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人が踏み込んだ事の無いとされている、大密林の奥部。
そこで一人の人間が、逃亡を試みるも失敗した哀れな男エルフを雑に蹴り転がしていた。やがて戦闘していた場所まで戻り、五体のエルフが一箇所に纏められる。
気絶し横たわる五体のエルフを前に、人間は思う。
(こんなものでは駄目だ……。ご主人様を守る為には、もっと強くならないと)
数の不利がある中で勝つ事は出来たが、余り褒められた内容では無かった。
中々五人の連携を崩す事が出来ず、無駄に時間を掛け過ぎて、挙句の果てに奥の手を使ってしまった。
今回は師が魔物等の乱入者が来ないようお膳立てしてくれたが、毎度そうはいかないだろう。将来は単独で動いて貰う予定だと、ご主人様は仰っていた。
しかし、この有り様では単独で任務を遂行する所か、最優先事項である主を守る事さえ危ういのでは無いか。
(今回の任務を終えたら、主や師に鍛え直して貰おう)
そんな事を考えながら、リーダー格のエルフに医療魔法を施して足首の傷を治す。身体中に細かい傷は残っているが、狩りに出て無傷というのも変だろう。違和感を残さない為に敢えて放置する事にした。
「――とりあえず、戦闘ご苦労さん。レイン」
不意に背後から掛かった声に、レインと呼ばれた人間は振り返る。そこには、全身緑色に染められた迷彩服を着込んで、腰には細長い鉄筒を提げる一人の男が居た。
「労い、感謝します。そちらこそ上手く足首を撃ち抜いてましたね。見事な腕前です」
背後から現れた不審な者に動ずる事無く、労いの言葉を返すのは、マークスが近頃生み出した手駒であるレインだ。
そして言葉を返す相手は、同じくマークスの新たな手駒であるエリックだった。
「まぁな。わざわざ俺の為に、わざと逃がしたのか?」
「勿論です。ですがそれだけでは無く、エルフの知能や判断力を調べる目的もありました」
「成程な」
敵と対峙する際には、知能の高さや奥の手等々相手の情報を知る事が大事だと、ご主人様は仰っていた。
レインはその言葉に従って、アレクと呼ばれていたリーダー格のエルフだけを緩く締め落とし、起きた際にどのような行動に出るのか調べた。エルフが起きたのを確認すると、気付いてない振りをしながら罵声を浴びせて挑発し、敢えて隙を晒して見せたのだ。
結果、エルフは挑発に乗らず静かに逃走を試みた。
その行動から、非常に冷静で的確な判断力を備えている事が分かる。敵が賢いのは、余り喜ばしい事では無かった。
しかしながら、ご主人様を含め一部の人間が所有している通信の魔法具のような遠距離での連絡手段。それを少なくとも狩人集団を纏め上げるリーダー格の地位の者では、備えてない事も分かった。これは吉報だった。
里の外に出たエルフの退路を塞いで各個撃破すれば、里に我々の動きが悟られる可能性は低い。作戦の成功率は高まったと言えた。
マークスらの教育の影響を強く受けた頭脳で得た情報を整理していくレイン。彼女は整理を終えると、理解の色を示すエリックに次の段階へ進むべく、師から受けた今後の動きに関する指令を伝える。
「それでは伝達事項を一つ、このまま計画通りに任務を続行せよとのことです。私はこれから魔眼の力を全開で使用するので、協力をお願いします」
今回では使う機会が無かっただけで、まだ何か奥の手を隠している可能性は十分にあった。それに関しては、探るのも面倒なので当人から聞き出すとしよう。
レインは強引に聞き出す事を可能にする能力を、主より賜っているのだから。
軽く返事をしつつエルフを一人持ち上げて目前まで運んで来るエリック。
レインはその様子を横目に、緋色の瞳に魔力を込める。目から光が放たれ、明かりが徐々に強まっていく。
レインの瞳は魔物に似通っており、本能的に忌避感を抱いてしまうものだ。世間では、この目を持つ者は身体能力が高い代わりに獰猛な性格をしているとして、関わりを持つ事を避けられている。更には、女神を強く信仰する信心深い教徒からは女神様から見捨てられた者、とまで揶揄される程だ。
「相変わらずその能力、すげぇ便利だよな。羨ましい限りだぜ……」
そんな人々から忌み嫌われ差別を生み出した瞳に、エリックは羨望の眼差しを向けて、妬ましげに呟いた。
レインがご主人様からこの目を、力を、魔眼を賜った事が心底羨ましいのだろう。本能的に抱く目への忌避感よりも、主への忠誠心が圧倒的に上回っていると見えた。主が有用な能力であると説いていたのも影響してそうだ。
「そうですね」
主を慕うが故の嫉妬だろうと、レインは特に気に掛けずに返す。
この目には、光を相手の目に浴びせる――要は目を合わせる事で、相手を魅力する力があった。
更には魅力の度合いも調整する事も出来る。目から放たれる輝きの強さに比例して、魅了の強さも増しているのだ。弱くすれば一瞬だけ動きを止める程度、強くすれば先程のエルフの様に暫くの間呆然とさせる程度にまで至る。
全開にすれば、理性を溶かして暗示を刷り込む事だって出来る。暗示の内容は魅了らしい艶事に限られているが、それでも範囲内での自由度は高いので幾らでもやりようはある。
「……ですが、欠点も多いので非常に便利とは言い切れません。この能力に頼り過ぎるのは良くないです」
だが、良いこと尽くめとまでは行かなかった。
第一に、この能力を手に入れる代償として目が変色してしまう。レインとしては世間から忌み嫌われようとも構わないのだが、如何せん悪目立ちするので顔を覚えられやすく、動きにくくされていた。
他にも、能力を発動するのに体力も魔力も時間も必要になって、相手が女だったり離れ過ぎたりすると効果は差程期待出来なくなる。
それらの苦労を乗り越えてようやく魅了を掛けれたとしても、第三者が殴ったりと衝撃を与えてしまえば、魅了は簡単に解除されてしまう。
等々、この能力の細かい欠点を挙げたらキリが無かった。
そして、最大の欠点とまで言える何よりも危険な点が、絶対に外部に能力の情報が漏れては駄目な事である。
貴族のような権力者に知られてしまえば、この力を恐れて討伐隊を送ってくるか、己の利益の為に利用しようと手段を選ばず捕らえようとしてくるだろう。
教会に居る神官のような宗教関係者に知られてしまえば、世界に害を為す邪悪な魔女と断定して、信仰者が総出で殺しにかかるだろう。
その際にご主人様との繋がりを察知されると最悪だ。ご主人様も命を狙われ、望まれる不老不死から最も遠い立ち位置になってしまう。
迂闊に人前で使うことは出来ない。
だがしかし、主人様はその危険性を承知で私に力を授けた。
『確かに、君の言い分はごもっともだ。だけど脳改造に問題が見つかった現状では、別の洗脳手段が欲しいんだよね。再度研究は行ってるけど、人の確保が難しいから進めにくいし……。それに魅了の能力や素質のような特異的な力は、使い手の素の実力と発想力と技術で幾らでも強く出来ると考えている。レイン、僕は君にもそれが出来ると期待しているんだよ』
魅了の能力を授けるには危険があり過ぎる事をご主人様に訴えれば、主はそう諭してくれた。
納得は出来た。エリックの持つ素質が、その最たる例だったから。魅了の能力も、ポテンシャルは高い。運を味方に付けて完璧に使いこなせれば、傾国の美女にだってなれるだろう。
ご主人様は、私に数多の欠点を上手く補いつつ、ポテンシャルを最大限まで引き出す事を望んでいるのだ。
ならば私はその期待に応えれる、優秀な手駒になろう。ご主人様の手駒として役に立つ事がレイン……引いては私達ホムンクルスの存在意義なのだから――
「レイン、大丈夫か?」
エリックの声に、脇道に逸れた思考が呼び戻される。
声の主を見れば、エルフの瞼を開いた状態で眼前に差し出しつつ、レインとは目を合わせないよう首を背けていた。
やはり、魔眼の力を全開まで解放するのは非常に疲れる。汗は滲んで呼吸は激しくなり、注意力は散漫になっているのが自分でも分かった。
それとも、初の交戦任務に少なからず緊張しているのだろうか。任務の妨げになる余計な感情は排したい所だ。
ご主人様やツバキが感情を細かい所まで操作出来る脳改造の研究を進めているそうなので、その研究が上手く行った暁には自身に施して貰うように懇願しようか……。
レインは再び脇道に逸れ掛かる思考を振り払う。
「すいません、お待たせしました。只今遂行します」
気を取り直して、限界まで輝く瞳をエルフへと向ける。
目が合うと、何かが繋がった感触がする。後は刷り込みたい内容を念じれば良い。そうして暗示をエルフの脳内へ刷り込めるのだ。
「これで彼は私に一目惚れし、信頼出来る恋人だと認識しました。この調子で五人全員に刷り込んでいきましょう」
「えげつねぇな……」
「全員に刷り込んだら、持ってる情報を全部吐いて貰います。時間に余裕があれば、根深い所まで徹底的に暗示を刷り込んでいくのも良いですね」
小言を漏らすエリックを無視して、レインは次々とエルフと目を合わせる。やがて全員に魅了の効果が行き渡ると、狩人に似つかわしく無い蕩けた表情を浮かべるエルフ達へ、質問を投げ掛ける。
「では、色々と聞いていきます。まずは、エルフの中に目立った強者は居ますか――」
マークスが生み出した二人の手駒による尋問は、日の入りまで続く事になった。
Q 魔法ってこんな設定だったっけ?
A 魔法の設定が雑だったので練り直しました、多少表現が変わっているかもしれません
投稿する前に改めて読み直しているのですが、似たような流れや表現があったりと某作品の影響を強く受けているなぁとづくづく感じます。
更新再開されないかなー。




