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94 *R15

 長老が里の外周で激戦を繰り広げている間、里の中央では依然として乱戦が続いていた。


「矢が切れた! こうなったら近接戦に行くしかねぇ!」


「うおっ、やめろ! 俺は操られてねぇ! 味方だ!」


「それより、避難した人達は大丈夫なのか!?」


 各々が胸の内を叫びながら、人間に魅了で操られたエルフと争っている。長年共に過ごしてきたはずの同族が傷付け合う光景を前に、族長兼指揮官であるミーナは悔しさの余りに歯噛みする。


 彼女の眼下には、敵味方入り交じった何人ものエルフが横たわっている。皆呻くか気絶するのみで死者は居ないが、比較的味方の割合が多いように見受けられた。


(やはり、厳しいか……)


 最初は、同族を魅了し操った人間に対する憎悪とその同族を止めなければという正義感により、味方の士気は非常に高かった。ミーナの鼓舞も非常に効果的であった。

 しかしながら、それは盲目的に人間に従わされる相手側も同様で、命を捨てる覚悟で人間を守りつつ迎え撃って来たのだ。互いに殺す気が無いとはいえ、士気が同程度では実力が物を言う。

 敵側のエルフの大半は狩人。数では勝ろうとも、個々の力ではどうしても劣ってしまっていた。


 どうにかして、この場に居ない古老の力を借りたい所であった。狩人よりも長い年月を生きてきた彼等ならば、個の力を優に超えている。

 しかし、


「それより、援護は来ないのか!? 長老や古老は何をしているんだ!?」


「お前も聞こえただろ! 若人の悲鳴に、爆発音が! 侵入者が他にも居て、皆別の場所で戦ってるんだよ!」


 待望する古の猛者達は、一向に来る気配が無い。


 更には、避難民が逃げた方向から若人の悲鳴や巨大な爆発音が鳴り響いてきた事によって、大幅に士気が落ちてしまった。避難中の妻子の身を案じて注意力が散漫になり、倒されてしまった者は少なくない。

 ミーナとしても指揮官なのでここから離れる訳にはいかないが、この場に居ない者達の動向が気掛かりであった。



 ただでさえ力量差があるのに憂慮を胸中に宿らせていれば、僅かな勝機をも逃してしまう。

 気が付けばこちら側が数でも劣り始め、混乱により同士討ちも起き、援護が来ない事に戦意は折れかけ、瓦解する寸前まで追い詰められていた。


 じわじわと逃げ道を塞がれているような、自ずと投了の盤面に向かっているような、形容し難い絶望感が心を蝕む。


「族長……正直に言ってこれ以上は厳しいです。一度撤退するべきかと存じます……」


「そうじゃのぉ。幸い向こうに殺す気は無い、一度下がって立て直すべきじゃな……」


 全身に傷を刻んだ仲間の一人が不安げに提案をし、数少ない古老がそれに同意する。


 撤退や立て直しと言うと聞こえば良いが、要は魅了の力を持つ要注意人物を野放しにして、地に伏せる仲間達を見捨てて逃げるという事。

 見捨てた仲間達も魅了の力に取り込まれてしまう可能性が高く、逃げる際には当然背面を攻撃してくるだろう。

 危険が多く、出来る限り取りたくない択ではある。


 だが圧倒的な戦力差を前に援護が来ない今、逃げる以外の選択肢は残されていなかった。万事休すだ。


(ただ、逃げると言ってもどこに逃げれば良い? 父さんは誰かと戦っているだろうし……ん?)


 無力感に唇を噛み締めながら考えれば、夜中にも関わらず突然外が真昼のように明るくなる。何事かと光源を辿れば、遠くで流星群が強い光を撒き散らしながら降り注いでいた。続けて轟然たる地鳴りが来たる。


(あれは、父さん?)


 あの流星群のような攻撃を見た事は無いが、恐らく父親の魔法だろう。

 幾ら人間が屈強だったとしても、あの攻撃を耐え忍げるはずが無い。父親が我々の援護に駆け付ける為に、向こうで別の侵入者と雌雄を決したのだと推測出来た。


(だとしたら、まだ希望はある……はず)


「皆、撤退よ! あの長老の魔法を見たでしょう! その方向に逃げて、長老との合流を図りなさい!」


 彼女の推測には穴がある。

 あれが長老の魔法とは限らない。敵が放った攻撃だとしたら、自ら敵地に向かう事になる。長老の魔法だったとしても、決着がついたとは限らない。未だ戦闘が続いていれば、我々の存在は邪魔になるだけだった。


 ミーナはそれを理解していた。理解した上で、敢えて目を逸らした。そうでもしなければ、この悲観的な状況で司令塔などやってられなかったから。

 ミーナは希望に縋り、せめて生きてさえいれば何とかなると、半ばやけっぱちな思いで判断を下したのだった。


 ただ、流石は里一の実力者で知られる長老。その影響力は凄まじく、長老と合流という言葉を耳にしただけで、皆の瞳に闘志の炎が蘇った。


「殿は儂が務めよう。出来る限り時間を稼ぐ。そなたらは走る事に専念して、なるべく早く長老殿と合流し、立て直すのじゃ」


 頼もしい古老の言に、おおっ、と何処からが歓声が上がる。消えつつあった士気が、取り戻されていた。


 そうだ。苦しかった要因は、不意打ちに加え同族が操られている事を知らず、精神が不安定な状態にあったからだ。

 退却しつつ百人力の長老と合流して、精神と体勢を上手く立て直せれば、勝てる未来はある。ここで退却しても、生きてれば次に繋がるのだ。


 ――そう、まだやれる。希望は残されているのだ。


 場に残る正常なエルフは、一様にその思いを抱く。


 ミーナが見る限り、仲間達の士気は理想的な状態に思われた。自身も冷静さを取り戻している。だが、そう長くは持たないだろう。この機を逃さまいと、覇気ある声で指示を下す。


「さぁ、皆! 撤退よっ!」


「儂に任せて往くのじゃ! 皆の衆!」


 呼応するようにして、活気づいた者共が動き出す。

 ここで躊躇い振り返るのは、命を張って我らを護ろうとしてくれる古老に対する侮蔑の他ならない。迷いなく長老の居るであろう所へと一直線に向かう。


 ミーナも当然それに付き従おうとして………それは起こった。 



 ――パァァァン……っ!


 良い感じの雰囲気に水を差すように、妙に甲高い破裂音が森の奥からけたたましく響いて来た。今まで周囲で煩く鳴っていた重々しい爆発音とは違う、聞き覚えの無い音だった。


 突然の轟音に驚き、そして嫌な予感を覚え、思わず足が止まってしまう。周りの仲間達も同様のようで、かつてあった乱戦による騒々しさは一欠片も無い。

 周囲が一転して静まり返る中で、背後からドサリと何か重い物が倒れる音だけが耳に入った。


 この辺りに重い物は無かったはずだ。音の正体を求めて、古老に対する無礼を承知で、一同は恐る恐る振り返る。


 そこには身を呈して我々を護ろうとしてくれた古老が、仰向けの状態で倒れていた。その顔は、何も状況が掴めないと言いたげな呆気ない表情で固まっている。

 何度か手足をピクピクと浮かせて痙攣したかと思えば、糸が切れたように崩れ落ち、微動だにしなくなった。


 頭部から液体が地面に広がる。

 何事かと目を凝らせば、脳天にはポッカリと一つの小さな穴を開いており、そこから血と脳漿らしき透明な液体を際限無く垂れ流していた。


 死んだ。即死だ。頼れる存在であった古老は、何も理解する事無く一瞬で死骸と化したのだった。


「ひいっ!?」


 かつてあった逞しさはどこへやら、見るも無惨な死体の出来上がりに、悲鳴が上がる。滾っていた闘志の炎が、忽ち鎮火するのを感じる。最早、上がった悲鳴が自分のものか他者のものなのかも、区別が付かなくなっていた。


 誰かが、古老の死骸に医療魔法を掛ける。だが、変化は起きなかった。

 当たり前だ。我々エルフは魔法に長けているので傷を癒す医療関連の魔法も使えるが、傷を癒す程度で死者を蘇らすなどは出来ない。いや、仮に出来たとしても自然の摂理に反する。禁術に認定されていただろう。

 だから、死者に医療魔法を掛けても何の意味も無い。それでも必死に魔法を掛けるのは、古老の死を受け入れられないからだろうか。


(――違う! 今はそんな事を考えている場合じゃない! ここから逃げないと! ……でも、どうやって?)


 命を賭す覚悟で争って来たが、死者は誰一人として出ていなかった。それが正常なエルフ達の心に微かな余裕を与えていた。しかしながら、その余裕は今奪われた。

 相手は殺す時は殺すのだ。そして、頼れる古老が目前で為す術なく斃されてしまっていた。


 ――次は、自分?


 己の死が間近にある。その事実が強い恐怖を引き起こし、正常なエルフ達の全身を震わせる。


 それは族長であるミーナも例外では無い。

 死の恐怖に囚われて、この場から逃げる手段を考える余裕を奪われていた。


「うわあああっ!」


 一人のエルフが精神の限界を迎えたのか、発狂しながら脱兎の如く逃げようとした。しかし彼の願いは叶う事は無く、再び鳴る甲高い音と共に倒れ込む。敵に逃がす気は無いようだ。


「ひっ、いひひっ……」


 一人のエルフが錯乱してしまったのか、汗や涙や涎などの液体を垂れ流しながら、引き攣った笑みを浮かべている。


(だ、駄目だ。私が族長なんだから、私がしっかりしないと……私が皆を導かないと……)


 ミーナは必死に族長としての使命を自分に言い聞かせるも、所詮彼女は一人のエルフに過ぎない。悲壮感に包まれて、動こうとする気力すら湧いて来なかった。

 下手に動けば古老のように脳天を撃ち抜かれる、そんな未来が彼女の脳裏にチラついていたのだ。



 やがて、場から戦意の熱が完全に消え去ると、人間が魅了したエルフを伴って動き出す。その中には、アレクも含まれている。

 人間率いる一団は、動かなくなったエルフ達を殴って気絶させていった。そこには何の感情も含まれてはいない。雑務を処理するような冷淡さで包まれている。


(アレク……助けて……どうすれば良いの……)


 ミーナは膝を着いて涙を零しながら、無表情な夫に縋った。夫はまた一人、強引に気絶させている。

 里を護る役目を負う族長とは思えぬ、惨めで情けない姿。それを誰も咎めようとはしない。咎める者は、既にこの場に居なくなっていた。


 じりじりと近寄る一団。人間は守られるようにして真ん中に立っている。視線をアレクから人間に向ければ、赤みを帯びた瞳がこちらを睨みつけてくる。


(ううっ……)


 ミーナは後悔して直ぐに目を逸らす。

 恐怖が増幅して、心臓が止まりそうになっていた。


(……?)


 今にも押し潰されそうな思いの中で、ふと、手に何かが当たった感触を覚える。それを弱々しく握り締めると、それは木の枝であると理解出来た。


「と、父さん?」


 恐怖で頭から抜け落ちていた希望を、藁にも縋る思いで口にする。

 すると瞬く間に太い樹幹がやって来て、人間が何か行動を起こすよりも早く、ミーナの身体を守るように何重にも巻き付けた。


(あぁ、助けに来てくれたんだ……)


 きっと先程の眩い魔法で決着をつけて、ここに駆け付けて来てくれたのだろう。

 木々の温もりを感じる。樹幹に遮られて視界は真っ暗だが、ミーナは格別の安心感に包まれていた。


(あ、眠気が……)


 そして、意識に靄が掛かる。


 ミーナはこの半日だけで色々な事があった。

 長老との話し合いで娘が裏切った説を言い聞かされ、仲間を率いて魅了された同族と争いを繰り広げ、古老の死と直面して死ぬ恐怖をこれでもかと言う程に味わわされた。


 短時間で感情を大きく揺さぶられ、彼女の精神は疲弊しきっていた。そんな中で安全を手にすれば、気が緩んでしまうのも当然のこと。どうしても眠気には逆らえなかった。


(おやすみ……)


 ミーナは木々から伝わる温もりに身を任せて、深い眠りについた。








「――お母さんは、人質ね?」


 助けた者が長老では無い別人で、その行為が善意から来るものでは無いのだと、知る由も無く。

執筆、難しいです.....。

ずっと難しいって言ってる気がします。

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