45 *R15
「じゃあ早速準備するから、移動させといて」
男はそう言って指輪を机に置き、二人の女を残して奥の闇へと消えていった。
リンと何処か見覚えのある女が残り、その二人が横一列に並んでいた私達を拘束具ごと移動させてくる。
私を運ぶ見覚えのある女性を間近で見れば、何となく思い出してきた。
確か王都の方で活動するBランクの冒険者だったか、過去に一度出会って話した事がある。
……いや、待て。
よく見るとこいつは指輪を嵌めてないぞ。
あの男に脅されているのか?
誰にも聞こえないよう、小声で話しかける。
「お前、エルナだったか? 拘束を解いてくれ、私たち六人ならばあの男を抑えられる。無理に従う必要は無いぞ」
「え? 何言ってるんですか」
「声を抑えろ、仲間だった男を人質に取られてるのか? この人数で一気に行動すれば何とかなるはずだ。いや、私達が何とかしてみせる」
彼女には長年共に命を預けてきた相方が居たはずだ。
人質に取られ、従わされているのだろう。
「そんな事されてませんよ。マークス様は素晴らしい方ですから、自ら望んで従ってます」
マークス様? あの男の名か?
いや待て、ならば……
「……かつて仲間だった、あの男はどうした」
「マークス様に殺せと言われたので、殺しましたよ」
「……は?」
エルナの言葉が上手く頭に入ってこない。殺したって言ったのか?
エルナは良い事をしたと言わんとばかりに、ニッコリと微笑んでいる。
以前会った時はもっと普通の女性で、相方の男との二人旅を楽しそうに語っていた。
それが何故こうなってしまったのか。
あのマークスとか言う男が、エルナをここまで狂わせたのか?
「エルナ、どうかしましたか?」
「あっいえ、リンさん。コレが話しかけて来ただけです」
人間をコレ呼ばわりか。エルナの思考が全く理解出来ないが、手遅れなのは確かだろう。
思考を理解出来ずに、説得に成功する訳がない。
ここは一旦諦めて大人しくしておくか。
そうこうしている間に、六人が円形で向き合うように配置され、お互いの様子がよく見えるようになった。
奥から男が、これ見よがしに剣や鋸を持って現れる。
仲間達が思わず息を飲む。
「えーと、一人一人の名前覚えるのは面倒だから、君が一番で隣の君が二番ね、そのまま続いて最後の君が六番だ」
……私は六番か。
人を番号呼びするなど舐め腐ってやがる。
「それじゃあ始めようか。あんまり騒ぎ立てると殺すからね」
男は物騒な事を言う割に、微笑んでおり殺意を感じない。
脅そうとするならばもっと感情を込めるはず、その言葉の意図が読めない。
男は微笑みながら一番に剣を向けて問いかける。
「ほら一番。この剣で刺されたく無いなら、指輪を嵌めてくれない?」
円形の配置と言いこの男の意図が何一つ読めない。
だが先程の話を信じるのならば、彼の目的は私達に契約に同意させて奴隷にする事。
断っても、刺し殺すような真似は出来ないはず。
そもそも殺すのが目的ならば、寝てる間に殺せば良いだけでわざわざこんな事をする意味は無い。
一番もその考えに至っているのか、剣を向けられてもそこまで焦っていない。
そう、これはあくまで脅しだ。
「……断る」
受け入れる筈が無い。一番は冷静に拒否をする。
「じゃあ、二番の手を切り落としますね」
「「はぁ!?」」
予想外の返事に二番も思わず素っ頓狂な声を上げる。
私も口にはしないが、動揺している。
こいつ切り落とすって言ったぞ、再起不能にする気か。
いや、流石にそんな事をする訳……。
そう考えている間にも男は二番の前に行き――
「歯、食いしばってくださいね」
――無慈悲に剣を振り下ろした。
普段魔法を放っていた二番の美しい手が、軽い音を立てて地面に落ちる。
断面からは血が吹き出し、思わず目を逸らしたくなる。
何が起こるかしっかり見なければ。
瞼を閉じたくなる衝動を抑えて、何とか二番の様子を見る。
「っっ!!」
二番の顔が歪み、全身からは汗が吹き出ている。
だがそれでも、歯を食いしばって声を出していない。
私達の為だ。悲痛な叫びを上げて私達の心が揺らがないように、頑張って耐えているんだ。
男が切れた手の断面に魔法を掛けたかと思えば、みるみるうちに傷が癒え、手が生えて来た。
あれは、まさか高度な医療魔法……!?
医療魔法は、人体の仕組みについて詳しく理解した上で魔法への練度も高くないと使いこなせない、かなり難しい魔法だ。
切り傷を塞ぐ程度ならば、肌だけを理解すれば良いから使える者は多いが、部位の損傷を再生出来る程の者は滅多に居ない。
そこまで使える者は貴族に引き抜かれるのが殆どで、私たち平民が医療魔法を掛けてもらうには、莫大なお金が必要になる。
ここまで高度な医療魔法をお目にかかる機会はそうそう無い、私も実際の様子を見るのは初めてだ。
だが目の前の男は、それを拷問に使って来る。
つまり彼の魔力が尽きるまで、何度も手を切り落とせると言うことになる。
「ハァ……ハァ……」
痛みが和らいで来たのか、二番が呼吸を再開する。
明らかに疲弊している。
不味い、拷問のレベルが想像を遥かに超えている。
手を切り落とされた経験なんて私達には無い。
いつ魔力が尽きるのか分からない。
それまでに私達は耐えられるのか?
高度な医療魔法は相応の魔力と集中力が要る。だからそう何度も使えないはずだ……。
男は地面に落ちた手を拾い上げると、短剣で細かく切り分け出した。
「じゃあ一番と二番はこれを食べようか」
――は?
「人の肉って食べた事が無いからら、どんな味がするのか分からないんだよね。美味しいのかな?」
何故そんな事が出来る、興味があるから?
私達を何だと思っているのだ。頼むから一人でやってくれ。
男は今にも泣きそうな二人の口に、容赦なく生の肉……手だったモノを捩じ込んでいく。
「吐いたら最初からやり直しだからね」
手を切り落とす所からやり直すのだろうか。そう言われては、口に入ろうとする異物を受け入れるしか無くなる。
飲み込める大きさでは無かったのか、二人とも泣きながら咀嚼していた。
男は二人が飲み込んだのを確認すると、二番の返り血に塗れた短剣を今度は三番に突き付ける。
「じゃあ次に三番、指輪を嵌めるかい?」
三番と四番も同じ流れだった。
次は私か……。
「五番、指輪を嵌める?」
大丈夫だ、手を斬られても直ぐに医療魔法が来る。それまでの間耐えればいいんだ、覚悟は出来た。
「いいえ」
そうだ、それでいい。
男は残念そうに肩を竦めて、こちらに来る。
目を瞑り、歯を食いしばる。
短剣が皮膚を破り、骨を削る感触が腕に伝わって来た。
痛い、想像を絶する程に痛い。
でも仲間たちはこれを耐えてきたのだ、ここで私が声を上げる訳にはいかない。
耐えろ、耐えるんだ私。
全身を力ませて耐えていれば、徐々に痛みが引いてきた。
耐えた、耐えたぞ私。
自分の手の肉も死ぬ程不味いが、あんな痛い思いは二度としたくない。頑張って食べる。
「一周目が終わったか、じゃあ二週目に行こう。次は足ね」
男が無慈悲に継続する事を告げる。
皆もこれが男の魔力が尽きるまで終わらないと悟ったのか、失望と恐怖で顔が蒼くなった。
頼む皆、頑張って耐えてくれ。




