決断
館の前に着いた俺が目にしたのは、戦闘要員であろうメイド達と、昼間話した獣人の奴隷の男達だった。ぱっと見て50人はいる大所帯ではあったが、その表情からは隠し切れない不安が見て取れた。
「よう、来たな」
俺に声を掛けてきたのは、昼間に戦った奴隷ののリーダー格の獣人、グレゴだ。
「随分な騒ぎだな。襲撃を受けるのは珍しいことなのか?」
「少なくとも、オレが雇われてからは初めてだ」
「そうか。騒がしいわけだな」
「ああ。いくら訓練を積んでいても、実戦は別物だ。空気に呑まれちまうのも無理はねえ」
その時、上空から茶色い梟のような翼の生えたメイドが降り立つのが目に入った。
「ダメだわ、丘の麓は包囲されてる。ものすごい数よ」
「そんな……」
メイド達が更にざわめき立つ。確かにこの丘全体を包囲するとは、尋常な兵数ではない。
「まさか、あの闘技場の連中か?」
「いや、それはないな。あの程度の連中にこれだけの兵力はない」
グレゴは神妙な面持ちで続けた。
「そもそもお嬢は魔族だ。オレも詳しくは知らねえが、そこらにいるような低級魔族じゃねえ。魔族にはオレ達の知りえない独自の社会みたいなモンがあって、外部の奴がおいそれと手を出せるもんじゃねえ」
周りの様子を気にしてか、声を潜めるグレゴ。
「だからな、魔族に手を出そうなんて奴は、その辺の事情を知らない大馬鹿野郎だ。大抵はな」
「なるほど。だが相手がただの馬鹿なら、わざわざこうして集まることもないと」
「そういうことだ。つまり仕掛けてきたのはおそらく――」
「――他の魔族、か」
どうやら事態は思っていた以上に大事らしい。丁度そのとき屋敷の扉が開き、中からセーレとソフィアが現れた。
「待たせたわね。揃っているかしら」
「「「はい!!」」」
先程までの喧騒が嘘のように、整然とセーレの前に向き直るメイド達。だがその表情にはまだ不安の色が拭いきれていない。
「端的に言うわ。現在この屋敷は敵の兵に包囲されたうえ、外部からの干渉を逸らすための結界まで貼られている。そのうえで、数十名の集団が突出してここに向かって来ているわ。それを率いるのは、私と同じ魔族でラウム商会の会長、ラウム・ギルバートよ」
メイド達の間で再びざわめきが起こる。俺自身も、聞き覚えのある名を耳にして驚いていた。ラウム商会といえば、俺が初めにこの街に来たとき、俺を売り飛ばした連中だ。
「向こうの狙いが私の命、というのなら話は単純だったのだけれど。堂々と正面から来ている所を見るに、目的はお得意の商談でしょうね」
商談。相手を完全に武力で包囲したうえで、することが商談とは。
「はっきり言って突破は困難ね、戦闘要員以外の犠牲が多すぎるわ。それに私はこの屋敷を手放すつもりもない。よって貴方達には、ここで防衛戦を命じます」
メイド達が息を呑むのが伝わってきた。脱出不可能なうえ、相手の兵力は未知数。おまけに防衛戦といっても、守るのは城どころかただの屋敷。戦況は明らかに絶望的だ。
「お嬢様。私は反対ですわ」
異議を申し立てたのは、意外にもソフィアだった。
「今からでも遅くはありません、お嬢様だけでも先んじて脱出すべきです。お嬢様の転移魔法であればラウムといえど追いつくのは困難でしょう」
主人の身を案じての提案に対し、セーレは首を横に振った。
「却下よ。私が真っ先に逃げたとして、残された貴方達はどうなるの?」
「勿論、命の限り戦います。足止め程度、訳ありません」
ソフィアの言葉を受けて、メイド達からも賛同の声があがる。
「そうですお嬢様! 私達はお嬢様に拾われた命です!」
「過酷な訓練もこの日のため! お嬢様のためなら、この命惜しくはありません!」
普段は分からなかったが、メイド達の主人に対する信頼は随分なものらしい。だがそれでも、セーレは頷かなかった。
「ダメよ。私に拾われた命だと言うなら、そんな簡単に投げ打つことは許さないわ」
「ですが、お嬢様……」
ソフィアを含め、静まり返るメイド達。そんな彼女達を勇気付けるかのように、セーレは笑顔を見せた。
「大丈夫よ。私も本調子ではないとはいえ、そう簡単には負けないわ。それに、こちらには期待の新戦力、死徒もいることだしね」
急に話を振られて内心思わず動揺してしまったが、俺を見るメイド達からの眼差しに応えるように言った。
「文字通り、全てを投げ打ってでも。」
俺らしくもない発言に対してだろうか、セーレは微笑んで言った。
「ありがとう、ケイ。――さあ、もうすぐラウムの部隊が到着するわよ。総員、配置につけ!」
「「「はっ!」」」
メイド達も腹を括ったようだ。扉の前に立つセーレを守るように、慌しく陣形を組む。
「じゃあな、生きてたらまた会おうぜ。……つっても、死徒相手じゃ格好つかねえなあ」
グレゴが俺の背中を叩き、そのまま陣形の最前列へと向かって行った。実戦を前にしてあの余裕があるのは、さすが奴隷達のリーダーといったところか。
彼の背中を見届けた俺はその反対、つまりセーレの側へと向かった。隣にはソフィアがついており、よく見れば見慣れない指輪を嵌めている。
「ケイ、貴方の武器が見えないけれど。肉壁になる用意は出来ているのかしら?」
「慣れない武器よりも、この身を信じてるのさ」
「フン、好きになさい」
夕方のことを根に持っているのだろう、ソフィアの棘のある言葉に軽口で返す。少しでも緊張が和らげばよいのだが。
「さて、どう来るかしらね」
一方のセーレは、普段と変わらないように見える。先程のソフィアの様子からして、勝算が薄いことは分かっているだろうに、この余裕は何なのだろうか。
「期待してるわよ、ケイ。私の初めての死徒なんだから、死んでも役に立ちなさい」
「……ええ、俺以外が死なないよう尽力しますよ」
相変わらずの言い草に内心呆れての返事だったが、セーレは特に気にした様子もなく微笑んだ。
「さ、もうじき見えるわよ。あの鳥頭が」
整然と並んだメイドと奴隷達の先、豪奢な門の向こうに、幽鬼の如く背の高い影が現れた。
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