謀略
「これはこれは。丁重にお出迎えいただき感謝いたしますよ、セーレ殿」
以前と同じく芝居がかった口調。声の主は、黒づくめの服装にペスト医師のような不気味なマスク――俺を売り飛ばしたあの男、ラウムだった。その背後には背丈は異なるものの全く同じ服装の集団が並んでおり、殊更不気味さを増していた。
「こんな夜更けに、それも腹心達まで連れて来るとはね。一体何の用かしら、ラウム卿?」
相対するセーレは普段と変わらぬ様子で、気後れしている気配はない。お互い腹の探りあいといったところか。
「申し訳ありませんね。こんな時でなくてはまともに取り合っていただけないかと思いまして」
「よく言うわね。これだけ大掛かりに仕掛けておいて」
「そう気を立てないでください。私共は商談のために参ったのですから」
慇懃無礼ともいえる態度のまま、ラウムは言葉を続けた。
「端的に申しあげましょう。貴方が個人的に精製している魔法薬について耳にしましてね。何でも非常に質が良いのに数が殆ど出回らず、一部のお知り合いの方しか手に入らないとか。如何でしょう、私共の商会に正式にご加入いただけませんか? 材料の調達から販売まで手広くサポート致しますよ。利益の配分は――」
「その話は断ったはずだけど?」
ラウムの言葉をばっさりと切り捨てるソフィア。
「魔法薬は趣味で作っているものだし、第一お金にはあまり興味がないの。私はね」
「ええ。存じておりますとも」
しかしラウムも簡単には引き下がらない。
「そこで提案なのですが――報酬の一部として私共の兵を貸し出す、というのは如何でしょうか? 見たところ随分と魔力が減っているようですし、これを機にまともな護衛を雇ってもよいのでは?」
周囲に緊張が走る。これが本題ということか。
「ふん、その護衛というのは貴方の後ろにいる黒服達のことかしら?」
「流石、よくお気づきで。ですが商品は実際にお見せするのが一番かと思いまして――」
朗々と喋るラウム。横目に映るソフィアが「白々しいですわ」と呟くのが耳に入った。
「――で、如何でしょう? 悪くない提案だと思いますがねえ、この状況を考えれば」
それは明らかに脅迫だった。二束三文で商品を売り渡せ、さもなければ――ということだろう。そんな下らない状況に対してのものだろうか、セーレは一つため息をついてから言った。
「その前に一つ聞きたいのだけれど」
「ええ、なんなりと」
「貴方の後ろにいる犬はどうしたの? 私の記憶が正しければ、それはうちから逃げ出したペットの筈だけど」
そのセーレの言葉を機に、黒服達の間から場違いな姿が現れた。茶色い体毛と見覚えのある顔つき。あの夜に俺を殺した獣人の男――ログだった。
「へへ。ご無沙汰ですねえ、お嬢サマ」
あの夜以来姿を見なかったが、まさかラウムの元にいたとは。俺の記憶にあるよりも少しやつれて見えたが、その目は不気味なほどにギラギラとしたものだった。
「テメェ、まさかお嬢を売りやがったのか!」
声を荒げたのは最前列にいた獣人の男、グレゴだ。その剣幕に怯むことなくログが吼える。
「へっ、こっちを気まぐれで殺そうとするような主人なんざ売って何が悪い!」
「お嬢に拾われなければ野垂れ死んでたようなチンピラが! 恩義ってものはねえのか!」
「黙れェ! お嬢サマの下で尻尾振ってるだけのペットが、オレにデカい口きいてんじゃねえぞ!」
「コイツ……ッ!」
誰かが止める間もなく、一瞬でグレゴがログに詰め寄ると、そのままの勢いでログの顔面を思い切り引き裂いた。血しぶきが上がり、メイド達の間から小さな悲鳴があがる。しかし――
「……あぁ?」
次の瞬間、鋭い爪で引き裂かれた筈のログの顔面は、元に戻っていた――白い煙と共に。あれは、まさか。
「へっ。大したこと、ねえなァ!」
「グアッ!!」
呆気に取られるグレゴの腹部に、ログの蹴り上げた足がめり込む。そのままグレゴは後方へと吹っ飛ばされた。グレゴは地面に転がりながらも、呻るような声を絞り出す。
「ログ、テメェ……本当に身も心も売っちまったわけか」
その声色は驚愕だけではない、怒りと悲しみの感情が入り混じった複雑なものだった。一方のログは、そんなグレゴの様子を気にも留めていない。
「ハッ、ハハハハハ! どうしたグレゴォ! オレ達のリーダー面してたお前が、この程度なわけねェよなあ! オレより体がデカくて、元傭兵で、周りから慕われていて――そんなお前が、こんなゴミみたいに弱いわけねえよなあ!?」
「チッ、クソが……」
悪態をつきながらも何とか体勢を立て直すグレゴ。その後ろから、セーレの声が飛んだ。
「久しぶりね、ログ。あの夜命惜しさに逃げ出した貴方が、まさか死徒になっているだなんて」
セーレの言葉で少しは落ち着きを取り戻したらしいログが答えた。
「――ああ、そうだ。オレは生まれ変わったんだ、アンタとは違って、オレをまともに扱ってくれる方の下でな!」
「あらそう、良かったじゃない」
全く悪びれずに言うセーレ。煽っているようにも聞こえるが、おそらく本心から言っているのだろう。セーレはラウムの方に向き直って言葉を続けた。
「随分と慕われているのねえ。貴方がそんな優しい性格だとは知らなかったわ」
「私は商人ですから。価値のあるものは大切に扱う、それだけのことですよ」
「価値、ねえ。慎重な貴方がここまで動くほどの、良いお話が聞けたのかしら?」
「ええ。まあ、貴方が死徒をひけらかすような真似をしなければ、とても信じられないような話でしたが。まさか、ただの人間を死徒にした、なんてね」
「あら、見知らぬ獣人を死徒にする貴方も大概ではないかしら?」
「いいんですよ、兵の補充を少し早めただけのことです。それに彼はとても優秀ですから。貴方への殺意という点においてね」
どうやらログの奴を死徒にしたのもラウムのようだ。しかしそう考えると妙だ、死徒化を行なうには膨大な魔力を消費するのではないか――そんな俺の疑問はすぐに解消された。
「……外法ね」
「ふ、貴族出身のお嬢様にはそう映るでしょうね」
初めて嫌悪感を露にしたセーレに対し、全く悪びれることなくラウムは答える。
「しかし今来ではまともに死徒化の儀を行なう者なんて殆どいませんよ。格式ばった倫理観よりも、魔力の枯渇というリスクを回避するのは当然の判断です」
「なるほど。つまり――アリミア学院の事件も貴方の仕業ね」
「ええ、彼らは良い燃料になりました」
俺はようやく理解した。アリミア学院といえば、つい先日生徒達が失踪した事件が起きたばかりだ。その犯人がラウムであるということは、即ち――魔力を奪い、それを死徒化に用いたということ。それがセーレの言う『外法』というものか。
「随分思い切った手段に出たものね。あれだけの生徒が消えれば、必ず街が動くでしょうに」
「それも織り込み済みですよ。そもそも、多少魔法が扱えるだけの人間をあんな立派な建物で飼うこと自体がナンセンスだとは思いませんか? あの生徒達には肉片の一つに至るまで余すことなく、私の魔力になっていただきました。見つかることは永遠にありません」
「それでも、痕跡を辿ればいつかは判ることでしょう。慎重な貴方らしくもないわ」
「お気遣いいただき恐縮です。しかしご安心ください、私共の元には様々なモノや情報が集まりますから、スケープゴートの準備くらい容易いものですよ。たとえば、」
ここで初めて、ラウムの声に感情らしきものが混じった。
「最近魔力を失ったばかりの引きこもりのお嬢様、とかね」
「……なるほどね。撤回するわ。実に貴方らしい、無駄のない手法ですこと」
ここまで来れば明らかだ。先程までの商談は、この状況を作り上げるための最低限の体裁。真の目的は、弱っているセーレを今、ここで潰すことか。
「少々お喋りが過ぎましたね。そろそろ答えをいただけませんか? 賢明な貴方なら答えは一つしかないと思いますがねえ、セーレ嬢」
勝ち誇ったように言うラウムの背後で、配下の黒服の男達が武器を構える。口先では何を言おうと、やっていることは単純だ。即ち、降伏か、戦争か。
「……そうねえ。貴方の耳の早さ、そして実行に移す手腕は本当に見事なものだわ。で、見逃してもらいたければ貴方の商会の傘下に入らないかと、そういうお話だったわね。それなら――」
セーレはその場に似つかわしくない、今日一番の笑顔を浮かべて答えた。
「死んでも、御免よ!」
そう言い切ると同時に、ラウム一行の足元に突如として魔法陣が浮かび上がり――――重々しい破裂音と共に、壮大な爆発が巻き起こった。
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