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「よし、一旦反省会は終えて、今後の動きについて話していこうか」
「「はい!」」
リンも混ざって引き続き改善点を出し合っていた所に、僕が言葉と手拍で断ち切れば、皆嫌な顔一つせず静かになる。特にホムンクルスの三人は僕に対して、父親を慕う子供のような期待と愛慕で潤った眼差しを向けている。
手駒達からの熱い視線を一身に浴びながら、僕は事前に考えておいた内容を語る。
「まず、捕獲したエルフには全員脳改造を施す。里を存続させるにしても研究に使うにしても、反逆の可能性を潰さないと話は始まらないからね。後、脳改造を施す際には三人にやり方を教えよう。君達も習得しておいて損は無いはずだ」
「わ〜い、やっとだ! それで、脳改造を施したエルフ達には子供を作らせるのかな?」
ツグミの質問に頷けば、納得の色を見せる。
何せ現状、エルフは貴重な存在だ。
奴隷として稀に売られてはいるが、高位の貴族しか買えない程度に高額だし、里を探すにしても森の奥深くで結界を張って潜んでいるので、リンの索敵をもってしても容易に見つかるとは思えない。長老のような猛者が居ると尚の事厄介だ。今回見つけて上手く捕獲出来たのは、単なる幸運に過ぎないのだ。
「今すぐに不老不死の研究として使いたい気持ちで一杯なんだけどね。研究で使い潰して絶滅させてしまっては拙い。まずは繁殖をさせて受精卵の確保だ」
一旦僕の気持ちは抑えてエルフ達を繁殖に専念させ、受精卵をホムンクルスとして急成長させるつもりだ。
心臓を移植する事で三人のように生きて活動させる事も出来るが、今の所そのつもりは無い。エルフの心臓を他所から調達出来ないし、移植せずとも研究に用いる臓器や血は十分に確保できる。
というか、人間である僕達にはその道しか残されていなかった。
エルフは長寿である分、成長が物凄く遅い。
十五歳前後の若々しい外見を持つアンナだが、聞く所によると人間の生涯を優に超える百年の歳月を生きているそうだ。大先輩である。それでいて、彼女はエルフの中ではまだまだ子供という扱いらしい。
成長するのを呑気に待っていれば、先に僕の寿命が尽きてしまう。だから、受精卵を色んな魔法が掛かった奇怪な液体にぶち込んで、無理矢理急成長させるしかないのだ。
うーん、長寿なエルフが凄い羨ましい。
「そんな訳で、エルフ達に脳改造を施した後は里に戻して繁殖させる。そして、里は僕らの第二拠点としても使う。結界に守られたエルフの里というのは、僕達にとっても何かと都合が良い」
「里まで辿り着いて結界を突破出来る程の実力を持つ冒険者は滅多に居ないので、私達が里に向かう所を尾行されない限りは気付かれるリスクも最小限に抑えられる。その上、気付かれたとしても私達は無関係を装えるし、エルフ側は里や森を守るという名目で戦えると……。成程、確かに利点が多々ありますね」
「他にも、緊急時の避難先にもなるね。森の中だから追手を撒きやすいし、エルフ達が自ら囮となって抗戦してくれるだろう」
「流石はご主人様。素晴らしき御慧眼です」
「いやいや、一瞬で僕の意図を理解してくれるリンも流石だよ。で、リンが言った通り僕達やエルフが鉱脈と里を行き来する所を尾行されるのが一番怖いから、研究施設を里に移してエルフ関連の実験も現地でやってしまおう。人目に付くのが憚られるような研究も、里内でなら存分に出来る」
研究拠点を里へ移設、襲撃の一番の狙いはそれだ。
そもそも鉱脈に研究室を置いておく事自体、かなりリスクの高い行為だ。僕達が都市に出っ払っている間に、中を探られて何か尻尾を掴まれてしまうかもしれないから。
それでも、鉱脈に隔離されてしまったせいでやらざるを得なかったのだ。
鉱脈の構造を迷宮のように複雑化させたり、外出の頻度を出来るだけ抑えたり、魔法で研究室を隠蔽したり、ホムンクルスに監視をさせたりと、リスクを抑える努力はしている。
その甲斐あって現状では隠し部屋の存在には気付かれて居ないが、その平穏もいつまで保つか分からない。
痺れを切らしたフリスク公が、私兵を伴って鉱脈内に押し掛けてくる可能性だってあるのだ。その事を考えれば、研究室を里に移設した方が良いに決まっていた。
里ならスペースにも余裕があるから、大掛かりな実験も出来るようになるだろうし。
「鉱脈内に作った隠し部屋は、今のように安全に話し合える場として残しておきたいから……。引き続き隠蔽して怪しげな雰囲気を出させておいて、調べに来た人には何も無かったと肩透かしを食らわせてやろう」
何も無かったと聞いて僕を怪しむフリスク公やその他貴族は、僕の秘密が鉱脈以外の所にあると考えるかもしれない。
ただそこから、大密林の奥地に蔓延る魔物を凌ぎつつ、魔法に秀でたエルフが必死に練り出した結界を見破り、僕とエルフ達が繋がっている証拠を掴む所まで辿り着くまでには、膨大な時間と労力が掛かるだろう。
探っている事を僕達に悟られないようにすると、尚の事困難になる。
相手が証拠を掴みあぐねてる合間に、僕らは鉱脈とエルフの里で下準備を整えるのだ。
「とまぁ、ここまでが僕が事前にある程度考えていた今後の動き。襲撃は上手く行ったから、今話した内容を皆で仔細に吟味して実行に移せば良かったんだけど……。一つ、想定外の事案が発生した」
「アンナの存在ですね?」
再びリンが僕の意図を代弁してくれる。
彼女のような理解者が居ると、話し合いが円滑に進んで助かるね。
円滑さは一旦置いとくとして、長年付き添ってきたリンの事だから、アンナに関して僕と同じ懸念を抱いているのだろう。先程も意味深な視線を向けていたし。
ただ、意図が理解出来ず不思議そうに首を傾げる人がこの空間には何名か居た。
「あれ? アンナの件はもう終わったんじゃないの〜? 裏はなさそうだったし、首輪を嵌めて逆らえなくしたし」
「えぇ、確かに裏が無い事は確認しました。ですが、それは現地点での話です。今後一切反逆を企まないかと言われると話は別でしょう。アンナは魔法に秀でたエルフである上に歪んだ思想を持ち行動力の化身という、特異な存在ですから。適度に発散させても尚、想定外の事態を引き起こそうと企む可能性は高いと言えます」
素直に疑問を呈すツグミに、リンが鋭く指摘を入れる。
僕としても全くの同感である。というか言わんとしていた事を殆ど言ってくれた。
それでいて結論だけは敢えて言わずに僕を譲ってくれるのだから立派である。主を引き立てようと一歩下がってくれているのだろう。ならば、それに応えるのが道理。
「そういう事だ。少なくとも首輪だけだと、信を置くには心許ない。だから、より徹底的に反逆の余地を潰さないといけないんだ」
ここまで言えば、一同も理解の色を見せた。
アンナはナダールとは違って魔法への造形が深く、何よりも行動力がある。大胆にも僕ら人間側に寝返ったのがその証。
首輪を嵌めて適度に欲望を満たしてやるだけでは、そんな彼女を制御出来るとは思えなかった。
こんな話を本人の前では流石に出来ないから、あの場では裏が無い事だけを確認して納得する事にした訳だ。我々にとって必要な人材であったのは確かだし。
「それでご主人様。首輪に加えてどのような措置をなさるのです?」
「うん、ここはツバキと一緒に作っていた魔法具や火薬兵器を使おうと思う。常に監視出来るようにしつつ、生殺与奪の権を僕らが握るんだ」
「より具体的に言えば、位置情報を発信する魔法具と薄い石壁を削れる威力を持つ超小型の爆弾、だな。全く、こんなものを本当に使う日が来るとは……」
ツバキが溜息と共に補足をする。
これらは素質が優秀で脳改造を見逃されている人の為に作ったものだ。一々毒とかで脅すのも面倒だから、体内に爆弾とか仕込んじゃえば良いじゃないかと。
ナダールにも使おうとしたのだが、別の方向で良さそうな雰囲気が出ているので保留にしている。
この二つを装置をアンナの体内に埋め込むのだ。
位置情報と言っても曖昧なもので大雑把な位置しか掴めないが、的外れな所に居るか位は判断出来る。
もしもアンナが僕らの意図しない怪しい動きを見せれば、即座に爆弾を起動してドカンだ。超小型な分威力は小さいが、体内に埋め込むので臓器を守る皮や骨が機能しなくなる。致命傷を与えるには十分だろう。
「定期的に検査と称してアンナを手術に応じさせる。その時に二つの装置を体内に埋め込んだり、装置に不具合が起きてないかを確認したりする。そんな所かな?」
というか僕が手段を選ばない人だと理解した上で仲間に加わったのだから、それ位される事は覚悟の上だろう。
「成程……良い案かと思われます。手術をどれだけ素直に受け入れるかで、服従の度合いを測る機会にもなりますので」
成程、そういう発想もあるのか。
確かに聡明なアンナならば、単なる検査だとは思わないだろう。体内に何かを仕込まれる程度の事は悟るはず。
それを逆手に取るという訳か、悪くない。
「いいね、大まかな方針はそれで行こうか。ただ、そこまでしてでも不測の事態が起こってしまった場合には――」
「即座に私が、動ける手駒を伴って討伐に向かいます」
リンが剣呑さを孕んだ声で言う。
分かっているならば良い。
アンナは強力な素質は持ってるものの、若さ故に魔法の腕は大したことは無い。言わば長老の下位互換だ。何体かの手駒を伴って向かえば、問題無く対処出来るだろう。
「そんな事態にはならないよう、それなりの努力はするつもりだけどね……」
不老不死が実現すれば用は無くなるので解放してやるつもりだが、果たしてそれまで彼女を満足させられるかどうか。状況次第だから、何とも言えないなぁ。
「とりあえず、これで議題は出尽くした。今から皆で、一つ一つの仔細を吟味していこうか」
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「――よし、これくらいで大丈夫だろう。いやぁ手駒が増えると話し合いも捗って良いね」
内容を書き留めたメモを放り投げて、大きく背伸びをする僕。流石に疲労が蓄積してきた。
リンが気を利かせて人数分のお茶を用意してくれる。
「はい。彼等の柔軟な発想には目を瞠るものがあります」
そう言って、どうぞとカップを差し出すリン。
椅子に腰掛けた僕は礼を述べてそれを受け取ると、熱心に討論を繰り広げる手駒達の姿を見ながら飲み干す。
「そうだね。別の視点からの疑問や意見を積極的に言ってくれるのは、話し合う上で非常に助かるよ」
任務でホムンクルス達の脳機能が十分に発達している事が分かったので、視野偏狭や思考の単一化の懸念を晴らす一環として積極的に発言を促して見たが……これが中々に良かった。
まだまだ知識は足りないので馬鹿馬鹿しい質問も飛び出してくるが、足りないが故に先入観に囚われない発想も出来る。別の視点から挙げられる、非常に面白い意見もあった。
以前に僕の言動を全肯定してしまう節があると切り捨てていたが、だからと言って何も考えていない訳では無かった。彼等の評価を見直すべきかもしれない。
これに今後はアンナも加わると考えると……まだまだ不安は残るが、かなりマシにはなりそうだ。
「それじゃあ、早速行動に移っていこうか。第一にエルフ全員に脳改造を施すぞ」
「全員に? その前にご主人様、アンナの要求はどうされるのですか? 個人で考えて欲しいとの事なので、議題には上げませんでしたが」
「あぁ、それもあったか……」
駄目だな。考える事が多過ぎて、死に直結しない些事が所々頭から抜け落ちてる。
鉱脈の管理はある程度フランコに押し付けているが、それでも不老不死の研究やホムンクルスの成長観察に火薬兵器の製造、エルフの襲撃の後処理と、僕が背負っている物事が多過ぎる。加えて前世の記憶もあるのだから、いつ頭がパンクしてもおかしくは無い。
折角新たに手駒が三人が加わったのだから、上手いこと分担させよう。
閑話休題。
アンナは手駒達との顔合わせを済ませて、現在フランコや奴隷から鉱脈の地形やここで暮らす際に気を付けるべき事を教わっている。
人間とエルフで幸い……と言うか昔は共存していたらしいから当たり前ではあるが、言語は同じだった。
ただ、価値観から常識まで大きく異なるだろう。問題行動を起こさぬよう、一から教えていかねば。アンナはエルフの中でも特異な存在だろうし。
まぁ結局やる事はホムンクルスへの教育と殆ど変わらないので、ツバキに任せれば苦労はしないだろう。
良かったねツバキ、退屈しなくて済むよ。
で、僕は話題のアンナから早速、欲望に忠実な頼み事をされたのだ。
「アンナは大事な手駒の一員になったからね。期待に応えられるかは分からないけど、特段デメリットも無いし、出来る限りで叶えてみせようじゃないか」




