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業の軌跡 〜悪魔は不老不死を渇望する〜 (未完結)  作者: 橘 涼
〜スミア王国編・前編〜
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 何だこれは。


 バイソン公に案内されるがままに執務室に行けば、多くの文官が熱心に書類の処理を行っている。

 身体から放たれる色は様々だが、誰もが澄んでいて、部屋を鮮やかに彩っている。


 その中にポッカリと切り抜かれたように、真っ黒に塗りつぶされた空間があった。



 フリスク公は過去に他の色もあるのでは無いかと考え、都市を歩いたり教会を訪問したり、時には刑務所に行ったりもした。


 犯罪者を多数見てきたが、大半は青く濁って居た。

 誰も信用出来ない、愛を知らない環境で育ったのだろうと想像が出来た。

 それでも犯罪は犯罪なので同情はしないが。


 ただ犯罪者の中に、見ているだけで鳥肌が立つような、嫌悪感を沸き立たせるおぞましい黒色を纏う者が居た。


 この人生で黒色は二人しか見ていないので条件はハッキリしていないが、どちらも並外れた異常者だった。


 人肉が好物で十人以上を殺し、その肉体を余すことなく貪り尽くした者。

 戦争時に人の首を刎ねた感覚が忘れられず、終戦後に民間人の首を片っ端から刎ね出した者。


 黒色は異常者を示すものだと考え、万が一居れば要警戒するようにしていた。



 そんな黒いオーラを放つ人が二人、目の前で淡々と仕事をこなしている。


 忌み子の象徴である赤く濁った目を、真剣な眼差しで書類に向けている女性。

 リンと言ったか……彼女の身体には漆黒が纏われているが、過去に見た二人とは違い、そこまで嫌悪感や忌々しさを感じさせない。

 二人に比べても……いや、過去に夥しい数の人間の色を見てきたが、その中でも一二を争う程に澄んでいる。

 一瞬美しいと感じてしまった程だ。


 だが黒色で異質なのには変わりはない。

 そのゴーレムを彷彿とさせるような無表情な彼女の胸の内には、何かしらの異常性を孕んでいるに違いない。


 それでもその女性……リンはまだ良い方だった。

 問題なのはリンの隣に居る一人の男。


 いや、あれは男と言って良いのだろうか。性別の判断も付かないし、人間とは思えない。


 フリスク公の目には、禍々しい漆黒が蠢きながらも人を形作っているという、奇妙な物体が映っていた。


 濁っている所では無い。

 荒波が立ったように蠢いていて、その向こうにあるはずの顔を見る事すら叶わない。


 それで尚あらゆる不吉を孕んだような禍々しさも出しており、直視するだけで気が狂いそうになる。


 思わず目を閉じ、その上で視線を横に逸らす。

 もう二度と視界の隅にすら入れたくない思いだった。


「フリスク公、大丈夫ですか?」


 バイソン伯が心配そうに問いかけてくる。

 純粋な善意だろう。だが、言葉を返す余裕が無い。


 全身から汗が吹き出て、呼吸は乱れ、身体の震えは止まらない。

 身体が本能的にアレに怯えてしまっている。口が上手く動かせない。


「フリスク公!? いかん、今すぐ休ませろ!」


 バイソン公の怒号と慌ただしく走り回るメイドの足音が耳に入る。


 今はただ、アレと同じ空間に居たくない。

 その考えで頭が埋め尽くされ、バイソン公が必死に語りかけて来るが何も頭に入ってこない。


 早く、早く私をここから出してくれ……。



――――――――――――――――――――



「ご主人様、あれは恐怖、畏怖の感情でした」


「うーん、なんか不味かったかなぁ。焦りすぎたかな?」


 家に帰る際に今日起きた出来事をリンと振り返り、思わず頭を抱えてしまう。不味い事になったかもしれない。



 あれから文官の仕事が始まったが、やはり地味な内容だった。

 他にも文官が居たが、ちょっとした雑談と事務的なやり取りしかせず、皆で黙々と税金や産業の財務、インフラ等を管理をしてバイソン公に報告するだけである。


 無能や悪人は首にされたりフリスク伯に処断されたりして一人も居ないし、バイソン公の屋敷には常に護衛の武官やメイドが行き来していて、脳改造を施す隙が無い。

 出来ることは、精々真面目に働いて周りからの評価や信頼を勝ち取る事だけだ。


 そこで少し状況を動かしつつ、バイソン公の中での僕の評価を上げる為に、一手打った。

 リンが生み出したヴァンパイアによる襲撃だ。


 ヴァンパイアは倒されると風化するため、証拠が残らなくなる。使い捨ての手駒にピッタリだ。

 リンに適当に大密林の近くで眷属を作らせ、それを僕ら二人で討伐する自作自演をした。


 リンは索敵を使って人目につかないように動いたし、そもそも人間にヴァンパイアは生み出せないと認識されているので、中々僕らに足は付かないはず。


 ただその数日後に来訪したフリスク公が、僕らを見た時の反応が明らかにおかしかった。

 リンの言う通り、表情や動作から僕らに怯えている事が伺えた。

 当然僕らはフリスク公に直接怯えさせる様な事は何一つしていない。


「何か悟られたかもしれません。今はまだバイソン領に居ます、殺しますか?」


「流石に殺しはリスクが高過ぎる。それは無しだ」


 ヴァンパイア騒動は、上位ヴァンパイアが犯人という目処が立っているし規模もそこまでなので大規模な動きは無いが、領主が殺されたとなれば国が総出で動くだろう。


 国が徹底的に調査するのは流石に怖い。

 そういうのを調べられる素質が無いとも言い切れない。


「にしても、フリスク公か……」


 官吏との雑談やナダールの偵察による報告で、三つの伯爵家、その代表である領主についての情報はある程度集まっている。


 フリスク公。

 四十歳程の男性で、伯爵家の代表として領主を務めている。

 スミア王国の中ではかなり過激的な人で、不正や横領のような悪事を働く者を片っ端から処断している。

 過激過ぎると批判されてはいるが、悪い奴を処断して国を守ってくれている、という声もあり評価が二分されている。


 僕は後者の考え方だ。

 しっかりと証拠を集めて、冤罪にならないように徹底しているのだから、問題は無い。


 だがよくよく考えてみれば、他の公爵家に仕える官吏までの不正を見抜くのはおかしい。

 度々仕事の様子を見に他の公爵家を訪問する事があるらしいが、それ以外に接点は無いはず。

 つまりは……。


「素質かなぁ」


「はい、フリスク公が不正を見抜くような素質を持っていると思われます。その素質の発動条件が直接会うこと。その線が一番可能性が高いと思われます」


 リンも僕と同じ考えだったのか、僕の独り言に補足をしてくれる。


 証拠を集められるような優秀な密偵が居るのならば、情報は勝手に入って来る。わざわざ訪問をする理由が無い。

 素質の発動条件が、自身と直接会うことなのは確かだろう。


「となると、どんな素質なのかって話だな」


「素質は……心を読むとかでしょうか?」


「いや、それ程に強力な素質ならば、もっと国が発展しているさ。それにわざわざ証拠を集めているし、そこまで都合の良い物でも無いんだろう」


 証拠を集めてるのだから、その素質はフリスク伯に確信を持たせるだけで、外部を納得させる程では無いのだろう。

 それに心を読めるような強力な素質があるのならば、もっと国の為に役立てているはず。


 つまり素質はあまり融通が利かない。


 それに僕らがヴァンパイア騒動を起こしたと悟ったのならば、普通は怒りや敵意が湧くだろう。

 フリスク公は僕らを恐れていた。


 素質自体が未知数過ぎて分からんな……。

 厄介事になったのは確かだが、意外と何とかなりそうにも思える。


 結局の所、フリスク公に処断する証拠を与えなければ良いのだ。

 今後は証拠を掴まれない為に怪しい動きを一切しない。

 だが、裏で根回しをされて証拠を捏造して来る可能性も零では無いし、後手に回るのは宜しくない。


 こちらから動きたいので、周りに頑張って貰う事にしよう。


 フリスク公はまだ休んでいるし、自領に居るわけでも無いので、まだ大きく動けないはず。

 今のうちに他の可能性も考慮しつつ、手を打つぞ。

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