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「マークス、帰ったぞ。報告していいか?」
「うん、いいよ」
ナダールが任務から帰ってきて、貴族の屋敷に忍び込んで集めた情報を伝えてくる。
具体的には家族構成、財力、領主からの信頼度、武力はどの程度か、等々だ。
将来国とぶつかる可能性もあるので、これらを知っておけば上手く立ち回りやすくなる。
弱小貴族から叩くとか、信頼の厚い貴族に脳改造を施して寝返らせるとか、選択肢の幅が増える。
やはり情報は大事である。
ちなみにフリスク公は、密偵が次々と黒色に変化する事に精神が参ってしまったようで、僕に関する事はフランコに任せて何も手出しをして来なくなった。
ただ他の貴族や国の情報は集めているので、間接的に手出しするアプローチに変えたのだろう。
まだ具体的な行動は起こして無いので、放置で良い。
「そうか、じゃあ約束通り暫くはこの部屋で休んでいいよ。但し鉱脈の奥には行かないでね、危ないから」
「やっと休暇か、助かるぜ」
ナダールはここ暫くは情報を集めて僕に報告して、また情報を集めに遠出しての繰り返しだった。
ナダールも人間なので、当然疲れが溜まる。
どんなに疲れていようとも命令すれば逆らえないのだが、過労で身体が壊れてしまっては元も子も無い。
ガス抜きも兼ねて、暫く僕ら官吏が暮らす豪華な部屋で休ませる事にした。
「あぁそれと、この休暇の間に新しい手駒と顔合わせして貰うからね」
「……そうかい」
後ろを向いているので表情は分からないが、えらく意味ありげな口調で返事をしてくる。
手駒との顔合わせと聞いて、白銀の乙女との顔合わせを思い出したのかな?
ナダールは白銀の乙女を尊敬していたらしい。
以前の顔合わせの際に、そんな彼女らが僕に謙っている姿を見せつけられたので、ナダールとしては面白く無い思い出なのだろう。
ただ気にかけていると言う事は、ナダールが白銀の乙女に思う所があるという事。
エルナからの報告書にも、特に五番と良好な関係を築いていると書いてあった。
その調子だよ、ナダール。
「なぁマークス、その二人が新しい手駒か?」
「そうだよ。ほら君、自己紹介をしてご覧」
そう言って僕の後ろに立つ男女二人のうち、女性の方に視線を向ける。
その女性は視線から僕の意図を察し、一歩前へ出て自己紹介しようと口を開く。
「ナダールさん、初めまして。私はレインです、宜しくお願いします」
レインと名乗った女性は、リンに似た平坦な声で自己紹介をし、深々と頭を下げる。
うんうん、礼儀やコミュニケーションは問題無いな。
「どうもよろしく……。何だか容姿や性格がリンと似てるような気がするんだが、別人だよな?」
「赤の他人です。気の所為では無いでしょうか」
ナダールの疑問を、レインがバッサリと切り捨てる。
その切り捨て方が如何にもリンらしいんだけども。
ナダールは困ったようにこちらを見てくるが、僕は微笑むだけで何も言わない。
ナダールも単なる馬鹿では無いのである程度正体を疑問視するだろうが、まさかホムンクルスだとは思いもしないだろう。
僕の黙って微笑む様子から何も言う気は無いと察したのか、溜息を一つ吐いて話を切り替える。
「それで、もう一人は誰なんだ?」
「いや、もう一人は後で紹介する。その前にナダールにはやって欲しい事があるんだ」
まだ何をするか具体的に言った訳では無いのに、ナダールは眉間に皺を寄せる。
そんなに嫌そうにしなくても……。まぁいいか。
「二人とも田舎育ちの世間知らずでさ、都市に行ったことが無いんだよね。それで都市に行かせてやりたいんだけど、二人だけで都市に行かせるのもそれはそれで怖いから、ナダールに同伴して貰おうかなって」
「同伴?」
「そう、折角の休暇なのにずっとこの鉱脈に居ても退屈だろう? レイン達と都市へ観光に行こうよ」
「ど、どーも……」
僕がそんな気遣いをするのが意外だったのか、何か裏があると勘繰っているのか、返事の歯切れが悪い。
「あぁ、でも一つ任務があるね――」
まぁ裏はあるんですけどね。
周りに声が聞かれないように、ナダールの耳に口を寄せて小声で呟く。
「――レイン達の監視をして、僕の害となるような言動をしていたら、素質を発動して口封じに殺してね?」
「マークス、お前……」
目を大きく見開いて驚愕を露にするナダール。
君ならやってくれると信じてるよ。そんな思いを乗せて肩に手を置き、精一杯の好意の微笑みを浮かべるのだった。
――――――――――――――――――――
「全く、リンが気合い入れて育てちゃうから、似てるって言われたじゃないか」
冒険者や旅人のような格好をさせたレインとナダールが鉱脈から出て行った後に、僕のリンの間に出来た子であるレインについての小言を言ってみる。
結局リンが三人のホムンクルスを育てる際に、レインに肩入れをして色々と教え込むものだから、レインがリンと似たような性格や言動になってしまった。
リンの事は信頼しているし、僕が困るような変な教育はして居ないとは分かっている。
寧ろリンの事だから、僕への忠誠心や愛着心を徹底的に植え付けて居そうだ。
ただ、容姿がリンに似ているせいで、リンが二人に増えたようで違和感が凄いんだよなぁ……。
「それに関しては申し訳ございません。ですが、レインにはご主人様に対して強い忠誠心を持っているので、裏切る事は絶対にありません。ご主人様の役に立つ事でしょう」
それはそう。
三人の中ではレインが一番大人しく真面目だ。
自分の欲を殆ど表に出さず、僕の指示はどんな事だろうと文句の一つも言わずに従ってくれる。
それでいてリンが仕込んだのか演技は上手く、笑えと言えば僕でも見抜けない程に自然に笑う。
性格や演技の上手さから、将来は有能な存在になるだろうと感じさせてくれる。
「まぁリンがそう言うなら、今の所は大丈夫なんだろうね。今後レインに何か不審な点があったら言うんだよ」
「それは当然です。万が一の事があってはなりません」
リンは賢いし、そこら辺も言わずとも分かっている。
やはりリンは小さい頃から頑張って育てた甲斐あって、誰よりも優秀で理想的な手駒だ。
そういえば何となくだが、リンとレインが似ている事を利用して何かに使えそうな気がする。
「リン、レインをリンと見間違える程に似せるぞ。目の色も、剣士である所も」
「はい、分かりました」
アリバイ工作とかに使えて、面白い事になりそうだ。
リンが動きやすくなる環境が出来るかもしれない。
「リンは良い子だね、御褒美をあげよう」
そう言った途端にリンの顔が僅かに緩み、熱の篭った視線が僕の指先に向けられる。
指先を短剣で軽く傷を付ければ、血が流れ出てくる。
その状態の指をリンの口へ放り込む。
「ん……ん……」
リンが指から出る血を舌で舐めとっていく。
リンの顔は緩みきって、妖艶な笑みを浮かべている。
ヴァンパイアなので噛み付いて飲む事も出来るのだが、間違って血を流し込んでしまえば、僕が知能の無いヴァンパイアに成り下がってしまうので、このように血を与えている。
「感謝の至りです。ありがとうございます、ご主人様」
ある程度飲んだと判断して指を抜けば、リンが感謝の言葉を述べて指に医療魔法を掛けてくれる。
良いコミュニケーションだなぁ。
「うんうん、じゃあレイン達が帰って来るまで、仕事をして待つとしようか」




