干した。自分も着替え、一つにむすんだ髪をき、脱いで絞った自分の服でガシガシと拭くと、別の椅子に腰掛け、小さく一つ息をついた。



リファはアイラを着替えさせ、髪をいて ざっと拭くと、彼女を寝台へ寝かせようと抱き抱えてはみたものの、生来の虚弱体質の為によろけてしまった。

リファ「兄さま! 終わったわ。ちょっと…手伝って!」

リワン「あぁ、ありがとう」

リワンが家に入ると、リファがアイラを抱きしめるようにして中腰になっている。リワンは妹のピンク色の服を着せられたアイラを引き受け、彼女を寝台に寝かせた。アイラの顔色は悪く、土気色に近かった。


リファは寝台に椅子を寄せ、眠るアイラを見て言った。

リファ「兄さま、アイちゃん…どうしたの?」

リワン「〈アイラの首の脈に触れながら〉……。自分の部屋から 湖に飛び込んだ」

リファ「えっ?!」

リワン「溺れてすぐだったんだろ、発見時に呼吸は止まっていたが、脈はあった。

蘇生した後、立ち上がった時に一度 意識を失いかけて、ここへ運ぶ途中でまた意識を失った」

リファ「〈まだ動揺が落ち着かず〉アイちゃんの部屋、二階よね…。湖は大分 土地が低くなっているから、高低差がかなりあったはずだわ…」

リワン「あぁ。落ちたのが水だったとは言え、どこか打っているかもしれない…」


リファはハッと思い当たり、兄にいた。

リファ「もしかして…、王様からアイちゃんに、輿入こしいれの話があったの?」

リワン「直前にな。かなり抵抗していた。〈少し笑って〉最後は王様と取っ組み合いだ」

リファ「まぁ…」

リワン「それと…」

リファ「?」

リワン「俺と…、結婚したい、とも…」

リファ「〈目を見開いて〉えっ!? …み、みんなの前で?」

リワン「あぁ。もう後が無いと思われたのだろう。度胸の良さが姫らしい」

リファ「そう…。それで? 兄さまはどうしたの?」

リワン「臣下としてお慕いしていると答えた」

リファ「…みんなの前で?」

リワン「…確かに、軽率だった…」

二人は暫く無言になった。リファは驚きがはっきりと顔に出ていた。窓の白いカーテンが 乾いた暑い風で揺れる。


リファはふいに、小さく笑った。

リファ「ふっ」

リファ「何だ?」

リファ「だって、やっぱりアイちゃんすごいな、って。

私なんて、好きな人に告白するだけでも恥ずかしくて死んでしまいそうなのに、それをみんなの前でやってのけて、嫌なことを嫌だと言って、お父様と取っ組み合いまでして、その上 身投げまでするなんて…」

リワン「思いついたままというか、後先考えないというか…」

リファ「〈目を伏せて思い出し〉でも私は…、その一つもできなかったわ…」

リワン「〈思い出してため息をつき〉できなくて良い。〈アイラの濡れた髪を軽く撫でながら〉姫は…、行動力があるから、こういう時 怖い」

リファ「ん…」

兄妹きょうだいの会話は再び途切れた。


リワンは台所へ行くと、水瓶から器に水を注ぎ、一気に飲んで言った。

リワン「こんな状態だ。半月後の輿入こしいれまで、気が抜けない。お前にも手伝ってもらうことがあるかもしれない」

リファ「えぇ、私でできることがあれば何でも」

リワン「助かる。じゃあ、一度 城の様子を見てくる。姫の部屋を湖に面していない部屋へ変えてもらうよう エイジャに言っておいた。問題無ければ、姫を連れに来る」

リファ「わかったわ」


リワンは一旦 出口の方へ足を向けたが、ふと振り返って言った。

リワン「……。お前、好きな男がいるのか?」

リファは途端に顔を真っ赤にしてうつむき、何も答えない。

リワン「…エイジャか」

リファ「〈驚いて〉ど…、どうして知ってるの?」

リワン「〈呆れたように〉…お前を見ていれば誰だって分かる。〈明るい窓を見ながら〉あいつはやめとけ。かなりいい加減だ」

リファ「そっ…そんなこと…」

リファは大好きな兄にそう言われると 消え入りそうな声になり、唇を噛んだ。


リワンが部屋を出て行こうとすると、リファは思い切って口を開いた。

リファ「兄さまは?」

リワンは足を止めた。

リファ「兄さまは アイちゃんの事、本当はどう思っているの?」

リワン〈少し目を見開く〉

リファ「兄さまは…、アイちゃんの気持ちに気付いていなかったの? もし…、輿入こしいれの話が無かったら、アイちゃんと結婚する選択肢もあるの?

だって、身分的には、兄さまも薄いとはいえ王家の血筋だし、遠縁だから、結婚…できるじゃない」

リワン「姫と結婚?…いや、考えたことも無いな。姫と出会った時から、どこかの国に嫁ぐ立場であることは、分かっていた事だ」

リファ「だから、そういうことが何も無かったら、アイちゃんの事、好き?」

リワン「好き…?〈リファから視線を外し、少し考えて〉…分からん。お前と同い年だから、もう一人手の焼ける妹がいる感じで…。

〈軽く首を振り〉あぁでもリファ、この議論は不毛だよ。もしもって、そのもしもはあり得ない。姫は姫だから俺がお仕えしている訳で、普通の娘だったら出会っていなかっただろう。

姫の存在は、国にとって重要な一手である他に無い。大事な身柄だからこそ、お守りしている。俺にとっては、それだけだ」


リファはやや頬を膨らませて、ボソリと呟いた。

リファ「兄さまのバカ。気持ちを聞いてるのに」

リワン「気持ちの前に、立場や状況だろ。どんなに気持ちがあっても、できないことはできない」

リファ「立場や状況の前に、気持ちよ! 気持ちがあるから、立場や状況が動くんじゃない」

リワンは、議論にならなそうなので、諦めて黙った。

リワン「……。」

リファは兄が引いてくれたことを悟り、ややしょんぼりとして言った。

リファ「〈ため息〉アイちゃんの事は私見てるから、行って大丈夫よ」

リワン「あぁ、助かる」

リワンは 解いた髪をまた高く結い上げながら、部屋を出ていった。


リファは兄を椅子に座ったまま見送り、再びアイラに目を向けると、彼女の目が開いている事に心底驚いた。

リファ「!! ア…、アイちゃん…! 起きてたの?!」

アイラ「俺にとっては それだけ、か…」

リファ「…あ…」

午後の風が、カーテンをまた明るく揺らした。

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