第七十四話 生きるということ
翌朝。
私は、まだ人の少ない街を歩いていた。
昨日の夜は国境を越えたばかりだった。
知らない国。
知らない街。
知らない、見たことも無いものに溢れていた。
幸い言葉は通じるので、まずこの場所で生きて行く基盤を整えなければならない。
そのためには金が必要だが、現状の手持ちは、その日を生きるために精一杯な僅かな金のみ。
食料も、替えの衣服もない。
今はまだ、国境を越えた先に、どれだけ長く滞在することになるのかも分からない。
「……仕事を探さないと」
これまでなら、こんなことを考える必要はなかった。
王都にいた頃なら、眠る場所も食事も用意されていた。
《暁の牙》にいた頃も、仲間と相談すれば何とかなった。
でも今は……。
頼れる人間は誰もいない。
私が私のために動かなくてはならない。
怖かった。
怖いはずなのに、同時に不思議な感覚が湧いてきた。
誰かに命じられることもない。
誰かの期待に応える必要もない。
自分が何をするのかを、自分で決めていく。
私は、前世でも今生でも、初めて自分の足で歩かなければならなかった。
◇◇◇
街中を気持ち急ぎ目で歩く。
昨日宿の主人から聞いた場所へ向かっていた。
この国では、魔物討伐や護衛などの仕事を冒険者組合が仲介しているらしい。
傭兵とは少し違う。
それでも、戦える人間が仕事を探す場所としては都合がよかった。
(あそこだ)
目に入るのは、古びた酒場のような扉。
暁の牙の最初の拠点のようだった。
懐かしくなり、思わず足を止める。
しばらく眺めていると、ガタイのいい男たちが多く出入りしているのが見えた。
(間違いなさそうだ)
私はそのまま進み、冒険者組合へ入ると、朝から何人もの冒険者が掲示板の前に集まっていた。
依頼書を眺める者。
仲間と相談する者。
受付で手続きをする者。
(なるほど、ここで依頼や受領の手続きをするのか)
傭兵時代はドレイスが傭兵団への依頼を判断していた。
国へ所属してからは、命じられる依頼を捌いていた。
ここでは、自分で選び、判断する。
見慣れない光景に、物珍しさを感じた。
受付へ向かう。
「何かお探しですか?」
「仕事を探しています」
「どのようなお仕事をご希望ですか?」
「戦闘に関わるものを」
受付嬢が私を一瞥する。
「戦闘はできますか?」
「はい」
「剣は?」
「使えます」
「魔物討伐の経験はありますか?」
「……あります」
むしろ、経験がありすぎるくらいだ。
魔物との戦闘も、人との戦いも、私は慣れている。
日々魔物と戦い、戦争にも参加し、魔女とも戦った。
その結果は、ご覧の通りだけれども。
「見たところ、かなりお若いですね」
「そうですか?」
「ええ。十代後半くらいに見えます」
一瞬、私は言葉に詰まった。
聖剣の力によって、身体は十七歳の頃へ戻っている。
鏡を見るたび、自分でも違和感を覚えるほどだった。
「……昔から、若く見られるんです」
男の声を作って答える。
「困りましたね……」
「どうかしたんですか?」
「戦闘中心ですと護衛の任務が中心となるのですが、あなたの場合ですと、見た目がかなりお若いので、嫌がられる可能性が高くて……」
「実力は問題ないですよ」
「何か経歴などを証明出来るものはお持ちですか?」
困った。
今の私には何もない。
「すみません、過去の経歴については詳しく話すことができなくて」
「弱りましたねぇ」
受付嬢は困ったように眉を寄せて、頬に手を当てる。
「メリダ、なにか困り事ですか??」
すると、奥から背は小さいが恰幅の良い男性が出てきた。
「あぁ、ポルコさん。実は……」
受付嬢が男性に事情を話し出す。
「ふむ、なるほど。」
話を聞いてから、私の方に向き直る。
「はじめまして。私はこの組合のマスターを担っております、ポルコ・ロッソと申します。」
「クリスです。傭兵として各地を巡っています。」
「失礼ですがクリスさん、確かにかなりお若く見受けられます。」
「実際はそこまで若くないんですかね」
「なにぶん見た目で判断する方も多くて……。」
ふぅとため息を着くポルコ。
「そこでひとつ提案があります。」
訝しげにポルコを見る。
ポルコはニヤリと笑い、言い放った。
「挑戦、受けてみませんか?」
「ええ、いいですけど」
どこで……と言いかけた瞬間、ポルコが目をカッと見開き叫んだ。
「野郎ども、聞いたかっ!この坊主が腕に覚えがあるってよ!どの程度の実力か、お前らで遊んでやれっ!」
(……はっ!?)
呆然とする間もなく、四方八方から男たちが襲いかかってきた。
武器は鞘から抜いておらず、殺気もないが、皆ワクワクとした顔をしていた。
「オラァ!」
声を上げながら件を振り下ろしてきた男を一歩後ろに身体を引いて避ける。
男はカウンターに突っ込んで呻き声をあげ、いつの間にか奥へ下がっていた受付嬢に文句を言われている。
その様子を見ている間もなく、今度は斜め後ろから殴りかかって来た男の腕を掴み、その遠心力を利用して他の奴らにぶん投げる。
次々と襲ってくる男たち。
私はどんどん蹴散らしていく。
(……楽しいっ)
柄にもなく、ワクワクしていた。
久しぶりに楽しかった。
命の危険がない、純粋な暴力。
まるで、スポーツのようだった。
気がつけば、机や椅子は壊れ、辺りにはものが散乱し、床には男たちが突っ伏していた。
「いやはや、かなりお強いですねクリスさん」
「ポルコさん、これは一体どういうことですか?」
「うちの名物、乱闘ですよ!」
(乱闘が名物?)
「そうでしょう、そうでしょう、不思議に思うでしょう?」
深く頷くポルコ。
「これには深ぁい訳がありましてね」
「我が国は傭兵の集まりからできた国。荒くれ者の集まりなんですよ。
戦場を渡り歩いていた連中が、いつの間にかこの土地に根を下ろして、国まで作っちまった」
周りの男どももうんうんと頷く。
「だからまあ、住んでる連中も似たようなものでしてね。
腕っぷしには自信があるが、細かい礼儀やら肩書きやらは気にしない。
強けりゃ強いで認めるし、弱くても仕事をこなせば仲間として扱う。そんな国です」
「ただし、よそから来た人間だけは別です。
口で『俺は強い』と言われても、こっちは簡単には信用しない」
「そこで昔からあるのが、あの乱闘ですよ」
「武器は抜かない。殺しは禁止。あとは好きにやれ。
最後まで立っていられたら、そいつの実力は認める。
実に分かりやすいでしょう?」
「確かに……」
噂や自称をあてにするよりは、単純でいちばん手っ取り早いのかもしれない。
「まあ……机や椅子が壊れるのは、毎回ちょっと困るんですがね」
ポルコはそう言って、散らかった組合内を見回す。
「でも、クリスさん。あなたなら問題なさそうだ」
「少なくとも、ここにいる連中はもう、あなたを『見た目だけの新人』とは思っていませんよ」
そう言ってポルコは笑った。
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※次回更新は9月19日の朝7時を予定しています。




