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 やや時を遡り、里中に鐘が鳴り響いた少し後。


「……行ったか」


 アンナが里まで降りたのを遠目で見た長老は、周囲の木々を元の状態へと戻していく。

 そして、誰も居ないはずの入口を鋭い眼光で睨み付けては、扉の向こう側へ緊張を伴った声を投げ掛ける。


「そろそろ姿を現したらどうかね? 親子の閑談を盗み聞く無礼な闖入者よ」


「……」


 反応は帰って来ない。しかし長老は、確信を抱いたように頑なに扉から視線を逸らさなかった。


 何も変化が起きない、不毛な時間が徒に流れる。

 

(目的は時間稼ぎや儂の足止め、かの?)


 扉の向こうには、間違いなく何かが居る。

 目的は不明である。が、謎の人物が近くに居る現状では、心置きなく里へ援護に向かえないのは確かだった。


 長老は僅かに逡巡した後に、その状況を打破せんと魔法を溜め始める。そちらが動かないのであれば、強力な魔法で扉ごと攻撃してやろうと。

 すると長老の動きを察知してか、長らく待ち侘びていた反応が返って来た。


「判断が遅い、未知への警戒故でしょうか。それに、植物を自在に操る魔法と聞きましたが、魔力を使った様子は見受けられません。極一部のエルフのみが使える秘伝の術か、素質によるものでしょうか」


 扉の向こうから淡々と語られるは、長老の能力に関する分析。その内容が、相手に親睦を深める気は毛ほども無い事を示していた。


「何者だ! 姿を現せ!」


 再度投げ掛けられた長老の誰何の声に、睨み付けていた扉が静かに開かれる。


 扉の先に立っていたのは、一人の女だった。その両目は鮮血の如く紅く染まっており、耳は髪に隠されているが差程長くないと分かる。女は律儀に一礼をすると、無遠慮に部屋の中へと上がり込む。


 外見だけで判断すれば、間違い無く人間である。

 しかし、長年の経験で培われて来た本能とも呼べる第六感は、人間では無く魔物に近しい気配を感じ取っていた。


 外見と感じ取る気配が上手く噛み合わず、何とも言えない不快感を抱く。


 女は警戒する長老に再び一礼をしては、先程まで族長が居た所に座った。そして、自然な挨拶をしてみせる。


「どうも、初めまして」


 女らしい澄んだ声音をしているが、抑揚が無い。まるで人為的に作られた声のようで不気味である。

 

 そしてこの態度。


 この者は、結界が侵入者を探知して鐘が鳴るよりも早く現れたのだ。間違い無く里で起きた異変に関わっており、敵対関係である可能性が高い。

 長老はいつでも魔法を発動出来るように身構えており、何 なら一度発動しかけた。だと言うのに、女は目前に座って話し掛けて来るだけである。


 事前に通達や交渉をせず勝手に里に乗り込んできたというのに、話し合いがしたいと言わんばかりの大人しさを見せる。

 女のやる事なす事全てがちぐはぐであった。


 仮に女の目的が時間稼ぎならば、ここで話し合いに応じるのは下策だ。そう頭の片隅では理解していながらも、女に得体の知れない不安を覚えてしまい、少しでも情報が欲しくて長老は話し合いに応じてしまう。


「……名乗るくらいはしてみてはどうだね?」


「ふむ、そうですね。リンと申します」


「リン、か――」


 脳内で反芻してみるが、ありふれた名なので特に心当たりは無い。


「――して、リンよ。お主は人間かの?」


「はい、ただの人間です」


「そうか……」


(では、この気配の違和感は何だ? まだ勘が鈍るような齢では無い筈だがな)


 半ば信じられない思いだが、わざわざ嘘を付く利点がリンには無いのだから、受け入れる他無い。

 一旦、気配に関しては棚に上げる事にした。


 リンは問に答えてくれるが、聞かれた事以外を自主的に話す様子は無い。変に探っても無駄だろうと判断し、一気に本題へと踏み込む。


「では単刀直入に聞こう。汝の目的は何だ?」


 単純に考えれば、欲深い人間のことだ。我らエルフを生け捕りにし、売り払って金儲けをする事が目的だと推測出来る。

 だが、それならば里の外に出る狩人を攫えば良いだけの話で、こうして話し合いを試みる必要は無い。何か他の目的があるはずだった。


 果たしてリンは、無感情な声で答えを告げる。いや、僅かではあるが、熱が篭っているようにも感じられた。


「目的は一つに限らず多々あります。その中での主目的を挙げるとすれば、不老不死に関する情報収集でしょうか。我々は不老不死を目指しておりますので」


「ふ、不老不死とな?」


 意想外な返答に、思わず聞き返してしまう。

 だがリンはその通りです、と肯定するのみだ。


 人間がエルフの長寿に目を付けた過去はあったが、その当時から種族が異なる為に、人間の身体で長寿を実現するのは不可能と言われていたはずだ。

 それが忘れ去られた? はたまた可能にする新技術が生まれた? いや、人間界の文明がそこまで急速に衰退や発展した気配は無い。


 それにしても、生きてる者は皆平等に死を迎えるのが自然の摂理だと言うのに、それを捻じ曲げようとするとは。烏滸がましいにも程があった。

 

(傲慢な者には見えぬ。では、妄執に囚われた狂人か……。気配が変なのは、肉体改造をした影響かの?)


 何もかもが不可解だった女の一面が、やっと見えたような気がした。

 長老は一呼吸置いて、内心を表情や仕草に出さないよう細心の注意を払いつつ、女に告げる。


「成程、不老不死か……。実現とまでは行かないが、何も情報を持っていない訳では無いぞ」


 嘘である。

 自然の摂理に反する行為に興味を示す者がエルフの中に居るはずがない。当然、情報の一つも持ち合わせてはいなかった。


 では何故こんな嘘を告げたのかといえば、人間と敵対する事を避けたかったからだ。

 自身はまだしも、里の方では魅了の影響で同士討ちが起きている事だろう。深夜に不意打ちされた事も加味すると決して優勢とは言えず、交渉で平和的に解決するに越した事は無かった。

 やってみるだけの価値はある。


「情報を詳しくお述べ下さい」


 リンが素早く言葉を返す。その反応からは些かの焦りが窺えた。

 やはり、彼女は本気で不老不死を目指している。これを利用しない手は無い。


「その前に、協力者に里への襲撃を止めて撤退させろ。それが交換条件だ」


「襲撃を止めるですか……」


 ここで承諾を得られれば、後は虚偽の情報を勘違いして貰うよう上手く取り繕わせて渡せば良い。仮に虚偽が見抜かれたとしても、敵を一時的に撤退させるのだから里に住まう者達の混乱と動揺を鎮める余裕が出来て、盤面を立て直せるだろう。


 長老は手に滲む汗を拭い、望んだ返答が来る事を願い待つ。だが、女は一息つく間もなく、


「それは不可能ですね。襲撃は続きます」


 澱みない声で交渉による平和的解決を切り捨てた。


「何故だ!」


 長老が乱暴に立ち上がって苛立たしげに叫べば、リンも静かに立ち上がっては抜刀し、言葉を続ける。


「不老不死はあくまでも主目的で、他にも様々な目的があるからですよ。それに、私に課された任務は貴方の生け捕りです。情報は、任務を遂行した後にじっくり吐かせれば問題無いでしょうから」

 

 先程までの平静な会話は何処へやら、リンから人外の化け物を思わせる異常な殺気が放たれる。

 話し合う素振りを見せたのは楽に情報を引き抜く為で、元より和平の余地は無かったのだ。そう長老は理解した。


 そして、己の迂闊さを呪う。

 無意味と分かりきっていた話し合いに応じる必要は無かった。結局人間の本質は見えて来ず、時間を浪費しただけに終わった。

 兎も角、こうなっては覚悟を決めるしかない。


 リンの実力は未だ分からない。が、魔物が犇めく密林を渡って結界で守られた里に侵入し、長老が里一の実力者と把握した上で生け捕りにせんと単身で乗り込んできたのだ。只者では無いという事くらいは容易に推し量れた。


(すまぬなミーナ、暫くそちらには行けそうにない。里の皆と協力して踏ん張ってくれ)


 瞳を閉じて娘に詫びると、里と森の安寧を守る自然の民として、リンを倒す事に専心する。


 リンは剣を構えつつ、自身の身体に次々と魔法を掛けていた。長老も呼応するように同じく魔法を掛けて、これより繰り広げられるであろう激戦に備える。


「それでは、始めましょうか」


「儂を生け捕りにするとは侮られたものだな。その驕り、打ち砕いてやるぞ!」

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