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17話 親友の苦悩

それは4の月1日目の放課後のこと。

俺は先生が魔法が使えるという真実を聞き、その中でフォルカーが言っていた"ラヴィーネ山脈にある飛び地"が先生の故郷だということを知った。先生もまたフォルカーに思うことがあったそうで、今度二人で医務室にいらっしゃいと言われたのだ。

俺は明日にでもフォルカーを連れて行きたく、彼の稽古場まで足を運び彼の帰りを待っていたのだった。


俺は言葉を選びながらフォルカーに一緒に医務室に行きたい頼んだ。

「はぁ?僕がなんであの学校医のところに一緒に行かないといけないのさ?」

フォルカーは案の定不機嫌になった。やはりフォルカーは先生が嫌いなようだ。

「あまり詳しくは言えないんだけど、例の飛び地が先生に関わっててさ、その話になったらお前も連れてこいって」

フォルカーはそう聞いた瞬間、目を見開いた。

「ふーん。そういうこと。わかったよ。行く」

フォルカーは思っていたよりも素直に応えてくれた。

しかし、いつもの彼の軽さはなかった。シリアスモードとでも言おうか。彼がこのモードになることは珍しかった。

「ありがとう」

「リットはさ、その、、」

フォルカーは少し気まずそうにしていた。

「何だ?」

「何でもない。明日の放課後、医務室の前で待ち合わせね。じゃあ」

彼はスタスタと寮の方へ向かって歩いていってしまった。


「フォルカー?」

フォルカーを呼び止めようとした俺の声は、彼に届いていないようだった。



◇◆◇


次の日の放課後、西校舎から中央校舎へ向かう道で後ろから駆けてくるフォルカーに追いつかれた。


「リット、ごめん!昨日ちゃんと言えなくて。あのさ、誕生日おめでとう」

フォルカーは少しだけいつもの様子に戻っていた。まだ少しぎこちなさはあるけれど。

「ありがとう。来週はフォルカーの誕生日だな」

俺たちはちょうど一週間違いで生まれているのだ。メーヴェとシュヴァンの本家同士はどうもそういう縁があるらしく、俺たちの父同士も同学年、兄同士も一ヶ月違いほどで生まれている。


「今年こそは二人きりでデートを」

フォルカーは少しだけ頬を赤くして去年と同じことを言ってきたが俺はすっと口を挟んだ。

「いや、今年も四人だな。あいつらも楽しみにしてるんだよ」

俺はニヤっと笑った。

あいつらとは俺とフォルカーとよくつるんでいる二人、レニーとミランという友人のことで、中等部の頃から何かと四人で過ごすことが多かった。フォルカーに次いで親しい友人たちである。先生とのリハビリの中で、彼らの存在の大切さにも気づくことができた。

「まぁいいや。四人も楽しいし」

フォルカーはぎこちないなりに笑っていた。

彼の目の下には薄っすらとクマが浮かんでいた。



医務室が近づくにつれ、にフォルカーは言葉数が少なくなっていった。



一体、先生とフォルカーの間に何があるのだろうか。いや、俺は勘付いてはいた。フォルカーが長年俺に黙ってきた秘密に関することだということに。そして、それは先生にも大きく関わっているであろうことにも。

これは一晩寝ずに考えた末の仮説であった。




俺たちは医務室前につき、ドアをノックした。


「二人ともいらっしゃいな。ふたりとも顔色が良くないわね、、とりあえず隣に行きましょうか」

そう言うと先生は俺たちを連れて隣の実験室に向かった。



ドアを開けるとそこはすでに蝋燭などで薄明るくなっていた。どうやら先生が予め準備しておいていたらしい。


俺たちは教卓近くの小さなテーブルに案内された。昨日はこんなものなかったのできっと先生が用意してくれたのだろう。


椅子も少しだけ新しいものに変わっており、腰掛けてもキィという音はしなかった。

俺とフォルカーが隣同士、先生は向かい側に座った。




席に着いてから最初に言葉を発したのはフォルカーだった。

「先生。僕のリットに手を出すのやめてくださいませんか?」

その声はシリアスモードよりもさらに冷たく感じるものだった。こんな彼は初めて見た。

「何いってんだよ?」

「なんでそうなるのよ?何もないでしょうが」

俺と先生は同時に言った。

「貴方が僕の正体に気がついたように、僕も貴方の正体がわかりましたよ。ここで働き続けたかったらこれ以上リットに近づかないでいただきたい」

"正体"と聞き心臓がうるさく仕事を始めた。昨日の会話でバレてしまったというのだろうか。

「坊や、話したの?」

先生は驚いたようにこっちを見つめてきた。裏切ったの、と聞かれたようなそんな気がした。

「え?!」

俺が動揺しているとすかさずフォルカーが口を挟んだ。

「いいえ、リットは僕をここに連れてこようとしただけですよ。先生。僕はまだリットにこの話をしていないんだ。勝手な真似はやめてくださいません?」

フォルカーは冷たく先生を睨んだ。

「出過ぎた真似をしたわね。ごめんなさい。でもそろそろ頃合いじゃなくて?高等部生にもなってこのまま知らせずに過ごしていくというの?」

俺は二人の会話に口を挟めないでいた。俺は二人の顔を交互に見ることしかできなかった。

「本当におせっかいな人ですね。余計なお世話です。僕だっていつかは言わなくちゃいけないってわかってるんだ。でも、でも!!」

フォルカーは膝の上で拳を握っていた。その手は微かに震えているように見えた。

「昨日、リット坊やと話してわかったわ。貴方の考えは杞憂に終わる。それに私は貴方と同じような」

「それが余計だと言ってるんだ!あなたにはわからないだろう?!ずっと虐げられてきた僕の気持ちなんか!」

フォルカーの瞳からは一筋の涙が流れた。

彼ははっとして顔を腕で覆った。


もしも俺の仮定が、"フォルカーも魔法が使える"という仮定が正しければ、彼はずっとずっと誰にも言えなくて苦しんだに違いない。彼が一番信用しているのは多分俺で、その俺ですら聞かされなかったのだから。

俺の中でフォルカーに対する申し訳無さと、言ってくれればよかったのにという気持ちが入り乱れていく。


「リット、帰ろう」

フォルカーはそう言うと席から立ち上がった。

俺は彼の手を無意識に掴んで立ち上がっていた。

「フォルカー。俺だって馬鹿じゃない。なんで、なんで言ってくれなかったんだよ!親友じゃなかったのかよ!」

俺は自身の行動と言葉に驚いた。


これは俺の無意識によるものらしい。


「君だけには嫌われたくなかったんだよ。君だけなんだよ、こんな僕にも態度を変えずに接してくれるのは。他の奴らは何もわかってくれないんだ。君に見離されたら僕は僕でいられない!」

こんなに感情的なフォルカーは初めてだった。

俺はまた無意識にフォルカーの胸ぐらを掴んでいた。

「魔法が使えようが使えまいがフォルカーはフォルカーだろ?!俺はそんなに信用ならないのか?!」

俺は自身の怒りをフォルカーにぶつけてしまった。フォルカーに信用されていなかったということに対する八つ当たりだ。そう気づいた時にはすでに言葉は俺のもとを離れてしまっていた。


フォルカーは少し寂しそうな表情を浮かべた。

「君は忘れてしまったかもしれないね。僕たちがまだ初等部の低学年だった頃、君は僕に言ったんだ。魔法は少し怖いって」

それは事実だった。日常の中の何気ない会話だったのを朧気に覚えていた。


俺は無意識に友人を傷つけていたらしい。

なんと無意識の言葉(ナイフ)は鋭利なのだろうか。

知らないとはなんと怖いことなのだろうか。


「ごめん。それは、そんなつもりはなくて」

俺は力を緩めた。

自身の至らなさに呆れることしかできなかった。


「それもわかってる。でも怖かった。僕は正確に言うと魔法が使えるわけじゃないんだ。魔力を作り出すことはできて、それで体を強化できるようになってしまったんだ。僕は、もはや人族でも魔族でもない半端者なんだよ。人間じゃないんだ」


フォルカーはヒクヒクと泣き始めた。

彼がこんなに泣いているのは初めてだった。


半端者、人間じゃない、その言葉たちが彼を苦しめ続けた正体だった。

もしも先生の秘密を知る前ならば、俺は尻込みをしてしまったかもしれない。でも今の俺にはそんなことは関係なかった。


「そりゃ強いわけだよな。小柄な君がなんであんな大男たちをバシバシ倒していけるんだろうって思ってはいたんだ」

「気持ち悪いでしょ?嫌でしょ?怖いでしょ?」

フォルカーはポロポロと泣き続けていた。

「いや、フォルカーはフォルカーだし。むしろ納得できてストンと落ちたというか」

俺はできる限りの笑顔を浮かべた。

ぎこちないかもしれないけれど、それでも親友を安心させたかった。

「え?」

フォルカーは目を見開いていた。

「昨日のワンクッションもあったし、俺の見てた世界って狭かったんだなって実感した。むしろ、ごめん。ずっと言えなくて苦しかったよな」

俺はそっとフォルカーを抱きしめた。

これは無意識ではない。

ちゃんと自分の意志で、ちゃんと自分の気持ちで表現した結果だった。


いや、恋愛的なものではない。これは友人としての抱擁である。



フォルカーはしばらく腕の中で泣いていたけれど、段々と落ち着きを取り戻した。


「先生、ごめんなさい。僕はリットのことをわかってなかったみたいだ」

先生は首を横に振った。

「当事者じゃないからこそわかることですからね。私には貴方の苦しみはわからないわ。途中から保護してもらえた私に何も言う資格はないもの」


フォルカーと俺は静かに席についた。

そしてフォルカーは自身の過去をぽつりと語り始めた。

「村の存在は父から聞いたんです。お前などという恥晒しは村に送ってしまいたいって。でも、僕のこの瞳はあまりに目立ちすぎる。知る人が見ればすぐにシュヴァンとのつながりに気づかれてしまう。それを恐れた僕の父は僕を学園の寮という檻に閉じ込めることにしたんだ。なるべく顔を合わせなくても済むように」

「そうだったんだな。シュヴァンと仲違いしてるのはわかってたけど、そんな裏があったなんて」


俺の視界がグニャリと歪んだ。

頬を生ぬるいものが伝っていくのがわかった。


「リット、泣かないで」

フォルカーはワタワタと慌て始めた。


俺は涙を流しているらしかった。どうしてしまったのだろう。俺はいつからこんなに涙もろくなってしまったのだろうか。


「ごめん。すぐ泣き止むから」

俺は腕で顔を覆った。


どんな経緯で魔力があることがわかったかは知らない。どんな事情があったにせよ、長期休暇になっても帰省することなく学園の寮で一人寂しく過ごしていた彼を思ったら涙が止まらなかった。

その理由が"魔力があるから"という理由だったことも理不尽だと感じた。

そして、フォルカーは腐らず、俺や他の友人達を気遣って明るく振る舞っていたのだ。


それを思うだけで胸が押しつぶされそうだった。



「さっきも言ったけどさ、リットは突然寮生活になって実家に帰らなくなった俺に今まで通り接してくれたんだ。多くのやつはシュヴァンの問題児と関わってもろくなことがないと離れていったけど、リットは違ったんだ。そんな君の態度を見て戻ってきてくれた友達もいた。君がいなければ僕はずっと一人だったかもしれない。そう思っただけで怖くてしょうがなかったんだ」

フォルカーのその言葉は俺に重くのしかかった。



俺はそんなふうに思われていい人間じゃないんだ。



「俺は、フォルカーが思ってるほど良いやつじゃない。昔のこともあまり覚えていないんだ」

俺は涙を拭ってそう言った。

気がつけば俺はフォルカーと一緒に居ることが多かった。それはフォルカーが寮生活になってからだ。それより前のこと、具体的には9歳より前にフォルカーとつるんでいた記憶、むしろ他の記憶も断片的にしかない。


「君はぼくのことを大切な友達だって言ってくれたんだ。覚えてないのは無理もないよ。僕がシュヴァンで問題を起こす少し前から君は心を閉ざしてしまったから」

「え」

それは予想もしない言葉だった。俺は必死にその前のことを思い出そうとしたけれど、やはりモヤがかかったように記憶がはっきりしない。

「多分8歳くらいのときかな。それまでリットは喜怒哀楽がはっきりしてた普通の子どもだったんだ。それがある日を堺に変わっていったんだ。急に大人びいた感じがした」

「全然気が付かなかった」

「君が忘れてしまっていても、僕にとっての真実は一つなんだ。君は僕の希望そのものなんだ」

フォルカーはいつものようにニコリと笑った。

俺は安心したのと、少しの照れくささとで胸がいっぱいになった。



先生は何も言わずに俺たちを眺めていた。

嬉しそうに微笑みながら。



完全に泣き止んだ俺達は先生と向き合い、改めてお礼を言った。

先生は相変わらず嬉しそうにしていた。


「僕は成人したらシュヴァンと縁を切る。いや、正確に言うと完全に切れるわけではないんだけど、奴らが干渉できない領域で働きたいんだ」

フォルカーがそんなふうに夢を語るのは初めてのことだった。いつもは適当に働くよーくらいにしか言わなかったのだ。


「大変ね、家柄なんてものは」

先生は腕を組みながらそう言った。

「ホントですよ。あなたみたいな一般市民風の男になりたいものです」

「嫌味ね」

先生はフォルカーの言葉に苦笑いを浮かべたのだった。

二人の雰囲気が少し和らいだのが嬉しかった。

できれば二人にはあまり喧嘩をしてほしくない。



「ということで、リット。僕と一緒に王国騎士団で働こう!」

「え?」

俺は突然出てきたその単語に驚いた。

たしかにそこで働ければ彼の夢が叶う。王国騎士団に入れれば家柄などほぼ関係なく過ごせるし、衣食住も確保される。それに彼の体術が大いに輝く場でもある。

俺としてもここまでやってきた剣術が役に立つ最高の場でもあると言えた。

フォルカーはニコニコとしながら続けた。

「でさ、騎士団の寮で隣同士に住むの。絶対楽しいよ!あの国王様の元で働けて、大好きな人と隣で生活できるなんて、幸せすぎる!!」

「ちょっと待ってくれ。すごく、身の危険を感じるんだけど。色んな意味で」

隣の部屋なんかに住めば確実に乗り込まれる。そしてその先も、、などと考えてしまい血の気が引いていくのがわかった。

「大丈夫、僕の理性は鋼並みだからね。君の心の準備ができるまでは何もしないし」

フォルカーはいつものニコニコした笑顔で言った。

「いや、心の準備も何も、俺はそっちの趣味は」

「先生なんてやめて、僕にすればいいじゃん。僕なら君のすべてを受け入れてみせるよ」

俺の言葉を遮ったフォルカーは大きな爆弾を投下したのだった。彼は両腕を広げ俺を受け入れるかのようなモーションを取った。

「ふへ?!」

俺は間抜けな声を上げてしまった。色んな意味で何を言い出すんだこいつは。


「あら、まぁ」

先生はわざとらしく右手を口元に当てながら言った。完全に面白がっていた。


「ちょっと待て。俺がいつ先生を?いやいや、ないないない。フォルカーもないけど!!」

俺は必死に否定した。頬のあたりが熱を持っていく。


「そんなに拒否されると流石にへこむわ」

そんなことを言いながらも先生は相変わらず面白そうにしていた。


「ずっとヘコんでればいいんですよ。おじさん」

フォルカーのその言葉に先生の眉がピクリと動いた。


「あ、それは禁句よ、フォルカー。訂正なさい」

先生は少し冷たい声で言い、フォルカーを思いっきり睨んだ。フォルカーはふっと鼻で笑うだけだった。

俺は聞き捨てならない言葉に思わず口を挟んだ。

「先生?!なんでフォルカーは呼び捨てにするんですか?!」

「「え、そこ?!」」

先生とフォルカーは同時にこちらを見た。

その瞬間また二人は睨み合いを始めてしまった。

「リットはまっすぐで純なんです。あなたみたいな男をたぶらかすおじさんの近くにいたら邪に染まってしまう」

「言わせておけば、がきんちょが。おじさんおじさんと何度も言うんじゃないわよ!まだ21にもなってないわよ!」

先生がこんなに声を荒げるのは初めてのことだった。

オッターのときもここまでじゃなかったように思えた。


「ほら、見ただろ、リット。これが先生の正体さ。さくっと手を引こう?」

「フォルカー、頭に来たわ。あんた魔法でもそう簡単に死なないわよね?水、氷、火のどれがいい?たっぷり味あわせてやるわよ」

「ふっ。どれも躱してやりますよ。日々のトレーニングをなめるなよ、先生」

二人は立ち上がり、今にもつかみ合いになりそうであった。

「ストーップ!!ふたりとも、落ち着いて」

「「邪魔しないで!」」

「うわ」


俺の制止を振り切り二人は部屋から出ていこうとした。

俺は二人の首根っこを掴み部屋に戻した。




「アホなんですか?先生もいい大人なんですから挑発に乗らないでください」

「あら、嫌だわ。冷静になったわ」

「フォルカーも。本当に脳筋なんだから」

「脳筋って言わないでよ。事実だけどさ」

むぅっとフォルカーはふくれた。

「やだ、脳筋野郎と同じレベルだなんて。猛省しなくては。」

先生は大人気もなくフォルカーを挑発しにかかった。

「いちいちムカつくんですよ。これだからおじs」

「このガキが」

二人はまた火花をちらし始めた。

「やめるんだ。お互いこれ以上刺激するな」

「ちっ」

最後はフォルカーのわざとらしい舌打ちで終わった。



俺は大きくため息をついた。

せっかく二人の仲が改善したように思えたのに振り出しに戻ってしまったような気がした。いや、下手をするとマイナスになってしまったのかもしれないと思った。




◇◆◇

俺とフォルカーは夕焼けの中、中央校舎から正門に向かって歩いていた。いつものように正門まで送ってくれるらしい。


フォルカーの横顔はスッキリとしているように見えた。

俺はさっきから考えていたことを言葉にした。

「なぁ、フォルカー。お前が言ってた王国騎士団のことなんだけどさ。いいかもな」

「でしょう?君もメーヴェの次男だしさ、身を置くには丁度いいと思うんだ。僕らの愛を育むのにもね」

「後半は全力で断りたいんだけど」

「ふふ。半分冗談だよ」

「半分は本気か!」

俺は少しだけたじろいた。

「君と僕はお似合いだと思うんだけどなぁ。背格好的にも、リットはまだまだ背も伸びそうだし。あ、でも。これ以上素敵になっちゃったら、僕、我慢できないかも」

フォルカーは通常運転に戻っていた。反射による言葉たちの威力は相変わらずである。


「洒落にならないからやめてくれ。それにお前さ」

「何?」

「初恋の人がいただろ?彼女はいいのか?」

それは昔フォルカーから聞いていた隣国のお姫様のことだった。

彼はその彼女ともう一度会えたときに話をしたい一心でシェルドント語の習得に力を入れているのだ。


「あはは。もう会えないだろうし、会えてもどうにもならないよ。彼女は住む世界が違いすぎる。僕みたいな人間が好きになっていいお方じゃないさ」

「好きになるのは自由だと思うけどな」

「ふふ。リットこそが僕の運命の人なんだよ、きっと」


俺は立ち止まり、フォルカーをまっすぐに見つめた。

フォルカーも俺に合わせて立ち止まる。

周りには人はいなかった。

「真面目に返すと、俺はお前の気持ちに答えられない。かけがえのない友人だとは思ってるし、好きだとは思うけど、君の好きとは違うんだ。純粋に友でありたい。」


それは俺の本心だった。

都合のいいことを言っているのはわかっている。フォルカーに嫌な奴だと思われるかもしれないけれど、ちゃんと伝えないといけないと思った。



俺の好きと彼の好きはベクトルの向きが違うのだ。




フォルカーは少しだけ眉を下げながら笑顔を作った。

「残念だなー。でもさ、気が変わるかもしれないよね?本当に嫌になったり、ちゃんと好きな人ができたら、その時はもっとしっかりと拒否して。そしたら僕も諦めがつくから。なんだかんだ言って君の幸せを考えているんだよ、僕は」

「ごめん。応えられなくて。それでも友人で居たいなんて虫のいい話だよな」

「それは僕も同じだからね。そこはリットも僕と似てくれてて嬉しい」

フォルカーのその言葉に安堵した自分がいた。

他から見ればそれは醜い感情だろう。それでも俺は彼を拒否したくないしされたくもない。



俺たちの関係を"共依存"と呼ぶのだろう。



「俺、本当は貪欲だったんだな。フォルカーのこと、友人として手放したくないんだ」

「気づいてなかったの?君はすでに無欲な人間じゃないよ。あのおじさんにも少しは感謝しなくちゃね」

「おじさんって」

「僕からとったらおじさんだね。いや、キレイではあるからおばさん、か。どっちでもいいや。でもあの人にリットが取られるのは勘弁だ」

「ないだろ。先生にも俺にもそんな気はないし」

「リットって本当に、、」

フォルカーは大きくため息をついた。

「え」

「じゃあ、また明日ね」

「あぁ、また」



フォルカーは来た道を戻っていった。

彼は何を勘違いしてるのだろう。俺にとって先生は尊敬する大人で、先生からとって俺ははただの一生徒だ。親しくはしていたい。それ以上は、、



俺はそこで考えるのをやめた。

考えてはいけないと、頭の中の誰かがそう囁いた気がしたのだ。



俺はようやくフォルカーと本当の意味で友人に、親友になれた気がした。


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