↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
74/83

第六十七話 決戦(後編)

二人は、すでに互いの間合いへ踏み込んでいた。


 クリスは剣を握り締め、正面から魔女へ斬りかかる。対する魔女は聖剣を片手に構え、空いた手へ黒い魔力を集めていた。


「――来なさい」


 魔女が笑う。


 黒い魔力が弾け、無数の刃となって飛んできた。


「――っ!」


 クリスは身体を横へ投げ出す。直後、先ほどまで立っていた場所を黒い刃が薙ぎ払い、石畳が砕け散った。


 着地したクリスは、その勢いを殺さずに踏み込む。


「はあっ!」


 剣を振り下ろす。


 魔女は聖剣を掲げて受け止めた。


 ――ガァンッ!


 金属音が中庭に響き、衝撃が腕を痺れさせる。


「……重い」


「それは、あなたの力が落ちているからでしょう」


 魔女が聖剣を押し返す。


 傷を負い、血を流し続けているクリスには、まともに受け止めるだけの余力が残っていなかった。


 身体がよろめいた瞬間、魔女の手が動く。


「――遅い」


 至近距離から黒い魔力が叩き込まれた。


「ぐっ……!」


 クリスは咄嗟に剣を立てたものの、衝撃を受け止めきれない。身体が吹き飛び、石畳を何度も転がった。


 背中を打ちつけ、肺から空気が抜ける。


 起き上がろうとしても、腕に力が入らない。


 それでもクリスは剣を地面へ突き立て、それを支えに立ち上がった。


「……はぁ……はぁ……」


 視界が霞んでいる。


 肩から流れた血が腕を伝い、脇腹には焼けるような痛みがあった。


 対して魔女は、胸に負った傷こそ深いものの、まだ立っている。


「もう十分でしょう」


「……まだだ」


「あなたは、もうまともに立っていることすら難しい」


「それでも……」


 クリスは剣を構え直した。


「私は、止まれない」


 魔女は呆れたように首を傾ける。


「そこまでして、何を守るというのです?」


 その問いに、クリスは答えなかった。


 答えを探す必要などなかった。


 中庭の端へ目を向ける。


 倒れているレオン。


 その姿が視界に入っただけで、足に残っていた力が戻ってくる。


「……行かなきゃ」


 魔女が眉を動かす。


「何を?」


「姫のところへ」


 レオンの傍へ駆け寄りたい。


 今すぐ名前を呼びたい。


 けれど、王城の奥にはまだ王女がいる。


 父王も、王妃も、もう無事ではない。


 ならばせめて、姫だけは。


 それだけは守らなければならない。


「私は……姫のところへ行く」


「まだ、そんなことを」


 魔女の手に魔力が集まる。


「あなたは本当に愚かですね」


 黒い閃光が走った。


 クリスは身体を捻って避ける。


 そのまま魔女へ踏み込み、剣を振った。


 魔女は聖剣で受ける。


 弾かれたクリスへ、今度は魔力の刃が迫った。


「――っ!」


 身を引く。


 だが、完全には避けきれなかった。


 脇腹が裂け、血が飛ぶ。


「ぐっ……!」


 膝が落ちる。


 魔女は追撃せず、クリスの横を通り過ぎた。


 向かった先にあるのは、石畳へ落ちた黒い剣だった。


「もう十分です」


 魔女が魔剣を見下ろす。


「聖剣は手に入れました。王国も、もう崩れ始めている」


 黒い刀身へ手を伸ばす。


「この剣まで手に入れば、私の目的は果たされます」


「……待て」


 クリスは立ち上がった。


 足は震えていた。


 視界も定まらない。


 それでも魔剣だけは見失わなかった。


「その剣には……触るな」


「なぜです?」


「それをお前に渡したら、また誰かが傷つく」


 魔女は笑う。


「あなたには、もう守るものなど残っていないでしょう?」


「……ある」


「何が?」


 クリスは王女の姿を思い浮かべた。


 そして、倒れたレオンを見る。


「まだ、いる」


 声は掠れていた。


「だから……その剣には触らせない」


 クリスは最後に残った力を足へ込めた。


 地面を蹴る。


「――っ!」


 魔女が振り返った。


 クリスの剣が一直線に走る。


 魔女は身体を捻った。


 だが、完全には避けられない。


 刃が胸元を貫いた。


「……!」


 魔女の目が見開かれる。


 血が白い衣服を染めていく。


 クリスもまた、その場に膝をついた。


「……はぁ……」


 もう立つことすら難しい。


 魔女が胸の傷を押さえながらクリスを見下ろす。


「最後の力を……ここへ使ったのですね」


「……そうだ」


 クリスは剣を引き抜く。


 魔女の手から聖剣が離れた。


 ――カラン。


 白い剣が石畳へ落ちる。


 魔女はそれを拾おうと手を伸ばした。


 だが、その前にクリスが動いた。


「……渡さない」


 足元がおぼつかない。


 倒れそうになりながら、クリスは聖剣へ手を伸ばした。


 指先が柄へ触れる。


 その瞬間、白い光が溢れ出した。


「――っ!」


 光がクリスの身体を包み込む。


 傷は消えない。


 失った血も戻らない。


 ただ、手の中の聖剣だけが淡い光を放っていた。


 拒まれていない。


 むしろ、初めからそこにあることを待っていたかのように、クリスの手に馴染んでいる。


「……なぜ」


 魔女の声が震えた。


「なぜ、あなたがその剣を……」


「……知らない」


 クリス自身にも分からない。


 ただ、この剣なら戦える。


 それだけは理解できた。


 魔女は聖剣を失ったことを悟ると、表情を変えた。


「ならば、その剣ごと奪います」


 黒い魔力が膨れ上がる。


 炎のような魔力が中庭を覆った。


 クリスは聖剣を構える。


 黒い刃が飛ぶ。


 聖剣を振る。


 刃が消えた。


「……!」


 クリス自身が驚いた。


 魔力そのものを断ち切った。


 だが、身体が強くなったわけではない。


 次の攻撃が肩を裂く。


「ぐっ……!」


 血が流れる。


 魔女が笑った。


「その剣を手にしたところで、あなた自身が強くなったわけではありません」


「……分かってる」


 クリスは荒い呼吸を繰り返す。


「だから、この剣で……お前の魔法を斬る」


 魔女が再び魔力を放つ。


 クリスは聖剣を振った。


 黒い魔力が切り裂かれる。


 だが、その隙に魔女が距離を詰めた。


「――っ!」


 魔力をまとった拳がクリスの身体へ叩き込まれる。


「ぐあっ!」


 石畳へ叩きつけられる。


 それでも聖剣だけは手放さなかった。


 立ち上がる。


 また魔力が飛ぶ。


 斬る。


 魔女が踏み込む。


 受ける。


 殴られる。


 転がる。


 立つ。


 何度繰り返したのか、もう分からない。


 クリスの肩、腕、脇腹、脚から血が流れ続ける。


 魔女も胸の傷から血を流していた。


「なぜ……」


 魔女が息を乱す。


「なぜ、まだ動けるのです」


 クリスは答えなかった。


 頭に浮かぶのは、仲間たちの顔だった。


 ガルド。


 ドレイス。


 ナージャ。


 ルカ。


 そして、レオン。


 みんなが生きろと言った。


 だから、生きなければならない。


「……私は」


 クリスは聖剣を握り直す。


「みんなに、生きろと言われた」


 一歩、踏み出す。


「だから……私も生きる」


 魔女が叫ぶ。


「それが何になるのです!」


 黒い魔力が一気に膨れ上がった。


 クリスは聖剣を構える。


「決まっている」


 また一歩、前へ出る。


「みんなが残したものを、私まで捨てるわけにはいかない!」


「死ねぇぇぇぇ!」


 魔女が最後の力を放つ。


 中庭を埋め尽くす黒い奔流。


 クリスは真正面から聖剣を振り下ろした。


「――っ!」


 白い光が弾ける。


 黒い魔力が左右へ割れ、その中心をクリスが駆け抜けた。


「な……!」


 魔女が目を見開く。


 もう避けられない。


 聖剣が魔女の胸へ深く突き刺さった。


「……私が……」


 魔女の口から血が溢れる。


 クリスは剣を握ったまま、荒い呼吸を繰り返していた。


「……終わりだ」


 魔女は崩れ落ちる。


 だが、最後の瞬間に笑った。


「……いいえ」


「……?」


「まだ、終わりません」


 魔女の身体から黒い魔力が噴き出した。


「――っ!」


 クリスが剣を引こうとする。


 魔女の手が、その腕を掴んだ。


「あなたには……死ぬことすら許さない」


 黒い魔力がクリスの身体へ流れ込む。


「ぐっ……!」


 焼けるような痛みが全身を走る。


 魔女の声が遠ざかっていく。


「これからも、大切なものを失い続けなさい」


「誰かを守ろうとして……何度でも苦しみなさい」


「それでも生き残るのです」


 黒い魔力が身体を覆う。


「その苦しみから逃げられないように」


 魔女は最後に笑った。


「永遠に……」


 そこで力尽きた。


 身体が崩れ、動かなくなる。


 クリスは腕を押さえた。


「……っ」


 身体の奥に、異物が残っている。


 痛みは消えない。


 呼吸をするだけでも苦しい。


 これが、魔女の最後に残したものなのだと理解した。


 それでも、今は立たなければならない。


「……姫」


 王女のことを思い出す。


 まだ王城のどこかにいる。


 王都は燃えている。


 敵兵も近づいている。


 ここに留まれば、姫のもとへ辿り着けなくなる。


 クリスは聖剣を杖代わりにして身体を起こした。


 その時、視界の端に黒い剣が入った。


「……魔剣」


 魔女が狙っていた剣。


 このまま残していけば、敵の手に渡るかもしれない。


 クリスは足を引きずりながら、魔剣へ近づいた。


 あと少し。


 手を伸ばせば届く。


「……これだけは」


 指先を伸ばす。


 その時だった。


「――いたぞ!」


 遠くから敵兵の声が響いた。


「中庭だ!」


「まだ生存者がいる!」


 複数の足音が近づいてくる。


「……くそ」


 クリスは魔剣へ手を伸ばした。


 だが、足が動かない。


 あと一歩が届かない。


 敵兵の姿が、通路の向こうに見え始める。


「今は……無理か」


 魔剣を持ち上げるだけの力がない。


 ここで倒れれば、姫のところへ行けない。


 クリスは歯を食いしばった。


「……姫のところへ行かないと」


 魔剣を拾うことを諦める。


 いつか必ず取り戻す。


 そう決めて、クリスは聖剣を握り直した。


 その視線が、中庭の先に倒れているレオンへ向く。


「……レオン」


 本当なら、駆け寄りたい。


 名前を呼びたい。


 生きているのか確かめたい。


 だが、敵兵の足音はもうすぐそこまで迫っている。


「ごめん……」


 クリスは一度だけレオンを見つめた。


「今は……行かないと」


 その場を離れる。


 魔剣は拾えなかった。


 レオンのもとへも行けなかった。


 ただ、王女だけは守らなければならない。


 それだけを支えに、クリスは王族専用の通路へ向かった。


 足を引きずりながら、一歩ずつ進む。


 その先に姫がいる。


 まだ、生きていると信じていた。


 だからクリスは知らなかった。


 自分が向かっている場所で、王女がすでに最後の決断を終えていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。