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(さて、先ずは小手調べと行こうかの)


 速やかに目の前の女を倒して窮地に陥っているであろう里の援護に向かいたい所だが、焦って敗れてしまっては元も子も無い。素質を用いて慎重に女の真価を見極めて、晒した隙を徹底的に狙う。多少の時間の消費は目を瞑ろう。


 長老はそう立てた算段に基づき、手始めに床下の土に埋まっている根を這わせる事でリンの拘束を図る。


 長老はリンが分析していた通り、植物を自在に操る素質を持っていた。ある程度伸縮させる事も可能である。

 そして、ここら一帯の地形は殆どが植物で出来ている為、地の利は長老側にあった。


 が、彼の本分は魔法にある。

 魔法は発動してから放つまでに多少のタイムラグがあり、弓に近しい性質を持っている。なのでこうして距離を詰められているのは、余り宜しくない状況である。

 接近に気付いた瞬間に距離を取る手もあったが、あの場には族長も居た。娘を見捨てる訳にもいかず、里の中央へと帰らせた為に、機を失った形だ。


 故に状況は五分。

 長老としては、どこかで距離を確保したい所であった。


 そこまで考えて、リンの動きを見る。


 リンは四方から這う根を、たった一本の剣で的確に切り捌いている。その動きは剣舞を見ていると錯覚する程に優雅であるが、肉眼で捉えるのが困難な程に素早い。


(剣の腕は一流、身体の扱い方にも慣れているな……)


 リンは先程、自身の肉体に様々な身体強化の魔法を掛けていた。俊敏や肉体能力の上昇といった効果がある魔法だ。ただ、その魔法を使えるからと言って単に強くなれる訳では無い。普段の身体とは使い勝手が異なる所為で、強化された力を上手く制御出来ずに振り回される事が多々あるのだ。

 それをリンは、完璧に制御し使いこなして見せる。

 女は本来なら比較的非力だが、相当な鍛錬を積み重ねてここまで仕上げたのだろう。血の滲む様な努力が窺えた。


 しかし、この程度は長老の想定内。特に驚きもせずに、引き続き根を這わせながら魔法による追撃を試みる。


 手元に集まる魔力。リンはそれに気付いているはずだが、向こうも未だ様子見の段階なのか無理に詰めては来ない。


 やがて、掌の上に小さな炎の球が生まれた。

 様子見の段階なので威力は多少加減してあるが、洗練されている事に変わりは無い。矮小な見た目に軽んじて防御を怠れば、忽ち大火傷を負うだろう。


 火球をリンに向けて放つ。

 もし躱されれば背後にある家を形作る樹幹に燃え移ってしまうだろうが、燃え尽きるまでは素質で動かせる。躱された時は、炎を纏う樹幹を武器に戦えば良い。


(さぁ、どうする?)


 当たれば火傷、躱せば強力な武器に様変わり、どう転んでも長老が得をする。

 空を走って迫り来る炎の塊を前に、リンは、


「……ならばこちらも」


 根を斬り落として再び這うまでの僅かな時間で、同様の大きさの炎の球を生成し、長老の放った球へとぶつけた。


 宙で衝突した二つの球は、寸刻ばかり鬩ぎ合うと、やがて何事も無かったかのように消滅した。


「何じゃと!?」


 その光景を前に長老は目を剥いで叫ぶ。


 今起きた対消滅は、同程度の威力と練度の魔法が衝突した際に起きるものだ。要は相殺。多く見積っても数十年しか生きてないはずの人間が、千年以上生きた長老と同程度の魔法の練度を有している事を示していた。


(人間には稀に突出した強さの者が現れると聞く、確かユウシャと呼んでいたな。奴もその類か? 或いは、肉体改造の影響か? 何れにせよ化け物だな……)


 これには長老も恨み言を念じずには居られない。


 相殺は偶然だと思いたいが、リンは身体強化の魔法も使えて、剣にも耐久性や斬れ味が増す魔法を掛けているとえ見た。これでは、魔法の腕も一流と認めざるを得ない。


(さて、この化け物をどうやって倒すか――)


 リンを油断無く窺いながら、一連の流れを踏まえての戦い方を組み立てる。


 近接戦は絶対に駄目だろう。

 一応、長老も身体強化の魔法が使えるので身体能力は同等まで持ち込めるが、そうなっては単に近接戦の経験と練度が差を付ける。

 魔法が本分の長老では望み薄と言えた。


 かといって、本命の魔法も微妙な所である。

 無事に発動出来ても相殺されると、お互いの魔力が削れるだけに終わる。敵は一人だけではないのだから、ここで闇雲に魔力を消費するのは好ましくなかった。

 加えて、発動中に距離を詰められるというリスクもある。魔法を軸に戦うのは少々心許なかった。


(ならば、人間には無く儂にある素質を軸に戦うべきだな。そろそろ周囲の根が尽きる。残る幹や枝を使うか)


 この家は木の部位の中でも硬い部類の樹幹で出来ている。家を円蓋に変形させて、何重にも覆って閉じ込めてしまう手もあった。


 長老は早速行動に移る……よりも早く、


「では、こちらから行きましょうか」


 今まで後手に回っていたリンが、先手に回る宣告した。


「……何?」


 警戒心を限界まで高める長老を前に、リンは懐をまさぐると、何かを取り出す。当然長老も目を凝らして、その何かを見る。

 それは、金属で出来た球だった。リンの手中に収まる程に小さく、球には一本の棒が突き刺さっている。


(何だ? 新手の武器か? 投擲武器に見えるが、やけに小さいな……。棒には何の意味がある?)


 見た事の無い形状の物体を目にして困惑する長老を他所に、リンはそれを宙へと粗略に放り投げた。長老に当てる気が無いのか、球は二人の間に落ちるような緩やかな軌道を描いている。

 

(どう対処するのが正解なのだ? よくよく見ると、空中で球に突き刺さっていた棒が抜けっ――)


 宙を舞う金属の球は、空中で棒を吐き出し、そのまま床へと落ちて、


 ――ドォォオオン!!


 リンと長老を巻き込む大爆発を巻き起こした。


 家を形作る木々は一瞬で焼け焦げて吹き飛び、土と煙と焼けた木片が爆煙として吹き荒れる。二人の居た所は忽ち、赤黒く輝き渦巻く爆煙に飲み込まれた。



 暫くして、徐々に煙が晴れていく。

 そこから姿を現すのは、異なる種族の二名。


 一方は人間。

 その身体には傷一つ無く、平然と立っている。


 もう一方はエルフ。

 そちらは人間と違い、両足の皮膚の一部が黒く焦げて、飛び散った木片が当たったのか切り傷も刻まれている。だが、それでも何とか立ち上がっていた。


 荒く呼吸を繰り返しながらいつでも迎撃出来るよう身構えるエルフに、人間は感心したように思いを述べる。


「成程、そのような防ぎ方があるのですか。流石です」


 エルフには言い返す余裕が無いのか、黙って次の攻撃に備えている。


(危なかった……っ!)


 爆発の直前に長老は、研ぎ澄まされた集中力によって引き伸ばされた時間の中で、リンが防護魔法を発動して身を守る障壁を作っていたのを見ていた。

 即座に防御行動を取るべきだと判断し、更には防護魔法では間に合わないとまで考えて、咄嗟に樹幹を長老の身体を覆うように操作して身を守ったのだ。


(足までは守りきれなかったが……止むを得まい。植物に乗って足場を動かせば良いだけの話だ。それに、あの武器の性質は分かった。二度は喰らわんぞ。しかし、問題はどうやってあの化け物を倒すかだな……)


 あの謎の爆発する武器を見せられた事で、素質を主軸に戦うのも難しくなってしまった。上手く植物を使って追い込めても、あの武器一つで全て吹き飛んでしまうのだから。

 まさか持ち込んだのが一つだけではあるまい。懐には何個も同じのが入っていると思われた。


「さて、続きと行きたい所ですが……」


 ふと、荒れた土を踏むリンが、ちらりと丘の麓に顔を向けた。


 一区切りがついた所とはいえ、戦闘中に目を逸らすとは何たる不敵か。そう思いつつも、長老も目だけでリンの視線の先を追う。

 そこには、里の襲撃から逃れようとしているであろう老人や子供達が居た。


(何故彼等がここに……!? もしや、娘に余計な憂慮を与えぬよう、何事も無いかのように振舞ったのが裏目に出たか? 安全地帯だと勘違いさせてしまった)


「貴様の相手は儂じゃ! 大切な子供達に手出しはさせぬぞ!」


 麓の状況、加えてリンの不自然な視線の意図を悟った長老は吠える。


 リンは別格の強さを持っている。そんな彼女が避難中の彼等を狙えば、長老とて守りきれるか怪しい所であった。

 彼等……特に次世代を担う子供達は、絶対に失う訳にはいかない。亡くしてしまえば、仮に襲撃者を撃退しても里の存続が危ぶまれてしまう。


 ――せめて、彼等だけでも逃がさねば


 その一心で、長老は避難民を守るように立ち塞がる。


「……御安心下さい」


 そんな果敢な行動を取る長老に、リンはうっとりと目を細めて笑みを浮かべた。


「彼等も生け捕りの対象ですから、変に戦闘に巻き込んで殺すような真似はしませんよ。そう主に命じられておりますので」


「……」


 そう言うリンの表情は、恐怖を覚える程に優しげだった。陶酔したような表情とも言える。

 大方、生け捕りの旨を命じた主の事を想起しているのだろう。大層な忠誠心、いや、それ以上に強い想いが透けて見えた。


「御主人様は慈悲深い御方です。どうです? 降参して主の下に付きませんか?」


 果てに、服従を提案して来た。


「ぬかせ! 降参などする訳が無かろう!」


 受け入れられるはずが無い。


 リンは御主人様とやらが慈悲深いと言うが、本当であればこんな襲撃など起こしはしない。リンという化け物を手懐け、不老不死という荒唐無稽な夢に妄執する異常者。

 そんな者に囚われれば、何をされるか分かったものでは無い。下手をすれば、我らエルフが不老不死の研究に使われ、死ぬより辛い目に遭うかもしれなかった。


 それに、高潔なエルフ達が人間の下に大人しく付く事など出来はしないだろう。長老が降参した所で、民衆は納得せず反乱を目論むのは目に見えていた。


(ただ、今ので憂いが一つ消えたな)


 リンの見下げた提案に憤りを覚える。

 が、それ以上に安堵していた。


 襲撃者共の目的は、生け捕りに一貫している。


 ……ならば、多少の犠牲者が出れども、大量虐殺のような事態は起きないだろう。それが分かるだけで気が楽になるというもの。

 向こうに殺す気が無いのだから、こちらも守る事を考えなくて良い。安心して戦いに専念する事が出来た。


 それに、リンの主は不老不死を目指しているのだから、叶う前に死ぬのは嫌だろう。長老に当てる位には信頼されている実力者のリンを倒せば、恐れをなして撤退すると思われた。


 リンを倒せば、それで里は救われる。

 勝利……ひいては里の安寧を護る為の道筋が見えた。


(後は、それを実行するだけ。常に距離を取りつつ、素質と魔法で一方的に攻撃するか……。厳しい戦いになるし、植物も犠牲になるだろうが、やるしかあるまい)


 避難民が離れるのを待つ間に、長老は足場代わりとしての幹に乗り、改めて腹を括る。


 標的の女も恍惚な表情を浮かべるのを辞め、既に見慣れてしまった無表情な面構えで戦闘態勢に入っていた。僅かにでも目を逸らせば、怒涛の勢いで襲い掛かって来てもおかしくない。


「それでは、往くぞ!」

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