二日目の夜
「あら、昨日の方。そういえば自己紹介がまだだったわね、私はマリーよ。今日こそお客さんとして来てくれたのかしら?」
「いや、そうではないんですけど……」
「ふふ、冗談よ」
彼女、マリーはそう言って笑った。花のような笑顔に、心が救われる気がした。
「――あの、よければ少しお話できませんか?」
思えばこうして女性に声を掛けたのは初めてだ、と後から気づいた。マリーは一瞬キョトンとした顔をしたがすぐに笑顔になった。
「ええ、もちろん。店長、ちょっと休憩いいですか?」
「あいよー」
奥から別の女性の声が答えた。中で軽くお茶でもしましょう、というマリーの提案に乗って、俺は店内に入った。
「で、どうしたのかしら。何やら暗い顔だけど」
マリーの淹れてくれたハーブティーの香りに癒され、俺はようやく落ち着いた。
「今日はお遣いに行ってきたんですが、それがファーム・グラーネという所で……」
「ああ、牧場を見るのは初めてだったかしら?」
「ええ」
俺は金髪の男達に言われたことを思い出していた。
「自分と同じ人間があのように扱われて、でも本人たちは幸せだと言っていて……いや、すみません。急にこんな話をされても困りますよね」
「ふうん。なんだか難しいこと考えているのねえ、貴方」
マリーは特に気にした様子も見せない。この世界ではあれも常識の一つに過ぎないのだろう。
「マリーさんも」
だが俺はまだ納得していない。あれが本当にこの世界の人間の在るべき姿なのか。
「普通の人間ですよね? こうして普通に働いている人間はあまり見ませんが」
「たしかに、そうね。私はたまたま花が好きで、そのおかげで店長に拾って貰えたの。まあ、運が良かったわね」
そんな話をしていると、奥から店長らしき人物が出てきた。緑色の肌で下半身がツタに覆われた――なるほど、まさしくアルラウネだ。
「好きなんてもんじゃないさ。その娘は花を育てる天才だったからねえ、ただの奴隷として使うのは惜しいと思ったのさ。案の定よく働いてくれてるし、今じゃウチの立派な看板娘だよ」
「ちょっと店長、そんなに褒めないでくださいよ」
マリーの照れた笑顔はやはり美しい花のようであり、今の俺にとっては眩しいものだった。
才能。努力。それらが必要なのは元の世界も同じだ。そしてこの世界では、それに加えて膨大な『幸運』が必要とされるのだろう。
俺は彼女達としばらく談笑した後、屋敷への帰路についた。
「おかえり。どうだった、牧場は」
「知ってて行かせたんですよね」
「ええ、勿論。貴方には一つでも多くの選択肢を与えてあげようと思ってね」
屋敷へと戻りグラーネからの荷物を渡した俺に、セーレは悪びれもせずにそう言った。
「貴方が何を思うのも勝手だけど、あれも立派な人間としての生き方よ。人肉の需要がある以上牧場は必要だし、人間を減らし過ぎないように適切に飼育している。牧場から人間がいなくなれば、人肉を食べたいものは自分の手で採るようになるし、そうなれば人間の飼い主との諍いにもなる。あれが最も平和的で効率的な形なのよ」
セーレの言うことは正しい。俺があれを認めたくないのは自身が人間だからであり、心情的な理由に過ぎない。
「それでも、自分の思う人間として生きている人も街にはいました。飼育されるのが人間らしい生き方だとは自分は思えません」
「ああ、『フローレ』の小娘ね」
高校生程度にしか見えないセーレが彼女を小娘呼ばわりしていることや、監視をつけられていたことには今更触れない。
「あの娘はね、生まれ持った才能と血の滲むような努力、それに奇跡的な幸運でああして生きているのよ。貴方にそれがあるのかしら?」
俺は何も答えられなかった。元の世界での知識や経験が、この異世界で通用するとは到底思えない。黙りこんでいる俺を見かねたように、セーレが言葉を続けた。
「じゃあこうしましょう。明日も仕事は無し。その代わり、貴方には検査を受けてもらうわ」
「検査、ですか」
「ええ、魔道適性検査。人間の中にも生まれつき魔法の適正がある者もいて、そうした者は魔道を修めて魔術師になるわ。人間が人間を捨てて生きる一番マシな方法ね」
なるほど、この世界の魔術師は元は人間なのか。しかし俺に魔法の適正なんてものがあるのだろうか?
そんな俺の胸中を見透かしたようにセーレは言った。
「まあ私の見立てでは貴方に適正はなさそうだけど、私も魔術師ではないし? 一つぐらい向いてるものが見つかるかもしれないわよ。ま、嫌ならいいけど」
「……いえ、やらせてください」
俺は藁にも縋る思いだった。こうなれば生まれ持った奇跡の力に賭けるしかない。
「決まりね、ソフィ、明日の朝から適性検査をしなさい。夕方から客人を呼ぶからそれまでに済ませるように」
「かしこまりました」
メイド長のソフィアは俺には目もくれずに事務的に答えた。
こうして俺に与えられた最後の日の予定が決まった。これで魔道適正とやらがなければ、俺は明日の今頃には犬の餌というわけだ。
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