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大変長らくお待たせしました。
ようやっとエルフ編を書き終えましたので、次章を書きながらこちらも少しずつ更新していきます。
ミーナは、この里を纏める役職である族長を務めている。
と言っても、ミーナが自ら望んで就いた訳では無い。
元々の族長であったミーナの父親が、娘に族長の座を半ば強制的に譲り渡しただけである。
当時は余りに唐突な事でミーナ自身も周りの大人達も戸惑い、前例の少ない女性が族長を務める事に反感も湧いた。
ただ族長の娘ではあったので以前からそれなりの覚悟はしていたし、里を愛する想いは確かだったので、今では皆に受け入れられている。
そんな流れで今やこの里の長となったミーナには、やるべき仕事が大きく分けて二つあった。
一つ目は至って単純、里の巡回。
植物にも病はある。里の周りの植物に異変が起きていないかを調べる。自然を慈しむエルフとして果たすべき責務だ。
その他にも、里内で起きたトラブルを解決したりする。
何せ、里内のエルフは百も居ないのだ。
何かしらの軋轢で同族での争いが勃発したり、未知の病が広がったりすると、容易に全滅しかねない。
が、数を増やそうにも食料の供給が追い付かなくなり、無理に供給しようとすれば森の生態系が崩れる懸念がある。
それはそれで、エルフの大望である自然との調和、共存に反してしまうのだ。
ミーナはトラブルを未然に防ぐ為、里の皆と良好な関係を築いて積極的に談ずるようにしていた。
成熟しきった女性のエルフが集まって、旦那や子育て等々生活に関する事の相談をし、愚痴を吐く場がある。
慎み深さを美徳とするエルフだが、流石に娯楽が無くては退屈に過ぎる。家庭も全てが円満という訳でも無く、細かい軋轢はあるのだ。
退屈を凌ぎ鬱屈を吐き出す場として、自然と女性の集まりが出来ていた。
ミーナとしても、そういった場があるのは非常に有難い。
幾ら族長とて一人のエルフなのに変わりは無い。人並みの感情は有しているのだから、当然不満や悩みを抱える時もある。
「――そんな感じでね、アンナが今度は狩りに打ち込んじゃってるのよ」
「動物の死骸の次は狩り……。大変そうだわ」
「族長も苦労してるんだねぇ……」
そこで里の見回りを一通り終えたミーナが、呆れを隠さず頭を悩ませる原因である娘の愚痴を吐けば、他のエルフ達が優しく同情してくれる。
(アンナは変わってる、か……)
大切な一人娘を変人と評されるのは癪だが、全くもってその通りだった。否定する材料が無い。
アンナは昔からどこか……異質な子であった。
アンナに対して憂いに近しい感情を抱くようになったのは、いつ頃からだったか。
愛する夫との間に出来た子供。
産んだ時には二人で、自身のような社交性があってそれなりに慕われるような、族長の後継になれる立派な者に育て上げようと意気込んでいた。
ところがアンナは、両親の望みに反して単独行動を好み閉塞的な性格をしていた。
他所の子は陽気に外で燥ぎ遊ぶ中、一人で黙々と書庫の本を読み漁る。中でも、登場人物が痛い目に合ったり亡くなったりするような、過激な本を好んでいた。
体力が付かない心配もあって外に出て運動するように言い付ければ、本を読み漁り終えてたのか意外にも素直に従い、外で活動するようにはなった。
相変わらず、他者と積極的に関わろうとはしないが。
すると今度は、狩人が森から回収してきた動物や魔物の死骸に興味を向け始めた。
最初は肉として食す為に捌く様子を眺める程度だったが、徐々に行動は大胆になり、自ら死骸を漁り好き勝手に弄ぶという奇行に走るようになる。
彼女は一度興味を持った物に対して、一心不乱に打ち込む性格なのだろう。
一見すると良い事だが、その興味の対象が異常な物であった場合に面倒な事この上無い。
犯罪という訳では無いので理屈で否定し罰する事も難しい。一応叱りはしたが、萎縮すらせず聞き流している様子であった。結局、奇行は興味が他に逸れるまで止まることは無かった。
変人と称されるのは主にこの事例が原因だろう。
親が族長であった為に、異端児として追放はされず変人という評価に留まったのが、せめてもの救いだった。
やがてアンナは、青年とも呼べる百に差し掛かる齢になった。
普通であれば、男は農作業や運動で身体を鍛えて一人前の狩人を目指し、女は生活にも役立ち娯楽とも呼べる細工や裁縫に励む頃合だ。が、アンナは相変わらず型に嵌ってはくれず、狩りに興味を示した。
一応身体も精神も徐々に成長しているようで、奇行や他の子には見受けられない言動は減って行き、老エルフに師事している訳だが……複雑だ。
以前までの趣味に比べれば、格段に醜聞が流れる心配が無いが、代わりに命の危険がある。
「ほんと、子育てって難しいわ……」
長く暗然たる回顧を終えて、端的な感想を呟く。
願い通りに全てが行くと思える程に傲慢では無いので、上手くいかない事も覚悟していたが、こうも正反対になると心に来るものがある。
現状では到底族長を務めさせる器では無い。
確かに知的探究心は豊富で賢くはあるが、社交性と人望が無ければ駄目なのだから。
「まぁまぁ、若気の至りって奴じゃないのかい? 小さい頃は色んな物に興味を示すのは普通の事さ、その興味の示す先が変わっているだけで」
「うーん……そうなんだけど……」
そこは理解している。
が、その興味の対象が毎度毎度宜しくないのだ。
娘の興味を受け入れるべきなのか、否定するべきなのか、それとも放置して時間に任せるべきなのか。親として取るべき行動の正解が分からない。
(考え過ぎなのかしらね? いや、折角皆と居るんだから……)
ここには子育て経験者が沢山いる。ならば、聞かない手はないだろう。
「じゃあ、皆はどうすれば良いと思う?」
「皆大人になれば汐らしくなってるんだから、もう少し様子見で良いんじゃないかい? 時間は沢山あるんだ、族長さんは焦り過ぎなんだよ」
一部の者はアンナが暴走して、無断で単独で里から抜け出し狩りに勤しむ事を懸念してはいるが、殆どの者が様子見との事だった。
様子見と言うが、要は何もしないのだ。
放置しているようで若干の倦厭感を抱くが、確かに焦ってるという意見は尤もである。下手に構い過ぎても面倒がられるだけだろう。
成程、一考の余地があった。
「そうね。まだまだ時間は沢山あるし、様子を見ながら少しずつ動いてみるわ。ありがとうね、気が晴れたわ」
「それは良かった、族長さんもお仕事頑張ってね」
「うん、頑張る!」
ミーナは皆と別れを告げて、その場から立ち去った。
愚痴が吐けて多くの人とのお話も出来て、晴れやかな気分になったミーナは、軽快な足取りで二つ目の仕事を行う為に里の中央へと向かう。
里の中央には、一際荘厳で豪邸とも言える屋敷があった。
この屋敷には、里に関する情報や先人の残した大量の本が置かれた書庫の様な、後世に継ぐべき重要度の高い物が纏めて保管されている。
里の中枢を担う所と言っても過言では無い。
ミーナはここで族長として、里を存続させる為に必要な事務仕事を執り行う。
具体例を挙げれば、里の周りに出没した動物や魔物の把握だったり、食料や木材の確保だったり、鉱脈の管理だったり、気候の変化を記録に残す……等々、多岐に渡った。
「失礼します」
屋敷の中のとある一室に入れば、二人のエルフが座りながら協力して壮大な魔法を発動していた。両者共に顔に皺やほうれい線が刻まれており、凡そ千年は生きているであろう老エルフだと伺える。
ミーナは彼らの邪魔をしないよう部屋の隅に立ち、落ち着いた調子で尋ねる。
「皆さんお疲れ様です、結界に異常は無いですか?」
「特に無いのぉ……。件の娘さんも大丈夫そうじゃ」
尋ねれば、年寄りらしく掠れながらもどこか嬉しさを滲ませた声が返って来る。
壮大な魔法を発動しているとはいえ、二人で協力して行っているので一人の負担は少ない。こうして言葉を交わす余裕はある。
「そうですか、ありがとう御座います」
「健やかな娘さんを持つと大変じゃのぉ……。ほほっ、微笑ましい限りじゃ」
そう言うと、さながら孫娘を見守る爺の様に顔を綻ばせる。アンナがそれ位の歳だから、無意識に重ねているのだろう。何とも微笑ましい。
「いえいえ……。ではその調子で交代の時間まで、結界を宜しくお願いしますね。何か異常があれば、鐘の方を」
「分かっておる、任せておけい」
結界。
先人達が人間や魔物といった外敵から、身を守るべく編み出した独自の魔法。
里の周辺一帯を覆うように透明な結界が張られており、外敵から気付かれないよう遮音や迷彩、更には外敵を無意識的に退ける効果なんかもある。
結界を通ろうにもある程度の力が無ければ弾かれるようになっているので投擲物の心配も無いし、力押しで通れば魔法を発動する術者が感知出来るようになっている。
他にも、狩り等で出入りする度に感知しては紛らわしいので、無効化する魔法も用意されている。狩りのリーダーを務めるアレクのような、一部限られた者にだけ伝えてある。
そんな至れり尽くせりな魔法のお陰で、里の安寧は長きに渡って保たれているのだ。
ミーナもその魔法は習得しているが、高度過ぎる余り、完全に理解しているとは言い難い。一人だけでは発動出来ないし、どうやって編み出したのか想像もつかない。
先人達が子孫繁栄の為に、涙ぐましい努力を積み重ねて編み出してくれたのだろう。完全に理解してないとはいえ、それだけはハッキリと断言出来た。
(とりあえず、アンナはまだ大丈夫か)
ミーナは先人に感謝しつつ、安堵の息を吐く。
アンナには無効化する魔法の存在を伝えていないので、暴走して無理矢理結界の外に出て狩りをしようとすれば、直ぐに把握出来るようになっている。
老エルフ達にも事情も説明して、気を配るようにして貰っていた。
結界のお陰で、アンナに関して焦りつつも様子見という悠長な択が取れるのだった。
「それでは、別室で働いてきますね」
「そろそろ冬じゃから、忙しくなるな。そなたも頑張るのじゃぞ」
「ありがとうございます、失礼しました」
老エルフ達の声援を背に、ミーナは退室する。
そして、仕事を行う別室に向かいながら考える。
彼らの言う通り、現在は秋だがもうそろそろ冬に差し掛かる頃だった。そして冬前は、仕事が増える。
冬になると寒いが為に外で活動する動物が大幅に減り、食料の確保が安定しない。
事前に最低限の必要量を把握して確保しておかねば、飢えて死ぬ者が出てきても可笑しくない。
これまた有難い事に、先人達が食料の鮮度を長期間保つ魔法を編み出してくれたので、生肉だろうと確保さえ出来れば冬は凌げる。
とはいえ一度の狩りで回収出来る量に限界はあるので、狩りの頻度を高めて貯蓄に余裕を持たせるよう狩人にお願いせねば。
(考える事が多い……頑張らなくっちゃ)
「よーし、今日の分は終わり!」
仕事を始めて数刻が過ぎ、日が傾き始めた頃合に、ミーナは仕事を切り上げる。
夫が狩りをした日は疲れた様子で帰ってくるので、しっかりお出迎えするようにしているのだ。
それに、朝方は苦悩していたが半日が終わってみれば、愚痴を吐けて里の為に動けてと、やりたい事が出来て中々に爽やかな気分だ。
(やっぱり食料が足りてないから、アレクに頻度を高めるようにお願いしなくちゃ。アレクも今頃、頑張ってるのかなぁ……)
今後の動きを考えながら、娘が待つ家へと帰る。
この長閑な日常が永遠に続くと、信じて疑わずに。
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「あの耳……。もしや、奴は人間か?」
「分からん。しかし、特徴は一致しているぞ」
「いや、あの目を見ろ。人型の魔物かもしれんぞ」
アレクの狩りの仲間達から、小さな困惑の声が漏れる。
アレクも顔に冷や汗が滲み出ていた。
ミーナが里を見回る最中、アレクを含む五人のエルフから成る狩人集団は、一人の人間と対峙していた。
前章から四ヶ月、我ながら想像以上に時間が掛かっちゃいましたね.....。
理由は色々あります。
流行りの某感染症を患ったりとか(無事完治しました)、某シューティングゲーム3が面白過ぎたりとか。
他にも、戦闘シーンの描写で苦戦したり、前話で3000〜6000字が目安と言っていたのに7000字を超える話が幾つも出てきて想定外のボリュームになってたりと。
ちなみに、エルフ編は25話くらいに分けられてあります。
文字数は多いものの、内容が被ってしまったり表現が似通ってるところがあったりするので、やはり難しいです.....。
まだまだ拙作ですが、エルフ編。楽しんで頂ければ幸いです。




