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捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

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第七話 温もり

 ガルドの後を歩き、細い路地をいくつか抜ける。


 大通りの喧騒が少しずつ遠ざかっていく。


 代わりに聞こえてくるのは、剣を打ち合う音や、誰かの笑い声だった。


「こっちだ。」


 ガルドが振り返る。


 私は小さな歩幅で、その後を追った。


 大人のガルドに合わせようとすると、どうしても歩く速度が速くなる。


 少し離されると、ガルドは何も言わずに歩みを緩めた。


 そのことに気付いた時、私は少しだけ不思議な気持ちになった。


 やがて、路地の先に、大きな建物が見えてきた。


 石造りの二階建て。


 表には看板が掛かっているが、店の名前らしきものは書かれていない。


 一見すると酒場のようにも見える。


 けれど、建物の横には広い庭があり、そこでは何人もの男たちが木剣を振っていた。


「ここが……?」


「ああ。」


 ガルドが扉を開ける。


「帰ったぞー!」


 途端に、建物の中から大きな声が返ってきた。


「団長、お帰り!」


「依頼はどうだった?」


「腹減ったー!」


「お前はいつも腹減ってんな!」


 笑い声が重なる。


 中には二十人ほどの人間がいた。


 男も女もいる。


 年齢も様々だ。


 酒を飲んでいる者。


 武器の手入れをしている者。


 食事をしている者。


 壁際では、依頼書らしき紙を眺めている者もいる。


 傭兵団。


 私はゲームの知識から、その存在を知っていた。


 けれど、実際にこうして目にするのは初めてだった。


(ここが……《暁の牙》)


 先ほど街で男たちが名前を聞いただけで逃げ出した。


 それほど有名な傭兵団なのだろう。


 そんな場所へ、私は今、ガルドに連れられて入っている。


 少し緊張してしまう。


「団長。」


 そんな中。


 一人の青年がこちらへ歩いてきた。


 黒髪をきっちりと整え、細身の身体に簡素な服を纏っている。


 年齢は二十代半ばほど。


 整った顔立ちだが、表情の変化が少ない。


「お帰りなさい。」


「おう、ドレイス。」


 ガルドが片手を上げる。


 そして私を親指で示した。


「途中で会った。」


「……会った?」


「ああ。」


 ガルドは少し考える。


「絡まれてたから助けた。」


「なるほど。」


 ドレイスは私を見る。


 頭から足元まで。


 ほんの数秒だった。


 けれど、その視線は妙に鋭かった。


 服。


 靴。


 髪。


 手。


 傷の有無。


 まるで私という人間を一つずつ確認しているようだった。


「子どもですね。」


「見りゃ分かるだろ。」


「失礼しました。」


 淡々としている。


 悪意があるわけではない。


 ただ、必要なことだけを口にしているようだった。


(……変な人。)


 冷たいというより。


 人との距離が遠い。


「私はドレイスです。」


「……クリス。」


「よろしくお願いします。」


「ああ。」


 短く返す。


 ドレイスはそれ以上何も言わず、ガルドへ視線を戻した。


「事情は?」


「詳しいことはまだ聞いてねぇ。」


「そうですか。」


「薬師を探してるらしい。」


 その言葉に、ドレイスの目が少しだけ細くなった。


「薬ですか。」


「ああ。」


「それなら、王都の西区に何軒かあります。」


「知ってるのか?」


「ええ。」


 ドレイスは机の上に置かれていた地図へ近づいた。


「この通りを出て、二つ目の角を右へ。そこから――」


「待て待て。」


 ガルドが手を上げる。


「先に飯だ。」


「……団長。」


「腹減ってんだよ、こいつ。」


「あなたではなく?」


「俺もだ。」


 ドレイスは小さく息を吐いた。


「では、食事を用意させます。」


「さすがドレイスだ!」


「あなたのためではありません。」


「分かってるって!」


 周囲から笑い声が起こる。


 そのやり取りを見ていると、少しだけ肩の力が抜けた。


 すると。


「団長!」


 奥から女性が駆けてくる。


 長い黒髪。


 鮮やかな赤い衣装。


 動くたびに布が揺れ、華やかな雰囲気を纏っている。


「お帰りなさい!」


「おう、ナージャ。」


 ナージャと呼ばれた女性は、ガルドの姿を確認すると安心したように笑った。


「怪我は?」


「してねぇよ。」


「本当?」


「本当だ。」


「なら良かった。」


 そう言ってから、ナージャは私に気付いた。


「……あら?」


 視線が私へ向く。


「その子は?」


「クリス。」


「クリス?」


「街で会った。」


 ガルドが簡単に説明する。


「しばらく面倒を見ることになった。」


「そうなの?」


 ナージャは私の前にしゃがみ込む。


 目線が近くなる。


「私はナージャ。よろしくね、クリス。」


「……よろしく。」


 柔らかな笑顔だった。


 私は少しだけ戸惑う。


 初対面の相手から、こんなふうに自然な笑顔を向けられた記憶が、あまりなかった。


「かわいい子ね。」


「子ども扱いするな。」


 思わず言う。


「ふふっ。」


 ナージャが笑った。


「ごめんなさい。」


 その時、奥から小さな足音が聞こえてきた。


 ぱたぱたと床を鳴らしながら、一人の少年が走ってくる。


「団長!」


「おう、レオン。」


 ガルドが笑う。


 少年はガルドのところまで駆け寄ると、嬉しそうに顔を上げた。


「お帰り!」


「ちゃんと訓練してたか?」


「した!」


「本当か?」


「……ちょっとだけ。」


「ちょっとだけ?」


 ガルドが眉を上げる。


「……サボった。」


「やっぱりか!」


 大きな笑い声が響く。


 周囲の団員たちも笑っている。


 少年も笑っていた。


 その様子は、まるで本当の家族のようだった。


 レオンは今度は私を見る。


「この人、誰?」


「クリスだ。」


 ガルドが答える。


「今日、街で知り合った。」


「へぇ。」


 レオンは興味深そうに私を見る。


「俺はレオン。」


「……クリス。」


「よろしく!」


 差し出された手。


 私は少し迷ってから、その手を握った。


 小さな手だった。


 けれど、温かい。


「よろしく。」


「うん!」


 レオンは嬉しそうに笑った。


 その時。


「よし!」


 ガルドが手を叩いた。


「飯だ!」


「やった!」


 レオンが飛び跳ねる。


 途端に団員たちも動き始めた。


「腹減った!」


「今日は何だ?」


「肉あるぞ!」


「またお前が先に食う気だろ!」


 あっという間に食堂のような場所へ案内される。


 席へ座ると、目の前に料理が並べられた。


 パン。


 スープ。


 焼いた肉。


 野菜。


 どれも特別高級な料理ではない。


 でもなんだか、格別に温かかった。


「食え。」


 ガルドが向かいの席へ座る。


「遠慮すんなよ。」


「……。」


 私は料理を見る。


 朝からまともに食事をしていない。


 空腹なのは確かだった。


 ただ、こんなふうに誰かから食事を勧められることに慣れていなかった。


「どうした?」


「……いや。」


 私はパンを手に取る。


 一口。


 温かい。


 思わず、もう一口食べる。


「おう。」


 ガルドが満足そうに笑った。


「ちゃんと食えるじゃねぇか。」


「……子どもだからな。」


「そういうことだ。」


 ナージャが笑う。


 ドレイスは少し離れた場所で食事をしながら、時々こちらを見ている。


 レオンは隣で黙々と食べていた。


 誰も私の身分を聞かない。


 どこの家の子なのか。


 なぜ一人で街にいたのか。


 なぜ薬師を探しているのか。


 今は何も聞かない。


 ただ、目の前の食事を食べればいい。


 それだけだった。


(……変な場所だ。)


 公爵家では、いつも自分がどう見られているのかを考えていた。


 王宮でも同じだった。


 けれど、ここでは違う。


 少なくとも今は。


 誰も私を特別扱いしない。


 だからこそ、少しだけ居心地が良かった。


「クリス。」


 ガルドが声をかける。


「飯を食ったら、薬師へ行くぞ。」


「ああ。」


「それが終わったら、家まで送ってやる。」


 私は箸を――ではなく、パンを持つ手を止めた。


「……送らなくていい。」


「駄目だ。」


「一人で帰れる。」


「街に出たばかりで道も分からねぇだろ。」


「……。」


「それに。」


 ガルドは私を見る。


「五歳のガキを一人で歩かせるほど、俺は薄情じゃねぇ。」


 何も言えなかった。


 その言葉が、妙に胸へ残った。


 五歳の子ども。


 そう言われることに、少しだけ違和感がある。


 中身は前世の記憶を持っている。


 けれど今の私は、確かに五歳だ。


 大人のように振る舞えても。


 大人のように考えられても。


 身体は、この小さな身体のままだ。


「……分かった。」


 私は小さく頷いた。


「よし。」


 ガルドが笑う。


「それじゃ、ゆっくり食え。」


 その言葉に、私はもう一度パンを口に運んだ。

 温かな食事。


 騒がしい声。


 笑い声。


 そして、目の前で豪快に笑う赤髪の男。


 それが、私が初めて知った《暁の牙》だった。


 まだ、この場所が何なのか、この人達が何をしているのかも分からない。


 でも今だけは、少しだけ、この騒がしい場所にいてもいい。


 そんな気がした。

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