第七十五話 初めての依頼
「さて、ポルコさんからのお墨付きも出たことですし、依頼の話をしましょうか!」
受付嬢は切り替えるように話し始めた。。
「あの……弁償は……?」
少し暴れすぎた自覚はある。
(金貨何枚とかだったらどうしよう……)
少し青い顔をして聞く私に、ポルコは笑って答えた。
「新人からは取りませんよ。うちの連中が勝手に仕掛けた乱闘ですから」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、ほら!野郎ども!とっとと片付けるぞ!」
「はい!」
相変わらず急な豹変には、慣れないがいい人達の集まりで、少し気持ちは軽くなった。
「クリスさんはかなり腕が経つので、せっかくでしたら護衛の仕事はいかがでしょう?」
提示されたのは、商人の護衛だった。
街から隣町まで数日間、荷馬車に同行する。
報酬は銀貨十枚。
宿代を考えても、十分な金額だった。
「これを受けます」
「分かりました。明日の朝、南門に集合してください」
「ありがとうございます」
依頼書を受け取る。
仕事が決まった。
周囲の人から認められた。
たったそれだけのことなのに、こんなにも嬉しくなるなんて。
これからは、自分の力で依頼を受け、金を稼ぐ。
それが、今の私の生活になるのだ。
◇◇◇
翌朝。
指定された場所へ行くと、一台の荷馬車が停まっていた。
「君が護衛の人かい?」
商人らしい男が声をかけてくる。
「はい」
「若いな。本当に大丈夫か?」
「問題ありません」
「そうか。それなら頼むよ」
商人は気さくに笑う。
私も笑顔を返し、荷馬車の横を歩き始めた。
しばらくすると、商人が話しかけてくる。
「一人旅なのか?」
「はい」
「大変だろう」
「……そうですね」
「どこから来たんだ?」
私は少しだけ黙った。
(なんて答えよう……)
「西の方です」
嘘は付いていない。
「西か。最近は、あちらから逃げてきた人間も多いな」
「……そうなんですか」
「ああ。王国で大変なことがあったらしい」
胸の奥が痛んだ。
「戦争が終わったと思ったら、今度は国そのものがなくなっちまったって話だ」
「……」
「家族を失った奴も多いらしい。気の毒な話だよ」
私は前を見た。
「……そうですね」
それ以上は何も言わなかった。
商人も、深く聞こうとはしなかった。
それが、何よりも有難かった。
荷馬車は街道を進んでいく。
しばらくして。
「止まってくれ!」
商人が声を上げた。
前方に、大きな倒木が道を塞いでいる。
「困ったな。これじゃ通れない」
商人が馬車から降りる。
私も続いて降りた。
「私が動かします」
「一人で?」
「はい」
倒木に手をかける。
かなり大きい。
普通なら、二人か三人は必要だろう。
私は足に力を入れた。
聖剣の力によって戻った身体は、以前より明らかに軽い。
(いけるかもしれない……)
「……っ」
力を込める。
少しずつ。
倒木が動いた。
「おお……!」
商人が驚きの声を上げる。
私はそのまま木を道の端まで押し退けた。
「これで通れます」
「助かったよ!」
「仕事ですから」
そう答えたものの。
私は、自分の手を見つめた。
細い身に似合わぬ怪力。
さすがに、以前の私なら木を避けた道を探しただろう。
でもあの日、ポルコ立ちに試された日は、不思議と身体が軽かった。
大の男共を、軽々とのすことが出来た。
(やはり聖剣の力なのかな)
私らしくない選択。
ガルドなら笑いながら持ち上げただろう。
レオンなら競争しようと言い出したかもしれない。
ドレイスなら、私と同じように倒木を避ける別の道を探しただろう。
選択肢は、いくつかあった。
なのに私は、ガラにもなく力技をえらんだ。
無意識に、あの日々を追っているのかもしれない。
今の私は一人なのに。
◇◇◇
護衛の仕事は、特に大きな問題もなく終わった。
目的地へ到着すると、商人は約束通り報酬を渡してくれた。
「助かったよ。銀貨十枚だ」
「ありがとうございます」
私は手の中の銀貨を見つめた。
銀貨十枚。
大金ではないけれど、
初めて自分ひとりで働いて手に入れた金だった。
「……これが」
自分で生きるということなのだろうか。
ただの銀貨。
なのに、やたらと輝いて見える。
私はしばらく眺めたあと、そっと財布へしまった。
◇◇◇
宿へ戻ったその日は、少しだけ贅沢をすることにした。
いつもなら食事を抜いて宿代を節約する。
だが今日は自分で稼いだ金がある。
「……肉料理を一つ」
食堂で注文する。
しばらくして、温かいスープと焼いたパン、そして肉料理が運ばれてきた。
私は、目の前の料理を見つめた。
「……いただきます」
スープを一口飲む。
温かい。
それだけだった。
なのに、胸の奥が少しだけ緩んだ。
自分で仕事を選び、自分で働き、自分で報酬を得て、自分で飯を選ぶ。
「……普通って」
こんなものだったのか。
私は肉を一口食べた。
美味しかった。
それだけなのに、涙が出そうになった。
「……どうして」
理由は分からない。
ただ、久しぶりに、普通の生活をしている気がした。
戦う必要もない。
誰かを守る必要もない。
明日の戦場を考える必要もない。
今日は仕事を終えた。
だから、食事をする。
そして眠る。
それだけ。
そんな当たり前の時間が、今の私にはひどく大切に感じられた。
◇◇◇
その夜。
私はぼーっと宿の窓から街を眺めていた。
通りには明かりが灯っている。
仕事を終えた人々が歩いている。
店からは笑い声が聞こえる。
誰かが今日一日を終え、誰かが明日の準備をしている。
王国が滅びても。
世界は動き続けている。
そして今。
自分も、その世界の中にいる。
「……生きてる」
クリスは小さく呟いた。
胸の奥には、まだ痛みがある。
ガルドも。
ドレイスも。
ナージャも。
ルカも。
王も。
王妃も。
姫も。
そして、レオンも。
忘れることなんてできない。
忘れるつもりもない。
けれど。
失った者たちを思い続けるだけでは、生きていけない。
今日、自分は仕事をした。
自分で金を稼いだ。
自分で食事を選んだ。
そして、今ここにいる。
「……明日も、生きよう」
それだけを決めた。
大きな目標なんて、まだ必要ない。
国を救う必要もない。
誰かに認めてもらう必要もない。
ただ明日を生きる。
その積み重ねでいい。
部屋が夜風で冷え込んでくる。
私はそっと窓を閉めた。
ベッドへ横になる。
聖剣は手の届く場所へ置いた。
目を閉じる。
今夜は、王都の炎を思い出さなかった。
それから久しぶりに、深い眠りについた。




