第13話 お待ちの理由をお聞かせください
最後の申請書に、承認印が落ちた。
金曜日、午後五時四十一分。
ハスターは、処理を終えた書類をしばらく眺めていた。
申請者の氏名がある。
担当者の氏名がある。
申請の目的も、承認の経路も、処理結果の通知先も明記されている。
どこにも、身に覚えのない代理人はいない。
誰かが勝手に担当者へ任命されていることもない。
「……美しい」
黄衣の王は、感慨深げに呟いた。
「何と美しい書類だ」
ごく普通の申請書だった。
本来、感動するようなものではない。
だが今週のハスターにとっては、正常な書類というだけで十分にありがたかった。
「申請者が自分で申請し、担当者が自分の仕事をし、承認者が責任を持って承認する」
彼は、処理済みの束へ書類を移した。
「……これだけのことが、なぜこうも難しいのだ」
机の端には、未処理の書類がまだ積まれていた。
今片づけたのは、そのうちの一件にすぎない。
通常業務の束とは別に、黒い表紙の保全記録も置かれている。
未登録受付。
受付番号000。
待機数四十。
三件の『接触完了』。
出所不明の『代理呼び出し』。
そして、午後五時三分に作成した『未登録受付に関する取扱確認』。
ハスターは、書類の山を見渡した。
「……終わらんな」
窓の外には、カルコサの黒い湖が広がっている。
二つの黒い太陽が、光を放たぬまま空に浮かんでいた。
時計は午後五時四十一分。
窓の外は、相変わらず午後五時の夕暮れだった。
ハスターは、その景色を見つめた。
「……帰りたい」
思わず、声が漏れた。
帰る場所なら、ある。
管理局の外に、自分の家がある。
毎月、家賃も払っている。
鍵も、いつも持ち歩いている。
だが、今夜そこへ帰る予定はなかった。
ハスターは、机の上の書類へ視線を戻した。
「……さて」
次の束を引き寄せる。
「仕事だ」
そのときだった。
ちりん。
廊下の向こうで、小さなベルが鳴った。
ハスターは、筆を止めた。
時計を見る。
午後五時四十三分。
扉を見る。
閉まっている。
机上の記録に、目に見える変化はない。
彼は、保全記録へ一行を書き加えた。
『17:43 ベル音一回。発生源未確認』
ベルが鳴った。
それだけだ。
誰かが呼ばれたとは限らない。
まして、呼び出しに応じる義務が生じたわけでもない。
「……私は、呼ばれておらん」
ハスターは、扉へ向かって言った。
返事はなかった。
「……よし」
彼は、次の通常業務の書類を開いた。
未登録受付は気になる。
だが、気になるからといって、他の仕事が消えるわけではない。
黄衣の王は、再び筆を走らせ始めた。
*
人間の世界では、夜が近づいていた。
深町由紀は、ホテルの客室に入ると、まず扉の鍵を確認した。
一度。
二度。
それから、内側の補助錠を掛ける。
金属の小さな音が、静かな室内に響いた。
「……よし」
由紀は、扉から一歩離れた。
ホテルの部屋は、決して広くない。
ベッドが一つ。
小さな机。
壁際のテレビ。
窓のそばには、丸いテーブルと椅子が置かれている。
清潔な白いシーツ。
薄い色のカーテン。
どこにでもある、普通のビジネスホテルの客室だった。
その普通さが、今の由紀にはありがたかった。
由紀は、バッグを床に置いた。
そのまま、ベッドの端に腰を下ろす。
「……疲れた」
声に出した途端、身体の重さが増した気がした。
月曜日から、何日も経っている。
それなのに、月曜日の夜がまだ終わっていないように感じる。
旧市民会館。
二つの団体。
同じ管理番号。
空白だったはずの担当者欄。
そして、許可証の裏面に現れた文章。
『次回のご利用を、心よりお待ちしております』
由紀は、両手で顔を覆った。
「……もう、利用しませんけど」
小さな声が、指の間から漏れた。
何を利用したことになっているのかさえ、わからない。
会館のことなのか。
儀式のことなのか。
それとも、もっと別の何かなのか。
考え始めると、答えのない疑問ばかりが増えていく。
「……やめよう」
由紀は、手を下ろした。
今は、休むためにここへ来たのだ。
榊原にも、そう言われている。
危険な書類には触れない。
自宅へ戻らない。
異常があれば、無理に調べず連絡する。
そして、できるだけ休む。
簡単な指示だった。
守るのが難しいだけで。
由紀は、バッグからスマートフォンを取り出した。
榊原からの連絡が一件、届いている。
『ホテルへの到着を確認できたら、一報ください。急ぎの用件はありません。今日は休んでください』
由紀は、画面を見つめた。
必要なことだけが、簡潔に書かれている。
榊原らしい文章だった。
それでも、最後の一文には、彼なりの気遣いが感じられた。
由紀は返信を打った。
『到着しました。部屋に入っています。鍵も確認しました』
少し考えて、もう一行加える。
『今日は休みます。ありがとうございます』
送信。
画面に、送信済みの表示が出た。
由紀は、スマートフォンを机に置いた。
そのとき、机の上の冊子が目に入った。
ホテルの案内だった。
白い紙を折りたたんだ、ありふれた冊子。
表紙には、施設の利用案内と書かれている。
由紀は、しばらくそれを見つめた。
利用案内。
ただの言葉だ。
ホテルには、当然ある。
少なくとも、見たところは何の変哲もない。
「……もう、何でも怖くなるな」
彼女は、苦笑した。
受付。
担当。
確認。
代理。
利用。
以前なら、何の意味も持たなかった言葉だ。
それが今では、どれも嫌な記憶につながってしまう。
由紀は、案内冊子から目を離した。
「……普通のホテル。普通の案内」
声に出してみる。
「……普通の、金曜日」
言ってから、少しだけ笑った。
「普通って、こんなにありがたかったんだ」
窓の外には、街の明かりが見えていた。
車が走っている。
信号が変わる。
歩道を、買い物袋を下げた人が歩いていく。
どこにでもある夕方だった。
街は、自分の事情など知らない。
月曜日に何が起きたのかも。
自分の名前が、知らない書類に勝手に現れたことも。
知らないまま、普通に動いている。
そのことに、少し安心した。
そして、少しだけ寂しくなった。
*
午後六時二分。
榊原は、事務所の机で由紀からの返信を確認した。
『到着しました。部屋に入っています。鍵も確認しました』
「……よし」
白髪の男は、椅子の背にもたれた。
由紀が無事にホテルへ入った。
それだけで、ひとまず肩の力が抜けた。
机の上には、給与関係の書類が残っている。
今日、由紀が一時的に事務所へ戻ったのも、その確認のためだった。
本来なら、もっと落ち着いた状況で処理するべき仕事だった。
しかし、今週は何もかも予定どおりに進まなかった。
榊原は、書類を閉じた。
「……明日でいいか」
そう呟いてから、すぐに首を振った。
「……いや、由紀には休んでもらうんだったな」
自分に言い聞かせるように、もう一度言う。
「休み。休みだ」
誰も返事をしない。
それでも、榊原は少し安心した。
休みという言葉が、まだ普通の意味で使えることに。
彼は、管理局から届いた午後四時五十五分の照会依頼を開いた。
旧市民会館の利用許可に関する確認事項。
発行記録。
管理番号。
代理処理。
承認者。
担当者欄。
「……ずいぶん、細かいな」
榊原は、文章を読み進めた。
ただし、細かいことには理由がある。
月曜日の会館の利用許可は、確かにおかしかった。
同じ番号が二件。
担当者欄の空白。
あとから現れたという由紀の名前。
そして、裏面の奇妙な文章。
管理局が何を調べようとしているのか、榊原にも理解できた。
ただ、理解できたからといって、すぐに回答できるわけではない。
彼は、机の横に置かれた電話を見た。
午後六時を過ぎている。
今から市役所の担当窓口へ電話しても、通常の受付時間は終わっている。
午後一時三十四分にも旧市民会館への連絡を試みたが、あのときは話し中だった。
結局、今日のうちに担当者とは話せていない。
「……次の営業日だな」
榊原は、照会事項を予定表へ入れた。
市役所の許可証発行記録と、旧市民会館の利用管理記録。
両方の確認が必要だ。
ただし、由紀本人に許可証の控えを取りに行かせることはしない。
そこは、最初から決めていた。
彼は、管理局へ返信を作成した。
『旧市民会館および市役所の関係窓口への追加確認は未実施』
『次の営業日に照会予定』
『深町由紀はホテルへの到着を確認済み』
『本人への追加作業依頼は行っていない』
送信。
榊原は、画面を閉じた。
それから、事務所を見渡した。
誰もいない。
由紀の席も空いている。
書類の棚も、会議用のテーブルも、いつもと同じ場所にある。
少し前まで、そこに由紀がいた。
いつものように、書類を確認していた。
数字を見て、眉を寄せて、細かい間違いを見つけていた。
そんな日常が、遠い昔のことのように思える。
「……戻してやらんとな」
榊原は、小さく呟いた。
由紀を。
仕事を。
この事務所を。
元の状態へ。
もっとも、元の状態がどんなものだったか、今では少し怪しくなっている。
月曜日の儀式がなければ。
あの会館の予約が重なっていなければ。
由紀が、あの書類を見なければ。
考えれば考えるほど、仮定ばかりが増えていく。
榊原は、首を振った。
「……今さらだ」
過去は変えられない。
少なくとも、自分には。
ならば、今できることをするしかない。
彼は、由紀の席に置かれた書類を確認した。
給与関係の確認用紙。
業務連絡。
通常の事務書類。
それらを一つずつ確認し、所定の場所へ戻した。
最後に、由紀の椅子を机の下へ押し込んだ。
「……よし」
誰もいない事務所で、榊原は小さく頷いた。
「今日は、ここまでだ」
*
午後六時十一分。
カルコサの管理局で、ハスターは榊原からの返信を読んでいた。
『次の営業日に照会予定』
「……そうだろうな」
彼は、素直に頷いた。
人間の役所には、営業時間がある。
営業時間が終われば、次の営業日を待つ。
それは正常な手続きだった。
「……実に健全だ」
ハスターは、少し羨ましそうに呟いた。
「営業時間外の問い合わせに、即座に応じる義務はない」
それが、どれほど素晴らしいことか。
今の彼には、よくわかった。
彼は、榊原の報告を正規の照会記録へ添付した。
『旧市民会館および市役所への追加確認は未実施』
『次の営業日に照会予定』
『現時点で新たな回答なし』
それから、由紀のホテル到着についての報告を確認した。
「……無事に着いたか」
ハスターは、少しだけ表情を緩めた。
由紀が安全な場所へ移動した。
少なくとも、現時点ではそう報告されている。
もちろん、それだけで危険がなくなったと断定はできない。
だが、危険な書類から距離を置き、不要な接触を避けるという方針は守られている。
「……それでよい」
彼は、静かに言った。
「人間には、人間の生活がある」
由紀は、ただの事務員だ。
少なくとも、管理局が確認している限りでは、儀式を管理する権限も、怪異の受付を引き受ける義務もない。
彼女が何かを見たからといって、その後始末まで任せてよい理由にはならない。
ハスターは、保全記録を閉じた。
「……こちらの仕事だ」
そう呟いた直後だった。
ちりん。
廊下で、ベルが鳴った。
ハスターは、顔を上げた。
「……またか」
今度は、扉を叩く音はなかった。
声もしない。
ただ、ベルが一度鳴っただけだった。
彼は時計を確認した。
午後六時十三分。
記録用紙へ時刻を書き込む。
『18:13 ベル音一回。発生源未確認』
それから、筆を置いた。
しばらく待った。
何も起こらない。
「……今度は何だ」
返事はなかった。
ハスターは、机の上の保全記録を見た。
受付番号000。
待機数四十。
三件の接触完了。
未登録の受付担当者。
未確認の代理。
これまで、彼は繰り返し確認してきた。
誰が受付を行うのか。
誰が代理を指名したのか。
誰が接触完了を認定したのか。
いずれも必要な問いだった。
だが、どの問いも、相手が提示した手続きの内側にある。
受付がある。
だから、担当者を確認する。
待機者がいる。
だから、待機数を確認する。
接触が完了したと表示される。
だから、その根拠を確認する。
「……」
ハスターは、筆を取った。
そして、何も書かないまま、しばらく考えた。
「……そもそも」
低い声が、執務室に落ちた。
「なぜ、受付が必要なのだ」
彼は、顔を上げた。
誰が担当するのか。
誰が代理になるのか。
それ以前に、確認すべきことがある。
誰が、何のために、その受付を必要としているのか。
「……なるほど」
ハスターは、ゆっくりと頷いた。
これまでの調査が無駄だったわけではない。
だが、問いの順序を変える必要がある。
彼は、新しい用紙を取り出した。
『未登録受付に関する目的照会』
表題を書き、照会事項を並べる。
『一、当該受付は、何を目的として設けられたものか』
『二、待機していると表示される対象は、何を待っているのか』
『三、待機を必要とする理由は何か』
『四、当該受付の設置を決定した主体は誰か』
『五、受付が行われない場合、何が生じると想定されているのか』
五番目を書き終えたところで、ハスターは筆を止めた。
受付をしなければ、どうなるのか。
待機者は、そのまま待ち続けるのか。
別の担当者を探すのか。
それとも、何か別のことが起きるのか。
可能性はいくらでもある。
だが、今のところ、確かな答えは一つもない。
彼は、文書の冒頭へ戻った。
そして、照会の目的を明記した。
『本照会は事実関係を調査するものであり、受付業務の承諾、担当者就任、代理の指名、接触完了の認定を意味しない』
「……よし」
質問しただけで担当者にされてはたまらない。
まして、調査を始めた者を、最初の発注者として扱われては困る。
彼は、文書を正規の調査記録として保存した。
ただし、異常側へ送信できる経路が確認されたわけではない。
保存は保存。
送信は送信。
その区別も、今のハスターには重要だった。
彼は、扉を見た。
「……そこにいるのか」
返事はない。
「先ほどから、確認事項があると言っていたな」
沈黙。
「今度はこちらから確認したい」
数秒。
何も起こらない。
ハスターは、腕を組んだ。
「……いないのか」
こん。
扉が、一度だけ叩かれた。
「……いるのか」
『確認中です』
「……存在の確認まで確認中なのか」
『はい』
「……貴様らは、いったい何なら確認できるのだ」
返事はなかった。
ハスターは、照会文書を手元へ寄せた。
「質問する。この受付は、何を目的としている」
扉の向こうで、紙をめくる音がした。
さらり。
さらり。
やがて、声がした。
『確認中です』
「……そうか」
ハスターは、淡々と記録した。
『目的について明確な回答なし』
「では、待機している者は、何を待っている」
『確認です』
「何の確認だ」
『受付担当者による確認です』
「それは、すでに聞いた」
『承知しました』
「ならば、その確認を待つ理由は何だ」
少し長い沈黙があった。
ハスターは、時計を見た。
午後六時二十一分。
やがて、声がした。
『お待ちいただく必要がございます』
ハスターは、筆を止めた。
「……また、それか」
『はい』
「誰に待ってもらう必要がある」
返事はない。
「何のために」
再び、紙をめくる音がした。
さらり。
さらり。
それから。
『お待ちいただくためです』
ハスターは、静かに目を閉じた。
「……」
長い沈黙が流れた。
「……貴様」
黄衣の王は、ゆっくりと言った。
「理由を尋ねられて、目的を繰り返すな」
『申し訳ございません』
「謝罪を求めておらん」
『承知しました』
ハスターは、天井を仰いだ。
「……人間の役所のほうが、まだ話が通じる」
少なくとも、人間の役所には担当窓口がある。
必要書類がある。
受付時間がある。
担当者が不在なら、いつ戻るかを確認できる場合もある。
こちらは違う。
窓口の場所がわからない。
担当者もいない。
受付の目的もわからない。
それなのに、待つ必要だけはあるらしい。
ハスターは、次の質問へ移った。
「この受付を設けた者は誰だ」
『確認中です』
「受付を行わなければ、何が起こる」
沈黙。
今度は、紙をめくる音もしなかった。
ハスターは、筆を構えた。
だが、返事はない。
「……答えられんか」
再び、沈黙。
彼は、もう一度尋ねた。
「受付が行われない場合、何が起こる」
ちりん。
ベルが鳴った。
ハスターは、動きを止めた。
音は一回。
それだけだった。
「今の音は、質問への回答か」
『確認中です』
「……そうか」
ハスターは、記録用紙へ書き込んだ。
『受付が行われない場合の結果について、明確な回答なし』
『質問後にベル音一回』
『ベル音と質問の因果関係は未確認』
彼は、筆を置いた。
扉の向こうは静かだった。
「……もうよい」
ハスターは、そう言った。
「現時点では、これ以上の回答を得られん。照会はここで中断する」
『承知しました』
「中断は、受付の承諾でも、待機の終了でもない」
『承知しました』
ハスターは、少し間を置いた。
「……それから」
『はい』
「私は、帰りたい」
沈黙。
『確認中です』
「……帰宅の希望まで確認するな!」
執務室に、黄衣の王の声が響いた。
*
午後六時三十四分。
由紀は、ホテルのベッドに横になっていた。
テレビはつけていない。
部屋の照明も、ベッド脇の小さな明かりだけにしている。
窓の外からは、車の走る音がかすかに聞こえた。
由紀は、天井を見つめていた。
眠れない。
疲れている。
身体は重い。
それなのに、目を閉じると、月曜日の会館が浮かんでくる。
廊下。
蛍光灯。
受付の机。
あの許可証。
そして、裏面の文章。
『次回のご利用を、心よりお待ちしております』
「……」
由紀は、寝返りを打った。
考えないようにしよう。
そう思うほど、頭の中に浮かんでくる。
彼女は、枕元のスマートフォンを見た。
榊原から、返信が届いていた。
『到着確認しました。今日はもう連絡不要です。ゆっくり休んでください』
由紀は、小さく笑った。
「……榊原さん、優しいな」
それから、画面を伏せた。
連絡不要。
その言葉が、少し嬉しかった。
誰かに何かを確認しなくてもいい。
誰かの返事を待たなくてもいい。
誰かの仕事を代わりに引き受けなくてもいい。
ただ、休んでいていい。
由紀は、目を閉じた。
しばらくして、廊下から足音が聞こえた。
こつ。
こつ。
こつ。
誰かが歩いている。
普通の足音だった。
ホテルなのだから、他の宿泊客がいて当然だ。
由紀は、目を開けなかった。
足音は、部屋の前を通り過ぎていった。
やがて、聞こえなくなる。
「……」
静かになった。
由紀は、ゆっくりと息を吐いた。
大丈夫。
ただのホテルだ。
何も起きていない。
そう思ったとき。
廊下の向こうで、何かが小さく鳴った。
ちん。
由紀は、目を開けた。
「……?」
短い金属音だった。
エレベーターの到着音かもしれない。
誰かが荷物を落としたのかもしれない。
ホテルの設備が鳴っただけかもしれない。
理由はいくらでも考えられる。
由紀は、起き上がらなかった。
音の正体を確かめに行く必要もない。
「……気にしない」
彼女は、そう呟いた。
そして、もう一度目を閉じた。
音は、それきり聞こえなかった。
*
午後六時四十九分。
カルコサの管理局で、ハスターは照会記録を整理していた。
今回の質問で得られた回答は、少ない。
受付の目的は不明。
待機の理由は不明。
設置主体は不明。
受付が行われない場合の結果も不明。
相手が繰り返したのは、確認が必要だということ。
そして、待ってもらう必要があるということだった。
「……何一つ、答えておらん」
ハスターは、呟いた。
「……だが」
少し考える。
「答えられなかったことは、わかった」
少なくとも、相手が何を説明できず、何を繰り返しているのかは整理できた。
ただし、相手が本当に知らないのか。
知っていて答えないのか。
それとも、質問を理解していないのか。
そこまではわからない。
ハスターは、紙に書き込んだ。
『回答不能と回答拒否の区別は未確認』
そして、筆を置いた。
こん、こん。
扉が叩かれた。
ハスターは、顔を上げた。
二回。
控えめな音。
礼儀正しい訪問を装うような、整った間隔。
「……今度は何だ」
『確認事項がございます』
「……そうだろうな」
一拍の沈黙。
そして。
『お待ちの理由をお聞かせください』
ハスターは、目を開けた。
「……何?」
扉の向こうから、もう一度声がした。
『お待ちの理由をお聞かせください』
彼は、机の上の記録を見た。
先ほど、自分が尋ねたこと。
待機の目的。
待機を必要とする理由。
受付が行われない場合の結果。
そして、今。
相手は、こちらに尋ねている。
待っている理由を。
「……私は、待っておらん」
ハスターは、慎重に答えた。
『承知しました』
「何の待機を指している」
返事はない。
「誰が、私を待機者として扱っている」
『確認中です』
「私は受付を求めておらん。担当者でもない。代理も呼んでおらん」
『承知しました』
ハスターは、ゆっくりと立ち上がった。
「……ならば、なぜ私に尋ねる」
沈黙。
扉の向こうで、紙をめくる音がした。
さらり。
さらり。
それから。
『お待ちいただいておりますので』
ハスターは、言葉を失った。
「……」
しばらくして、彼は低い声で言った。
「……誰の判断だ」
返事はなかった。
「私は、待つことに同意しておらん」
『承知しました』
「待機を命じられた覚えもない」
『承知しました』
「ならば、待機者として扱う根拠を示せ」
長い沈黙。
時計の音だけが響く。
かちり。
かちり。
やがて。
『確認中です』
ハスターは、静かに息を吐いた。
「……そうか」
彼は、記録用紙を取り出した。
『18:49 扉の向こうの声が「お待ちの理由をお聞かせください」と発言』
『ハスターは待機者であることを否認』
『待機を命じた主体、待機の目的、根拠はいずれも未確認』
『当該発言のみをもって、ハスターが待機者として登録されたとは認定しない』
書き終えると、ハスターは筆を置いた。
「……よし」
彼は、扉を見た。
「私は待機者ではない」
『承知しました』
「待機者としての確認にも応じん」
『承知しました』
「それから」
ハスターは、少し間を置いた。
「……私が待っているのは、休暇だけだ」
沈黙。
『休暇の予定をお知らせください』
ハスターは、天井を仰いだ。
「……だから、それを私が知りたいのだ!」
黄衣の王の叫びが、カルコサの執務室に響いた。
扉の向こうからは、返事がなかった。
ただ。
ちりん。
小さなベルが、一度だけ鳴った。
*
午後七時十二分。
ホテルの客室で、由紀はようやく少し眠っていた。
窓の外では、街の明かりが増えている。
廊下からは、ときおり人の足音が聞こえた。
エレベーターが動く音。
遠くの部屋で、扉が閉まる音。
空調の低い運転音。
どれも、普通のホテルにある音だった。
由紀は、浅い眠りの中で寝返りを打った。
枕元のスマートフォンは、画面を伏せたまま置かれている。
机の上には、ホテルの案内冊子がある。
その表紙には、施設の利用案内と書かれている。
部屋の中に、目立った変化はなかった。
廊下の向こうで、エレベーターが到着した。
ちん。
短い音が鳴る。
扉が開く。
誰かの足音が聞こえる。
こつ。
こつ。
こつ。
足音は、由紀の部屋の前を通り過ぎていった。
そして、遠ざかった。
由紀は、目を覚まさなかった。
そのまま、静かに眠っていた。
*
午後七時十八分。
カルコサの管理局で、ハスターは一枚の紙を見つめていた。
そこには、先ほどのやり取りが記録されている。
『お待ちの理由をお聞かせください』
『お待ちいただいておりますので』
二つの文章。
どちらも、相手の発言だった。
ハスターは、しばらく考えていた。
待機していると表示される四十件。
受付を求める声。
担当者の確認。
代理の呼び出し。
そして、自分に向けられた待機理由の照会。
これまで、待つ側と確認する側は、別々の存在として示されていた。
少なくとも、記録上はそう読めた。
しかし、今回の声は、ハスター自身が待っているかのように尋ねてきた。
何かが変わったのか。
それとも、最初からそういう意味だったのか。
どちらも、まだわからない。
「……待っている者を、確認する者」
ハスターは、小さく呟いた。
「……確認する者を、待っている者」
似ている。
だが、同じではない。
彼は、二つの文章の間に線を引こうとして、手を止めた。
関係があると決めつけるには、まだ早い。
筆を置く。
そのまま、しばらく紙を見つめた。
やがて、ハスターは新しい見出しを書いた。
『待機者と確認者の関係』
その下には、何も書かなかった。
書けることが、まだなかったからだ。
彼は、紙を閉じた。
「……次に確認すべきは、そこか」
窓の外では、黒い湖が静かに揺れていた。
午後五時の夕暮れ。
終わらない景色。
ハスターは、時計を見た。
午後七時二十分。
そして、机の端に残された未処理書類へ目を向けた。
「……さて」
黄衣の王は、ため息をついた。
「本業に戻るか」
未登録受付の調査は、ここで一度中断する。
理由は単純だった。
回答が得られないからだ。
しかし、通常業務の書類は違う。
読めば内容がわかる。
確認すれば不備が見つかる。
必要な承認を行えば、処理が進む。
少なくとも、こちらは仕事として成立している。
ハスターは、未処理の束から一枚を抜き取った。
読み始める。
申請内容。
担当部署。
必要な承認。
添付資料。
不備なし。
彼は、承認印を押した。
次の書類を取る。
また、読む。
確認する。
処理する。
午後八時を少し過ぎたころ。
机の上に、新しい書類の束が現れた。
青い表紙。
正規の事前照会だった。
ハスターは、表題を確認した。
『接触儀式実施区域変更に伴う影響確認』
申請内容を読み進める。
ある地域で予定されている儀式について、実施場所を変更したいというものだった。
元の場所は、申請者が所有する土地。
変更先は、その隣の土地。
距離は近い。
だが、隣の土地は申請者の所有ではなかった。
ハスターは、筆を止めた。
「……土地の使用許可は」
添付資料を確認する。
ない。
変更先の管理者による承諾書もない。
ハスターは、申請書をもう一度読んだ。
『変更先は従来の実施場所と近接しているため、実質的な影響に差異はないものと考えられる』
「……そういう問題ではない」
彼は、低い声で呟いた。
「近ければ、他人の土地を使ってよいことにはならん」
変更による儀式上の影響と、土地を使用する権限は別の問題だった。
ハスターは、必要な確認事項を書き出した。
変更先の管理者。
使用許可の有無。
境界付近の安全確保。
変更後の儀式陣の配置。
そして、実施予定時刻。
時計を見る。
午後八時十七分。
申請された儀式は、翌日の夕方に予定されていた。
今すぐ世界が滅ぶような案件ではない。
だが、確認を先延ばしにすれば、申請者が必要な準備を整える時間が減る。
「……差し戻しだ」
ハスターは、理由を明記した。
『儀式上の影響確認以前に、変更先の使用権限を確認する必要がある』
『必要書類を添付のうえ、再照会すること』
正規の経路で返送する。
書類が消えた。
その直後。
別の束が、机の上に現れた。
「……」
ハスターは、しばらくそれを見つめた。
「……次か」
新しい書類を開く。
今度は、儀式の延期申請だった。
理由は、参加予定者の都合。
変更後の日程は、まだ決まっていない。
にもかかわらず、延期後の実施承認を先に求めていた。
「……日程が決まってから申請せよ」
ハスターは、淡々と差し戻した。
午後九時。
緊急確認の依頼が二件入った。
一件は、過去の処理記録との照合。
もう一件は、複数部署にまたがる承認経路の確認だった。
後者の申請には、担当部署の欄が三つあった。
いずれにも、別の部署名が記されている。
しかし、最終的な承認者は空欄だった。
ハスターは、申請書を持ち上げた。
「……誰も最終承認を行わぬのか」
通常の書類だった。
発行元も、申請者も確認できる。
ただし、内容が不十分だった。
未登録受付とは違う。
不備の所在がわかる。
確認すべき相手もいる。
だからこそ、処理できる。
ハスターは、三つの部署へそれぞれ照会を送った。
回答を待つ間に、別の書類を処理する。
数分後、一つ目の部署から回答が届いた。
その部署には最終承認権限がない。
二つ目も同じだった。
三つ目からは、別部署が担当しているはずだという回答が来た。
「……」
ハスターは、しばらく無言で書類を見つめた。
それから、正規の権限記録を確認した。
必要な承認経路は、確かに存在していた。
ただし、申請書に記載された三つの部署のいずれでもなかった。
「……なぜ、そこへ回した」
彼は、誤った照会先を訂正し、正しい部署へ書類を送った。
これで一件、進んだ。
机の上の書類は、まだ減らない。
午後十時。
ハスターは、椅子の背にもたれた。
机の上には、まだ書類が残っている。
彼は、目を閉じた。
数分だけ。
何も読まない。
何も判断しない。
何も承認しない。
ただ、それだけの時間だった。
廊下を誰かが通る音がした。
ハスターは、目を開けた。
時計を見る。
数分しか経っていない。
机の上には、新たな通知が一件届いていた。
彼は、何も言わずにそれを開いた。
午後十一時。
窓の外は、相変わらず午後五時の夕暮れだった。
黒い湖。
二つの黒い太陽。
動かない景色。
ハスターは、時計を見た。
「……まだ金曜日か」
そう呟いた直後、日付が変わるまで一時間を切っていることに気づいた。
「……いや、もうすぐ土曜日か」
どちらでもよかった。
仕事は続いている。
午後十一時四十分。
ハスターは、最後の緊急照会に回答した。
書類を閉じる。
承認記録を保存する。
そのまま、次の書類を開いた。
金曜日が終わろうとしていた。
管理局の窓の外では、夕暮れが終わる気配すらなかった。
*
土曜日、午前零時十二分。
ハスターは、机の上の時計を見た。
「……土曜日か」
金曜日は終わった。
だが、仕事は終わっていない。
未処理の書類は、まだある。
処理済みの書類も、整理しなければならない。
そして、未登録受付の保全記録も、机の端に置かれたままだ。
彼は、通常業務の書類を一枚取り上げた。
内容を確認する。
不備を指摘する。
差し戻しの理由を書く。
保存する。
次の書類を取る。
午前一時。
ハスターは、椅子に座ったまま目を閉じた。
ほんの短い時間だった。
机の上の書類から、意識を離す。
目を閉じても、未処理の案件が頭に浮かぶ。
申請番号。
担当部署。
回答期限。
確認事項。
考えるのをやめようとしても、次に何を処理するべきかが浮かんでくる。
「……」
ハスターは、目を開けた。
時計を見る。
数分しか経っていない。
それでも、目を閉じる前よりは少しだけ頭が静かになっていた。
彼は、書類を取った。
また、仕事を始めた。
午前二時。
通常業務の一部が片づいた。
その直後、追加の処理依頼が届いた。
ハスターは、無言で内容を確認した。
急ぎではない。
だが、放置すれば後続の業務が止まる。
彼は、処理を始めた。
午前三時。
机の上の書類は、少し減っていた。
未処理の棚には、まだ十分な量が残っている。
ハスターは、次の書類へ手を伸ばした。
そのとき、カバンが目に入った。
机の脇に置かれた、いつものカバン。
中には、自宅の鍵が入っている。
今夜も使う予定はない。
ハスターは、何も言わずに視線を戻した。
書類を開く。
確認する。
処理する。
午前三時四十六分。
新たな照会が届いた。
赤い表紙。
緊急案件だった。
ハスターは、すぐに内容を確認した。
予定されていた接触儀式について、実施前の最終確認で、申請内容と現地の配置に相違が見つかったという。
添付された図面を開く。
申請時の配置図。
現地確認の配置図。
二つを重ねる。
祭壇の位置が違っていた。
距離は、わずかだった。
だが、儀式陣の中心から見れば、無視できない差だった。
「……誰が動かした」
ハスターは、報告書を確認した。
設営担当者が、搬入経路を確保するために位置を調整したと記されている。
申請者への連絡は、まだ行われていない。
ハスターは、低い声で言った。
「……なぜ、勝手に動かす」
申請された配置と、実際の配置が違う。
その状態で、承認済みの儀式として進めるわけにはいかない。
彼は、実施準備の一時停止を指示した。
配置の再確認。
申請者への連絡。
変更が必要な場合の再照会。
そして、現地の安全確認。
必要な手順を、順番に記した。
送信。
すぐに、受領の記録が返ってきた。
ハスターは、時計を見た。
午前四時三分。
現地から、追加の確認結果が届く。
配置は元の申請どおりに戻された。
儀式は、まだ開始されていない。
関係者への確認も行われた。
ハスターは、報告内容を読み直した。
記録の不足はない。
現時点で、申請内容との相違も解消されている。
「……よし」
彼は、処理結果を記録した。
ただし、今後の設営変更には事前確認を要することを、改めて明記した。
午前四時二十七分。
最後の緊急案件が片づいた。
ハスターは、椅子の背にもたれた。
机の上には、まだ書類が残っている。
未処理の棚にも、別の案件がある。
すべてが終わったわけではない。
ただ、直ちに処理しなければならない案件は、ひとまずなくなった。
次の定時処理が始まるまで、しばらく猶予がある。
その間にも、新しい緊急案件が届く可能性はある。
だが、今この瞬間、ハスターの判断を待っている急ぎの書類はなかった。
彼は、時計を見た。
「……少し眠れるな」
それだけ言った。
ハスターは、机の上の書類を整理した。
処理済みのもの。
次の担当部署へ回すもの。
保留理由を記録したもの。
未登録受付の保全記録。
それぞれを所定の場所へ戻す。
そして、次に確認すべき事項を、短く書き残した。
『未登録受付の目的』
『待機者と確認者の関係』
『受付を行わない場合の結果』
どれも、まだ答えがない。
だが、今は追わない。
追ったところで、回答が得られる保証はない。
それよりも、休める時間に休んでおくべきだった。
ハスターは、椅子から立ち上がった。
黄色いスーツの上着を整える。
長く座っていたせいで、袖口にわずかな皺ができていた。
彼は、それを指先で伸ばした。
それから、机の脇のカバンを持ち上げた。
ちゃり。
小さな金属音がした。
自宅の鍵だった。
毎日持ち歩いている。
今夜も使わなかった。
ハスターは、音に反応しなかった。
ただ、カバンの持ち手を握り直した。
机の上を確認する。
書類の位置。
記録の保存状態。
未処理案件の引き継ぎ事項。
すべてを確かめると、彼は扉へ向かった。
帰宅するかどうかは、考えなかった。
自宅へ戻る時間があるか。
往復にどれほど掛かるか。
そんな計算は、もうしない。
仕事の合間にまとまった時間ができたら、管理局の仮眠室へ向かう。
それが、いつもの行動だった。
扉の前で、足を止めた。
「……仮眠を取る」
誰にともなく、そう告げた。
返事はなかった。
「受付は行わん。代理も呼ばん。待機者としての登録も認めん」
沈黙。
「……ではな」
ハスターは、扉の取っ手へ手を伸ばした。
そのとき。
『お帰りですか』
扉の向こうから、穏やかな声がした。
ハスターは、動きを止めた。
「……違う」
低い声で答える。
「仮眠だ」
『承知しました』
「……」
彼は、しばらく扉を見つめた。
それから、ゆっくりと取っ手を回した。
扉が開く。
廊下には、誰もいなかった。
長い廊下。
黒い石の床。
壁に並ぶ、古い燭台。
その先には、薄暗い曲がり角がある。
足音もない。
人影もない。
ベルも見当たらない。
ハスターは、廊下を見渡した。
扉の向こうから声がした。
しかし、そこに誰かがいたという証拠はない。
彼は、執務室の中を振り返った。
机の上には、保全記録が残っている。
未登録受付。
待機数四十。
受付番号000。
そして、新たに加わった、待機理由の照会。
ハスターは、静かに扉を閉めた。
施錠する。
鍵が掛かったことを確認する。
「……よし」
それから、廊下を歩き始めた。
革靴の音が、黒い石の床に響く。
かつ。
かつ。
曲がり角へ差しかかる。
そのときだった。
背後で、小さな音がした。
ちりん。
ハスターは、立ち止まった。
振り返る。
廊下には、誰もいない。
執務室の扉は、閉まっている。
彼は、しばらくその扉を見つめていた。
そして、低い声で言った。
「……今は、休ませてもらうぞ」
返事はなかった。
ハスターは、再び歩き始めた。
今度は、振り返らなかった。
その背後で。
誰もいない廊下に、声が響いた。
『承知しました』
少しの沈黙。
そして。
『お戻りを、お待ちしております』
黄衣の王の足音が、遠ざかっていった。
カバンの中で、自宅の鍵が小さく鳴った。
ちゃり。
その鍵が開ける扉の向こうには、今も埃一つない部屋がある。
ハスターは、部屋の管理を配下に任せていた。
掃除も、換気も、寝具の手入れも。
もちろん、その仕事には給料を払っている。
いつ帰っても、すぐに休めるように。
長い間、そうしてきた。
主が帰らない日も、部屋は整えられる。
誰も使わない寝床に、清潔な寝具が用意される。
いつ開くとも知れない扉の向こうで、帰宅の準備だけが続いている。
ハスターは、それを無駄だとは思っていなかった。
心が休まる場所が、確かにそこにある。
そのことを知っているだけで、救われる夜がある。
だから、家賃を払い続ける。
鍵を持ち歩き続ける。
そして今夜も、管理局の仮眠室へ向かう。
帰りたいと思うことと、帰るつもりでいることは、もう別の話だった。




