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「――問題無く五人全員を気絶させました。現在は足元に横たわっております」


(ここは……)


 頭上から聞こえて来る声に、失っていたアレクの意識が呼び戻される。


(俺は……気を失っていたのか……?)


 未だ意識が混濁する中で、アレクは何とか瞼を開ける。

 そこには、地面に横たわる四人の狩りの仲間達が居た。皆気を失っているのか、起きようとする気配が無い。一応呼吸はしているようで一安心する。

 

 意識が徐々に明瞭になっていくにつれて、自身も横たわっているのに気付く。

 起き上がろうとしたが、どういう訳か身体を上手く動かせない。寝起きで精神と肉体が上手く繋がってない事も考えられるが、そうでは無いように思える。

 まるで上から物理的に押さえ付けられているような――


「はい。絞め落としたので、外傷は残しておりません」


 再び頭上からの声が耳に届く。気色を感じさせない機械的な女性の声。アレクはその声に、聞き覚えがあった。


(人間……? そうだ、俺は人間に戦いを挑んだんだ……)

 

 気を失う前の、人間との戦闘の記憶が呼び覚まされた。それはとても、戦闘と呼べる内容では無かったが。

 そして、戦闘の記憶は人間と目を合わせた所で途切れていた。アレクはその後を思い出そうと、記憶の糸を辿る。


 あの時、何があった? やはり人間の目は妖しい光を帯びていて、不味いとは分かっていながらも、目を逸らすことが出来なかった。それから……それから……。


(そうだ! あの目に睨まれた途端、俺はおかしくなったんだ!)


 目を合わせると、蛇に睨まれたように身体が上手く動かなくなり、頭も回らなくなった。

 あれは酔い……魔力が尽きた時の感覚に似ている。ただ唯一違う点があるとすれば、そこに吐き気や気持ち悪さは一切無く、何処か心地良さを感じさせるものであった事だ。


 今振り返ってみると、それが一番恐ろしい。

 あの時の自分は、完全にその心地良さを受け入れて思考を放棄してしまっていた。仲間が呼び戻そうと必死に声を掛けてくれていたのに、心地良さに酔いしれて気にも掛けていなかった。


 その後、アレクが抜けた穴と動揺を突かれて呆気なく仲間達は敗れた。

 仲間が次々に首を絞め落とされていく様を、アレクはただずっと胡乱げに眺めていた。抵抗する事無く、目の前の光景を受け入れてしまっていた。


(これは俺の失態だ。あの能力は何だ? まるでサキュバスが有する魅了の力のような……。いや、今は情報を里に持ち帰る事が先決か)


 人間にそんな力があると聞いた事は無い。あったら、とっくに敵対した地点で我々エルフは滅んでいる。

 恐らく彼女特有の何かしらの能力なのだろう。魅了系の素質という説が、一番有り得る話だった。


 兎にも角にも、今は里に帰らなければならない。

 何故自分だけが目覚めたのかは疑問だが、きっと絞め落とす際に首周りの分厚い筋肉が邪魔をしたのだろう。日々身体を鍛え上げて来たのが功を奏した。



 さて、現在は人間がアレクを足で押さえつつ誰かと話している。踏まれてる内は安易に動けないので、一旦寝ている振りをして逃げる機会を窺う事にする。


「所詮は自然に媚態を示す事しか出来ない憐れなエルフ、警戒するに値しない雑魚でした。我々の手駒にする価値すらありません。捕縛し、奴隷として売り払いましょう」


 その間に頭上で淡々と語られるは、エルフに対するひたすらに冷たい侮蔑だった。

 自然の恵みを敬愛している事を媚態を示すと揶揄され、我々五人を雑魚と称される。挙句の果てに、我々を無価値だと断定し奴隷として売り払おうとまでしている。エルフとしての矜恃はボロボロだった。

 

 ――今すぐにこの人間を殺してやりたい。或いは、生け捕りにして里に居る皆と思い付く限りの辱めを与えてやりたい。磔にして石を投げてやりたい。


 余りに度を超えた人間の物言いに、静謐と秩序を重んじるエルフとして有るまじき願望が湧き上がって来る。


(だけど……今は駄目だ)


 しかしアレク一人では、速攻で返り討ちに遭うのが目に見えていた。冷静になれ、そう何度も自分に言い聞かせる。


 アレクは筋骨隆々とした見た目で脳筋と思われがちだが、その見た目に反して、冷静沈着で物事を正しく判断出来る頭脳を持っている。

 それが評価されて狩りのリーダにもなり、仲間達からも信頼されるようになったのだ。その頭脳を今使わずして、いつ使うのか。


 アレクは何とか湧き上がる怒りの感情を堪えた。


「了解です。では、これから予定通りに動きます」


 ……どうやら協力者との会話が終わったらしく、アレクを押さえ付けていた足が退かされた。そのまま横たわる仲間の元まで行き、懐から縄を取り出して手足を縛ろうとする。

 アレクに、背を向けて。


(罠……か?)


 先程の戦闘時は、勝つ道を諦めてしまう程に付け入る隙が見つからなかった。だが、今はどうだろう。二本の剣は鞘に収めて、アレクに隙だらけの背中を晒していた。


 落差の激しさに、真っ先に思い浮かぶのは罠の可能性。逃げ出そうとした所を捕らえ、惨めな姿だと嘲り、より尊厳を傷付けたいのでは無かろうかと。


(いや、どの道逃げるなら今しか無い!)


 先程の会話と今の人間の動きから、縄でアレク含む五人のエルフを束縛しようとしているのは明白だ。

 唯でさえ詰みに近い状況だというのに、手足を縛られて動けなくされたら、本格的に何も出来なくなってしまう。アレクには、罠だろうと逃げる以外の選択肢は残されて居なかった。


 アレクは、動物や魔物の足跡やおちばで荒れた地面の中で、音を立てないよう慎重に立ち上がる。アレクは熟練の狩人だ。何百年と自然に囲まれて生きた彼にとって、森の中で音を立てずに動く事は容易であった。


 立ち上がって恐る恐る人間に振り返れば、相変わらずアレクには背を向けており、二人目のエルフの束縛に勤しんでいる。

 アレクは忍び足で、その場から離れた。




 アレクは荒い息遣いで森の中を駆ける。人間からある程度の距離を確保した所で忍び足は辞めた。どうせ猶予は長くないのだから。

 どこもかしこも木々が鬱蒼と生い茂る中で、アレクは独り迷うこと無く里に目掛けて一直線に全力疾走する。


 全力疾走に切り替えてから数十秒は経過したが、里まではまだまだ距離があった。視線に勘づいた時に少しでもその正体を里から離そうと遠くまで移動したのが、完全に裏目に出てしまっていたのだ。

 精神を極限まで張り詰めるアレクにとって、一分にも満たない僅かな時間が永遠のように長く感じられた。


 走りながらも周囲への警戒は怠らない。人間が事前に魔物を退けていたようだが、今も居ないとは限らない。遭遇して足止めを食らうのだけは何としても避けたかった。


 幸いにも魔物に一度も遭遇する事は無く、着実に里に近付けている。流石に人間もそろそろアレクが逃げた事に気付き、足跡を辿って追ってはいるだろうが、後ろを振り返っても未だ迫ってくる姿は無かった。


(逃げ切れる……!)


 憔悴し切ったアレクの心に、希望が芽生えた。

 だが、その芽は軽々と摘み取られる事になる。


「ぐぇっ!?」


 突如、足首に強い衝撃。続けて焼け付くような熱い痛みが走った。アレクはバランスを崩して、無様に転倒する。


「う、ぐっ……」


 慌ててズキズキと痛む足首を見れば、穴は空いては居なかったものの一部が抉れており、そこから止めどなく血を垂れ流していた。


(弓矢以外の何らかで狙撃……!? 威力は弓矢以上。やはり、同行者が潜んでいたか……)


 アレクは瞬時に何をされたのか悟り、その要因にまで思い至る。

 よくよく考えれば、同行者が居るのは当然の事だった。彼の人間が幾ら強かろうと、見晴らしの悪い森を広範囲、それも長時間継続的に、魔物を追い払うなど単独では物理的に不可能だ。魔物を広範囲に渡って牽制出来る、凄腕の射手が居ると考えて然るべきなのだ。


 そして、アレクは懸命に足首の疼きを堪えながら立ち上がろうとした所で、大きく目を見開く。


 いつの間にか正面に、アレクを見下ろす人間が居たのだ。先程まで後ろで仲間の手足を縛っていたはずの人間が。


 再びアレクは人間と目が合う。合ってしまう。

 その目は、先程までの仄かな光とは違って、目を覆いたくなる程の眩い光を放っていた。


 ――早く目を逸らさなくては、また胡乱としてしまう。


 頭では理解してしても、身体は何かに取り憑かれたように硬直して、目を逸らすことが出来なかった。直近に味わった奇妙な浮遊感が、アレクの身を纏う。

 酔っているはずなのに何故か心地が良い。意識が、精神が、理性が、光に包まれて徐々に溶けて行く。


(すまない…………ミーナ…………)


 アレクが消え行く意識の中で最後に思い浮かべたのは、家でちょっぴり豪華な食事を用意して待っているであろう、愛する妻の姿だった。

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