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目覚め

 ――花の香りで目を覚ました。豪華な部屋に寝心地の良いベッド。ああ、今度こそ天国にきたのだろうか。

 そんなことを寝ぼけた頭で考えていると、聞き覚えのある冷たい声が掛けられた。


「ようやくお目覚めかしら」


 短めの銀髪に長い耳――メイド長のソフィアだ。

 いや待て。なぜ彼女がここにいる? 俺は地下で死んだはずなのだろう。あれは夢だったとでもいうのか。ならばこの世界自体が悪夢の筈なんだが。


「意識はあるのでしょう? 返事をなさい」


「え、あ、はい」


 状況が飲み込めずにいる俺だったが、目の前にいるソフィアの気迫に圧されて返事をしてしまった。彼女はそんな俺の様子を見てため息をつく。


「どうやら契約は無事に完了したようですね。さあ起きたのなら早く立ちなさい、あなたは正式にお嬢様の下僕になったのだから」


 契約? 下僕? 俺は言葉の意味を反芻するが、全く理解できない。しかしソフィアの機嫌がとにかく悪そうなので、大人しく従うことにした。

 ソフィアに連れられた俺は、やがて初めて見る部屋まで案内された。


「お嬢様、ケイが目覚めました」


「入りなさい」


 中からセーレの声がして、ソフィアが扉を開けた。そこはどうやらセーレの寝室らしく、豪奢なベッドから半身を起こしたセーレは分厚い本を読んでいるようだった。


「お目覚めね。気分はどうかしら?」


「なんとも、ありませんが」


 そう、本当になんともないのだ。地下室でログに痛めつけられた傷も嘘のように消えている。


「俺、どうなったんですか? ログに喰われて死んだのでは?」


「気が変わったのよ。貴方の無様な――いえ、立派な死に様を見てね」


 セーレは俺の困惑する様子を楽しむように、微笑みながら言葉を続ける。


「貴方は一度死んだわ。けれど私と契約して蘇ったのよ、魔族の忠実なる下僕、死徒(しと)として」


「……」


 言っていることが何も理解できない。一度死んだのに無理やり生き返させられ、おまけに下僕となったということか。


「人間として死にたいと言ってたけど、残念ね。貴方は私との契約が切れるまで、その身を粉にして私のために尽くすのよ」


「……何故そんなことを」


「言ったでしょう、気が変わったって」


 駄目だ、話が通じない。だが一つ確かなのは、俺の悪夢はまだ続いているらしいということだった。


「身体も安定しているようだし、明日にでも仕事を与えられそうね。……不服なのは分かるわ、けどまずは現状を認識してはどうかしら」


 セーレが手にしていた本を手渡される。ボロボロになった表紙が年季を感じさせるものだった。


「そこに死徒の特性が書かれているわ。色々聞きたいことはあるでしょうけど、まずは頭を整理なさい」


 そう言うと彼女はベッドに倒れこんだ。


「やっぱり調子が出ないわ……ソフィア、今日はもう寝るから」


「かしこまりました。さあお嬢様はもうお休みです、部屋を出なさい」


 結局まともに話が出来ないまま、ソフィアに部屋を追い出された。

 とりあえずこの本を読めば少しは理解できるだろうか。俺の身に何が起きたのか。俺は自分が寝ていた部屋に戻ると、その分厚い本に目を通し始めた。



 しばらくして、扉がノックされた。どうぞ、と声を掛けると、入ってきたのはあの猫耳メイドだ。彼女は俺の顔をしばらく見つめた後、手に持った食事を机に置いて近づいてきた。


「まさか人間(あなた)を死徒にするとはねえ。お嬢様の考えは私にはさっぱりだわ」


 俺の全身をしげしげと観察する猫耳メイド。その不躾な態度は以前と同じものだった。


「俺もよく分かっていないんですが、そういうことらしいです」


「そうでしょうね。死徒を見るのは初めてだけど、生きていた頃と全然変わらないのねえ」


 そう、俺が一度死んだのは間違いないらしい。俺は読み進めていた本の内容を思い返していた。


『死徒とは、魔族の手によって生み出される死したる下僕である』

『死徒化を行なえるのは一部の高位魔族のみである。その契約の工程で膨大な魔力が必要とされるためである』

『また、死徒になる素体は命を失った直後の魂が抜け出ていない状態が望ましい。一方で、肉体の損傷度合いについては術者の技量により――――』


「でも、人間の死徒なんて何に使うつもりなのかしら」


「さあ、俺にも何が何だか」


「案外、実験材料にされまくったりしてね」


 猫耳メイドが意地の悪い笑みを浮かべて言った。そこは俺も気になっていたところだった。


『死徒の最大の特徴は、契約の際に与えられた魔力が尽きるまで、その肉体が無限に再生することにある』


 どうやら俺は魔力とやらが尽きるまで不死身の体になったらしい。先程セーレが言った『身を粉にして』というのはどうやら比喩表現ではないようだ。


「まあその辺はセーレ……様に直接聞きますよ」


「そうね。私も仕事があるからもう行くわ。ソフィア様に見つかったら恐ろしいことになるもの。食べ終わった皿はそのままにしておいていいからね」


 猫耳メイドは部屋を出る際に一度だけこちらを振り返った。


「良かったわね、生きてて!」


「――ありがとう。もう死んでるらしいけど」


 俺の苦笑いに応えるかのように、猫耳メイドが微笑んだ。

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