95 *R15
『――何名かが居らず、行方も分かっておりません。ご警戒の程をお願い致します。それ以外は計画通りに進んでおり、現在エルフ同士で争わせています』
「ふぅん? 行方不明ねぇ……。とりあえず、そのまま計画通りに動いて。何かあったら連絡するから」
『分かりました。それでは、失礼します』
その言葉を最後に、手元の魔法具越しに響く半年程前に生み出した新たな手駒の……ホムンクルスでもある、レインの声が途切れた。
「うん。多少のアクシデントはあれど、大方順調だね」
そう小さく呟いて、僕は強張った背をうんと伸ばす。
夜中の森での活動は中々に気が張るものだ。
僕ことマークスは、防御重視の魔法具で身を固めた上で一人の手駒に護られながら、エルフの里を襲撃する手駒達の報告を聞いていた。
きっと今頃、エルフの里では蜂の巣をつついたような騒ぎになっている事だろう。
「だけど、行方不明の大半が老エルフなのが気掛かりかな〜? 別行動してお父さんを探してる……とは思えないけど、何でだろ?」
周囲に気を配りながら僕の独白に反応するのは、同じくホムンクルスの一人であるツグミだ。襲撃には参加せずに、僕の護衛を務めさせている。
レイン曰く、里の中でも警戒が必要とされていた老エルフの何名かが、行方不明との事なのだ。
「魅了に気付いた様子も無かったというし、僕にも何でか分からないね。まぁ、一旦は様子見かな」
実は僕の存在にも気付いている、なんて事は無いだろう。仮にも気づいていたら、まず里の存続の為に同族の被害を抑えるべく動くはずだ。僕を倒せた所で、里を護れなければ意味が無いのだから。
とりあえず、僕の命に大きな危険が無い限りは続行だ。
不老不死以外にも様々な目的があるし、元より完璧に事が進むとは思ってない。折角の下準備が無駄になってしまうのも避けたかった。
「分かった〜」
ツグミは僕の返答を聞くと、再び周囲の警戒に努めた。
……それにしても、戦闘が必須で無い上に護衛まで居ると、安心感があるなぁ。
隣に侍るツグミを見ていると、づくづく思わされる。
手駒を一気に三人も増やせたお陰で戦力に余裕が出来、こうした襲撃の際に僕が矢面に立つ必要が無くなったのだ。
リンと冒険者として二人肩を並べながら戦っていた時期に比べると大違いである。というか、流石にあの時期が酷過ぎた。無茶をしていたのだと、今になって思う。
僕もそれなりに鍛えて戦えるとはいえ、身の安全の為には戦闘を避けるのが一番だ。こうして護衛まで付けれるようになったのは、非常に喜ばしいことであると言えよう。生み出した甲斐があった。
傍で護ろうと健気に頑張っている護衛を眺めながら、僕は喜びに浸っていた。
しばらくすると、当の護衛が囁いて来る。
「お父さん、あれ見て〜」
ツグミが遠くの上空を指差しているので視線を向ければ、流星群のような物が降り注いでいるのが見える。音までは届いてないが、壮大な魔法だと思われた。
「あれは……長老とやらの魔法だね。リンが危ないかな? 念の為、動けるように準備しておいてね」
あれだけ壮大な魔法が使えるのは、事前調査で要警戒人物として認定されていた長老しか居ないだろう。長老の相手は、リンが担当しているはずだ。
顔を下げて、リンと連絡する用の魔法具を気に掛ける。
リンは出来るだけ失いたくない手駒。戦闘が苦しくなれば、僕らに援護を要請する手筈となっていた。
僕らが鉱脈に引き篭もらずに、こうして魔物蔓延る森へ出っ払っているのはその為だ。僕の存在をエルフに悟られると面倒なので距離を取って茂みに隠れているが、何かあればすぐに駆け付けれるように備えている。
どこぞの貴族が僕を殺そうと血眼になっているから、鉱脈が安全だと断言し難いのもあるが。
もしも僕らが援護しても敵わず、リンが逃げ出せないレベルで長老が強かったら……その時はその時だ。長老に関する情報は少ないので未知数ではあるが、こんな辺境の地に隠れ住んでるのだから大した事は無いと思いたい。
暫し気に掛けるが、魔法具が起動する様子は無かった。
まぁ長老にぶつけるのだから、当然誰よりも念入りに下準備をさせたし、上手くやってくれているだろう。
それにリンは飛び抜けて強い。正直言って、あの壮大な魔法を目にした所で、リンが負ける姿は想像出来なかった。
――リンを信じて、大人しく待つとしようか。
つらつらと考えた結果、そう結論を下す。
忠誠心が誰よりも厚い彼女の事だ。少なくとも、何も言い残さずに死ぬ事は無い。長老が想定外の強さで窮地に追い込まれれば、真っ先に僕に撤退を促すはず。
何年も共に居たのだから、断言出来る。
大丈夫大丈夫。そう言い聞かせて頷いた所で――
「お父さん、誰か近付いてくるかも」
「――何?」
その言葉を聞いた僕は、思考を瞬時に切り替えて臨戦態勢に入る。ツグミも僕が守れと指示するより早く、僕の前に立って正面を警戒する。
確かに耳を澄ませば、茂みの奥から複数の声や足音が聞こえて来た。
――――――――――――――――――――
老エルフ率いる避難中の一団は、最早里内に安全な場所は無いと考え、魔物と遭遇する危険を承知で森まで逃げ出すという思い切った決断を下していた。
「これっ! 見蕩れてないで疾く祠に入るのじゃ! 魔物が来てしまうぞ!」
「はっ、はいっ!」
叱咤を飛ばされて、慌てふためきながら祠へとなだれ込むエルフの子供達。子供達の体力は限界が近かったが、何とか祠まで持ち堪えてくれたようである。
やがて避難民の全員が祠に入ったのを確認すると、自身と同じく先導して指示を出していたもう一人の老エルフと向き合う。
「祠には簡易な結界が張ってあるから、これ一旦子供達の安全は確保出来たな。まさか道中で魔物と一度も遭遇せんとは……これも襲撃の影響か?」
「で、あろうな。こればかりは助けられた。儂ら二人で全員を庇いながら戦うのは、流石に無理があるからのぉ」
「ですな。それで、これからどうするかね?」
これから何をどうするか? 決まっている、里に戻って侵入者の対処をするどうかだ。
族長は我ら二人の事を歳を取り過ぎて戦う事も厳しいと判断した――実際その通りなのだが、古老には古老なりの意地がある。先程子供が見蕩れていた長老の魔法と思わしき攻撃を見て、感化されないはずが無かった。
目前の老エルフも同じ気持ちだろう。
だが、彼は申し訳無さそうに顔を下げた。
「すまぬ。儂は隠居して長い身。身体も大分衰えておっての……。正直言って、これ以上身体を動かすのは厳しいのじゃ。魔法なら何とか使えるだろうが……」
その声には、悲壮感が滲み出ている。
残念ではあるが、納得は出来た。彼は長く生きる古老の中でも、最年長者である方。いつ死んでもおかしくは無く、当人も余命が後どれ程なのかを薄々勘づいている様子。
寧ろ、その状態でここまで動けたのが驚くべき事なのだ。彼も里を護る為に、死力を尽くしてくれたに違いなかった。
ならば、彼より若い自分がその意志を継ぐべし。
「では、儂が里に戻ろう。貴殿は子供らと同じく祠に隠れて、魔の手から次代を担う者共を護っておくれ」
「承った」
彼は逞しい返事をすると、そこらに落ちてる枝を拾って身体を支える杖代わりにし、祠へと収まっていった。
「……全く、他の古老共は何をしておるのじゃ」
祠の存在を悟られないよう少し距離を取ると、戦闘へ向けての身支度を整えながら、一部の古老を非難する。
こうして感化されて動けているから良いものの、本来であれば我々二人は戦えないのだ。避難民を先導するに相応しい立場では無い。
それでも先導せざるを得なかったのは、あの騒ぎの場に一部の古老が居なかったからだ。
彼の古老は限界まで頑張っていたというのに、他の者達は危急の際に何をしているのか。
「……本当に、何があったのじゃ」
幾ら老衰しようとも、鐘の音に気付かない訳が無い。近い世代同士で仲良くして来たからこそ、断言出来る。
かといって、どこかで戦闘している様子も無かった。
彼等は襲撃の直前に忽然と姿を消してしまったのだ。
暗殺されたのでは、という不穏な推測が立つ。
「……儂が代わって見に行かねば。場合によっては、敵討ちじゃ」
最悪の事態を想定し、それを受け入れる覚悟を決めて、身体能力を向上させる魔法を掛ける。
「……?」
不思議な事に、魔法が掛からない。狩人の頃に何度も使っていた魔法なのだから、万が一にも失敗する事は無いはずなのに。
どうした事かと首を傾げると……視界が横にズレた。
「あっ……?」
視界が揺らいでいるのでは無い。言葉通り、一方向に少しずつ動いているのだ。
奇妙な現象に間の抜けた声を上げるが、視界は傾いたまま止まること無く徐々に横へズレていく。
転んだのかと思い身体を動かそうとするが、動かせない。いや、動かす所か首から下の胴体部分の存在すら感じ取れなかった。
(何なのだこれは。まるで頭と身体を切り離されたような――)
自身の状態を把握しようとするも束の間、突如として視界が目まぐるしく切り替わる。
落下したのだ。視界が前後左右に回転しながら、地面へと近付いて行く。
(何が起こっておる!? あ、あれは……)
地面に衝突するまでの一瞬、老エルフは信じられない物を見て、驚愕する。そしてそれが、彼が最期に抱いた感情となった。
彼が最期に見たのは、首から上の足りない部分を探し求めて手を彷徨わせる、自身の胴体だった。
――――――――――――――――――――
重量のある塊が老エルフの胴体から滑り落ちて、土の上をゴロゴロ転がる。そこから遅れて、胴体が死を悟ったかのように崩れ落ちた。
それを為した女は老エルフが死んでる事を確認すると、盲従する主人を呼び出す。
「うんうん、死んでるね〜。お父さん、出て来てもいいよ」
「よくやった、良い子だ」
呼び出しに応じて僕が姿を現し、老エルフを殺せという指令を見事に果たしてみせたツグミの頭を撫でてやる。
歓喜で顔を綻ばすツグミを尻目に老エルフの死体を見れば、首が綺麗に両断されていた。
「それにしても、面白い事をするね?」
「うん! この魔法凄いでしょ〜」
茂みの中で一部始終を観察していたが、ツグミは殺すのに剣を使っていなかった。魔法だ。風属性の魔法を彼女なりに上手く応用して、空中に真空の刃を生み出したのだ。
魔法で生み出したのだから、刃こぼれという概念も無い。それはもう相当な斬れ味を生み出せる事だろう。
老エルフは何が起きたかも分からぬまま斬り殺された様子。斬られた後でも少し身体が動いていた所を見ると、身体が斬られた事にすら気付けなかったかもしれない。
魔法は土台はしっかりしているのだが、そこからは使い手の発想で上手く独自の魔法に改良していく必要がある。可能性は無限大と言えば聞こえは良いが、中々に手間や時間が掛かるし適性も問われるしで、大変な作業なのだ。
ただ、そこが好奇心旺盛なツグミの性格に噛み合った。
勿論彼女にとっては人体実験が第一なのだが、鉱脈に押し込まれたせいで実験台を確保しにくいのが現状。なので、代わりに魔法の開発に勤しんで貰っていた。魔法の基礎は学校で学んだので、それを流用する事で簡単に教えられた。
で、今の魔法がその成果という訳だ。
ツグミも今や立派な魔法使いである。
「それじゃあ、祠に行こうか。祠の人達は生け捕りにするから、殺さないようにね?」
「は〜い」
二人の老エルフが隠れる僕らに気付かず勝手に色々喋ってくれたお陰で、祠に居るのは避難民ばかりで戦力は大した事が無いという、大方の状況は把握出来ている。
唯一気掛かりなのは、彼等も何人かの老エルフが行方不明になっていたのを疑問視していた事だ。彼等も分からないとなると、第三者が介入している可能性はある。
まぁ現地点では僕らにとって良い方向に転がっているので、接触が無い限りは保留で良いだろう。というよりも情報が無さ過ぎて、特にやれる事が無い。
とりあえず、祠に隠れる人達がより遠くに逃げられても面倒だし、今ここで対処してしまおうか。
「わぁ〜! エルフが沢山! 襲撃が終わったら、何人か私の好きなように使っても良い?」
目をキラキラと輝かせながら懇願するツグミ。
奥には、痺れた身体を覚束なく動かしながら呻く老エルフと、ぐったりと倒れ込んだ大量のエルフが居る。大半は子供のようだ。
「うん、良いよ。ツグミが頑張ってくれたからね」
「やった〜!」
「くっ……子供らに手出しはさせぬぞ……」
「でも、その前に全員気絶させて手足を縛っておこうか」
「は〜い」
何やら唱えていた老エルフも、ツグミに魔法で追撃されてあっさりと倒れる。
避難民への対処もツグミに任せたが、これといった不都合も無く完遂出来た。
一応祠は結界という何も無いかのように誤認させたり、本能的に近寄り難い雰囲気を発したりと、外敵から襲われないようにする特殊な魔法で守られていたのだが、解除する方法を知ってしまえば何の問題も無い。
エルフ側も解除する方法に関する情報の重要性を理解しており、外部に漏れないよう徹底していたのだろうが、生憎僕は情報を無理矢理吐き出させる手段を色々と有している。正確には、僕の手駒に引き入れると言った方が正しいか。
祠の中に残った老エルフは何かを企んでいたらしいが、行動に移るよりも早くツグミが祠全体に雷撃魔法を打ち込んだから、結局何もされなかった。
「さて、と」
全員の拘束を終えて、僕らは一旦その場から離れる。
再び茂みに身を隠すと、先程から反応があった通信の魔法具を手に持ち、口元に近付けた。
「リン、お待たせ。無事だったかな?」
『申し訳ございません、ご主人様。私は無事なのですが……』
良かった。リンは無事だったようで、一安心する。
ただ、明らかに声が弱々しい。魔法具越しなのに、リンが動揺している事がありありと伝わってきた。
『長老に自決されて、生け捕りに失敗しました。処分は如何様にもお受け致します。本当に申し訳ございませんでした……』
あぁ……長老が自決しちゃったか。
リンが易々と見逃す訳がないから、どうしようも無い状況だったのだろう。長老が想定以上に強くて、過度に警戒し過ぎたのもあるかもしれない。
長老が一番知識を有してそうだったので欲しかったが、リンでも無理なら誰だって不可能だ。死んだのは悔やまれるがリンが負けるよりは全然良い。そう割り切ろう。
……っと、どうしてこうもリンが動揺しているのかと疑問だったが、ようやく分かった。彼女が任務に失敗するのは、これが初めてなのだ。
今まで色々任せて来たが、どれも完璧にこなしてくれていた。初めての失敗に、上手く心の整理が出来ていないのかもしれない。
「まぁ、リンが無事ならそれで良いよ。万が一長老が復活しないように念入りに壊して、僕の所に戻っておいで」
『……はい、分かりました。誠に申し訳ございません』
再三謝罪の言葉を残して、魔法具が停止する。
失敗は誰にでもあるのだから仕方無い。僕自身、リンなら何でもやってくれるだろうと、過信し過ぎている所があった。長老の情報が足りてないのにリンを当てる判断を下した僕にも非はあるだろう。
リンを責めるつもりは毛頭無かった。
ただ、この失敗をリンが変に引き摺って、気を病んだりトラウマになったりしても困る。
後で念入りに慰めてフォローを入れておかねば。
リンへの接し方を考えていれば、再び魔法具が起動する。今度の通信相手はレインだ。
「レインか、どうした?」
『えっと、殆どのエルフを気絶か死亡の状態に出来たのですが、一つ問題が起きまして……』
こっちはこっちで何だか歯切れが悪い。
ただ、これで全員のエルフを倒せたのだから、漸く一段落ついたはず……。いや、レインは殆どと言っていた。
何か予想外の事態が起きたのだろうか?
「何が起きた? とりあえず言ってみろ」
『分かりました。長老とは別に、植物を自在に操るエルフが現れて、私達のリーダーと話がしたいと。族長を人質にして、交渉を持ち掛けて来ました』
「……へ?」




