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捨てられた第一王女ですが、聖剣を手に伝説の傭兵へ成り上がります!【乙女ゲーム前日譚・滅びゆく国を捨てて自分の人生を生き抜く異世界転生】  作者: 穂波 奏
第一章 前日譚

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第五十九話 血の縁

 城の奥へ進むほど、戦いの音が大きくなっていた。


 剣戟。


 怒号。


 悲鳴。


 壁の向こうから響く、無数の足音。


 王城そのものが、巨大な戦場へと変わっている。


「……くそっ」


 私は走った。


 王族のいる区画へ。


 少し前、私は王女をレオンに託した。


 王族専用の脱出通路へ向かわせるためだ。


 レオンなら守ってくれる、そう信じている。


 だから今は、王と王妃のもとへ向かわなければならない。


 廊下を曲がる。


 そこには倒れた兵士たちがいた。


 一人。


 二人。


 三人。


 どれも王族を守るために配置されていた護衛だ。


 だが、誰一人として立っていない。


「……」


 足を止める。


 嫌な予感がした。


 それでも立ち止まっている暇はない。


 私は剣を握り直し、扉へ駆け寄った。


「陛下!」


 扉を開ける。


 その瞬間、血の匂いが鼻を突いた。


「……っ」


 部屋の中には。


 無数の兵士が倒れていた。


 その奥、玉座の前に、王と王妃がいた。


 二人とも血にまみれている。


 王は腹部を押さえ、王妃は壁にもたれかかっていた。


 その周囲に護衛の姿はない。


「……誰だ」


 王が掠れた声を出す。


「敵か……?」


「違います!」


 私は駆け寄った。


「私は――」


「助けろ!」


 王が叫んだ。


 その声に、私は息を呑む。


「助けてくれ!」


 王は這うように私へ手を伸ばした。


「兵を……呼べ」


「医師を……」


「私を助けろ……」


 必死だった。


 王としてではない。


 ただ死にたくない一人の人間として。


 助けを求めている。


「陛下、落ち着いてください!」


 私は王の身体を支えようとした。


 その瞬間、何かが床へ落ちた。


 カラン。


 乾いた音が響く。


「……」


 私は自分の顔へ手を伸ばした。


 何もない。


 そこで初めて気付いた。


 仮面が、外れている。


「……っ」


 銀色の髪。


 女性の顔。


 長い間、誰にも見せることのなかった本当の姿。


 それが、王の目の前に晒されていた。


「……」


 王は私を見ている。


 けれど、その反応を確かめる余裕はなかった。


 背後から足音が響いたからだ。


「いたぞ!」


「王がいる!」


「殺せ!」


 敵兵が五人。


 部屋へ雪崩れ込んでくる。


 私は、王と王妃の前へ立った。


 二人を背中に庇う。


 剣を構える。


「……ここから先へは」


 一歩。


 踏み出す。


「行かせない」


 最初の一人が斬りかかってきた。


 受ける。


 弾く。


 そのまま懐へ入り込み、一閃。


 敵兵が倒れる。


 二人目。


 三人目。


 四人目。


 五人目。


 息をつく間もなく、全員を斬り伏せた。


 静寂。


 荒い呼吸だけが、部屋に響いている。


「……はぁ……」


 剣先から血が滴る。


 私は、その剣を見つめた。


 ふと、昔のことを思い出した。


 まだ《暁の牙》に入ったばかりの頃。


 ガルドが言っていた。


『剣はな』


『人を殺すためだけにあるんじゃねぇ』


『守るためにもある』


 あの時の私は。


 ただ強くなりたかった。


 誰にも負けない力が欲しかった。


 誰にも奪われない力が。


 けれど、今なら、少しだけ分かる。


 剣は何かを守るために握るものなのだ。


 私は、倒れた敵兵の向こうへ視線を向ける。


(ガルド……)


 今どこで戦っているのだろう。


 ドレイスは、ナージャは、他のみんなは。


 どうか、生きていて。


 そう願いながら、私は振り返った。


「陛下……」


 王は、もうほとんど動かなかった。


「王妃様……」


 王妃も、荒い呼吸を繰り返している。


 私は二人の前へ膝をついた。


「今すぐ治療を――」


 言葉が止まった。


 王の目が。


 こちらを向いていたからだ。


 そして、その目が、私の顔を見つめている。


 銀色の髪。


 かつてこの国に生まれた一人の王女と同じ顔。


 それでも、王の瞳に、理解の色は浮かばなかった。


「……遅い」


 掠れた声。


「……遅すぎる」


「……」


「もっと……早く来れば……」


 王は。


 私を責めるように呟いた。


「何をしていた……」


 私は答えなかった。


 この人が言っているのは、私にではない。


 国を守れなかった自分自身への言葉なのかもしれない。


 それでも、最後まで、王は私を娘だとは思わなかった。


 王の手が床へ落ちる。


「……陛下?」


 返事はない。


 私は、王を見つめた。


 そして、ゆっくりと手を伸ばす。


 その瞼を閉じさせようとした。


 その時だった。


「……っ」


 隣から。


 小さな息を呑む音が聞こえた。


 私は振り返る。


 王妃が目を見開いていた。


 その視線は、真っ直ぐ私へ向けられている。


「……王妃様?」


 返事はない。


 ただ、王妃は私の顔を見つめていた。


 銀色の髪。


 その顔立ち。


 そして、ずっと遠い昔に失ったはずの娘を思わせる姿。


 王妃の瞳に、驚きが浮かんでいた。


 そして何かを理解したような色が、一瞬だけ宿る。


「……」


 王妃の唇が僅かに動いた。


 けれど、声にはならなかった。


「王妃様……?」


 私は一歩近づいた。


 王妃の手が、ゆっくりと持ち上がる。


 震える指先が、私へと伸びてくる。


 私は、その手を取ろうとした。


 けれど、届く前に、王妃の力が抜けた。


 手が、床へ落ちる。


「……」


 私は動けなかった。


 王妃は何も言わなかった。


 最後まで、私の名前を呼ぶことも、娘だと告げることも、何も、なかった。


 ただ最期の瞬間まで、私を見つめていた。


 その目から、ゆっくりと光が消えていく。


「……王妃様」


 私は震える手で、その手を取った。


 まだ僅かに温かい。


 けれど、握り返してくることはなかった。


「……」


 胸の奥が締め付けられる。


 母と呼んだことはない。


 娘と呼ばれたこともない。


 それでもあの目を見た瞬間、分かってしまった。


(……気づいたの?)


 私が、あの時の娘だと、本当に分かったのだろうか。


 答えはもう聞けない。


 王も、王妃も、もう何も語らない。


 ただ目の前で、静かに命を失った。


 私は二人の前で、しばらく動けなかった。


 場を沈黙が支配する。


 その時、遠くから再び大きな轟音が響いた。


 王城が震える。


 まだ、戦いは終わっていない。


 ガルドたちは今も戦っている。


 レオンと王女も、脱出通路へ向かっているはずだ。


 私はゆっくりと立ち上がった。


 剣を握る。


 けれど、すぐには歩き出せなかった。


 もう一度だけ、王妃を見る。


 その顔は、不思議なほど穏やかだった。


 まるで、最後に何かを確かめられたことに、安堵しているようにも見えた。


「……」


 私は。


 小さく息を吐いた。


「……さようなら」


 それだけだった。


 母と呼ぶこともできなかった。


 もっと早く会いたかったと、伝えることもできなかった。


 ただ、最期に向けられたあの視線だけを、胸の奥へ刻み込む。


 私は踵を返した。


 そして、再び剣を握り直す。


 まだ守らなければならない人がいる。


 まだ戦っている仲間がいる。


 そして、この国の未来を背負った少女がいる。


 だから、私は歩き出した。


 王と王妃を残して、戦場へ戻るために。


 その胸に、言葉にならなかった最後の視線を抱えたまま。

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