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「……儂の孫。そして、貴殿の娘でもある、アンナじゃ」


「……嘘でしょう?」


 ミーナは縋るような響きで呻く。

 しかし、長老は苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべるだけで、否定の言葉を述べてはくれなかった。名を挙げるだけの理由が、アンナにはあったのだろう。


「そんな……」


「未だ、確定はしておらぬがな」


 間を空けて、長老が苦し紛れの助け舟を出してくれるが、ミーナはそれに反応出来ない。衝撃の余りに愕然として、反応するだけの余裕が無かった。


(アンナがそんな事をするだなんて……有り得ない!)


 ミーナの頭は、長老の言葉を受け入れられなかった。


 それも当然の事と言えよう。『貴方の娘が、父親を含む同族を操って何かを企てています』と暗に告げられたのだ。易々と受け入れられる親が居る訳が無い。

 しかし、ミーナは単なる一人の親では無く、里を護る役目を担う族長という立場にあるのだ。私情を押し退けて、里の為に動かなくてはならなかった。


 沈黙が満ちる空間で囲炉裏の炎に暖められながら、慎重に、少しずつ、アンナの近頃の言動を振り返り、頭の中を整理していく。



 アンナは夫婦関係の異変に困惑しながらも、最近は常に機嫌が良くて、毎日のように笑顔で鍛錬に出掛けていた。


 アレクの事ばかりに気を取られていて余り深く考えていなかったが、よくよく考えると変だ。

 冬が近く寒くなってきているのに、わざわざ鍛錬に付き合ってくれる古老が居るだろうか? ただでさえエルフは寒さを苦手とするのに、歳を取ればそれがより顕著となる。鍛錬はミーナが頼み込んだ訳でも無く、アンナが勝手にやっている事。古老に付き合ってやる程の義理は無かった。


 古老が居なければ、アンナは一人で自由に動ける環境に置かれていた事になる。もしそこで彼女が素直に鍛錬をしておらず、裏で手を回していたとしたら?


(いや、まだ否定する材料は残ってる)


「アンナは結界を無効化する魔法を知りません。里内で誰からも目を付けられずにこれだけの人数を操れるでしょうか? 人間と接点を持つ事が可能でしょうか?」


「アンナは無効化する魔法を習得しておった。一人で密かに里から抜け出したのも確認しておる。里内でも家族なら他者に怪しまれず触れ合えるから、父親を魅了して聞き出したのじゃろうな。」


「だとしても、アンナに人間に与するような卑劣な事をする動機は無いはずです! 同族を操って我々の身柄を確保して、彼女の何になると言うのですか!?」


「外の世界で活動したいのでは無いか? 裸一貫で人間社会に出れば、即座に奴隷堕ちするのは目に見えておる。我らを売り払って地位や活動資金を得たいのじゃろう。操った狩人を連れて外の世界に行かず、ここまで大掛かりに動いている辺り、人間と手を組んでると推測できるの」


「アンナがそんな事を願う訳が……」


 無い、とは言えなかった。


 アンナは独特な思考回路を持ち、好奇心旺盛で行動力もある子だった。そんな子が外の世界に出たいと願い、魅了系の能力を手にしてしまったら?


 心のどこかで納得して受け入れてしまう自分が居た。


「それに、アンナは仕切りに目を気にするような仕草を見せておった。魅了系の能力が目に関係してると思われる」


 言われてみれば、アンナは家でも頻繁に目を擦っていたりと目元を気に掛けていたような気もする。


 ミーナは否定出来なくなる。否定する材料が見当たらない。いや、仮に見つけた所で、長老は見解を変える気は無いだろう。アンナが怪しい行動を取っているのは、紛れも無い事実なのだから。


「再度言うが、あくまでも推測の段階じゃからの。儂まで操られる訳にはいかんから、結界の外まで尾行してはおらぬ。気を逸らせて軽率な行動はするでないぞ」


「……はい」


 長老は、項垂れる自分を宥めるように優しく肩を叩いてくれるが、とても落ち着ける気がしない。


 まだ黒だと確定していないと言うが、かなり黒ずんだ灰色になっているのだろう。確定するのも時間の問題だった。

 確定すれば、アンナは里の規律に則り罰せられる。

 魅了系の能力を試しているだけならば、まだ命だけは見逃して貰えただろう。だが、人間と手を組み悪事を企んだとなると、一線を超えている。処刑は免れなかった。


(娘を上手く育てられず、致命的な状況に陥るまで異常にすら気付けず、何が里を護る族長だ……)


 娘の育て方を間違えたのでは無いかという後悔。

 娘を真っ当な子に育てられず、速急に異変に気付けなかった、間抜けな自分自身に対する自己嫌悪。

 そんな愚かな自分を親に持ったせいで、死んでしまうかもしれない娘への罪悪感。


 あらゆる負の感情が、ミーナの心で膨れ上がっていた。


「貴殿にも色々思う所はあるじゃろうが……。一先ず明日、何名かの古老を交えて、アンナと対談してみようと思う。無論、貴殿にも参加してもらうぞ」


「……?」


 現状、長老にアンナと対談するメリットは無い。寧ろ、デメリットの方が大きいだろう。同じく実力者である古老を何名か引き連れるようだが、それでも操られる危険性は残ってるのだから。

 人間と接触した所を視認した後に、能力を使用する隙を与えず捕らえるのが、確実なやり方だった。


「……!」


 長老も当然そこまで考えは及んでいるはず。それでも彼は、対談という不確実で回りくどい手段を選んだ。

 わざわざそうする理由は、一つしか無かった。


(お父さんは、私にやり直すチャンスを与えてくれるんだ……)


 一度、親子で話し合えという意図なのだろう。余りにも有難い御言葉だった。気が付けば、目から涙が溢れている。


「長老殿、ありがとうございますっ……!」


「うむ、うむ……」


 長老は照れ隠しにか何度か咳払いをして、話を戻す。

 その表情は相変わらず引き締まっていて、老練の巧者たる圧を感じさせるが、慈愛に溢れた父親の面影が窺えた。


「但し、この対談で埒が明かぬようであれば、強硬手段に出る事も厭わぬ心持ちでおる。貴殿もゆめゆめ覚悟しておくのじゃぞ」


「それは……理解しております」


 時間は我々にとっての敵だ。こうして手を拱いている間にも、操られる者は増え、人間との打ち合わせを進め、襲撃の準備を整えているかもしれない。

 一度機会をを与えてくれただけで十分に過ぎる。

 そこで話し合いが上手く行かなければ……想像するだけで憂鬱になるが、それはもう仕方の無い事だろう。里を護る為だとして、割り切るしか無かった。


(兎に角、明日の対談でアンナを上手く説得しなきゃね……)


 人間とアンナの行為の愚かさを説いて更生させるか、悪行を受け入れる寛大さを見せるか、処刑を示唆して半ば脅しの行為をするか。どれが良いだろうか?

 里と娘の両方を守る為に、失敗は許されなかった。

 

「まぁ、その、なんじゃ。過度に気負うで無いぞ。魅了系の能力を持つ者が現れるなど、前例の無い事態じゃからな。仕方無い節もある。大事なのはこの失敗を……」


 次に活かす。そう続くと思われた長老の蕪雑な慰めが、不意に途切れた。


「長老殿?」


「……」


 返事が無い。どうした事か、急に黙りこくってしまった。

 そして、何かを警戒するように老身から発せられる鋭気が増した。


(まさか、アンナが近くに――)


 アンナや魅了された者が接近して来たと考え、ミーナが身構えた瞬間。


 ――ゴォーン……。


「……えっ?」


 里の方向から、外敵の侵入をつたえる鐘の音が響いて来た。


 ――ゴォーン……ゴォーン……。


 寝ている者を全員起こさんとばかりに、間違いでは無いと言わんばかりに、鐘の音が何度も何度も里中に鳴り響く。


 偶然魔物が入って来たか。それとも、この異変に関わる者か。皆が寝ている真夜中に来る事を考えると、後者の方が有力かもしれない。

 何れにしても、速急に対処しなくてはならなかった。

 

 ミーナは咄嗟に窓から身を乗り出す。

 里を見渡せば、皆も起きたようで光が点在しているのが見受けられた。


「どうやら、この異変に関わっていると思われる人間が侵入して来たようじゃの。貴殿はこれを使って里に戻れ。アンナと狩人らに気を配りつつ、指揮を執るのじゃ」


 背後から長老の指示が飛んで来る。

 堅苦しい言葉遣いなのは変わらずだが、その声には有無を言わせぬ圧があった。


 同時に、壁や窓を形作っていた木々が蠢き、見る見るうちに里まで続く坂道へと変貌した。


 何故人間だと断言出来たのか。何故長老は動かないのか。植物をどうやって動かしたのか。結局アンナはどうするのか。

 気になる事は多々あるが、今は迷っている場合では無い。


「分かりました! 長老殿も御武運を!」


 ミーナは、自身を奮い立たせるように叫んで心を蟠る数多の疑問をかき消す。頷く長老を一瞥すると、里までの坂道を全力で駆け下りて行った。

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