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 最期に俺を迎えに来たのは、やはりメイド長のソフィアだった。


「地下室に来なさい。お嬢様がお待ちです」


 俺は何も言わず、黙って彼女の後を歩く。そんな俺に対し、ソフィアは呆れたような声を掛けた。


「最も愚かな決断をしましたね。私からすれば貴方はただの自殺志願者にしか見えません」


 反論の余地も無い。俺に出来たのは奴隷としての単純な作業だけ。飼い主の庇護の下で生きることもよしとせず、一人で生きていくだけの力も持たない。そして強者の慰み者になることすらプライドが許さない。なるほど、確かに自殺志願者だ。


「さあ、着きましたよ」


 地下への階段を下りきると、そこにいたのはセーレと、あのログとかいう獣人だった。ログは俺の姿を見るなりニヤりと口元を曲げ、血走った目をこちらに向けた。


「さあ、約束の時間よ」


 いつもと何ら変わりない口調でセーレが告げた。


「この3日間で、人間としての立場というものを多少なり理解できたでしょう。では改めて問うわ――貴方の言う『人間としての尊厳』とやらは、見つかったかしら?」


 あの日、彼女に()()()()ときの俺の言葉だ。生きるためにプライドを捨てろという彼女に対し、俺はそのように答えたのだった。つい3日前のことが、俺には遥か過去のことのように思える。


「……」


 ここでの返答次第では、あるいは俺の命は助かるのかもしれない。この世界では尊厳なんてものを持って生きることはできない、だから助けてほしいと泣いて許しを請えば、見逃してもらえるのかもしれない。

 そうだ、そしてあの牧場に行けば良いのだ。牧場の主人であるグラーネとは友人のようだし、頼み込めば飼育してもらえるだろう。そして最期の時まで餌を食べながら悠々と暮らせばいいのだ。俺は静かに答えた。


「人間としての尊厳なんてもの、この世界にはなかったよ」


 ソフィアの目が細まる。


「出会った人は皆、今日を生きるのに必死だった。そのために尊厳やプライドなんて投げ打っていた。そりゃそうだ、誰だって生きていたいんだから。だから――――」


 俺の答えは、最初から決まっていたのだ。


「――――()()()()()()()()。家畜として生き延びるぐらいなら、人間として生を終えることを選ぶ」


「……そう。なら、望みどおりにしてあげる」


 セーレが指を鳴らすと同時に、俺の腹部に鈍い衝撃が走った。


「あ、ガッ……」


 それがログに蹴り飛ばされたためであることに気づいたのは、壁に叩きつけられた後だった。


「なに、悟ったようなことを言ってるんだ? テメェはただの死にたがりだろうが」


 ログがポキポキと指を鳴らしながら近づいてくるが、俺は痛みで動けない。


「だがな、一つ勘違いをしているぜ。テメェ、俺が素直に死なせてやるとでも思ったのか?」


 俺が視線を上に向けると、下卑た笑みを浮かべるログと目が合った。


「言っただろ、オレはテメェが嫌いなんだよ……ほら、最期の仕事だぜ。精々オレを楽しませてくれよ?」


 そう言うとログの獣の手が俺の右手に重なり――そのまま親指の爪を()()()()()()

 声にならない悲鳴をあげる俺を見て、ログの顔はますます愉悦に歪む。


「そうだ、それだよそれ。人間はそれぐらい素直じゃねえと生きていけねぇぞ?」


 2本目、3本目と俺の爪が毟られていく。激痛に失神しそうになりながらも、その激痛のため意識を無理やり戻されるという、拷問のような状況。


「そら、今度は左手だ。ヒヒッ、痛みじゃ人は死ねないんだぜ。この方法は大して血も出ないし、いつまでも楽しめるってわけだ。全く賢い方法だよなぁ?」


 ログが何かを言っているが、その声は俺には届かない。最早痛みは感じず、火で炙られているような熱さだけが感じられた。


「この方法を考えたのもなあ、元はお前ら人間なんだとよ。人間で一番長く楽しめる方法を人間に考えさせるっていう遊びが流行ってたらしくてなあ。お前ら人間は知恵だけは回るから、自分だけは助かりたくて必死に人間の痛めつけ方を考え出すわけだ。本当に賢くて羨ましいぜ」


 左手の爪を剥がし終わったらしく、ログが手を離した。俺の脳は限界を迎えているのだろうか、自分の身体が自分でないような不思議な感覚に陥っていた。


「なんだ、もうだんまりか? オモチャにもならねえゴミ屑だな!」


 顔を思い切りぶん殴られ脳が揺れる。そのまま二発、三発と殴られて、俺の視界が真っ赤に染まっていた。


「なあ、痛いだろ? 苦しいだろ? だったら言うんだよ、『どうか殺して下さい』ってな!」


 俺の胸倉を掴みながらログが言った。ふと視界の隅に、こちらを眺めるセーレの姿が滲んで見えた。彼女は俺を見て何を思うのだろうか。その愚かさを嘲笑っているのか、それとも憐れんでいるのか。


 だがもう俺には関係のないことだ。俺は鉄の味で満たされた口をなんとか開いた。

 お前みたいな犬野郎の言いなりになるなんて、


「死んでも、御免だ」


 俺の返答を聞いたログの顔が怒りの形相に歪んだが、すぐに冷め切った表情に戻った。


「そうか、なら死ね」

 

 両手で首が絞められる。ああ、所詮は直情的な犬畜生だ、案外早く終わったなと、俺は他人事のように考えていた。

 そして俺の視界が急激に赤から黒に染まり――俺は意識を失った。

 

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