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33話 自覚

これは後から聞いた話なのだが、俺とヴィクトーリア様の婚約の話はあっという間に学園中に広がり、顔合わせの次の日には知らない者はいないほどだったそうだ。俺が改めてメーヴェのネームブランドの恐ろしさを知ったのは数日後のことだった。



11の月19日目。ヴィクトーリア様との顔合わせから2日後の放課後。俺は剣術の稽古前に医務室を訪ねた。気乗りはしなかったものの、先生が俺の婚約について知ってるのか、知っていたらどんな反応をするのかを確かめてみたいという好奇心には勝てなかった。




ドアのノックに緩い声が聞こえた。

「いらっしゃーい、リット様」

「先生?なぜ、様を?」

俺は青ざめた。今までの経験上、先生が俺のことを様付けをするときはだいたい良くないことが起こるのである。

「ご婚約おめでとうございます。あまり馴れ馴れしいとヴィクトーリア様に誤解を与えかねませんので、これからはこのようにね」

先生は"学校医スマイル"を浮かべながらそう言った。これは本心で言っていない可能性がある。いや、もしかしたらこの前の事件で俺のことを嫌いになってしまったのかもしれない。俺のせいで学校医を辞めさせられそうになったのだから。

先生の席の隣にいたイレーネさんも"看護助手スマイル"を浮かべてこちらに声をかけてきた。

「おめでとうございます、メーヴェさん。あぁ、ドロッセルさんと並ぶと美男美女すぎて鼻血がでそうですわ、、ということで少し備蓄室に行ってきますね」

そう言うとイレーネさんは笑顔のままスタスタと備蓄室につながるドアの奥へ消えていった。本当に気を遣いすぎな人である。



俺と先生の間に少しだけ沈黙が流れた。



俺は意を決して言葉を紡いだ。

「先生は、その、あの、、」

怒っていますか?そう聞こうとしたけれど、先生の言葉に遮られてしまった。

「本当に喜ばしいですわ。ヴィクトーリア様といえば美少女と名高く清楚で可憐で。リット様にお似合いです」

「先生、それ本気で言ってるんですか?」

俺はすがるような目で先生を見つめた。

「ええ」

先生は貼り付けた笑顔でそう言ったが、視線が僅かに左に反れたのを見て俺は思わず心の中でニヤついてしまった。

この人は嘘をつくと視線が少しだけ左に反れるのだ。それはつまり、少しは意識してくれているということに他ならない。嬉しさがこみ上げてきたものの、ここでバラすわけにはいかないのでしばらく演技をしなくてはならない。

「そうですか。可憐な方でよかったです。どうせ婚約しなければならないのならなおさら」

「しっかりと愛を育んでくださいませ。リット様の幸せは私の幸せでもあります」

先生は作り物ではない満面の笑みを浮かべた。そして瞳は反れなかった。俺は少し焦った。さっきのは勘違いだったのだろうか。



だとすると、これで俺から解放されると思った先生は新しく恋人を作ってしまうかもしれない。誰かからアプローチされてOKしてしまうかもしれない。


心臓がぎゅっと締め付けられた気がした。

俺は誤算してしまったのかもしれない。また頑張りすぎるとできなくなる癖が発動したのかもしれない。心の中で焦りが大きくなっていった。

「どうしたの?少し顔色が悪いわ」

「いや、別に。あ、」



そして俺ははっとした。



俺は先生に嫉妬して欲しかったんだと今更ながらに気づいたのだ。

俺から解放されるって自分で思ってるということは、俺は追いかけてた自覚があったのだ。



俺は、先生が好きだ。

尊敬を超えて、恋愛感情を伴って。

好きで好きでしょうがないところまで来てしまっていたのだ。


自覚してしまえば過去の自分の感情にすべて納得がいった。

オッターの事件のときに感じたドロドロとした黒い感情は"嫉妬"であり、先生相手に何度も胸が高鳴るのは"情愛"から来るものだったのだ。

いや、自覚するのが怖くて蓋を締めていただけだったのかもしれない。世界の"普通"から外れたくなかった。だから、同性を好きだなんて認めたくなかった。

でもそんなプライドは、先生を失う怖さからすれば塵のようなものだ。



何というタイミングで気づいてしまったのだろうか。

しかし引くに引けない。ヴィクトーリア様との約束もある手前、こんなに早くバラすわけにもいかないのだ。でも、このままだと先生が離れていってしまう気がした。


「ちょっと、坊や?」

「いや、あの、何でもないです。じゃ、じゃあ僕はこれで!!」

俺は先生に見つめられ、どうしていいのかわからず逃げ帰ってしまった。



結構な勢いで走ったからか、ドキドキが止まらなかった。

先生の"リット様の幸せは私の幸せでもあります"と言った時のあの笑顔が脳裏から離れなかった。




俺は邪念を祓うためにも大人しく稽古へ向かった。もちろん稽古に身など入らず、先輩方の手によりボロボロにされてしまった。幸いにも流血するようなことはなかったので医務室には寄らずに済みそうであった。

 


そこから俺はまた先生を避けた。





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