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51 *R15

「ハァ、ハァ、ハァ……」


 ナダールは横たわりながらも、ふいごのように腹を動かしてなんとか酸素を取り込もうとしていた。

 

 ヴァンパイアも拘束から抜け出そうと暴れていたので、顔や腹が傷だらけだ。

 特に最初の突きの一撃を受けた腹には、ポッカリと小さな穴が空いている。


 臓器は避けたのか即死はしていないが、このまま放って置けば死ぬだろう。


「ナダールさん、あなたのお陰でヴァンパイアは討伐出来ましたよ」


「そうかっ……ありがとう……!」


 ヴァンパイアの死を伝えれば、嬉しそうに涙ぐむ。

 返事は掠れた声だが、どこかを満足そうだ。


「皆、俺も今そっちに行くよ……」


「……」


「ハァ……ハァ……」


「…………」


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 本人も満足して死を望んでいるし、そろそろ死ぬかなーと思ったが、中々死ぬ気配がない。

 寧ろより必死に酸素を取り込んで、生に縋っているようにも見える。


「ねぇ、ナダールさん――」



――――――――――――――――――――



『ナダールさん、あなたのお陰でヴァンパイアは討伐出来ましたよ』


 そう言われた時、俺は格別の達成感に満たされた。

 あのヴァンパイアに仲間を殺されてから、ずっと敵を討つ事だけを考えていた。


 ああ、ちゃんとやってくれたのか……。

 ありがとう、本当にありがとう、マークス、リン。


 ただ、腹の傷を手で覆っても血が止まらない。

 満足感はあれど、痛みは収まらない。


 背後から死の気配が迫って来るのが分かる。

 俺はここで死ぬのだろう。


 でもやりたい事はやり切った、未練はない。

 仲間の皆、敵は討てた。俺も今そっちに行くよ。



 ……。

 死、か。


 身体は痛いはずなのに、不思議と頭は回る。

 走馬灯というやつなのだろうか。


 冒険者という職業には死の危険が常に付きまとう。

 俺だって過去に何度も死にかけた事があるし、知り合いの冒険者が突然姿を現さなくなる事もあった。


 死ぬ覚悟も出来ていたし、誰よりも死について理解出来ていると思っていた。

 だが、いざその時が来ると苦しい、辛い、怖い。


 殺された仲間はこれを受け入れられたのだろうか?

 受け入れられるはずが無い。


 俺とは違い、やり残した事も沢山あったのだ。

 必死にもがいて、それでも尚駄目だったのだ。

 どれ程無念だったのだろう。


 俺もこのまま受け入れてしまえば仲間の元へ行けるというのに、本能が死を恐れているのか、受け入れられない。


「ハァ……ハァ……」


 どうして俺は必死に呼吸をしているんだ。

 呼吸を辞めれば、そのまま未練が残らず、満足に死ねるというのに。



 背後から死の気配が、恐怖を伴って刻一刻と迫ってくる。


 いや、死の気配なんてものじゃない。

 あれは死という名の闇だ。

 どこまでも暗い、おぞましい闇がこちらに迫ってくる。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 ――怖い。


 これが死だと言うのか。これが現実だと言うのか。

 余りの恐怖に呼吸が激しくなる。


 俺は死というものを、何一つ理解していなかった。

 今になって"試されていなかった"のだと分かる。


 闇が、闇が来てしまう。

 嫌だ、呑まれたくない。死にたくない。


「ねぇ、ナダールさん……」


 朧気に男の声が聞こえる。


「僕ならその傷、治せるかもしれないです。あなたはまだ生きたいですか?」


 いきる? イキル? 生きるとはなんだ?

 俺は死ななくて済むのか……?


 ――生きたい。


 闇に呑まれそうな暗い世界に、光り輝く一本の糸が垂らされる。

 ナダールはそれにしがみついた。

 悪魔が垂らした糸だと知らずに。


「……ぃ!」


「ん?」


「生っ……きたぃ……っ! 生ぎたい! 生ぎたい!」


「本当に?」


「生ぎだい!!!」


「僕の奴隷になるとしても?」


「何でもいい! 俺は生きた……ぃ……んだ」



――――――――――――――――――――



 ナダールは生への渇望の言葉を残して、気を失った。


 へぇ、生きる方を選んだか。

 てっきりそのまま死ぬ事を望んでいると思ったんだけどな、ナニカを見たのかな?


 まぁ物語のように誇らしく死ぬことなんて中々出来ないだろう。現実は必死に足掻くに決まってる。


「ご主人様、宜しいのですか?」


「うん、きっとナダールも分かってくれるさ。生に執着する僕の気持ちがね……」


 しかし想定外ではあったが、これで手駒を更に一つ手に入れた。

 素質は気配遮断、暗殺や偵察に便利そうだ。


 とりあえずリンも見守らないとだし、酷い傷だけど頑張って治して、ここで目覚めるのを待つとしよう。




「ナダール、そんな憂鬱そうな顔をするなよ。死ぬのが怖いのは別におかしなことじゃないさ」


「そうだけどよ……やっぱ簡単には割り切れんさ」


 あの後ナダールが目覚めて、指輪の契約を結んだ。

 ただ指輪を嵌める前に、仲間たち――「緋色の剣」の墓を建てさせてくれとお願いをされた。


 ナダールは相当な仲間想いの人なのだろう。

 というかエルナや白銀の乙女もそうだったが、冒険者の仲間はお互い命を預ける関係なので、相当絆が深い。


 だが、そんなナダールが仲間たちをあの世に置いてでも、生に縋ったのはそれだけ死が恐ろしかったという事だ。


「まぁまぁ、生きていたらいつかは良い事があるさ」


「……それもそうかね」


 そうだ。死んだら何も残らないのだ。

 今度こそ死ねば、僕はナニカに呑まれて存在すらも消えてしまうだろう。


 足元からナニカに引っ張られるような感触、自分が消えてしまうような感覚、死というものを心底呪ったあの日のことを僕は忘れることは無いだろう。


 僕は絶対生きてやるんだ。

 絶対に、絶対に。


「大丈夫か? なんだか顔が怖いぞ」


「おっと、大丈夫だよ。討伐報告はリンにさせるから、まずは僕の家で休もうか。傷も完全に治せた訳じゃないから、もう暫くは安静にしてないと駄目だよ」

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