第七十話 生き残った者
お待たせいたしました。本日より第2章を開始いたします!今後の更新は2日に1回、朝7時を予定しています。
第2章も楽しんでいただけるよう執筆していきますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
王城を離れてから、どれほど歩いたのか、私自身にも分からなかった。
夜の街道を、ただ前へ進んでいた。
足は重い。
身体には魔女との戦いで負った傷の痕が残っている。
傷口そのものはいつの間にか塞がり、血も止まっていた。
剣を握ることも、歩くこともできる。
(魔女の呪いの力?それとも聖剣の力なのか?)
だが、万全とは程遠かった。
疲労は抜けていない。
呪いを受けた身体には、時折、内側から焼かれるような痛みが走る。
それ以上に辛かったのは、頭から離れない光景だった。
倒れたレオン。
動かなくなったガルド。
ドレイスとナージャ。
そして、魔法陣の中央で息絶えていた姫。
クリスは一度も振り返らなかった。
振り返れば、遠くに王都の炎が見える。
あの炎の中に、みんながいる。
「……」
足を止めそうになるたび、私は前を向いた。
ここで立ち止まれば、もう歩けなくなる。
そんな気がした。
だから何も考えず、ただ足を動かした。
◇◇◇
気がつけば、人を避け森の中へいた。
暗い森の中で、自分と世界の境界線が溶けたように感じる。
「……あっ、」
木の根に躓き、体制を崩す。
足を捻ったようで、立ち上がり歩こうとしても進まない。
もう、駄目だった。
「ハハッ……」
私は、無力だった。
何も出来なかった。
守れなかった。
私は、知っていたのに。
仰向けになり空を見上げる。
木々に遮られて何も見えず、真っ暗な空間だけがそこに広がる。
頬を涙が伝う。
(私は、生きていて良いのだろうか……)
「みんなの、みんなのところへ行きたい……」
「会いたいよ……」
ひとり、声を押し殺して泣く。
その瞬間。
ガサッ
何かもの音がした。
「誰だ!」
叫ぶも、返ってくる返事はない。
ガサッ ガサガサ
物音はだんだん大きくなってくる。
そして、近くでピタッと止まった。
「グルルル……」
狼だ。
血の匂いに寄せられて狼の群れがやってきたのだ。
「ちょうどいい」
半ば諦めかけた心で、木に半身を預け剣を構える。
「無抵抗でやられると、向こうに行った時にガルドたちに怒られちゃうから」
抗うだけ抗おう。
そして、向こうでガルドたちに褒めてもらおう。
僅かな闘志を目に宿し、狼達を見据えた。
(全部で7匹程度か……)
それなりの群れだ。
狼は姿勢を低くし、こちらの動きを伺っている。
私は小さく息を吐いた。
するとその時を狙っていたかのように狼達が飛びかかってきた。
正面から1頭、横から2頭。
残りはこちらを様子見をしている。
私は身を翻し、正面からの攻撃の死角に入る。
そして横から来た1頭を身体を倒し避けながら、もう1頭を頭から袈裟斬りを仕掛けた。
多少詰まると思ったが、聖剣はまるで予め裂いていたかのようになんの抵抗もない。
私は下ろしたままの剣を斜めに振り上げ、すぐ側にいた1頭の頭を切り落とす。
そこから横薙ぎに振るい残り1頭を真っ二つに裂いた。
血が吹き出す。
私は吹き出す血を浴びながら、まだ近くにいるはずの狼を探す。
奥にいるボスらしき大きな狼は、じっとこちらを見ていた。
(残り、4匹)
他の狼達は、姿勢を低くし、いつでも飛びかかれる体制を維持している。
まるで、ボスの指示を待っているかのようだった。
狼たちは私の周りをゆっくりと歩く。
私が油断するのを待っているのだろう。
ポタっ……ポタっ……
響くのは私の荒い息と、血が地面に垂れる音だけ。
(このままでは埒が明かない)
私は1歩大きく踏み込んだ。
すると待ってましたとばかりに後ろから飛びかかって来る気配。
急いで避けるも、腹部を抉られる。
私は反射的に逆手に構え、そいつを切り伏せる。
思わず体勢が崩れそうになるのを気合いで制す。
倒れた瞬間、私は死ぬ。
次々と飛びかかってくる狼達。
もはやどこを噛まれたのか分からないほど全身が痛い。
私は、死にものぐるいで剣を振るった。
◇◇◇
顔に何かがかかる感覚で目を覚ます。
雨が降っていた。
「生きてる……?」
どれくらい経ったのか、分からなかった。
どう考えても致命傷だった。
どう考えても、私は死ぬはずだった。
身体はそこかしこを噛みちぎられ、血が流れていない箇所は無いほどだったはずだ。
それなのに、私は目を覚ました。
魔女の言葉が蘇る。
『あなたには……死ぬことすら許さない』
「こういうことかっ!」
私は死ぬことは許されない
どんなに苦しくても、どんなに逃げたくても。
私は、現世に縛られ続ける。
「ああ……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
私は慟哭する。
これは呪いだ。
まさしく真に呪いだ。
救われることは、許されなかった。
どのくらい叫び続けただろうか。
声も涙も枯れ果て、全てが空っぽになった頃、ふと水溜まりに映る自分を見た。
月明かりに照らされて、水面に映る顔。
「……え?」
そこに映っていたのは、傷ひとつない自分の顔だった。
そしてよく見ると。
「……若くなってる」
私は自分の頬に触れた。
そして、手、脚、胴体。
身体の至る所に触れる。
そこには傷があるはずだった。
噛みちぎられたはずだった。
服をまくり肌を見る。
そこには、傷ひとつない肌があった。
(呪いの力?)
だが、魔女の呪いは死ぬことができなくなると言っていた。
(やはり聖剣の力?)
魔女との戦いで聖剣の力を限界まで引き出した。
あの時、身体を包んだ白い光。
傷が塞がったのは、その力によるものだとしたら。
(そしてこの顔、この姿)
まるで全盛期のような肉体。
水面に映る自分は、今よりずっと若かった頃の姿をしている。
「……十七歳くらいか」
まだ少女としての面影が残っていた頃。
やはりこの顔は、母である王妃に似ている。
目元も、輪郭も。
姫と並べば、姉妹だと気付かれてもおかしくないほどだった。
雨に打たれながら、天を仰ぐ。
「……この姿で、人前には出られないな」
王家に仕えていた者が、この顔を見たらどう思うだろう。
王妃によく似た顔。
姫と同じ面影。
そのうえ、王国の滅亡から生き残り、聖剣まで手にしている。
疑われない方がおかしい。
私はは水面から目を逸らした。
「……戻れない」
口にしてみる。
その言葉が、自分の中へ重く落ちてきた。
王国は滅びた。
王家も、公爵家も、《暁の牙》も。
自分が知っていた場所は、もうどこにも残っていない。
それでも、自分だけが生きていた。




