11話 打ち明ける
あっという間に時は流れ、2の月下旬。寒さの峠は越え、少しずつ春らしい日が増えつつあった。
あれからというもの、俺は定期的に『心のノート』と名付けたそれに嬉しかったことや長所短所、興味を持ったものなどを書き込んでいった。そして、嫌だったことは紙片に書き暖炉に放り投げた。ノートに言葉が溜まっていく毎に、紙片が燃えていくのを見る度に心が温度を取り戻していく気さえした。
先生には怪我の治療の時に少しアドバイスをもらったりなどし、自己分析を進めていった。
俺は少しずつ人間らしくなっている気がした。
それは周りの人々にも伝わっているようだった。
「リット、最近なんか変わったね」
それは放課後、フォルカーと共に図書館で授業の課題をこなした帰りに彼に言われた言葉だった。
「そうか?」
「なんか、表情が豊かになったっていうかさ。なんかあったの?」
黙っているべきものでもないので俺は素直に打ち明けることにした。フォルカーは最初は怪訝そうな顔をしていたけれど、最後の方は納得したように真剣な顔で話を聞いてくれた。
「なんかコソコソしてると思えば、そんなことがあったなんて。教えてくれればよかったのに!ブルーノくらい投げ飛ばせるのにさ」
「だからお前には相談できなかったんだよ。シュヴァンとメーヴェが対立するわけにいかないだろ?」
シュヴァンとメーヴェは表面上は友好的である。しかし父親たちの代は仲が良いわけではなく、その上の代は険悪だったという。フォルカーが絶縁状態にあるとはいえ、縁が全て切れているわけではないので喧嘩の火種を作るわけにはいかない。ましてやブルーノのせいでそうなるのは俺自身が嫌だった。
「そりゃそうなんだけどさ。そっか、あの先生がそんなことをね」
「おかしい話だよな、心の思春期がまだだったなんてさ。自分でも少し恥ずかしくなるっていうか」
「学生なんてみんなそんなもんでしょ?みんな学生の間に色んな事を学ぶんだよ」
「そうだよな。そのために学校に通ってるんだよな」
フォルカーのその言葉は当たり前のことであったが俺の中では目からウロコであった。
せっかく学びに来ているのだ。やれることはやってみたい、などという今までにはあり得なかった感情が湧いてきた。
「ふふ、体は一丁前に成長してるのにね。中等部の前半なんて僕のほうが背が高かったくらいなのに抜かされちゃったし」
「あと10は欲しいな。180は超えたい」
俺は無意識にそんなことを口走っていた。
「お、どういう心境?今まで身長なんてどうでもいいなんて言ってたじゃん」
そう聞かれると理由がわからない。たしかに今までは人並みにあればいいくらいにしか思っていなかったのに。とりあえず思いついた理由を言っておくことにした。
「剣術続けるなら身長あったほうが有利だしさ」
それは当たり障りのない理由だった。リーチが長いほうが有利なことに間違いはない。
「ふーん。あ、そうか。あの人175くらいだよね、多分」
「は?」
フォルカーが言う"あの人"はマグノーリエ先生だ。なぜここで彼が出てくるのだろうか。
「見栄え的にはそれくらいあれば釣り合うか。いや、僕とリットのほうが断然釣り合う!!先生には負けない!」
「なんで先生?お前は何の話をしてるんだ?」
フォルカーは時々こんなふうに先生と張り合おうとする。全く意味のないことなのにどうしてそんなことをするのだろうか。
ここ最近になって俺が先生に抱いている気持ちは"尊敬"であることがわかった。今までは彼に対して突っかかることが多かったけれど、それは密かに尊敬していた彼に相手にされなかったことが原因のようである、と自己分析していた。
「わかってないんだ。鈍感なのは生まれ持った性格のようだね。ふっ、神様ありがとう!」
鈍感とは失礼な、と思ったけれど事実ではあるのでそっと受け止めることにした。しかし受け止めきれない部分もあった。人間なんだからそれは当然である。
「ってか友人に釣り合いとかいらないだろ」
「将来的には並んで歩くかもしれないでしょ?手を繋いで」
「いや、、ないな。並んで歩くことはあっても手は繋がない」
「ひどい!リット!」
「事実だ」
俺はふっと笑った。
その時、心の奥でズキッと痛みが走った。
俺はいつまでフォルカーの好意を踏みにじるつもりなのだろうと。
今までの俺はそれでもいいと思っていた。フォルカーに愛想を尽かされて嫌われても痛くも痒くもないと思っていた。
でもこんなに俺のことをわかってくれる友人と離れたくないという気持ちが芽生え始めてしまった。嫌われたくないと思い始めてしまった。友人として彼と仲良くしていたいし、彼が抱えている問題も一緒に解決できたらとも思い始めていた。
これは紛れもなく"好き"という感情であった。
彼の好きと俺の好きはベクトルの向きが違う。
俺の好きは家族に向けるものと同じでそれ以上のものではない。
彼の気持ちには応えられないけれど友人では居続けたいだなんて、俺はなんと傲慢なんだろうか。
「リット?まぁいいや。課題のことなんだけどさ、、」
俺たちはまた課題の話を始めた。
こうして俺は様々な気持ちに気づき始めた。
俺に変化が起こっている間に先生にも変化が起こっていたなんて、この時の俺は知りもしなかった。




