34 *R15
あっという間に卒業式を迎えた。
あれからホムンクルスと何回か会わせて貰ったが、しっかりと会話は出来ていた。
感情が無いので、前世のAIと話しているような感覚だったが。
レナート先生は育てるのは大変だけど、助手として観察しつつ色々仕込んでいきますよ、と楽しそうに語っていた。
先生は今後はどこかの国に仕えながら、こっそりと独自に研究を進めていくのだとか。
終わってみればいい所だった。身体も鍛えられ、人体や医療魔法、薬学への知識もついた。
不老不死に繋がる発見が無いのは少し残念だったが、今後活動する際に役立つ技術や知識が一杯だ。
皆の前で演説している学園長は、相変わらず話が長い。聞き流しながら今後のことを考える。
三年後には父さんとの約束で、スミア王国に文官として仕えることになる。
つまり、三年後には引越しだ。ホムンクルス作成のような大掛かりな事は出来ない。
そもそもあれはレナート先生が貴族だったから出来たことだ。場所も資金も育てる余裕も僕らには無い。
そこで、冒険者になろうと思う。
更に強さを求めたり、手駒を増やしたり、人間や魔物の研究を進めたりしよう。特にヴァンパイアに興味がある。
一度大人や実力者が多い冒険者界隈で僕らがどれくらいの強さなのか、知っておくのも大事だ。
学校でかなり鍛えられたはずだ。
後は……中途半端に壊れたままのツバキを完全に壊してあげないと、今日実行するか。
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「今日は流石にツバキの家に行くからね、挨拶しないと」
「え……」
「どうしたんだい? スミア王国に行くのは三年後だけど早まる可能性もあるし、もう暫く家族と会えなくなるかもしれないよ?」
「それはそうだが……」
マークスが心配そうに問いかけてくる。
今なら分かる、これは演技だ。
こいつは私のことなど全く心配していない。
言ってることは建前で、ちゃんと家族に別れを告げろというのが本音だろう。
マークスに脅され、研究者を殺してからは家族に会っていない。脅されたとはいえ、悪事に手を染めた私に会う資格があるのだろうか。
あの日からずっと罪悪感に苛まれている。
私は何の罪も無い人を殺してしまったのだ。
「おかえり、お姉ちゃん! ずっと会いたかったよ!」
「うん、ただいま」
結局私はマークスには逆らえなかった。
家に帰ると、家族が暖かく迎え入れてくれる。
久々に会えて嬉しいのか、良い笑顔を浮かべている。
――なんで私は作り笑いをしているんだ。
家族に会えて嬉しいはずだ。ここは十年以上住んできた故郷だ。可愛い妹も甘えてくれる。
なのにどうして、これといった情が湧かないのだろう。
私は壊れてしまったのか? いや、そんなはずがない。
マークスだ。指輪の効果の説明の際に、感情を抑制する的な事を言っていた。
家族に情が湧かないのは、あいつのせいに違いない。
家族に別れを告げると泣きながら見送ってくれたが、相変わらず私の心はどこか冷めたかった。
「ねぇツバキ、家族に会ってみてどうだった?」
隣から男が朗らかな声で話し掛けてくる。
返す言葉は無い、こいつのせいで憂鬱だ。
「想像していた反応と違ったかい? 自分の心の」
……図星だ。
こいつと話していると、全てを見透かされている感覚に陥る。
私の反応から肯定と読み取ったのか、話を続ける。
「僕の指輪のせいだと思ってるなら、それは間違いだよ」
「なんだと……?」
思わず声が漏れる。
「君だって、薄々気づいているでしょ? 自分の本性に」
本性? 人を殺した事か? あれは違う。
あれは家族を守る為であり、仕方なかったのだ。
「家族の為だとか言ってるけど、本当に心の底からそう思ってるの?」
隣の男がまくし立ててくる。
違う、違う、辞めてくれ。
「過去に自身の手で研究者を殺しただろう? その時の事を詳しく思い出してみよう」
ずっと思い出さないよう蓋をしていたのに、命令されると勝手に頭が回り思い出してしまう。
殺した時、家族の事など頭に無かった。
寧ろ殺す直前に、私の人生が狂ったのは家族を守ろうとしたせいだ、とまで思ってしまった。
忘れていたはずの、心臓を突き破った感触が蘇る。
あの時の研究者の死に顔は、悍ましい程に歪んでいた。
だがそれを見ても、私には何も情が湧かなかった。
今も家族に、何の情も湧いていない。
私はまるで――
「僕みたいだっただろう? 結局家族を守るなんてのは、君が作った建前だよ。君は僕と同じで壊れているのさ」
違う……違う……! 私は……私はっ……!
薄々自覚はしていたが、目を逸らし続けていた。
こうして突きつけられると、何も言い返せない。
「それが君の本性だ、そろそろ向き合いなよ」
あの時研究者を刺した両手が大きく震え出す。
顔を下に向ければ、血で真っ赤に染まった両手が映った。
「あ……あ……」
震える唇から、乾いた呻き声が漏れる。
心臓が破裂しそうな勢いで脈動してあるのが分かる。
「罪悪感に苛まれているのかい? それとも、人を殺した冷酷な自分の本性と向き合うのが怖いのかい?」
どちらもだ、何もかも見抜かれている。
「二年も苦しんだんだ。そろそろ受け入れてもいいんじゃないか? 僕達は仲間なのだから、歓迎するよ」
ツバキは罪悪感に苛まれるマトモな自分と、平然と人を殺した壊れた自分に挟まれている。
その二者の中で、後者に行けと言っている。
「こっちに来れば、罪悪感に苛まれることなんてない。本当の自分を受け入れてしまえば、楽になるよ」
あの時の壊れていた私が、本当の自分なの……?
こいつの言うように受け入れてしまえば、罪悪感や恐怖で苦しむ事は無くなるのだろうか。
「君は子供なのに色々な問題を抱えすぎた、そろそろ救われても良いと思わないかい?」
救われる、そんな言葉が頭に響く。
私は救われても良いだろうか。
一度本性を認めてしまえば戻れないと分かっているのに、魅力的な提案に聞こえてしまう。
私の心が揺らいで居るのが分かる。
私は……私は……。
「ねぇツバキ、こっちにおいでよ?」
マークスが顔を覗き込むように近付けて来る。
不老不死を望む男の、黒い瞳が映った。
そこには世界が拒絶したような、何処までも深い深い闇があった。
その瞳と目が合った瞬間、ツバキは壊れた。




