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捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

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第六十九話 生き残ったもの

ご愛読くださり、誠にありがとうございます。

話のストックが切れてしまったため、

次回更新日は9月9日7時を予定しております。

隠し通路を抜けると、王城の別区画へ出た。


 こちらには敵兵の姿がない。燃え広がった炎もまだ届いていないらしく、廊下には薄暗い静けさが残っていた。


 私はは壁に手をつきながら歩いた。


 手にした聖剣が、足元を照らしている。


 身体は限界だった。


魔女との戦いで負った傷に加え、最後に受けた呪いが身体の内側を蝕んでいる。


息をするだけでも痛みが走り、少し歩けば足がもつれた。


 それでも、足を止める気にはなれなかった。


 ガルド。


 ドレイス。


 ナージャ。


 そして、レオン。


 魔女と戦う前に見たのは、倒れて動かなくなったレオンの姿だった。


 あの傷では助からない。


 頭では、そう分かっている。


 それでも、どこかで認めたくなかった。


「……まだ、どこかで生きてるかもしれない」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 誰か一人でもいい。


 生きていてほしい。


 その願いだけを頼りに、クリスは廊下を進んだ。


「……団長」


 返事はない。


「ドレイス……」


 もちろん、返事はなかった。


 角を曲がった先に、大きな広間が見えてくる。


 扉は開いたままだった。


 クリスは足を止める。


 嫌な予感がした。


 それでも、中を確認しなければならない。


 聖剣を握り直し、広間へ入った。


「…………」


 そこに、ガルドがいた。


 大きな身体を何本もの剣に貫かれ、床へ倒れている。


「……団長?」


 声が震えた。


 クリスは駆け寄ろうとしたが、足がもつれて膝をつく。それでも床を這うようにして近づき、ガルドの肩へ手を伸ばした。


「団長……?」


 揺らす。


 何度も呼ぶ。


「起きてくれよ……」


 返事はない。


 いつもなら豪快に笑い、乱暴な言葉を返してくるはずだった。


『そんな顔すんな、クリス』


 そう言って、頭を乱暴に撫でてくるはずだった。


 だが、目の前のガルドは何も言わない。


 その身体からは、もう生きている者の温もりが感じられなかった。


「……嘘だろ」


 声が掠れる。


「こんなの……聞いてない」


 その隣には、ドレイスが倒れていた。


 壁に身体を預けるような姿勢で、割れた眼鏡が床に転がっている。胸元には深い傷が残り、いつもの冷静な表情も失われていた。


「……ドレイス」


 クリスは膝を引きずるようにして近づいた。


「あなたまで……」


 頬へ触れる。


 冷たい。


「……本当に、いないのか」


 答えはなかった。


 少し離れた場所には、ナージャが倒れていた。


 衣服は血で汚れ、身体にはいくつもの傷が残っている。


 クリスは、もう声を掛けることすらできなかった。


 ただ三人を見つめる。


 頭の中に、これまでの日々が次々と浮かんだ。


 初めて《暁の牙》へ入った日。


 ガルドに振り回された日々。


 ドレイスと作戦について言い争ったこと。


 ナージャにからかわれ、何度も言い返したこと。


 くだらないことで笑った夜。


 戦場から帰って、皆で食事をした時間。


 そんなものが、もう二度と戻ってこない。


「……みんな」


 クリスは床へ手をついた。


「私を……置いていかないで」


 返事はない。


「一人にしないで……」


 自分でも驚くほど弱い声だった。


 いつからだろう。


 自分一人で生きることに慣れていたはずなのに。


 いつの間にか、この人たちがいることを当たり前だと思うようになっていた。


 だから、いなくなった今になって気付く。


 自分がどれほど彼らに支えられていたのかを。


「……私だけなのか」


 王も。


 王妃も。


 姫も。


 ルカも。


 ガルドも。


 ドレイスも。


 ナージャも。


 そして、レオンも。


 誰も動かない。


 残ったのは、自分だけだった。


 その時、廊下の向こうから声が響いた。


「こっちだ!」


「まだ誰かいるぞ!」


 複数の足音が近づいてくる。


 クリスは顔を上げた。


 悲しんでいる時間さえ、与えてもらえないらしい。


 立ち上がろうとする。


「……っ」


 足に力が入らない。


 それでも壁に手をつき、身体を起こした。


 ここに残れば、敵兵に見つかる。


 そうなれば、ガルドたちの遺体まで踏みにじられるかもしれない。


 それだけは許せなかった。


「……ごめん」


 私は三人を見た。


「私は、行く」


 まずガルドを見る。


「団長……今まで、ありがとうございました」


 ドレイスへ視線を向ける。


「あなたがいなかったら、私は何度死んでいたか分からない」


 ナージャを見る。


「……最後まで、笑わせてくれてありがとう」


 涙を拭う。


「みんな……」


 声が震える。


「さよなら」


 返事はなかった。


 私は聖剣を握り、広間を出た。


 ◇◇◇


 王城を出ると、王都はまだ燃えていた。


 夜空を黒煙が覆い、あちこちから炎が上がっている。


 敵兵が王城へ次々と入っていく姿も見えた。


 私は、その光景を見つめた。


 このままでは、残された仲間たちの遺体まで敵の手に渡る。


 それだけは嫌だった。


 私は足元へ落ちていた松明を拾った。


「……許して」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


 それでも松明を握り締め、燃え盛る王城へ向かって投げた。


 炎が壁際の木材へ移る。


 一つの火が、次の火を呼ぶ。


 風に煽られた炎は瞬く間に広がり、王城の一角を赤く染めていった。


 私は、その場から動かずに見つめる。


「これで……誰にも触らせない」


 ガルドも。


 ドレイスも。


 ナージャも。


 王も。


 王妃も。


 姫も。


 そして、レオンも。


 もう誰にも、彼らの最後を踏みにじらせない。


 王城を包む炎が、夜空へ伸びていく。


 その光景を見ながら、私は唇を噛んだ。


 ここには、あまりにも多くの思い出があった。


 王女と再会した日。


 王城の廊下でレオンと話した日。


 王国軍として仲間たちと戦った日々。


 笑ったことも、怒ったことも、命を預け合ったことも。


 全部、この炎の中へ消えていく。


 私はは聖剣を握った。


「……忘れない」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


「絶対に、忘れないから」


 涙を拭う。


 それから、燃え続ける王城へ背を向けた。


 ◇◇◇


 王都を離れる。


 夜が明け始め、東の空が薄く白み始めていた。


 私は何度も足を止めそうになりながら、街道を歩いていた。


 身体は重い。


 呪いが何をしたのかも分からない。


 これからどうなるのかも分からない。


 それでも、歩くしかなかった。


 ふと、足を止める。


 振り返れば、遠くに王城が見える。


 炎はまだ消えていない。


「……みんな」


 声が掠れる。


「私は……生きるよ」


 それは、誰かに命じられたからではなかった。


 生き残ってしまった自分が、これから背負わなければならないものだと思った。


 ガルドたちが守ろうとしたもの。


 ルカが最後まで望んでいたこと。


 姫が生きようとしていたこと。


 レオンが、いつも自分へ言っていた言葉。


『お前は、自分のこと全然大事にしてないよな』


 あの笑顔が浮かぶ。


 もう、二度と聞けない声だった。


「……ごめんね」


 私は小さく呟いた。


 それ以上は言葉にできなかった。


 再び歩き出す。


 王都から離れ、街道を進む。


 その途中で、ふと中庭に残した黒い剣が頭をよぎった。


 魔剣。


 魔女が手にしようとしていた剣だ。


 クリスは、聖剣を握る手へ力を込めた。


 本当なら、あの剣も持ち出したかった。


 あの場に残しておくのは危険だ。


 魔女は死んだ。


 だが、魔剣が無事だとは限らない。


 誰かに拾われれば、また同じ悲劇が起きるかもしれない。


 戻るべきだった。


 そう思った瞬間、私は足を止めた。


「……魔剣」


 振り返る。


 王城は遠い。


 その方向から、まだ煙が上がっている。


 戻る。


 そう決めて一歩を踏み出しかけた。


 しかし、王都の方から複数の騎馬が駆け抜けていくのが見えた。


 敵軍の捜索隊だった。


 王城周辺だけではない。


 すでに街の外まで兵が広がり始めている。


「……今、戻ったら」


 聖剣を握る。


 魔剣を取りに戻ることはできる。


 だが、その前に敵兵へ見つかれば、聖剣まで奪われる。


 何より、今の自分には戦う力がほとんど残っていない。


 私は唇を噛んだ。


「……ごめん」


 黒い剣へ向けた言葉だった。


「今は、無理だ」


 魔剣を置いていく。


 それが正しいのかは分からない。


 それでも、今は生き延びなければならなかった。


 そして、もう一つ。


 私には確かめなければならないことがあった。


「……姫」


 王女の姿が頭に浮かぶ。


 最後に見た彼女は、魔法陣の中央で倒れていた。


 あの姿を見て、死んだのだと思った。


 だが、本当にそうなのか。


 自分の目で確かめたわけではない。


 王女の死を見届けたわけでもない。


 ならば、せめて最後まで確認したかった。


 しかし、もう戻ることはできない。


 クリスは再び歩き出した。


 背中に、燃える王都の気配を感じながら。


 ◇◇◇


 その日。


 ルナエ王国は滅びた。


 王都は陥落し、王も王妃も命を落とした。


 王女もまた、歴史の表舞台から姿を消した。


 《暁の牙》も、団長ガルドをはじめとする主要な仲間を失い、事実上壊滅した。


 王国を守ろうと戦った者たちの名は、やがて時の流れに埋もれていく。


 ただ一人。


 クリスだけが、生き残った。


 聖剣を携え、呪いをその身に刻まれたまま。


 何を目指せばいいのかも分からない。


 どこへ行けばいいのかも分からない。


 それでも、足を止めることはできなかった。


 生きると決めたからだ。


 王都の向こうへ。


 まだ見たことのない土地へ。


 誰も自分を知らない場所へ。


 クリスは一人で歩いていく。


 燃え落ちていく故郷を、二度と振り返らないために。


 その背中を、朝日が照らしていた。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

ここで第1章は終了となります。


このあと第2章へと続きますが、話のストックが切れてしまったため、1週間のお休みをいただきます。

次回更新日は9月9日7時を予定しております。


ぜひブックマークなどをしてお待ちくださると幸いです。

よろしくお願い致します。

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