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誘惑

「ここに入ったことは誰にも内緒ですよぉ。お静かにお願いします~」


 重厚な鉄扉の鍵を開けながら牛メイドが囁いた。


「さあ、こちらでぇす」


 俺はなるべく足音を立てないよう静かに、姿勢を低くして中に入った。妙に生暖かい、湿った空気が身を包む。その中にいたのは――


「あ、あああぁぁぁ……」


「ふふ、いいわあ。とってもステキ。ステキよ――」


 俺は最初、自分の見ているものが何か理解できなかった。ビニープール程の大きさの桶の中に触手が敷き詰められており、その上に太った男と美しい女の上半身が乗っている。

 いや、よく見るとその触手は女の下半身から生えていた。うねうねとおぞましく蠢きながら、男の下半身を包み込んでいるのだ――


「ここは人間さんたちの最終処分場、そして、()()()なんですぅ」


 メイドが小声のまま続けた。


「人間さんはああいうサキュバス種の()()()の手に掛かって、絶頂の中で死んでいくんです。ただ死んで肉になるなんて可哀相だし、もったいないですもんねぇ? ああやって搾り出した精液は従業員の皆さんへの給料代わりにもなりますし、余った分は副産物として市場に売れるわけですよ。賢いでしょお?」


 俺が目を背けると、その隣では緑色の蛇のような下半身を持つ美女が、男の身体を締め付けながら恍惚とした表情で囁きかけていた。


「まだまだ足りないわ。もっと出せるでしょう? ほらぁ……」


「ひっ、ギイ……」


 男は苦しそうな呻き声をあげているが、その表情には快楽の色が見て取れた。


「さあもっとよ、もっともっと頂戴な、あなたの美味しいの――」


 女は男の情けない悲鳴を聞き、嬉しそうに締め付けを強める。すると突如ボギリと鈍い音がして、男が白目を剥いた。


「あら、やっちゃったわ」


 締め付けを緩めた瞬間、男の死体がその場に崩れ落ちた。その全身にはクッキリと鱗の跡が残っていた。


「あーあー、あれじゃ皮が売れないじゃないですかぁ。ラミーさんはあとで始末書ですねぇ」


 メイドがそんなことを呟く。


「もういい」


 俺はその光景から目を逸らしながら言った。


「あんたの言いたいことは十分伝わった。もう出させてくれ」


「あらぁ、もういいんですかぁ?」


 牛女の返事を待たずして部屋を出ようとする。

 しかし突如としてメイドから後ろから抱きつかれ、思わず足を止めた。


「ねえ人間さん? 本当にこの牧場の良さが分かりませんかぁ? 寝て起きて、美味しいご飯を食べて、死ぬときは最高の快楽を得られる――これのどこに不満があるんです?」


 豊満な胸を背中に押し付けながら、耳元に吐息がかかるように囁いてくる。


「奴隷として一生を終えるぐらいなら、この牧場で飼われた方が人間さんにとっても幸せ、でしょ? お兄さんの反応カワイイから、今だったら特別に口添えしてあげてもいいですよ……?」


 メイドの華奢な白い指が後ろから俺の太股をなぞり上げる。そのままその手が前に回され――る前に振り払った。


「生憎と、今の自分はセーレお嬢様の()()()なんで。お断りします」


 そう言って彼女を振りほどき、部屋の外に出た。なるべく平静を装ったつもりだが、心臓がバクバクと煩いほどに音を立てていた。メイドはそんな俺のことを見透かしたような笑みを浮かべて言った。


「ざぁんねん。でも気が向いたらいつでも来てくださいねぇ。さあ、戻りましょうか」



 

 最初に来た大きな扉を開けると、そこには下半身が巨大な蜘蛛の美女がいた。彼女がここの(あるじ)、グラーネだろう。天井から糸でぶら下がりながら、足で器用にテキパキと作業をこなしている。この世界に来て目にした中でも特に人間離れした風貌だったが、それでも先程の光景よりはマシに思えた。


「待たせたね。頼んでいたもの、確かに預かったよ。これいつは謝礼さ、セーレのお嬢ちゃんに渡してくれな」


 紙に包まれた何を受け取った。


「そういえば、その瓶の中身は何なのでしょうか」


「ああ、こいつは強力な媚薬だよ。栄養剤に小さじ一杯入れるだけで精力増強、性欲増進の優れものさ。効果が強すぎるもんで、転移の魔法で()()()ことすら危ないからねえ。毎回足で運んでもらっているわけさ」


 なんてものを運ばせるんだ、あの女。


「セーレのお嬢ちゃんによろしくね。ああ、行く当てがないならウチは大歓迎だから、クビになったら来るといいよ」


「お気持ちだけで結構です」


 俺は早口で返事をすると、逃げるように部屋を出る。


「そうかい。どんな形であれ、また来られることを祈っているよ」


 その背中に声が掛けられたが、返事はしなかった。壁一枚隔てた向こうにあの地獄のような光景があると思うと、一刻も早く立ち去りたかったからだ。




 街に戻ったのはまたしても夕方になってからだった。

 オレンジ色に照らされる街を忙しなく行き交う人外の者達を見ながら、あの牧場にいた男の言葉を思い出していた。


『外で必死に働く必要なんて無い、俺達は勝ち組なんだ』

『人なんてそんなもんだろ』

『この場所は、俺達にとっての楽園なんだぜ』


 彼らの言っていることは、この世界では正論なのかもしれない。奴隷として死ぬまで働かされ、もし主人の気を損ねれば気まぐれで殺されかねない――そんな状況に比べれば、彼らは確かに恵まれているのだろう。


 そもそも元の世界の人間とて、家畜に対しては同じような扱いをしているのではないか。例えば三大珍味として持て囃されているフォアグラの作り方だって、家畜の側からすれば残酷極まりないものだろう。それに比べてあの牧場では、死ぬ寸前に最高を快楽を与えている分より人道的といえるのではないか――などと、下らない考えが頭をよぎる。


 ああ、まともな人間と話がしたい。そう思った俺は、昨日訪れた花屋『フローレ』を目指していた。

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