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あれから何だかんだツバキもそれなりの恩を感じているのか、研究や話し合いに積極的になってきた。
半年以上ここに居て毒されたのか、最近は人間を解剖したり死ぬところを見ても平気そうだ。
レナート先生が良い感じに狂っているので、感覚が麻痺してそうだ。
態度は相変わらず冷淡なので、これが素なのだろう。
契約を結んだとはいえ、リンのように僕に不利益がない限りある程度自由にはさせている。変に不満を抱かれても面倒だし、目的や今までやってきた事もまだ明かしていない。
今も四人集まって、人体の解剖をしながら話し合っている。人間とは奥深く、本当に飽きることがない。
そこで僕はふと思ったことがある、この世界には心臓マッサージって概念がないよな。
前世ではあったのだが、恐らくこの世界では研究者の少なさと、臓器は脆いので強い刺激を与えてはいけないという先入観があるのが、見つかっていない要因だろう。
手術中に出血量が多すぎて、成否に関わらず衰弱死することが結構ある。
心臓マッサージで延命や蘇生、できないのかな?
医学があまり進んでいないこの世界で、仮に心臓マッサージで延命、蘇生出来るようになれば大発見だ。
生物学部の株が間違い無く上がるだろう。
これをなるべく有効活用したいな、レナート先生との交渉のカードに切るとか。
「レナート先生、心臓の脈動が止まると死ぬと定義するなら、無理やり動かしちゃえばいいんじゃないですか?」
とりあえず効果が無ければ意味が無いので、提案だけしておこう。
先生は何を言っているんだ、といった顔でポカンとしている。ツバキもよく分かって居ないらしい。
「ほら、無理やり人力で心臓を圧迫すれば、一応脈動は止まらないし血は巡るじゃないですか? これで強引に延命や蘇生を出来たりしませんかって、思ったん……ですけど?」
そもそも概念が無いから上手く伝わるだろうか、僕も前世で知っているだけで実際にやった事はない。
話してる途中に先生が小刻みに震え出した。
なんだろうか、不味いことでも言ったか?
「素晴らしい、面白い発想ですね! そんなこと思いつきもしませんでした、試す価値は十分にあります!」
新しい玩具を与えられた子供のように、目を爛々と輝かせている。早速生きた人間を大量に送ってもらいましょうか、なんて言い出す。
「理屈は理解出来るが……大丈夫なのか? 心臓を傷付けたり押し潰したりしたら即死だぞ、リスクが高過ぎる」
「ある程度は胸骨が守ってくれるでしょう。骨は折れるかもしれませんが、命の方が大事ですからね」
「ふぅむ、それを検証するのに何人死ぬ事やら……」
「流石マークスさん、素晴らしい慧眼の持ち主です」
リンは持ち上げてくれるが、ツバキはあんまり上手く行くとは思っていなさそうだ。
かなりの力技だが、それなりの説得力はあるはず。
これが上手く行けば、より死が遠さがるはずだ。
心臓マッサージに関しては誰でも出来るので、周知すれば僕が突然倒れた時に、誰かが使って助けてくれるかもしれない。
「うーむ、効果があったのか生きては居ますね。ですが心臓マッサージとの因果関係がはっきりしないですね……」
心臓マッサージの効果が目には見えないので、延命だと本当に効果が出ているのか分からない。
先生も唸っている。
心臓マッサージの効果を如実に出すには、蘇生させるしかないだろう。
「蘇生に挑みますか?」
「蘇生か……じゃあ一旦殺さないと駄目ですね」
「グフッ、フッフッフッ」
四回目の挑戦で、遂に息を吹き返した。
猿轡越しに必死に呼吸をしている。
やはり前世の医学は偉大である。
「素晴らしい! まさか本当に成功するとは、マークスさんにはあまり自覚が無さそうですが、これは相当な大発見ですよ!」
先生の勢いが凄い、過去最高級のテンションだ。
「早速発表したいですね! 発案者のマークスさんも来ますか?」
発表の際に各地から学者が集まるだろうから興味はあるが、注目を浴びるのは不味い。
「いえ、手柄は譲りますよ。その代わりに少々お願いがありまして――」
元々悪名高いレナート先生には隠れ蓑の役割もあった。
僕らが何か怪しいことをしても、良からぬ噂の対象は真っ先に先生に向かう。
先生はそんな噂は気にしないし否定もしない。僕の代わりに名声悪評なんでも受け止めてくれる受け皿という訳だ。
それに生物学部の地位が向上するのは良い事だ。
より上等な研究資料や器具が届くようになるだろう、そうなれば研究は捗るというものだ。
心臓マッサージの発見を機にレナート先生には名教授になってもらおう。僕はその名教授の生徒ということで甘い汁を吸わせてもらう。
レナート先生が一声掛けるだけで合法的にモルモットが補充される、なんて素晴らしい環境だろうか。




