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「そんな顔をしないで、ナダール」
困惑と哀れみが入り交じった声が聞こえ、声のした方を向けば、最近仲良くしている白銀の乙女の女性が居た。
硬い岩の上に座れば、その女性も隣に座る。
何も言わずに、黙って手を握ってくれる。
俺の顔から、何かに頭を悩ませていると察したのだろうか。それとも、何を言うか迷っているのか。
……彼女には、今の俺の顔がどんな風に見えているのだろうか。
「どうして、そんな顔をするの?」
「うるせぇ」
考えるよりも早く、口から頑なの拒絶が漏れた。
ナダールだって聞きたい。
自分は何に対して憤りを感じているんだ、と。
非人道的な所業を行うマークスに対して?
そんなマークスに従わざるを得ない自分に対して?
死という概念を生み出したこの世界に対して?
そもそもこの感情は憤りなのだろうか。
ナダールは、何も分からない。
拒絶した瞬間に手を握る力が弱まったが、直ぐに強く握り直して離すことは無い。
「名前を教えてくれ」
またも考えるよりも早く、問いを口にしていた。
「ごめんね……」
だが、返ってきたのは、答えでは無く謝罪。
マークスに命令されて言えないのか、本心から言いたくないのか。
それとも、先程の拒絶への謝罪なのだろうか。
マークスのように人間を番号で呼ぶ気は無い。
奴隷のように扱っているが、彼女だって一人の人間だ。
出来ることなら名前で呼んでやりたいんだがな。
ナダールも、黙って手を強く握り返した。
どれ程時間が経っただろうか。
心が落ち着いてきたのか、考えて喋る余裕が出てきた。
「さっきはごめんな」
「うん、いいよ」
素直に謝れば、女性は簡単に許してくれる。
許してくれた時、心に立ち込める薄暗い霧が、僅かに晴れたような気がした。
「あのな、聞いてくれ。俺はさっき、人を攫ったんだ……」
マークスに命令されて、何の罪も無い村娘を攫った事を、何一つ隠さず正直に伝えた。
怒られるだろうか、見損なうだろうか。
いや、きっと優しい彼女なら……。
「そうなのね……。大変だったね、ナダール」
彼女は嫌味の一つも言わずに、優しく許してくれる。
そう言われた瞬間に霧が晴れて行き、心が軽くなった。
彼女に許して貰う事で、罪悪感に苛まれずに済む。
優しい彼女の性格を利用して罪から逃れようとするとは、何て弱くて卑怯な人間だろうか。
それでも彼女は、そんなナダールを許して、優しく受け入れてくれる。
あぁ、気が楽になった。
せめてのお礼として、沢山雑談をしてあげよう。
彼女との二人の時間を、楽しむためにも。
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「ご主人様、ナダールは問題無さそうです。五番に許しを乞いていました」
ナダールの様子を壁越しに伺っていたリンが、職務室に入ってきてそう報告してくる。
ナダールと白銀の乙女との関係は良好そうだ。
そろそろ楔が打ち込めてもおかしくない。
「お父さん! それじゃあ、早く行こうよ〜!」
リンが報告を終えると、ツグミが顔を輝かせる。
待ちきれないと言わんばかりに、眠っている村娘の全身を手でまさぐる。
「分かった分かった、じゃあ迷宮に行こうか」
迷宮の第六研究室に入れば、既にツバキが待機しており僕達を出迎える。
ホムンクルスの二人は居ないので、何処かの部屋で戦闘訓練でもしているのだろう。
「無事人間を確保出来たようだな」
「うん、予定通りツグミに与えるよ」
第六研究室には、拷問や解剖に使えそうな道具、担架、手術器具が取り揃えられている。
この部屋は、人間を使った研究を行う際に使う。
ツグミが置いてあった拘束具を取り出して、いそいそと村娘の両手両足を固定する。
「お父さん! この子は自由に使っていいんだよね?」
「あぁ、逃がすのは駄目だけど、それ以外なら大丈夫だよ。どうやって使うのか、僕らも見させてもらうね?」
「いいですよ〜! お父さんもお母さんも、リンさんもよく見てて下さいね〜!」
「どうして私から、こんな変な子が生まれたんだ……」
澱みのない爽やかな声で燥ぐツグミを見て、ツバキは天井を仰いで嘆く。
ツグミは、僕とツバキの間に出来た受精卵から作ったホムンクルスだ。
外見の歳は近いが、親子の関係とも言える。
「それは〜お母さんが変な人だからですねっ!」
ツグミは嘆く親に笑顔で鋭く切り返す。
ツバキは肩を落として悄然と項垂れてしまった。
まさか自分の子供が、ここまで変わった子になるとは思いもしなかったのだろう。
ツグミは、人間に対する好奇心が強過ぎたのだ。
何事にも興味を持ってくれるのは嬉しいが、その中でも人体に強い興味を持ち、人体実験をしたいと言い出した。
奴隷を使うのは流石に不味い。
以前は犠牲者が出た事にして奴隷を補充していたが、今その手を使う事は出来ない。
当時は始めたばかりだから納得されただけで、今犠牲者を度々出していたら無能扱い、或いは人体実験に使っているのでは、と睨まれるだろう。
ナダールと観光に行かせなかったのは、外に行けば好奇心が暴走して、人間を襲いそうだったからだ。
ツグミ自身もそう思っており、外に行かなかった事に関しては納得している。
とは言え好奇心が強くなるように教育したのは僕らだし、ツグミも悪い子では無い。
何度か人間を与えて好奇心を満たしてやれば、暴走する事も無くなるだろう。
そう考えて処分は見送り、何処かで人間を用意してやろうと考えていたのだ。
本人はそこまで気にしてなさそう……寧ろツバキの反応を楽しんで居そうだが、念の為フォローを入れておく。
「変な子だなんて可哀想じゃないか。他の子よりもちょっと好奇心が強いだけで、素直で明るい良い子だよ」
「お父さん! それほんと〜?」
「うんうん、ツグミは良い子だ」
「わ〜い!」
ツグミが嬉しそうに抱き着いて来る。
ツグミのように素直で感情表現が豊かな子は、考えている事が分かりやすいので接しやすい。
裏切らないという安心感もある。
「それじゃあ、ツグミ。そろそろあの村娘を起こそうか」
「分かった!」
そんな誰よりも好奇心が強いツグミが、外の世界の人間を手に入れた。
どうやって使うのか、見せてもらおうじゃないか。
ナダール関係の描写に納得出来てないので、何処かでカバーする予定。
主要キャラであるホムンクルス関係も、一気に三人追加した弊害が見え始めています。
まぁ質を問いすぎても疲れるんで、程々に楽しく書いていきます。




