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捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

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第六十話 家族

 私は、王族専用の脱出通路へ向かって走っていた。


 王も、王妃も、もういない。


 あの部屋で見た二人の姿が、何度も脳裏をよぎる。


 王は最後まで私を娘だとは気づかなかった。


 王妃は気づいたのかもしれない。


 けれど、何も言わないまま逝ってしまった。


 残された王族は、王女ただ一人。


 だからこそ、何としても守らなければならない。


「……レオン」


 名前を呟き、足を速める。


 先ほど別れた時、レオンは王女を連れて脱出通路へ向かっていた。


 無事に辿り着いているだろうか。


 敵が王城の内部まで入り込んでいる以上、安心はできない。


 廊下を曲がり、階段を駆け下りる。


 その途中でも、何度か敵兵と遭遇した。


 剣を交え、道を開ける。


 倒れた兵士を横目に、さらに先へ進む。


 遠くから聞こえる戦闘音が、少しずつ遠ざかっていく。


 その代わり、地下へ続く階段の先には、不気味なほど人の気配がなかった。


 ようやく。


 脱出通路へ続く扉が見えた。


「姫!」


 私は扉へ駆け寄った。


 手を伸ばすより先に、内側から扉が開く。


「クリス!」


「レオン!」


 現れたレオンは、肩で息をしていた。


 その後ろには王女がいる。


「無事だったか!」


「ええ。あなたたちも……」


「俺たちは大丈夫だ!」


 レオンが笑う。


 いつもの彼らしい顔だった。


 その姿を見た瞬間、張り詰めていた身体から力が抜けそうになる。


 生きている。


 二人とも、無事だった。


「王女殿下も、お怪我は?」


「ありません」


 王女が頷く。


「レオンが守ってくれました」


「そうですか……」


 私は王女の姿を確認する。


 服は少し汚れている。


 顔色も悪い。


 それでも、大きな怪我はない。


 それだけで十分だった。


「クリス」


 レオンが私を見る。


「お前……仮面は?」


「……外れた」


 そう答えると、レオンは一瞬だけ私の顔を見た。


 銀色の髪。


 今まで隠していた素顔。


 けれど、彼は何も聞かなかった。


「何かあったんだな」


「……ああ」


「王様たちは?」


 その問いに、足が止まった。


 王女が私を見る。


 私は答えを探した。


 けれど、今ここで伝えるべきなのか分からない。


 王と王妃が死んだ。


 その事実を、この子にどう告げればいい。


「……クリス?」


 レオンの声が落ちる。


 私は目を伏せた。


「後で話す」


 それだけを告げる。


 レオンは私の顔を見つめたあと、何も聞かなかった。


「……分かった」


 その気遣いがありがたかった。


 今は、それだけでよかった。


 だが。


 直後、通路の向こうから轟音が響いた。


「何だ!」


 レオンが振り返る。


 扉の向こうから、兵士の叫び声が聞こえた。


「敵だ!」


「王女を逃がすな!」


「ここまで来ているのか!」


 私は剣を抜いた。


 レオンも王女の前へ出る。


「姫から離れるな!」


「分かってる!」


 敵兵が廊下の奥から姿を現す。


 数は多い。


 このままでは、脱出通路へ入る前に囲まれる。


「来い!」


 私は敵の前へ踏み出した。


 一人目の剣を受け流し、腕を斬る。


 二人目が横から迫る。


 身を捻ってかわし、そのまま斬り返す。


 レオンも王女の前から離れず、迫ってくる敵を次々と退けていた。


「クリス!」


「分かっています!」


 敵の数が増えていく。


 このままでは押し切られる。


 その時だった。


「――クリス!」


 聞き慣れた声が、廊下の奥から響いた。


「……え?」


 敵兵の向こうに、赤い髪が見える。


 一人の敵兵が倒れた。


 続いて、その隣にいた兵士も吹き飛ばされる。


 大剣が振り抜かれた。


「よう。間に合ったみてぇだな」


「ガルド……!」


 そこに立っていたのは、ガルドだった。


 その後ろにはドレイスとナージャ。


 さらに《暁の牙》の仲間たちが続いている。


「団長!」


「無事だったか、クリス」


「はい……!」


 声が震えた。


 ガルドたちは生きている。


 あれほど激しい戦いの中で、誰一人欠けずにここまで来てくれた。


 ナージャが剣についた血を払いながら笑う。


「こっちは大変だったわよ。西側の城壁を抜かれたと思ったら、今度は王城の中まで敵だらけなんだから」


「ドレイスは?」


「私も無傷です」


 いつもと変わらない口調だった。


 それが、今は妙に頼もしく感じられた。


「ガルド……」


 私は名前を呼ぶ。


「よく来てくれました」


「当たり前だろ」


 ガルドは大剣を肩に担いだ。


「お前らがここにいるって聞いたら、来るしかねぇじゃねぇか」


 その言葉に、私は少しだけ笑った。


 王女も、ほっとしたようにガルドを見る。


「皆さんも無事だったのですね」


「ああ。姫様も怪我はねぇか?」


「はい」


「なら、よかった」


 ガルドがレオンへ目を向ける。


「お前が守ってたのか?」


「うん」


「よくやった」


「当然だろ」


 レオンが胸を張る。


 こんな状況でも、いつもの調子を崩さない。


 そのやり取りを見ていると、ほんの少しだけ以前の時間が戻ってきたように思えた。


 酒場で騒いだ夜。


 訓練場でくだらないことで言い争った日。


 明日も同じ仲間と顔を合わせられると思っていた頃。


 けれど、現実は待ってくれない。


 ドレイスが周囲を確認した。


「喜んでいる時間はありません」


 その一言で、全員の表情が変わる。


「西側の城壁は完全に突破されています。敵部隊は王城内部へ複数侵入している」


「俺たちがここへ来るまでにも、かなりの数と交戦した」


 ガルドが続ける。


「城門もいつまでも持たねぇ」


「脱出通路まで敵に見つかる可能性があります」


 ドレイスが王女を見る。


「このままでは、王女殿下を安全な場所へ移すことが難しくなります」


「なら、俺も戦う」


 レオンが言った。


「俺たちで敵を押し返せばいい」


「私も残ります」


 私も剣を握った。


「王女を逃がした後、全員で――」


「駄目だ」


 ガルドが遮った。


「……え?」


「クリス、お前は姫様と一緒に行け」


「嫌です」


 考えるより先に言葉が出た。


「私もここで戦います」


「駄目だ」


「まだ戦えます」


「そういう話じゃねぇ」


 ガルドは私の前に立った。


「今、一番守らなきゃならねぇのは誰だ?」


 私は王女を見る。


 王女は不安そうにこちらを見つめていた。


「……姫様です」


「そうだ」


「でも、みんなを置いていくなんて――」


「クリス」


 ガルドの声が低くなる。


「お前は、俺たちが何のためにここまで来たと思ってる?」


「……」


「お前を逃がすためじゃねぇ」


 ガルドは王女を見る。


「姫様を生かすためだ」


 その言葉に、私は返せなくなった。


 王も。


 王妃も。


 もういない。


 この国で王家の血を受け継ぐ者は、あの子しか残っていない。


 なら。


 私がやるべきことは決まっている。


「私が……守ります」


「ああ」


「王女を、必ず逃がします」


 ガルドが頷いた。


「それでいい」


 私は仲間たちを見る。


「みんなは……」


「俺たちはここで敵を止める」


 ガルドが答える。


 ドレイスも頷いた。


「敵の進行を食い止めれば、脱出までの時間を稼げます」


「私も残るわ」


 ナージャが剣を構える。


「クリス、姫様を頼んだわよ」


「……はい」


 私は唇を噛んだ。


「みんな、死ぬつもりじゃないですよね?」


「馬鹿言え」


 ガルドが笑った。


「死ぬつもりなんかねぇよ」


 その言葉は、いつものガルドらしかった。


 けれど、続く声には強い決意があった。


「ただ、お前たちが逃げる時間くらいは作ってやる」


「……分かりました」


 私は頷いた。


「絶対に、生きて戻ってきてください」


「お前もな」


 ガルドが大剣を握り直す。


「昔、俺が言ったことを覚えてるか?」


「剣は、人を殺すためだけにあるんじゃない」


「守るためにもある」


「ああ」


 ガルドは笑った。


「今度は、お前がそれを使う番だ」


 私は剣へ目を落とした。


 王と王妃を守ることはできなかった。


 けれど。


 まだ守れるものが残っている。


 王女。


 そして、この国の未来。


「……行きます」


 顔を上げる。


「レオン」


「うん」


「姫を頼みます」


「任せてくれ」


 レオンは迷わなかった。


「俺が絶対に守る」


 それから、私を真っ直ぐ見た。


「クリスも、絶対に戻ってこいよ」


「あなたもですよ」


「分かってる」


 レオンが笑う。


「約束だからな」


「……はい」


 私は頷いた。


 ガルドたちがこちらへ背を向ける。


 その向こうから、敵兵が迫ってくる。


「来たぞ!」


 ドレイスが声を上げる。


「ここから先へは一歩も通すな!」


 《暁の牙》が一斉に武器を構えた。


 見慣れた背中が並んでいる。


 何度も共に戦ってきた仲間たち。


 これまで、何度も私を支えてくれた人たち。


 今度は、私がその背中を置いていく。


「……ガルド」


「何だ?」


「必ず戻ってきてください」


 ガルドは振り返らなかった。


 ただ、片手を上げる。


「お前もな」


 次の瞬間、敵兵が押し寄せた。


 大剣が振り下ろされる。


 ドレイスの指示が飛ぶ。


 ナージャが敵の側面へ回る。


 仲間たちの剣が次々と閃いた。


 私はその光景を見つめていた。


 足が動かない。


「クリス」


 レオンの声がする。


「行こう」


「……はい」


 私は王女の手を取った。


 三人で脱出通路へ入る。


 扉が閉まり始める直前、私はもう一度だけ振り返った。


 ガルドが戦っている。


 ドレイスが指示を出している。


 ナージャが笑いながら敵を斬っている。


 いつもの《暁の牙》だった。


 だから私は、自分に言い聞かせる。


 きっと戻れる。


 また三人で、あの場所へ帰れる。


 そう信じなければ、足を前へ進められなかった。


 重い扉が閉じる。


 向こう側から剣戟が響き続けている。


 私は振り返らなかった。


 ガルドに言われたからではない。


 今度は、自分の意思で前を見る。


 王女を守る。


 それが、今の私にできることだった。


 レオンが隣を歩いている。


 王女も、その手を握っている。


 私は二人の姿を確かめてから、前を向いた。


「急ぎましょう」


「ああ」


「はい」


 三人の足音が、暗い通路へ響いていく。


 その先に何が待っているのか、まだ分からない。


 ただ、王城の中では今も仲間たちが戦っている。


 だからこそ。


 私は歩みを止めなかった。

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