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弓と魔法を用いて相手に気付かれないよう遠距離から一方的に倒し切るのが、理想的な狩りの流れと言われている。
しかし、木々が連なって視界の悪い森の中では、毎度そう上手く行くとは限らない。相手が先に気付いて距離を詰めてきたり、木々に斜線を遮られて削り切れなかったりすると、近接戦闘にもつれ込んでしまう。
当然、その場合の動き方も想定されている。
その動きを、今まさにアレク達が人間相手に実行していた。人間相手にも通用するよう多少の変化を加えて。
地上に残ったアレク含む三人のエルフは、牽制だ。
三方向から囲んで逃げれないようにしつつ、剣と盾を用いて地上戦を挑む。比較的盾を用いた守りに比重を置いており、攻めは余裕がある時に軽く攻撃を加える程度だ。
何せ彼らにとって最も恐れるべき事態は、森の外に逃げられてエルフの存在を広められる事だ。倒そうと変に踏み込んでしまえば、三人で囲む形が崩れて逃がす隙を与えてしまいかねない。
人間が振るう剣を盾で受け流して、その場に釘付けにするよう専念していた。
対して樹上に登った二人のエルフは、狙撃だ。
人間に致命傷を与えんと、弓矢を用いて上空から一方的に狙い撃つ。無論、味方には当たらないように気を配りながら。
アレクら地上組が変に踏み込まないのは、万が一の同士討ちを避ける為でもあった。
アレクの視界には、人間の頭上から小雨のようにポツポツと矢が降り注ぐのが映っている。
人間は知らぬだろうが、これらの鏃には麻痺毒が塗られている。擦り傷だろうと命中して毒が血管に入れば、全身に巡り回って、数十分もすれば動けなくなるだろう。
いや、巨体である魔物に用いる事を想定した強い毒なのだから、人間に用いれば十分も待たずして動きを止めれるかもしれなかった。
何はともあれ、地上の三人が耐え凌ぐ間に樹上の二人が人間に矢を一発でも当てれば勝ち、という普段の狩りに近しい理想的な状況へと持って行けた。
アレクはその事に満足感を抱くが、表情は明るくならない。
何故ならば――
「くっ……どういう事だ! 矢が当たらん!」
「何だこいつは! 頭上を見る余裕まであるのか!?」
――攻撃が、一向に当たらないのだ。
地上と樹上からの五方向から飛び交う攻撃が全て、滑らかな体運びと二本の剣で捌かれる。矢を剣先で弾くという器用な真似までもやってのける。
数も状況も圧倒的優位に立ちながらも、エルフ達は攻めあぐねていた。
「落ち着け、焦ればそこに付け込まれるぞ! 我々もまだ無傷なのだから、そう焦る状況では無い。冷静になれ」
五人掛かりで傷一つ与えられない事実から目を逸らしたい思いからか、仲間が焦って攻撃を当てようとするので、アレクは声だけで何とか鎮まらせる。
幸いと言って良いのか、人間は回避に専念しているらしく、反撃として放たれる斬撃や刺突は軽い。こちらもまた、無傷であった。
(だが、樹上の二人の矢が尽きたら? 回避に専念するのを止めたら? この状態が続いて日が暮れたら? ……人間が、我々エルフの戦い方を探る為に様子見をしているのだとしたら?)
そのまま続けていけば、普通であれば人間は体力を消耗して動きが鈍くなり、その内攻撃が当たるようになるだろう。
しかしながらアレクの頭に次々と浮かぶのは、状況の深刻化に繋がる懸念事項ばかり。
それが己の思慮深さ故なのか、無意識的に人間の強さを察知している故なのか、アレク自身も判断出来ない。
ただ少なくとも、このお互い痛撃を与えられない均衡状態が、楽観視出来るもので無いのは確かだった。
(ここで取り乱しては、相手の思う壷だ。今は耐え忍んで、どうするのが最適解なのか考えろ)
アレクは己の心身に活を入れながら、泥沼化している現状を打開する策を編み出そうとする。が、それより先に、黙々と攻撃を捌き続けていた人間が動いた。
「この辺で情報収集は宜しいでしょう。戦い方は理解しました。そろそろ、全力で行きますよ」
人間が我々がハッキリと聞こえる声量で告げる。
わざわざ声を大きくする辺り、我々を動揺させる狙いがあると思われた。
(やはり、様子見の為に手加減していたか!)
「皆っ、聞けっ! 苦しい戦いを強いられるだろうが、我々の為すべき事だけは忘れるな! 命を賭してでも、里の安寧を守る事にある! 努努それだけは忘れるな!」
「「おうっ!」」
仲間達が人間の言葉の意味を理解して動揺するよりも早く、アレクがリーダーとしての威厳のある声で鼓舞し、奮い立たせる。事前に想定していたお陰で、動揺すること無く次の行動に移れたのだった。
再びアレクの喝が入った事で、仲間達の表情が変わる。
今までは人間と戦闘になれども、異種族と初めて遭遇した事に対する動揺や困惑といった感情を抑制し切れず、緊張した顔付きであった。だが、今は違う。どこか振り切ったような清々しげである顔は、命を賭す覚悟を固めた勇敢な戦士のそれだった。
人間は目論見が外れてか、一瞬だけ顔を顰める。
(仲間達はもう大丈夫だな……。士気も体力も十分に残っているし、焦らず万全の状態で戦えるだろう。……それでも、勝てそうに無かったら?)
アレクもそれぞれの手で握る剣と盾を強く握りしめ、人間と死闘を繰り広げる覚悟を決める。
最悪な事態の想定を、頭の片隅に入れておきながら。
「グッ……!」
長剣から放たれた斬撃を盾で受け止める仲間。そこから苦しそうな呻き声と盾が微かに軋む音が漏れる。
斬撃の後隙を突こうともう一人の仲間が背後から切りかからんとするが、短剣で受け流される。
(くっ……想像以上に強い。見誤っていた!)
己の目算が甘かったことに、アレクは舌打ちをする。自責の念に駆られて、人間との戦闘から気が逸れたその一瞬。それを見逃してくれる相手では無かった。
人間はすぐさまアレクの元まで距離を詰める。そのまま踏み込んで、アレクに向かって長剣を振り下ろす。
――速い!
アレクは受け流す余裕が無いと悟り、全身の力を込めてただ盾で耐えるのに専念する。
「ぐ……っ」
次の瞬間、盾を通して身体に強い衝撃が走った。
アレクは何とか転倒しないように踏ん張る。この激戦の中で転倒という致命的な隙を見せてしまえば、一瞬で命が刈り取られてしまう。
何とか持ち堪えたが、まだ油断してはいけない。相手は二刀流。一本受け止めても、まだ一本残っているのだ。
全神経を人間の左手に握られた短剣に注ぐアレク。その腹部に、また別の強い衝撃が走った。
「ぐはっ!」
その衝撃に、アレクの身体は吹き飛んで宙を舞った。
(転倒は不味いっ!)
瞬時に自身の状況を把握すると、受身を取る体勢に立て直す。地面にぶつかるとそのまま数回転して衝撃を殺し、立ち上がった。
何が起きたのかと人間を見れば、前に突き出した足を引き戻していた。アレクは蹴られたのだと理解する。
人間がアレクに追撃しようと踏み出す所を、上空から降り注いだ雷撃魔法が遮る。電撃属性ならば、金属で出来た剣で防ぐ事は出来ない。素晴らしい牽制だった。
「アレク! 大丈夫か!」
「大丈夫だ! すぐ戻る!」
樹上から呼び掛けられた声に返事をし、仲間が牽制してくれている間に元の立ち位置に戻る。
そうしてまた、戦闘は再開される。
(とりあえず難は逃れたが、一瞬でも気を抜けばやられる。やはり、倒すのは困難か……?)
あれから人間の動きは更に早くなり、攻撃は重くなった。
地上の三人は攻撃を受け止めるので精一杯だ。逃がさないようにする事など、疾うに忘れている。
樹上の二人の攻撃も、人間を仕留める為の攻撃から地上にの三人を守る為の牽制に変化している。緊急時には、今回のように強力な魔法で無理矢理足止めをして貰っている。ただエルフと言えども魔力量に限りはあるので、この手は何度も使えない。
対して人間は、未だ呼吸を乱しておらず傷一つ無い。
我々が勝負出来ているのは、人間が毒を警戒いるのと、五人での連携の力があるからに過ぎなかった。
非常に宜しくない事態に、アレクは歯を噛み締める。
人間の余裕が醸し出される無表情な面が憎たらしいが、それを歪めさせる程の手段が思い付かない。
敗北、そして全滅。不穏な結末が脳裏を過る。
想定していた最悪の事態が、すぐそこまで迫っていた。
仲間達も薄々勘づいているのか、苦悶の表情を浮かべている。
もし我々が全滅してしまえば、エルフらは目も当てられない状況に追いやられる。
人間側にエルフの存在を知られた上に、エルフ側は人間という脅威が近付いている事にすら気付けないのだ。情報の優位に差があり過ぎる。
何も知らない里のエルフ達は、何が起きたのかを把握しようと悠長に捜索隊を幾つか派遣するだろう。そこを人間に各個撃破されては、本格的に終わりだ。
(否、それだけは絶対に避けなくては!)
目の前の人間は相当強い。この五人では勝てないだろう。だが、所詮は一人の人間。里の総力を結集させてでも勝てない程では無かった。
ならば、アレク達がやるべき事は一つ。
――人間の存在に関する情報を、里へ持ち帰る。
(せめて、足の早い自分だけでも里に逃げる、か?)
アレクは油断無く倒されそうになる仲間の援護をしつつ、極限状態によってやけに冴えた脳内で一つの答えを編み出す。これ以上の無い、最適解に思われた。
五人で何とか耐えている厳しい戦局でアレクが抜け出せば、間違い無く残る四人は敗れるだろう。殺されるかもしれない。
それでも、族長の妻を持つアレクにとっては、エルフ種が住まう里の存続の方が余程重要だった。
「――皆、許してくれ」
アレクは僅かな逡巡の後に決断を下し、詫びの言葉をを誰にも聞こえぬよう独り言つ。
アレクは仲間に謝りたかった。正しい判断だと信じていても、罪悪感まで消える訳では無いのだ。だが、命を賭して戦っている彼らには何と言おうと慰めにすらならない。寧ろ、戦闘の妨げになるだけだった。
(仲間の為にも己のするべき事を、全うせねば)
アレクは目の前で剣を振るう人間を注意深く観察する。
今までは攻撃を受け止める為、手足の動きに集中していたが、戦闘から離脱する隙を見つけようと全身の動きを俯瞰的に見ると……ある異変に気が付いた。
(何だ? 目が光っている?)
昼間なので分かりにくいが、魔物じみた赤く濁った瞳に妖しい光が帯びているように見受けられたのだ。
アレクはその異変に気を引かれて、瞳に視線を合わせた瞬間、背中に怖気が走る。決して見てはならない、危うい物であると直感したのだ。
不味い、と視線を逸らす暇も無かった。
人間が顔をこちらに向けて、目を合わせてきた。
妖しい光を帯びた瞳が、アレクをじっと見つめた。
その瞳は危険であると分かっていたはずなのに……どこか心地良くて、囚われたように目が離せなくて――




